石獣退魔聖戦 第一話 解き放たれた獣

作:牧師


桜華神女学院、山間にある初等から大学まで、一貫教育のお嬢様学校。
生徒は寮で暮らし、生活に必要な物の殆どが、学院内の施設でそろう。

閉鎖された空間で起きた事件は、外部に漏れる事無く、真相は闇の中に・・・。

強い大型の台風が学院のある地域も襲い、少なからず被害を出していた。
山の中に祭られていた、古い小さな祠も壊された事に気がついた者は居なかった。

跡形も無く破壊された祠の周りには、祠の物と思われる紅い木材の破片と、
無数の陶器の破片が散乱していた。

その祠には古より【石獣】が封じられて居た。

数週間後

日の暮れたテニスコート。
学院内で来週行われる対抗戦の為、沙耶は親友の瑞穂と残って練習を続けていた。

「ナイスリターン、それっ」
瑞穂の返した球を、沙耶が力いっぱい打ち返した黄色いボールがコートを跳ねる。
「まいったわ、そろそろ終りましょう。頑張り過ぎると明日また居眠りするわよ」
最近の練習の影響で、沙耶は授業中居眠りする事が多かった。
「平気平気、次のインハイで優勝すれば、いくら赤点とっても大丈夫だし」
逆に言えば、インハイで成績を残さなければ、沙耶は留年もありえる成績だった。

沙耶は首に掛けたタオルで汗を拭い、部室に向かって歩き出した。
「えっとスイッチは、あった」
沙耶は手探りで壁にある照明のスイッチを探し、電源を入れる。
まだ明かりが必要な時間では無い事に、二人はこの時は気にもしなかった。
「ふぐっ」
赤茶色の触手が音も無く瑞穂の口に滑り込み、手足を絡め、天井に引きずり上げる。
沙耶は後ろで起きている事態にまったく気が付かなかった。
「ふんふんふふん〜♪」
鼻歌を歌いながら、沙耶は自分のロッカーを開け、ハンガーを取り出すと、上着を脱ぎ
桜華神女学院の制服に着替え始める。
「んっ、んんんっ、んぁっ」
口を完全に触手で塞がれ、瑞穂は声も出す事が出来ない。
ニ本の触手が大きく十字に割れ、靴ごと瑞穂の左右の足を呑みこんで行く。
「んんっん〜っ、んんんっ」
瑞穂は涙を流しながら、力の限り足を動かし、触手から引き抜こうと試みるが、
触手が太ももまで飲み込むと、次第に足が自由に動かなくなる。
『どうしてこんな事に?何なのよこれ、沙耶お願いだから、気が付いてよ!』
瑞穂の心の叫びも虚しく、沙耶は上機嫌で着替えを続けていた。
その時、足を呑み込んだ触手が、少しの間ゴボゴボと不気味に動き、やがて止まる、
そして、ゆっくりと瑞穂の足から離れていく。
『足が石に!!、何?どうして?こんな事が起きるの、この触手何なの?』
ドロドロとした液体の付いた、触手から引き抜かれた足は、灰色の石に変化していた。
もう片方の足も同じように、呑込まれたままの形で石化していた。
灰色の石に変化した足に白いシューズとソックスが履かれていた。
『いやっ、助けて、沙耶!!』
瑞穂の周りには十字に口を開いた無数の触手が、ドロドロの粘液を滴らせ、
そして一斉に体中に襲い掛かった。
パキパキパキと乾いた音を立て、触手に喰い付かれた部分が灰色に染上げられて行く
同時に口に差し込まれた触手がゴボゴボと動き、瑞穂の顔が動きに合わせ石に変わる。
『沙・・・耶・・・』
石に変わり行く瑞穂が最後に見たのは、地面から沙耶に伸びる一本の触手の姿だった。

ゴトッ。

何か重い物が落ちた様な音に気が付いて、沙耶は後ろを振り向いた。
「何?あ、瑞穂!!あっ、んぶっ」
沙耶が石像になった瑞穂に目を向けた瞬間、赤紫色の触手が沙耶の口に潜り込んだ。
『息が苦しい、何が起きてるの?』
沙耶の体にも無数の触手が巻き付く、そして地面に黒いシミが出来たかと思うと、
そこから巨大なイソギンチャクの様な石獣が現われた。
『いやっ、気持ち悪い』
石獣は赤紫色の触手を使い、沙耶の着ている制服を破り裂き、体から引き剥がした。
靴や靴下までも器用に体からぬがして行った。
イソギンチャクの様な石獣から伸びた、赤紫色の触手に絡め取られ、
沙耶の体は大きく開いたイソギンチャクの上部の口に、ゆっくりと運ばれて行く。
『いやっっ、いやあぁぁっ、生暖かくて気持ち悪い』
ドロドロの生暖かい粘液を先からボトボトと垂れ流す赤紫色の触手の感覚に、
沙耶は心の底から嫌悪していた。
触手はイソギンチャクの上部の口で、沙耶のお尻を咥え込んだ。
『何するの?いや、誰か助けて!!うわぁっ』
ゴボリと音を立て、イソギンチャクの石獣は沙耶を丸呑みにする。
『た・・・食べられちゃった、いやっ助けて!!私を食べないで〜!!』
石獣の内部で沙耶は抵抗を試みたが、プニョプニョと厚い肉を叩く事しか出来ない。
壁肉から無数の細く白い触手が現われると、沙耶の全身に吸い付いた。
『いやぁーっ、そうしてこんな目に遭わないといけないの』
白い触手に吸い付かれた所が、白い煙をシュウシュウと上げながら石に代わっていた。
『体が石に!!いやっ、やめてよ』
沙耶は力の限り体を動かしたが、石に代わっていく体は徐々に自由を失っていった。
黄色く長い一本の触手が、沙耶の胎内に侵入し、ピンクの霧の様な物を噴出した。
『なに?あ、何なの、この体が融ける様な感覚、わたし・・・融けてるの・・・』
赤紫色の触手が引き抜かれ、代わりに透明なホースの様な触手が口に潜り込む。
『わたし・・・消えて・・・』
口の透明な触手は、沙耶の体から金色に輝く物が次々に吸い上げられていった。
石獣はしばらくその大きな体をゴブゴブと蠢かせていたが、やがて動きを止めると
粘液に塗れ、灰色の石像に変わり果てた沙耶を、床にゴトリと吐き出した。
やがて石獣が床にズブズブと消えていくと、後には沙耶と瑞穂の石像だけが残った。

数時間後

「まさかと思ったけど、こんな事が起きてるなんて」
床に横たわる沙耶と瑞穂の石像を見つめ、天音が呟いた。
息を切らせながら、梓がテニス部の部室に走り込んで来た。
二人に視線を向けると、目を閉じて沙耶と瑞穂の石像に祈りを捧げた。
「結界に気がついたのは桜宮先輩と私だけでした、もっと早く気がつけば・・・」
「早く気がついてたら、私達も此処に石に変えられて並んでるわ」
石に変わった沙耶の体を丁寧に調べながら、天音は冷たく言葉を続けた。
「間違い無く石獣の仕業ね、まさか封印が解けてるなんて・・・」
天音の表情は何処か怯えているようにも見えた。
「先輩顔色悪いですよ?大丈夫ですか?」
梓が天音の体調を心配して声をかけると、天音はにこやかに微笑んだ。
「大丈夫、少し昔の事を思い出してただけ、それより真由達を呼び出して貰えない?
 この人達を社務所に運び出さないと・・・」
天音は後輩達を呼び出すと、沙耶と瑞穂の石像を慎重に学院内の社務所に運ばせた。


祓い衆・・・、古より妖かしや石獣などを封印・退魔を行って来た巫女の集団である。
裏で国の庇護を受け、その代償に命懸けで退魔を遂行してきた。
この学院にも十人の祓い衆が居たが、まだ若く、経験も浅かった。

「皆集まったわね」
夜遅い時間だったが、天音は祓い衆のメンバーを集めた。
「この学院に石獣が現われたわ、数は不明、種類も不明、打つ手が無いわ。
 既に犠牲者は見つかっているだけで二名、そう、さっき運び込んだ石像の娘達よ」
天音が淡々と話すと、親友の優菜が話し掛けて来た。
「石獣か・・・、間違い無いのか?他の妖かしの可能性は?」
優菜が言うと、天音は裸で石像に変えられた沙耶に視線を向け、皆に言った。
「この子は精気だけ無く魂も吸い尽くされてるわ、こんな事が出来るのは石獣だけよ
 可哀想にこの子はもう完全に人では無く、ただの石像よ」
何人かの瞳には涙が浮かんでいた。魂と精気を吸い尽くされ、体を石に変えられては
二度と元に戻る事が出来ない事を、幼い頃から教えられていたからだ。
「皆、これから言う話を忘れないで。石獣や結界を発見しても無闇に近寄らない事
 襲われてる人を見ても助けに行かない事、古文書を調べて種類と能力の特定する事」
天音の言葉に皆お驚き、まだ幼い美月が口を開いた。
「天音お姉ちゃん、襲われてる人を助けなくて良いの?」
美月の言葉に天音は冷静に答えた。
「助けに行けば美月も一緒に、魂と精気を吸い尽くされて石像にされるだけよ」
幼い美月を諭すように、厳しい口調だった。
「他の皆もいいわね?宗家に連絡して退魔符や破魔矢、薙刀、霊刀などを送らせるわ、
 石獣の退魔に必要な装備が揃うまで我慢するのよ」
夜遅くだった事もあり、天音はそれだけを伝えると、メンバーを自室に戻らせた。

「御免なさい、貴方はもう助けられないの」
一人になった後、天音は沙耶の石像に向かい、涙を流しながら謝り続けていた。

天音は幼い頃、住んでいた村が一体の石獣に襲われ、両親も含め全員石に変えられ、
妹の清音と二人だけが助かったのだった。

祓い衆の巫女達と石獣の長い戦いの始まりだった。

つづく


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