カタ迷路 第2章 「玲」

作:G5


五月が石像にされるすこし前、水無月 玲(みなつき れい)は迷路の中を歩いていた。
「ここは一体どこなのよ・・・」
彼女は身長も高く腰まで伸びた黒髪が美しいと、高校の中でも評判が高かった。人望も厚く、クラスでも委員長を任せられるほどだった。
彼女はきわめて冷静で、この異常な空間でもおのれを見失うことはなかった。
彼女が見たものは五月と同じく、落とし穴のに落ちて石となった少女達の姿だった。
その光景を見て玲が感じたことは一つ。
(このままだと私も同じ運命に・・・)
多少の恐怖があったが、それでも進まなければ先はない。
彼女は決断した。

しばらくすると、ドスンという音を玲は聞いた。
「何の音・・・?」
罠かもしれない。そう思ったが、とりあえず確かめることにした。
音のした方に行くと、階段があった。
その前には、バッグが転がっていた。
バッグは何か青い半透明のゲル状のものがついていたが、それもやがて蒸発していった。
バッグの中を開けてみると高校生のものだろうか、教科書やタオルなどが出てきた。
「・・拝賀・・五月・・・」
バッグのなかのノートにはそう書いてあった。
このバッグの持ち主だろう。それと一緒に紙切れも入っていた。
「これは・・・」
それは地図だった。それもこの階の。細かく書かれた紙には少女の字で罠の位置などが書かれていた。
「・・・この階の地図があってもな・・・」
上に行く階段は目の前にある。
たいして役に立ちそうにはないが、とりあえずもっていこう。
「あと役に立ちそうなものは・・・これなんか使えそうだな。」
手に取ったのはラクロスのラケットだった。武器はあった方がいい。
そう思い、ラケットを片手に階段を登っていった。

2階に上がるとそこに一体の石像が立っていた。
玲より少し背が小さく、なにか苦しそうな石像はおそらく下の荷物の主に違いないと思った。
「被害者のいるところに長いは無用だな・・・」
罠があるかもしれないと思い、玲は早々に立ち去った。
もう少し遅ければ、玲も五月と同じくスライムにやられていただろう。
少し歩くとそこはまるで犠牲者の森だった。
逃げる格好のまま凍ってしまった中学生くらいの少女。
わけもわからず唖然とした表情のままブロンズ像にされた大学生くらいの女性。
泣きながら金色に輝く像になった小学生程の少女。
自分もああなるのかもしれないと怯えながらも、なんとか罠には掛からずに進むことができた。
「まったく、夢なら覚めて欲しいな・・・くそっ」
悪態をつきながらも前へ進む彼女は手前の角で影が揺れるのを見た。
玲は慎重に角に近づき、奥を覗いた。
「・・・なんなのよ・・・あれ・・・」
そこにいたのは、一つ目の牛の化け物。
その姿はまるで迷宮の冒険者を襲うミダスの怪物、ミノタウロスを想像させるものだった。
「なんであんなのがいるのよ・・・」
さすがの玲も化け物を目の前にすると。多少驚いたが、すぐに落ち着きを取り戻した。
「冷静になるのよ、玲。あんな化け物に真正面からぶつかったって勝ち目なんかない。」
なやむ玲の眼にあるものが浮かんだ。

玲は通路を回り込みさっきと反対の場所に来ていた。
すると玲は持っていたラケットを思いっきり投げつけ、すぐにもと来た道を戻り始めた。
ミノタウロスは音のした方を向くと、そっちの方へ歩いていった。
そのすきに玲はミノタウロスの後ろに回り込み、そっと通路を後にした。
少し行った場所には3階へ向かう階段があった。
「ふう・・・なんとかうまくいったみたいね・・・」
安堵した玲だが、うかうかしていられないため、すぐさま階段を登っていった。

3階はまっすぐな通路が伸びるだけの一本道だった。
犠牲者も見当たらず、とりあえずの危険もないようだった。
玲はあしを進めた。しかし、彼女は油断していた。
ミノタウロスに追われた疲れからか、足元に注意を払っていなかった。
ポチッ!!
静かに音がなる。
最初は何かわからなかったが、直に頭もついてくる。
(・・・しまった・・)
とりあえず、走る。少しずつ視界が白くなってきた。
なにか白い霧が辺りを包む。
「なに・・・これ・・・変なにおい・・どこかで・・」
どこかで嗅いだ事がある。そう思った瞬間、変化は起きた。
足が動かなくなった。おかしいと思い、足を見ると白く固まっていた。
「うそっ・・・なにこれ、蝋・・・?」
それは蝋だった。溶けた蝋が霧状になって周りを包んでいたのだった。
その蝋は瞬く間に玲の体を白く染め上げていく。
突き出たおしりも、引き締まった腰も、大きく育った形のよい胸も、蝋霧は全てを染め上げる。
「うっ・・・あっ・・・」
やがて手まで固まると、持っていた地図は地面に落ち、ブロックの隙間からどこかへ消えていった。
蝋霧が晴れるとそこには純白の輝きを放つ白き乙女の姿があった。
動かない体に絶望し、少し涙ぐむ乙女はどこか哀愁を漂わせていた。
玲は蝋人形になった。
生き物の気配のない迷路で石の動く音が響いた。
その後、白き乙女の姿はどこにもなかったという・・・


水無月 玲・・・記録:三階通路


   罠を踏み蝋人形化

つづく


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