エッグゲート 一話 命懸けの報酬

作:牧師


 野原を覆っていた雑草も少なくなり、山々の紅葉もすっかり終わって、雪が降り始めた二〇〇九年の十二月中旬。
夕暮れになると、カラスがカァカァと五月蝿く鳴き、山犬達も何かを警戒する様に尻尾を立て、辺りを睨みつけている。

 山の麓にある、大小数十戸程の家が立ち並ぶ小さな住宅団地でも、同じ様に飼い犬達が、ウゥ〜ウゥ〜と虚空に向って唸り声をあげていた。
「嫌だわ…、近くまであいつらが来てるのかしら…。タロ、家を守ってるのは分かるけど、ご飯はちゃんと食べるのよ」
 二階建ての白い家に住む、中野理沙は柴犬のタロの目の前に、山盛りの餌を置いて、急いで家の中に駆け込んだ。
「入ったよ。お母さん、魔結石の結界の出力を上げて、はやくっ!!」
 理沙の声を聞き、母親が居間にある、小さな枠にはめてあるテニスボール程の大きさの紫色の水晶玉を何度も回し、
その玉が眩しく輝くいた所で、ようやく水晶玉から手を放した。

 こうした行為は、この団地内だけでなく、世界中のあらゆる場所で行われていた。
理沙の母親が回していた紫色の水晶玉【魔結石】は、回したり、特定の振動を与える等すると、ある生物?が嫌う光を放つ。
その為、その生物が大都市や公共の交通機関に近づかないように、重要な場所には組織が責任を持って設置してあったが、
個人の住居や、過疎地の住宅街には組織が設置する魔結石の設備が無い為、個人で魔結石を入手し、設置する必要があった。
 しかし、魔結石は非常に高価で、また、店頭での入手も難しい為、多くの人間が、魔結石を手に入れる為に危険な行動に出ていた。

 翌日の午後、雑草の生い茂る山裾で、三人の少女が手に様々な武器を持ち、ある生物を追いかけていた。
「桂!!そっち行ったぞ!!」
 長身の少女が手に薙刀を持ち、藪を薙ぎ払いながら獲物を他の少女達が待つ場所へ追い込んでいた。
少女は黄色い小さなトランシーバーを胸元に付けており、それを使って他の少女と連絡を取り合っていた。
「こっちは了解。のどか、弾も高いんだから、あんまり無駄弾を撃たないでよね!!」
 桂と呼ばれた少女は手にガバメント(エアガンを改良して製造されている)を持ち、獲物が追い込まれるのを待っていた。
幾度となく、繰り返して来た筈だったが、この瞬間だけは言い様の無い不安に襲われる為、その不安を誤魔化す様に、
少し離れた場所で同じ様に銃を構える少女に憎まれ口を叩いていた。
「わかってるよぉ〜〜〜っ。桂ちゃんも、那絵ちゃんも油断しちゃダメなんだからっ〜〜〜」
 のどかがそう言い返した時、目の前の藪がざわめき、そこから一メートル程の大きさの羽根が生えた鼠が姿を現した。
鼠の顔に目は一つしかなく、その目が不気味に赤く光り、真正面からのどかの姿を捉えていた。
「やぁぁぁぁっ、その目で見ちゃ、いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 のどかは手にしていたベレッタのトリガーを引き、特殊な処理を施された弾丸をその大きな目に次々に撃ち込んだ。
羽根の生えた鼠は、赤い目から不気味な光る血を流して地面を転がり、キュイーッ、キュイィーーーッという耳障りな鳴き声を辺りに響かせていた。
 のどかは鼠が予想外に苦しんでいた為、それ以上弾を撃ち込まず、羽根が生えた鼠がそのまま息絶えるのを待った。

「あっ、桂ちゃん、那絵ちゃん。見て見て〜〜〜っ、もう少しで魔結石に変わると思うよぉ〜〜〜」
 のどかが鼠から視線を逸らして駆け寄って来た二人に向けた瞬間、羽根の生えた鼠は残された力を振り絞って身体を僅かに起こし、
短い手の指先から伸びる鋭い爪で、油断したのどかの右足のふくらはぎを深々と貫いた。
 鼠の爪に貫かれたのどかの右足は、はじめ夥しい鮮血を流して真っ赤に染まり、やがて出血が止まると、今度は灰色に変色し始めた。
「イタイッ!!やだぁっ………、足が…重くて…痺れて…動かなくなって……」
 羽根の生えた鼠の爪に貫かれたのどかの右足は、白い布を泥水に漬けたかの様に、じわじわと灰色に変色し、硬い石へと変化していった。
桂と那絵が急いで羽根の生えた鼠に止めを刺し、鼠の身体を魔結石に変えたが、のどかの体を襲った石化の進行が止まる事は無かった。
右足のふくらはぎから始まった石化は、数十秒程で太ももを越え、少しずつ範囲を広げながら、ゆっくりとのどかの身体を侵食していた。
柔らかな尻肉も、傷つけられていない左足も、まるで灰色のペンキに浸けたかように灰色に変色し、柔らかさと体温を失い、硬い石へと変わっていく。
「桂ちゃん…、那絵ちゃん…。やだよぉぉっ、石化が……止まんないよぉぉっ……、わたし…わたし……、石になるなんてやだよぉぉぉぉっ!!」
桂と那絵は励ます様に両側からのどかの手を握り締め、短い髪や頬を撫でて、のどかの石へと変わる恐怖を、ほんの僅か和らげる事が出来たが、
一分と経たないうちに、のどかは二人に抱き締められながら、髪の毛の一本も残さず、灰色の石へと姿を変えた。
 冷たい十二月の風が石に変わらなかったのどかの服を、バサバサとはためかせ、いつまでも大きな音を立てていた。

 のどかが物言わぬ灰色の石像に変わり果てた後、桂と那絵は日が傾いて、夕日が灰色に変わったのどかの肌を朱に染めるまで、その手を握り締めていた。
やがて桂がゆっくりと手を震わせながら離し、頬を伝う涙を手の平で拭いながら喉の奥から声を絞り出した。
「行こう那絵。のどかのおば様にこの事を伝えないといけないし。いつまでも此処に居るわけには行かないよ」
 桂は獣を腰のホルスターに収め、足元に転がっていたピンポン球程の大きさの魔結石を拾って腰のポーチに仕舞い、那絵の背中を軽く叩いた。
那絵はそれから更に数分程その場を動かなかったが、石像に変わったのどかに顔を近づけ「ごめんね」と小さく呟いて身体を起こして懐中電灯を灯し、
先に歩みだした桂の後に続いて、震える足でトボトボと歩き始めた。

 先頭を歩いていた桂は、のどかの母親に娘が石像に変えられた事実をどう伝えるか、その事だけを何度も何度も頭の中で考えていた。
魔結石を得る為に異形の生物と戦い、不運にも深い傷や怪しい術を受け、仲間を冷たく硬い石の彫刻に変えられるのは今回が初めてという訳ではなかったが、
それでも仲間を失う度に、その家族や恋人にその事を伝えるのは、伝える方も伝えられる方にも精神的にかなり負担を強いる事だった。
それに加え今回は、桂がのどかに「無駄弾を撃つな」と言っていた手前、「あんたが余計な事を言うから娘が石像に変えられたのよ!!」と言われたとしても、
何一つ言い返す事の出来ない状況でもあったからだ。
「のどかのおば様、凄く悲しむだろうな…。ねえ、那絵。何か言い伝え方ってないかな?」
 桂がそう呟いて後ろを振り返った時、そこに那絵の姿は無かった。
途中までは地面を覆いつくした枯葉を踏みしめる音が聞こえていた為、那絵が桂の後ろを付いて来ていたのは間違いなかった。
桂は那絵がのどかの元へ、何か形見でも取りに戻ったのかも知れないと考え、急いで来た道を引き返し、枯れた藪を掻き分けながら那絵の姿を探した。

 石像に変わったのどかの元へ戻るまでも無く、十分程戻った所で桂は那絵の姿を見つける事が出来た。
那絵は地面に一糸纏わぬ姿で右側を下にした状態で横たわり、右手の中指を恥穴に根元まで深々と飲み込ませ、左手の人差し指と中指をしゃぶり、
快楽で顔をトロトロに蕩けさせ、髪の毛を乱して自慰に耽った格好で、光り輝く赤いルビーの宝石像にその姿を変えていた。
 桂がルビーの宝石像に変わった那絵に懐中電灯を向けると、細い髪の毛や細い指に光が反射し、クリスマスのイルミネーションのように美しく光り輝いた。
その美しさに一瞬、桂は那絵の身に何が起こったか忘れていたが、すぐに我に返り、何が起こったか考え始めた。
「そんな、那絵まで………。何にやられたの?どうして服を着てないの?薙刀は?争った形跡も無いし、それにわたしが前を歩いてたのに気付かないなんて……」
 桂が周りを調べると、薙刀は柄の部分は無く、特殊な加工が施された刃の部分だけが残り、細かいルビーの粒に埋もれて那絵の直ぐ横に落ちていた。
那絵の服と思われる物も、同じ様に細かいルビーの粒に変わり、宝石像に変わった那絵の周りに鏤められていた。
特に異形の生き物と争った形跡は無かったが、那絵が普通に自慰に耽って絶頂に達しただけで、ひとりでにルビーの宝石像に変わる筈も無い為、
宝石像に変わる為の、何らかの術が何者かに施されたのは桂が疑うまでも無かった。
「一体何が………、んんっ……」
 辺りを調べていた桂の唇を、突然何かが塞いだ。
刹那の後、桂はそれが人の姿をした何者かの唇である事に気付いたが、そこから漂う、嗅いだだけで心の奥底から安らぐ様な甘く心地よい匂いと、
先程まで抱いていた不安や恐怖を拭い去る幸福な快楽に身を委ね、抗う事無く重ねられた唇を求め続けた。
 桂の唇を奪った何かが桂の纏う衣服に触れると、まるで最初からその形であったかの様に細かいルビーの粒に変わり、桂の裸体を伝わって足元に鏤められていった。
ホルスターに収められていた銃も細かいルビーの粒に変わったが、装填されていた特殊な弾とポーチに収められていた魔結石は、そのままの形で地面に転がった。

「あ……、あ…あぁ……、くぅぅぅっ」
 唇を解放された桂の口から漏れたのは、悲鳴でも、怒りの咆哮でも無く、まるで蚊の鳴く様な小さくか細い嬌声だった。
桂は音も無く腰から崩れ落ち、枯れ葉の敷き積もる地面にぺったんと鳶座りになった後、ネットリとした手淫を始め、自らの指先で切ない身体を慰めていた。
長い時間、山の冷風に晒されていた指先はまるで氷の様に冷たかったが、桂はその冷たい指先を躊躇する事無く生暖かい膣内に潜り込ませ、
膣内に溜まった体液をぷちゅっ、ぷちゅっと小さな音を立てて、足元に敷き詰められた枯葉の上へと掻き出し続けた。
 桂は冬の山中で裸体を晒している事すら忘れ、脳内を支配する淫らな劣情に全てを委ね、自らの手で昨日まで穢れを知らなかった自らの身体を犯し続けた。
「くるっ……、またきちゃうっ……、ああぁぁっ、止まらない……気持ち良いのが…止まらない。でも……唇が…寂しい………、んっ……」
 度重なる絶頂により齎される快楽により、焦点の合わなくなった瞳で虚空をみつめ、何度も自分の舌で嘗め回した為に、べっとりと濡れてテラテラ輝く唇から、
熱に魘された様な声で呟き、離れた何者かの唇を求める代わりに自らの指に何度も口付け、やがて左手の掌を、失われた何者かの唇の代わりにしゃぶり始めた。
絶頂に達する度に桂の肌は赤く薄い色に変色し、弾力のあったその肉体は、徐々に柔らかさを失い、那絵と同じ様にルビーへと変わり始めていた。
 柔らかかった膣内を掻き回す時のクチュクチュという湿り気のある音にも、次第にガラスや陶器を擦りあわせた時の様なカチッ、カチャッという音が混ざり、
強い寒風が吹く度に、硬いルビーに変わり始めていた髪の毛が、桂の耳元でシャラ……シャラ……という心地よい音を響かせ、意図を持たない曲を奏でていた。
『あれっ?声が…出ない。それにさっきまで暗かったのに、まるで夕焼けみたいに目の前が紅く……』
 声帯や鼓膜がルビーに変わった為、声を出そうとしてもヒューヒューという音が鳴るだけだったし、桂の耳にはもう吹き荒ぶ風の音すら聞こえていなかった。
それだけではなく、桂の身体はこの時既に、ほぼ完全に紅く輝くルビーへと変わっており、自らの意思では指一本動かす事が出来ない様な状態だった。
僅かに意識だけは残っており、動かなくなった身体の内側で、貪欲に快楽を求め続けていた。

 紅く輝くルビーへと変わり、淫らな姿で動けなくなった桂の傍に、紫色の肌の女性が音も無く近づいていた。
女性は冷やかな視線で宝石像に変わった桂を見下ろし、中腰になって桂の下腹部に指先を近づけ、小さな宝石に変わった淫核の数ミリ前でその指を止めた。
「これで貴女も終わり……、二度と戻る事の出来ない快楽の海の底に沈むと良いわ………。永遠に……ね」
 女性はそれだけ言い放つと人差し指と親指で輪を作り、ルビーに変わった桂の肉芽を勢い良く弾き、キィィィィンという甲高い音を立てた。
その瞬間、桂の身体は目が眩む程の光を放ち、その光が収まると、ルビーの宝石像に変わった桂の膣穴から、やや粘り気のある【魂の蜜】が滴り始めた。
 その姿を見届けた女性は腰を上げ、先に淫らな姿の宝石像に変わった那絵に近づき、同じ様に淫核を指で弾いて、那絵を魂の蜜を垂れ流すルビーの淫像へと変えた。
「貴方達の精気と知識、とっても美味しかったわ……、お礼に素敵な呪いを掛けておいたから、終る事の無い快楽を味わうと良いわ……」
 紫色の肌の女性は宝石像に変わった桂と那絵にそう言い残し、暗い山奥へとその姿を消した。

 女性が姿を消した山には、高さ十メートル程もある大きな卵型の何かがあった。

 この卵の様な物は、一九九九年八月に突如、世界中のいたる所に現れた。
 出現当時は、遅れて来た恐怖の大王だの、巨大生物の卵だのと無責任な憶測が飛び交ったが、卵が出現して三年以上大きな動きが無かった為に一部の研究者を除き、
世間一般では【破壊不可能な上、撤去も出来ない厄介物】としてそこまで関心が寄せられる事は無かった。
 二〇〇三年の五月、突然卵の殻が割れ、中から卵を縦に割ったような形の門の様な物が現れた。
そして、その門から今まで見た事の無い新種の生物が無数に出現し、門の近隣の街を襲って、人の形をした様々な石像の立ち並ぶ廃墟を無数に作り出した。
異形の生物に一定以上支配された地域には、更に大きな卵型の門が出現し、更に強力な生物が現れ、更に多くの人々を石像に変え、世界を恐怖のどん底に突き落とした。
 当然、各国家も黙っていなかったが、現行の兵器ではこの異形の生物を駆逐する事は出来ず、二年もの間、異形の生物の支配地と、石像に変わった人間の数だけが増え続けた。
二〇〇五年には、国によりこの異形の生物の名前を【魔物類】と定められ【亜人魔目】・【亜生物目】等細かい種別に分けられ、その性質と特徴が発表された。
 その後も新種は次々に現れ、大型の門から現れる【淫魔類】に対抗する手段に至っては、何一つないという有様ではあったが、それでも新たに見つかった事実に人類の希望があった。
魔物類を倒した時に得られる魔結石と呼ばれる石を加工する事により、一定の魔物類が寄り付かない【結界】を生み出せる装置を作れる事、
刃物やトイガンであったエアガンを魔結石で加工し、一般市民でも弱い魔物類を倒す事の出来る武器を持てる事、そして、石や宝石に変えられた人々が、死んでいないという事だった。

 二〇〇六年になり、数人から十数人で組織された集団が銃火器等で武装し、高騰する魔結石を求めて魔物類を狩ると言う事件が多発した。
各国政府はこれを奨励し、その実績に応じて、魔結石の高価買取、より強力な武器の支給、結界発生装置の設置を行った。
 二〇〇八年頃には、十代から二十代の若者の多くがこの活動に参加し、倒した魔物類の数や支給された武器を自慢する者も現れた。
加熱する狩りの中、返り討ちにあい、石像に変えられる者も急増し、政府は各自治体のホームページに【今月の石化犠牲者】というページを設け、一応、警鐘を鳴らした。

 のどかたちが石像に変えられた数日後、のどかたちの所属する自治体のそのページに、【阪根のどか・石化】、【向垣桂・宝石化】、【桃山那絵・宝石化】と記載され、
淫魔類発生地域につき厳重注意と付け加えられた。

 二〇〇九年が終わりに近づいたこの時、人類の総人口は十分の一以下に減っており、大地の半分以上を魔物類に支配されていた。
人類と魔物類との戦いはまだ始まったばかりだった…。

つづく


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