作:幻影
ASFRE(アスファー)
対象を別の物質に変化させる能力を持つ者の総称のことである。ASFR(石化・凍結)の能力を持つことから由来されている。
この世界では、そのような効果の能力を持った能力者が紛れていた。混沌と混乱が、人々の気付かない暗闇からあふれていた。
太陽の照り返す海辺。海水浴を楽しむ人々でにぎわっていた。
その光景を冷ややかに見つめている1人の少女がいた。男に見間違えそうな散漫とした髪型の短い黒髪。ふくらみのある胸がなければ、男に間違われていたかもしれない。
芝童夢(しば・どうむ)。17歳でありながら、アスファー対策部隊の主力となっていた。
世界規模で、物や人が別の物質に変わってしまう事件が起こっていた。その犯人の総称をアスファーと称し、その対策部隊は主に、アスファーの調査、捕獲、殲滅を目的としていた。
その隊員として所属している童夢は、じっと海辺を見つめていた。いや、海辺に起こるかもしれない危険を警戒していた。
この近辺の海岸で、人々が凍りつく事件が続発していた。気温の高い海辺で、人々が氷に包まれていたのだ。
被害者は4日間で20人。解凍に間に合わず、そのまま死亡した人までいる。
その犯人と事件再発防止を目的として、童夢は動き出していた。
「アスファーはみんなを傷つける。だから、アスファーは絶対に許してはおけない。」
童夢が苛立って歯ぎしりを浮かべる。彼女がアスファーに敵意を抱いているのには理由があった。
かつて彼女は大切な人をアスファーにさらわれた。彼女の眼の前で、その人は犯人に固められて連れ去られてしまったのである。
この事件がきっかけで、童夢は心を凍てつかせ、アスファーに対する憎しみを募らせたのである。
(海辺の人を凍らせているアスファー。ヤツが出てくる直前には、必ず環境外れの降雪と気温低下が起こるって言ってたな。)
事前に聞かされた情報を頭の中でまとめる童夢。このアスファーが出現するときには、海辺の高い気温が急激に低下する。
彼女はそのときを狙い、アスファーへの攻撃を考えていた。彼女の中にあるのはアスファーに対する復讐心だけで、周囲の人がどうなろうが気にしなかった。
アスファー対策部隊は、半ば軍隊ともいえる雰囲気を放っているので、童夢には敵を倒すことだけを願っていた。そのため、部隊は人々から快く思われていなかった。
(そろそろというところか・・・)
アスファーが最もよく出現する時間を確認して、童夢は腰かけていた壁から立ち上がった。そしてポケットに愛用の銃があることを確認して、彼女は駆け出した。
海の家の時計は2時を指し示していた。太陽が1日で1番照り返す時間帯である。
「あれ?ねぇ、何かヘンじゃない?」
「え?」
黒髪のポニーテールの少女が海から上がり、そばにいた茶髪の少女がきょとんとなる。
「何か、寒くなってない?」
「・・・確かに・・少し寒くなってるね。」
茶髪の少女が両腕をさすりながら答える。
高い熱のこもっていたこの海は、急激に冷えてきていた。それを実感させるように、雲行きが徐々に怪しくなってきていた。
「今日は早めに上がろう。空も暗くなってきたし。」
2人は慌しく海から上がって砂地に足を踏み込む。
「キャッ!」
「冷たい!」
そのとき、砂の冷たさにたまらず、2人はしりもちをついた。この砂地も冷たくなっていた。
「ど、どうなってるの!?」
「砂まで冷たくなっている!」
今まで熱かった砂まで冷え切っていた。2人はまるで雪を踏み込んだような冷たさに震え、足の裏が冷たくなって赤くなっていた。
「あらあら。ずい分震えているみたいだね。」
そこへ、白いTシャツを着た男が、不敵な笑みを浮かべてやってきた。その少し長めの髪は、青と白、あるいはそれらを混ぜたような色をまだら染めにしていた。
「あ、あなたは・・・?」
ポニーテールの少女が怯えながらたずねる。
「別に知る必要はないよ。それに、僕が君たちの震えを止めてあげるよ。」
「えっ!?」
2人の少女が驚きの声を上げて立ち上がる。男は彼女たちの恐怖に満ちた顔を見て、不気味に微笑む。
さらに恐怖して逃げ出そうとする2人の少女に向けて、男は右手を向けた。するとその手から冷たい風が吹き出した。
突然の猛吹雪に包まれた少女たちが、駆け出している姿のまま、その動きを止める。太陽の光を受けて焼けかかっていた肌が白く固まってしまった。
「いいねぇ。やっぱり女の子が凍りつく姿は心地いいよ。」
白い氷像になった水着の少女の、恐怖に強張った表情を見つめて、男が再び不敵に笑う。
「このアスファー能力の前では、どんな人間も自由を奪われる。みんな僕に凍らされるんだよ。」
男は哄笑を上げながら、凍りついた少女たちに背を向けて立ち去った。
アスファーの使う力のことを「アスファー能力」という人も少なくない。その能力の被害者の増加は、留まることを知らなかった。
「動いた!」
アスファーの出現を察知した童夢は、客が退散し始めていた海辺にやってきていた。暗雲立ち込めた海の水が流れてくる砂地を彼女は駆けていく。
彼女を突き動かしているのは、アスファーに対する憎しみだけだった。孤独という闇に落とされた彼女は、復讐者としての道をひたすらに突き進んでいた。
そしてしばらく進むと、童夢は凍てついた2人の少女を発見した。
(アスファーにやられたのか。)
2人の凍れる少女たちのそばで童夢は立ち止まり、周囲を見回す。アスファーはまだ遠くには移動していないはずである。
そして童夢の眼に、悠然とこの場から立ち去っている1人の男の後ろ姿を発見した。
「待て!」
童夢は鋭い眼つきで男を呼びとめ、銃を構える。男は余裕の態度で振り返り、不敵な笑みを彼女に見せる。
「やぁ。僕に何か用かな?」
「分かりきったことを聞くんだな、アスファー。私はお前を始末するためにきた。」
苛立ちを込めた童夢の言葉が男に放たれる。しかし男は余裕のある笑みを消さない。
「冗談で言っているわけじゃないようだね。でも、ただの人間がアスファーに勝てると本気で思っているのかい?」
あざ笑うように言う男。しかし童夢はその鋭い視線を揺らがせない。怒りを内に秘めて、狙いを定めているだけだった。
「お前は私に殺される。お前の向かうべき道はそれしかない。」
「やれやれ。よほど僕に凍らされたいみたいだね。君みたいに怖い子を凍らせるのもいいかもしれない。平然を装っている顔が恐怖に染まるのも気分がよくなりそうだ。」
男は不敵に笑って、右手を童夢に向けた。彼女を凍てつかせようと、彼は狙いを定めた。
「なるほど。そうやって人々を凍らせて回っているのか。」
「ふ〜ん。すぐに分かってしまうものだね。でも、この吹雪からは逃げられないよ。」
鋭く言い放つ童夢に対し、男はまだ余裕を見せていた。
「さぁ、凍りつけ。」
男が手から吹雪を放つ。吹雪は白い粒をまといながら、童夢を飲み込むはずだった。
しかし、吹雪の行過ぎたその場所に、童夢の姿はなかった。
「えっ!?」
男が驚きの声を上げる。周辺を見回しても、童夢の姿はない。
「ど、どこだ・・・どこに消えた・・・!?」
「遅いな。」
低い声が響いたと同時に、男の背中に金属質の何かが押し当てられた。
気配で察知すると、それは銃口だった。童夢は素早い動きで吹雪を回避し、男の背後に回りこんでいた。
「どうして・・・あの吹雪をよけるなんて、普通の人間にはできないはずだ・・・」
男からは既に余裕も不敵な笑みも消えていた。童夢は銃口を背に突きつけたまま、鋭く言い続ける。
「ああ。私はただの人間だ。ただし、その普通の人間の持ってる身体能力が、普通よりも向上されているだけの話だ。」
「何っ!?」
童夢の言葉に男が驚愕する。焦りを募らせて吹雪をかけようと振り返った。
そこに童夢は何のためらいもなく、銃の引き金を引いた。銃弾は男の腹部に命中し、鮮血をまき散らす。
しかし、その銃弾にはさらなる効果が備わっていた。それは命中したと同時に、激しい爆発を引き起こす炸裂効果だった。
「ぐはあっ!」
激しい爆発の衝撃に絶叫を上げる男。その肉体は血が飛び散って見るも無残なものになっていた。
肉塊となった亡がらを冷ややかに見つめる童夢。
「これで終わりだ。ここのアスファーは始末した。」
全く顔色を変えずに振り返る童夢。始末した男の扱う冷気よりも、彼女の心は冷たく凍てついていた。
全ては自分の大切な人を奪ったアスファーを倒すために。
「ヤツは始末した。もうすぐ警察が後片付けをしにやってくるだろう。」
男の始末を終えた童夢は、部隊への連絡を取っていた。
“分かった。後は我々が始末をつけよう。ご苦労だったね。”
そういって童夢の上司、天城(あまぎ)レナは電話を切った。童夢も携帯電話をポケットにしまった。
彼女の連絡を受けた警察の登場で、海辺は騒がしくなっていた。アスファー対策部隊の主な仕事がアスファーの始末なため、その後処理は警察や軍隊が執り行なうことになっている。
つまり、童夢の仕事はここでひとまず終了ということになる。
凍結されていた2人の少女は、その後無事に生還したのだった。
(このアスファーは倒した。だがヤツはまだどこかにいる。必ずヤツを見つけて、この手で・・・!)
未だに復讐心を抑え切れずにいる童夢。苛立ちを抑えるため、彼女は海岸沿いの、店の立ち並ぶ道を歩き出した。
騒動によって店を一時閉めているところ。かまわずに営業を続けているところがそれぞれ見受けられた。しかし、今の童夢にそんなことは気にすることではなかった。
考えがつかないまま歩いていると、彼女はいつしか近くの公園にやってきていた。一瞬どこだが分からず、真顔で周囲を見回してから、ここが公園であることに気付いた。
「公園か・・・そういえば昔はよくいってたな。」
鋭い表情を崩さなかった童夢が、思わず笑みを浮かべる。
公園内の広場では、親に連れられてやってきた子供たちがはしゃいでいた。少年少女の無邪気な言動に、童夢のかたくなな心に安堵が訪れていた。
だが、浮かべていた童夢の笑みが一瞬にして凍りついた。彼女の視線は、バスケットボールを抱えた1人の少女に向いていた。
その少女は白く長い髪をしていて、左頬には星と三日月をかたどった入れ墨のような痕があった。彼女はそばにいた女性と笑顔で語り合っていた。
「アイツは・・!?」
童夢はその少女を見て顔を強張らせる。彼女の中の復讐心がふくれ上がっていた。
ポケットに収めていた銃に再び手を当て、ゆっくりと近づいていく。少女たちは彼女の異様な様子に気付いてはいなかった。
そしてポケットから銃を引き抜いた瞬間、
「キャーー!!」
それを目撃した別の女性2人が悲鳴を上げる。それに乗じて、他の人々も逃げ惑う。
しかし銃を向けられたその白髪の少女は、何事か分からずにきょとんと振り向いていた。そばの女性は当惑するばかりだった。
「あなた・・・誰?」
少女は幼い子供のような声色で童夢にたずねる。童夢は怒りを押し殺して、口を開いた。
「こんなところで平然とウロウロしてたとはな。だが、そうしてくれたほうが、私にとっては好都合だったがな。」
眼を見開く童夢。しかしそれでも少女はきょとんとしていた。
そこへそばにいた女性が、恐る恐る声をかけてきた。
「あの・・・どういう事情だか分からないのですが、人違いじゃないのですか!?夕菜(ゆな)は・・」
「人違い?ハッ!人違いなものか。その髪の色とその頬の痕(タトゥー)。まず2人といない。」
童夢は少女、夕菜の顔に銃口を突きつけた。夕菜の顔に初めて困惑の様子がうかがえる。
「お前は私の姉さんを石化して連れ去った!私が最も憎む最悪のアスファーだ!」
「ア、アスファー・・・?」
声を荒げる童夢に、夕菜の困惑がさらに広がる。
「アスファーって・・人を石や氷にしちゃう悪い人のことだよね・・・それが・・わたし・・・!?」
「おいおい、まだとぼけてるつもりか?今度のターゲットはその女か?」
混乱しきっている夕菜の反応に、童夢は呆れてあざ笑った。そして視線を苛立ちを現し始めた女性に移した。
「どういうつもりだか知らないが、アンタ、そいつと一緒にいると、裸の石にされちまうぞ。」
「えっ・・!?」
「どうやらまだそいつのアスファー能力を知らないみたいだな。そいつは人を石像に変える。しかも、その人の身に付けているものを全て壊してしまう付属効果を備えた能力だ。」
再び視線を夕菜に戻す童夢。
「姉さんもその石化にかけられて連れてかれた。今頃どこかで裸のままでいるはずだ。」
「え・・ええ・・・」
混乱している夕菜。もはやその声は言葉にはなっていなかった。
「コイツがどこかに隠しているはずだ!」
怒りに顔を歪ませて、童夢は夕菜に向けている銃の引き金を引いた。