エッグゲート 二話 忌わしき場所

作:牧師


 二〇一〇年の元旦、人々は新年を迎えたという喜びよりも、また一年、生き延びる事が出来たという事実に喜びを覚えていた。
全ての人々が僅かな自由のなか、平穏な暮らしをしていけるのは、魔族類を倒す事で得られる【魔結石】の恩恵であった。
 勿論、実際には魔結石だけではなく、他にも様々な触媒や装置が必要であったが、全ては魔結石が無ければ始まる事は無かった。
それだけに魔結石の需要は留まる事を知らず、運良く生き延びた権力者達や資産家達は、我先にと数少ない高品質な魔結石を求め、
手に入れた魔結石を惜しむ事無く使用し、まるで要塞の様に結界を張り巡らせて、その中で不自由な自由に満足して暮らしていた。

 雪が降り積もった建ち並ぶ家に人の住んでいる気配は無く、家々の庭は枯れた雑草が所狭しと埋め尽くした、とある廃棄地区。
この地区で二〇〇五年に無数の魔物類と、一体の淫魔類が確認された。
魔物類と自衛隊の戦いは熾烈を極めた。激しい銃撃が一週間に亘り繰り広げられ、かろうじて発生した魔物類の殲滅には成功したものの、
街の住人の、じつに九割以上が犠牲となった。
 それ程の犠牲を払ったにも拘らず、最終的に淫魔類を殲滅する事は叶わず、生き延びた住民は自衛隊に守られてこの街を後にした。
その後、この街と周辺区域は数キロに亘って立ち入り禁止の廃棄地区に指定され、石像に変えられた人々もそのままの状態で放置されていた。

「こちら麗子、周辺に魔物類の反応無し、警戒しつつ魔結石と落し物の回収を続ける……。そちらの様子は?」
 全身黒い装束に身を包んだ少女が、胸に付けた黒い小型のトランシーバーを使って、他の少女と連絡を取っていた。
少女の名前は喜多川麗子。連絡を取っている少女は市岡紗枝といい、普段は廃棄地区のある街から数十キロ離れた所にある小さな町に住んでいる。
麗子達は、魔結石を集め、それを国に売り払ったり、資産家達に直接下ろしたりする魔結石専門のハンターだ。
 魔族類や淫魔類との戦闘は行わず、最低限の武装と高性能な探知機、通信機器を揃え、廃棄された地区や山野を巡り、
委棄されたままの魔結石や、廃屋に放置されている貴金属等を無許可で回収していた。
「こちら紗枝、こちらも周囲に魔物類の反応……、あれ?………一瞬だけあり、誤反応の可能性高いが十分な警戒を行う、以上です」
 麗子達が持っているのは、小型のノートパソコンを改造した探知機で、魔物類が出す特殊な電波に反応し、
ディスプレイに赤く表示するタイプの物だ。
 他にも同様の探知機は無数に販売されているが、一般家庭では魔物類の出す臭いに敏感な犬を、探知機の代わりに飼っていたりもした。
『全く、高いんだからちゃんと動いてよね……。あんな姿になんて、なりたくないんだから………』
 紗枝が見たのは、周囲に無数に建ち並ぶ人の形をした石像だった。
子供を抱かかえ、そのままの姿で石に変わった母親と、抱かかえられたまま石像に変わった少女、そしてそれを守る様に建ち並ぶ自衛官の石像。
それだけで此処で何が起きていたのか、容易に想像する事ができた。
 紗枝はその母娘の石像に近づいて、足元に転がっていたビー球程の大きさの魔結石を拾い集め、魔結石を腰のポーチに収めてその場所を後にした。

 一時間後、麗子は背負っていた小型のリュックサックに半分程の魔結石を集め、この街で最も忌まわしいと言われている場所の前に立っていた。
麗子の目の前にある建物は、この地区最大の女子校のあった場所で、淫魔類に襲われた場所としても、世に広く知れ渡っていた。
 この学校の中央校舎の裏庭にある小さな池に、この街で最も忌まわしいと言われる由縁が存在した。
その小さな池は、校舎の中で宝石像に変えられた少女の秘穴から流れる、甘酢っぱい臭いのする粘りのある愛液で満たされている上に、
若干傾いた校舎の中から無限に滴り落ちる愛液が、今なお、枯れる事無く注がれ続けている。
「紗枝。聞こえる?今から例の女子校に侵入するわ。三十分経っても連絡がなければ、貴女だけでも町に引き返して……」
 麗子はそう一方的に伝えると通信を切り、愛液の匂いで満たされた校舎の中へと歩き始めた。

 他にもこういった場所は無数に存在するにも拘らず、この女子校が特に有名なのには訳があった。
この女子校に探索に入った者が過去に二人も無事に生還した事、そしてその二人がバレーボール程の大きさもある高純度な魔結石を持ち帰り、
一夜にして、周囲の街で知らぬ者がいない程の【魔結石長者】になった事だ。
 誰しも、石化と隣り合わせの、こんな危険なアルバイトを続けたいとは思っておらず、ある程度の魔結石と資産を入手した後は、
魔結石の結界に守られた安全な場所に住み、せめて、石像に変えられる恐怖とは無縁な生活を送りたいと考えていた。
 その為に麗子は、今日で魔結石ハンターを引退するつもりで、あえてこの街を魔結石の探索場所に選び、あわよくば、
この忌まわしい場所を探索する前に目標とする魔結石を手に入れたかったのだが、既に街に委棄されていた魔結石の殆どは回収され、
残っていたのは純度、大きさ共に今ひとつな魔結石ばかりだった。
その為麗子は不本意ながらもこの忌まわしい場所で、高純度で一定以上の大きさを持つ魔結石を捜すしかなく、意を決して虎穴とも思える玄関を潜った。

「うわっ………、凄い臭い…、それにこれ…、粘ついて…歩きにくい……」
 麗子が廊下を歩く度に、その足元で半乾きになった淫蜜が、ブーツの底に張り付いて糸を引き、まるで何人もの少女が自慰に興じているかの様に、
クチュ…、ニチュ…、という淫猥な音をたてていた。
 校舎内には、廊下で宝石像に変えられている少女や、掃除ロッカーや教卓の下で宝石像に変えられている少女達が無数に存在した。
数年前、淫魔類の襲撃により宝石像に変えられた女性の数は、教師を含めると七百人を越えていた。
その七百体以上の宝石像の恥穴から滴り落ちる銀蜜は、少し傾いた校舎の廊下を伝い、裏庭の池へ流れ込んでいた。
 麗子が魔結石を探し辺りを見渡すと、意識しなくても宝石像に変えられた少女達が視界に入った。
ある小柄な少女は、机の下で胸や秘穴をまさぐり、少女とは思え無い淫猥な表情を浮かべて宝石像に変わっていた。
その隣では、床にM次開脚で座り込んだ少女が、何かを恥穴に突っ込んだ格好で宝石像に変わっていた。突っ込んでいた何かは消滅していた為、
大きく口を開けた膣穴から、コポコポと音を立てて愛液を垂れ流し続けていた。
 麗子は宝石像を見て、頭の隅にある考えがよぎった。どの少女も宝石像に変わりたくて変えられた訳ではないと分かってていても、
その淫靡で幸せそうな表情を見ると、むしろ進んで宝石像に変わったのではないか、と言う錯覚すら覚えた。

「あ………アレは!!」
 慎重に各階を探索していた麗子は、ついに三階の三年E組と書かれた教室の奥で、バレーボール程の大きさの魔結石を発見した。
魔結石を手に入れる為に、麗子が数歩駆け出した時、教室の隅に蹲っていた宝石像がゆっくりと立ち上がり、その妖しい瞳で麗子の姿を捉えた。
無数の宝石像に変えられた少女に紛れ、獲物が餌に飛び付くのを待っていたのは、数年前、この学校を淫像で埋め尽くした淫魔類だった。
「残念だったわね、アレが欲しかったんでしょ?でも……、そんなに何度も上手くいくと思うの?」
 全身真っ青の淫魔類が、自らに向って歩み寄ってくる事が分かっても、麗子は指一本動かす事ができなかった。
それどころか、麗子は淫魔類の姿を見ただけで、身体の奥底から沸いてくる劣情を抑え、淫欲に支配されない様に精神集中する事で精一杯だった。
麗子がどんなに我慢しても、淫穴の奥から染み出した愛液はショーツを濡らし、やがて宝石像に変わった少女達の愛液と共に、狭い教室の床を流れた。
『こ……こんな事が…、あと少し……、あと少しだったのに…、何もされてない筈なのに……、身体の奥から疼いて……、濡れ…て……』
 淫魔類が麗子の僅か一メートル程前に立ち、軽く手を上下させただけで、麗子の衣服は勿論、高価な探知機も魔結石が詰まっていたリュックも、
全て細かいサファイヤの粒に変わり、愛液で湿った教室の床へ散らばった。
 サファイヤに変わらなかったのは、リックサックに詰まっていた魔結石と、護身用のエアガンに装填されていた特殊な加工のされた弾だけで、
その全ては教室の床を転がり、やがて教室の壁に当たって止まった。

「ふふふっ……、良い、その表情、とっても良いわ………。そんな顔をして我慢する事なんて無いのよ、素直になって思う存分快楽を貪りなさい」
 淫魔類の催淫の術は個体により異なる。直接肌を合わせなければ安全な淫魔類もいれば、淫魔類にある程度近づくと、催淫効果を受けるタイプもいる。
他にも、淫魔類と目を合わせる事で催淫の術を受けるタイプや、淫魔類が発する声を聞いたり光に触れる事で催淫の術を受けるタイプもいた。
 麗子の前に現れた淫魔類は、近づくだけで催淫の術を掛ける事ができるだけでなく、指先から発する光で、人間では理解出来ない文字を空中に刻み、
それを目標に翳す事で、様々な効果をもたらす事ができた。
 淫魔類は麗子の目の前で幾つもの呪を刻み、一つずつ麗子に術を施してその反応を楽しんでいた。
「ふぁっ…、な…に…、あぁぁっ!!」
 麗子はたとえ目の前の淫魔類に力及ばなくとも、決してその催淫の術に屈して周りの少女達の様に、淫乱な姿の宝石像には変わるまいと心に決めていた。
それ故に、唇を噛み締めてもたらされる快感に耐え、湧き上がる劣情や淫欲を強固な精神で、この時までは押さえ込んでいた。
しかし、淫魔類が最初に呪を施した時、湧き上がる淫欲を抑える事が、いかに無謀な試みであったか、麗子はその身をもって教えられた。
 凍える様な一月の寒気に艶やかな裸体を晒していても、まるで常夏の楽園に居るかの様に身体は火照り、桜色に染まった肌には、珠の様な汗が浮いていた。
汗や淫蜜が肌を伝うだけで、敏感な肉豆を舐られた様な快感が脊髄を駆け上り、麗子の視界にノイズを混ぜて、脳裏を白く塗り潰した。
 淫魔類が麗子に術を施す度に、理性はごっそりと奪い取られ、その代わりに精神を劣情が侵食し、麗子の脳裏を色欲で満たしていった。
汗ばんだ指で軽く胸を摩るだけで甘い快感は心を満たし、直ぐに麗子を絶頂へと押上げた。
しかし、もたらされる快楽はそれだけでは終らず、絶頂に達した事で身体が小さく震えた時、擦れる胸や、揺れた髪の毛が首筋や顔を撫でると、
更なる快楽が麗子を襲い、その度に終る事の無い絶頂に捕らえられ、そして二度と戻ってくる事はできなかった。
 麗子はまるで自分の身体の中で、数百人の少女が一斉に絶頂に達したかの様な錯覚に囚われたが、そんな事を考える理性など、何処にも残されてはいなかった。
激しい絶頂に幾度と無く達し、淫魔類に精気を吸い上げられた事により、麗子の身体は急速に青く染まり、教室の中に無数に存在する少女達と同じ様に、
淫靡な姿のサファイヤの宝石像に変わって人としての人生に終止符を打った。
当初、唇を食い縛り、もたらされる快楽に鋼とも思える精神で抵抗していた麗子だったが、宝石像に変わったその表情は、周りに無数に並ぶ少女達と同じ物だった。
 淫魔類が宝石像に変わった麗子の身体に指を触れると、麗子の身体はまるでマグネシュウムを燃やしたかの様に輝き、大きく開いていた恥穴から愛蜜を、
コポッ…コポ……と音を立てて、止め処無く流し始めた。

 麗子がサファイヤの宝石像に変えられた時、紗枝は忌わしい女子校の直ぐ近くまで来ていた。
探知機のディスプレイには、校舎内で大きな赤い点が一つ輝き、単独で動いている魔物類、もしくは淫魔類が居る事を紗枝に知らせていた。
 麗子から三十分経っても連絡が無ければ一人で帰れといわれていたものの、麗子の安否が分からないまま一人で町に帰る事など出来る筈も無く、
通信が途絶えてから四十分以上経っていたにも係わらず、紗枝は校舎周辺を探索しつつ、麗子から連絡が来るのを辛抱強く待っていた。
『麗子さん……、無事だよね……。こんな赤い点なんて何かの間違いなんだから。後五分だけ待って、それでも連絡が無かったら……、わたし………』
 紗枝はトランシーバーを外して両手で包み込み、祈る様な想いで麗子からの通信を待った。
一分一分がまるで一時間にも感じ、紗枝は時計の表示が狂っているのではないかと疑ったが、幾つかの時計は等しく時を刻み、紗枝の気持ちを焦らしていた。

「もう限界、麗子さん、行くよ」
 後五分と決めてから実に十七分後、紗枝は意を決して重い腰を上げた。
しかし、紗枝の向った先は街の外に続く廃道ではなく、愛液の匂いで咽かえす、忌わしい校舎の中だった。

つづく


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