作:G5
雫は私の親友だった。
いつも明るく、周りからも好かれていた。
私のことをいつも気にかけてくれたし、私も彼女が好きだった。
もし彼女が危険な目にあったら真っ先に駆けつけ、必ず助ける。
そのつもりだった。
しかし、彼女は突然いなくなった。
雫の両親も捜索願いをだしたし、私だって探した。
けれど彼女はみつからなかった。
私は絶望した。
彼女がいない世界に意味はあるのか・・・
雫がいなくなった次の日のこと、
学校からの帰り道
私の前に黒服の男どもが現れた。
私の家は道場をしていて、竜宮流薙刀術というものを教えていた。
家柄私も習っていたため、この程度の輩に遅れをとることはなかった。
「いったい私になんのようだ」
黒服達を薙ぎ払い、倒れている男たちに問いかける。
「くっ、まさかこれ程とは・・・」
黒服の男たちは起き上がりながら態勢を立て直す。
「まさか貴様らが雫を・・・」
「雫・・・ああ、この前の少女のことか、くっくっく・・・そうだとしたら?」
私の頭はそれほど利口ではない。
この状況で冷静になるほど私は出来た人間ではない。
頭で考えるより先に私は男に掴みかかっていた。
「きさまら・・・雫をどこへやった・・・」
私は怒りに身を任せ、男を怒鳴りつける。
「へ・・安心しな。まだ無事なはずさ、まだな・・・
場所が知りたければ俺達と来い。そうしたら教えてやる」
「私がこのままおとなしくついていくと思うか・・・」
男を締める腕が余計強くなる。
「いいのか・・・今この時もお前の大事な友達はどうなっていることやら・・・うっ」
男を掴んでいた腕を勢いよく振り下ろす。
投げられた男は壁にぶつかり意識を失う。
「ならさっさとそこへ案内しろ!!」
この時の私には雫を助けることしか頭になかった。
男たちの車に乗って私は雫のもとへ向かった。
〜数時間後〜
私は迷路を歩いていた。
男たちに連れてこられたのは人気のない工場跡地。
そこから目隠しをされてエレベーターに乗せられ、地下へ連れて行かれた。
そこで男たちのリーダーと思われる男からこの迷路の説明を受けた。
雫はすでにこの迷路をさ迷っているらしい。
なんとか見つけ出していっしょにここを出よう。
今は階段を一段上がったから2階か・・・
「ここのどこかに雫が・・・」
ここまで来るまでにみた石像が気になる。
まさか雫も・・・
いやだめだ、そんなこと考えちゃ・・・
雫を思うと悪い方へ考えてしまう。
ため息が漏れる。
ガタッ
そのとき物陰から物音が聞こえた。
「雫ッ・・・」
琴音はすぐに駆けつける。
「・・・・・」
そこにいたのは少女だった。壁のくぼみに身を潜め、肩を震わせ怯えている。
腰までのばした薄紫色の髪が美しい。
雫でなかったことに落胆したが、この少女もさらわれた娘なら放っては置けない。
「どうした、動けないのか?」
少女は怯えているのか震えて動こうとしない。
「・・・私はある友人を探している。仲の良かった友だ。そのためにここに来た。
もしよかったらわたしと来ないか?君は私が守る。」
少女に右手を差し伸べ私は少女の返事を待つ。
少女は少し戸惑っていたが、やがて手を握った。
「よし、それじゃあ名前を聞こうか?」
「・・・・・・萩百合 栞(はぎゆり しおり)・・・」
「そうか、では栞、行こうか」
「・・・はい・・」
そうして私たちは歩き始めた。
これがほんの少しの間、わずかの友情を紡ぐ栞との出会いだった。
「ちっ、やっかいだな・・・」
私たちは3階へあがる階段の近くに来ていた。
階段のある通路の前には牛顔の怪物がうろついていた。
「・・・ミノタウロス、ミダスの伝説に出てくる半人半鬼の怪物・・・
でもあれはファンタジーに出てくるタイプ・・・目が一つしかない・・・」
栞がよく分からない言葉をいれながらあの怪物の説明をする。
どこか目が輝いている気がするが・・・
「栞・・・?もしかして、楽しんでる?」
コクコク
栞は顔を少し赤らめ、恥ずかしそうにうなずく。
はぁ〜
ため息が漏れる。
まぁそれはさておき、目の前の怪物をどうにかしなくてはな・・・
「栞、君はここで隠れていてくれ。私がやつを引き付ける。すきを見て階段へ走れ。」
栞は不安そうな顔をしたが、一応うなずいてくれた。
「よし、では行くか。」
私は栞の笑顔を向け、やつの方へ駆けていく。
私に気づいたミノタウロスは手に持った斧を振り上げ突っ込んでくる。
「来い怪物、私が相手だ。」
突っ込んでくるミノタウロスを難なくかわし、栞が隠れている方から遠ざける。
走る私を追いかけるミノタウロス。
私は必死で逃げた。今の私には戦う術がない。武器があれば戦い用があるのだが・・・
どうやってやつを振り切るか・・・そう考えて角を曲がった。
カツっ
「あ・・」
ドンッ
私は転んでしまった。一体何に躓いたのか・・・
「・・・・これは・・・」
ミノタウロスが琴音に追いつく。が、ミノタウロスは目を見開いた。
琴音はラクロスで使うラケットを片手にゆうゆうと立っていたからだ。
「これで貴様に遅れはとるまい、獲物が手に入ればこちらのもの。」
琴音はラケットを構え、ミノタウロスの攻撃に備えた。
モ〜〜〜
突っ込んでくるミノタウロス。しかしそれでも動こうとしない琴音。が、次の瞬間・・・
シュピーン
と煌めく音がしたと思ったらミノタウロスは床に倒れていた。
「・・・『飛天一の型 辻雲』・・・」
一撃でミノタウロスを倒す琴音。
「ふう、なれない道具で心配だったがなんとかなったな」
ここに長居する意味もない。早く栞と合流しなくては。
琴音は栞と別れた地点まで戻ることにした。
栞は隠れていたところから一歩も動いていなかった。
「どうして行かなかった、私が必ず戻る保証はないのだぞ?」
栞は顔を上げ、無表情なのかよく分からない顔で言った。
「あなたを信じてました・・・・」
まったく、この少女は・・・
琴音はあきれたような、また微笑んだような顔をして、栞と階段を目指す。
階段を登るとそこは少し広い部屋と一本の通路があった。
そして私は通路の先を歩く少女の姿を確認した。
「しずくっ・・・・・」
私はすぐに息を殺した。
彼女の安全を確認した・・・そこまではよかった。
ただ彼女のとなりにいる女性、その人が気になった。
いつもいろんな道場を回っている彼女は気配だけでその人の本質を見ることができる。
女性から感じた気配は偽善、そして欲望。
女性の性格が分かる。あの手の輩は人をチェスの駒くらいにしか思わない。
雫が危険だ・・・
すぐに雫から引き離そうとしたが、彼女のポケットにあるものが気になる。
あのふくらみはおそらくレディース用の銃、今仕掛けて雫を危険な目にあわせるわけにはいかない。
「今は様子を見るしかないか・・・」
握りこぶしを固く握る琴音。
雫達が上にあがるのを見届け、私たちも後に続く。
4階にあがり、すぐに雫達を探したが見失ってしまった。
「くそ・・・いったいどこに」
焦る私を心配そうにのぞきこむ栞。
「ああ、すまない・・・彼女のことになるとどうしてもな・・」
心配してくれる栞に微笑みかけ、雫達を探そうと歩きだそうとした。
ドンッ
なにかが破裂した音が聞こえた。
嫌な予感がする・・・
私は音のした方へ走る。
音がした場所に着いた時、私は愕然とした。
そこにいたのはしゃがんだ格好で後ろに振り返る姿のまま動かなくなった雫だった。
雫の体は透明なガラスになってなっていた。
「守れなかった・・・雫を・・・守れなかった・・・」
私は涙をこぼしながら膝をつく。
「どうして・・・雫が・・・」
考えても分からない。怪物にやられたのか・・・それとも・・」
遅れてきた栞が私の肩に触れる。
「ああ、ありがと・・・!?」
栞の方を向こうと振り返る私の眼にあるものが映る。
私は床にあったそれをとると怒りで頭がいっぱいになった。
それは空の薬きょうだった。
それはつまり、あの女が雫を・・・
栞を雫の近くに残し、私は女を追いかける。
雫の仇を討つために・・・
女の後ろ姿を確認した。
「待て!」
女を呼び止める。
「あなたですね、雫をガラスの像にしたのは・・・」
そう問いただす私に女は、
「そうだとしたら・・?」
詫びることもなく笑いながら話しかける女性。
「よくも雫を・・・許さない!」
私は激昂した。女は銃を構え、臨戦態勢をとった。
「私は竜宮寺 琴音(りゅうぐうじ ことね)。竜宮流薙刀術師範。我が友の敵、ここで晴らせてもらう。」
そういって突っ込む琴音。
女は銃弾を撃つが、全てラケットで弾く。
「!?」
ひるむ女の隙をつき、一足飛びで迫る琴音。ラケットを振り上げ、銃を弾く。
「くっ」
銃を拾おうとする女をラケットで組み伏せる琴音。
勝負は一瞬で決まった。
「くっ、まさかこんな形で負けるなんてね・・・」
「殺しはしません。ただその地図だけは奪わせて貰います。」
雫の前には箱があった。この女が雫を撃った理由として妥当なのはその中身の強奪。
ならこの地図が最有力。
そういって手を伸ばす琴音に隠していた香水を顔にかける女。
「くっ」
とっさのことに目を抑える琴音。
そのすきに女は琴音の腹を蹴って逃走する。
「ふん、油断大敵だよ」
「待てっ・・・」
振り返ることなく走り去る女。
やがて視力が戻り始め、女の後を追う。
しばらく通路を走り、角を曲がるとそこには人の腕らしき石が地図を握っていた。
「これは・・・」
琴音は驚いたが、それが女のなれの果てだと分かると
「・・・・・・・哀れな・・・・・・」
あんなに怒りで満ちていた頭もいつの間にか冷えて、
女のなれの果てに憐みの視線を送る。
琴音は石の手から地図を奪うと、その場を静かに後にした。
「待たせたな・・・」
私は栞と雫の待つ場所まで戻ってきた。
栞は安堵の笑みを浮かべて私のもとへやってくる。
どうやら彼女なりに雫を守ってくれたようだ。
「ありがと・・・雫を守ってくれて」
少女は首をフルフルと横に振ると
「あなたにこれ以上悲しんで欲しくないから・・・」
「琴音でいい、そう呼んでくれるとうれしいな」
「・・・琴音、もう悲しまないで・・・彼女もそんなことは望んでない・・・」
「栞・・・ありがと・・」
私たちはそっと抱き合い悲しみを和らげた。
雫に別れを告げ、私たちは先へ進む。
雫を守れなかった。もしあの時行動していたら雫はこんなことにはならなかっただろうか・・・
だが、悔いたところでどうしようもない。
いまは私のとなりで笑うこの少女の笑顔を消したくない。
次こそは守る。絶対に・・・
心に誓う琴音であった。
手に入れた地図とラケットのおかげで私たちは順調に進み、8階まで来ていた。
「だいぶ進んだな、もうすぐ地上に出られるぞ。栞。」
「・・・うん、琴音・・・・」
そんな私たちの前に現れる黒いフードに身を包んだ男。
「よくここまで来れたな・・・暇だったんだ、少し遊んでいってくれないか?」
「われわれに遊んでいる時間はない、さっさとここを通らせてもらう」
黒フードを無視し、先を急ごうとする琴音。
「そうはいかないんだよね〜」
そう言いながら黒フードの手の裾から琴音に向けて何かが飛び出す。
「・・・フンッ・・・」
琴音はラケットでそれを弾く。
「ほう・・・やるな、おれの糸を弾くとは」
「お前の攻撃など私には利かん、おとなしくそこを開けるんだな」
琴音は黒フードにラケットを向け、威嚇する。
「確かにあんたには利かないようだな、だが・・・・」
黒フードは横目で栞を見る。
「!?しまった、栞!?」
私がきずいた時にはすでに糸は栞めがけて飛んでいた。
「くそっ・・・・」
私は栞を吹き飛ばす。
「うっ・・・」
栞は倒れたが、なんとかやつの攻撃から守ることができた。しかし、
「琴音!?・・・」
私はやつの糸につかまってしまった。両手両足、それと腰を糸にとらえられ、身動きがとれない。
「栞・・・その地図を持って先へいけ!」
「いや・・・いやだ・・・もう一人は・・・琴音と別れるのはいや・・・」
栞は泣きながら訴える。
「私は大丈夫だ、こんな糸すぐに何とかして追いかける。だから先に行け」
「で・・でも・・・」
「さっさと行くんだ!!」
ビクッ
栞は驚いたのか走って先へ行く。
「そうだ、それでいい・・・」
栞が行ったことを確認し、私は安堵のため息をつく。
「いや〜感動的だね〜、自己犠牲の精神は」
「よく黙って見過ごしたな・・・なにか企んでるのか?」
「いや別に・・・今月のノルマは君だけで十分だしね」
「ノルマ・・・?」
「おっと、君には関係ない話だ。これから人形になる君には、ね。」
「人形・・・だと・・・?」
なにを言っている?
「分からないかな?君の両手両足の変化に?」
そう聞いて手を見る琴音。
「こ、これは・・・」
私の手の関節がおもちゃの関節のように球体になっている。
その浸食は手首の糸が触れているところから広がっている。
「私の糸に触れた部分は人形になるのだよ。それも一度浸食したら戻ることはない。」
そんな男の話をよそに浸食はすすんでいく。
腕と足が完全に人形になり、立つこともままならない。
腰が人形の関節のようになったので、もう起き上がることも出来なくなった。
私の腕が、足が人形になっていく。
人形になってしまったところは感覚がない。
不思議と悪い気がしなかった。
人形に変わっていくことに心地よささえ感じている。
もう胸まで浸食が進み、呼吸が苦しくなる。
「し・・おり・・」
栞は無事逃げることができただろうか・・・
彼女を守ることができた、けど・・・
「約束・・・守れそうに・・・・ないな、ごめん・・な・・」
とうとう顔にまで浸食が進み、髪は無機質な色に変わり、つやを失う。
「し・・・・ずく・・・・・・・」
親友の名を口にして、その役目を終える唇。
最後に瞳から精気が消え、彼女は完全な人形となった。
その瞳には涙が浮かんでいた。
「強気な少女もこうなると可愛いものですね」
黒フードの男が空間に切り込みを入れるとそこから無数の糸が飛び出し琴音の体にからみつく。
すると琴音の体は立ちあがり、切れ込みに歩いていく。
琴音が切れ込みに入り、フードの男も中に入る。
切れ込みが消え、通路を動くものはなかった・・・
竜宮寺 琴音・・・記録:8階
栞を庇い黒フードの男に人形にされ、異空間に連れ去られる。