ビー球と少女と少年と 前編

作:牧師


「何が光ってるんだろう?」
少女はそれに気がつくと、迷う事無く手を伸ばし、小さな手で握り締めた。
「綺麗・・・、七色に光るビー球だ〜、しかも大きいな〜」
少女が見つけたビー球は、ピン球ほどの大きさをしていた。
「唯ちゃん、そろそろお家に帰ろうよ」
一緒に遊びに来ていた裕美が、唯に歩み寄ってきた。
「うん、帰ろっ!」
綺麗なビー球を見つけて上機嫌な唯は、とても嬉しそうな声で裕美に返事をした。

家に帰った唯は、ビー球を部屋の蛍光灯にかざし、中を覗いて遊んでいた。
「すごく綺麗、光にあてると色が変わるんだ〜、あれ?なにかな?」
唯はビー球の中に縦に入った、一本の細い筋のような物を見つけた。
「きゃっ」
唯には一瞬、細い筋が爬虫類の眼のように開いた様に見えた。
確認する為に唯が恐る恐るビー球を覗くと、中に見えていた細い筋が消えていた。
「あれ?何にもない、唯の気のせいなのかな〜?」
「唯ちゃん、そろそろ寝る時間よ」
姉の美咲が優しい声で、唯に寝るように言った。
「は〜い、おやすみなさ〜い」
ビー球を机の引き出しにしまうと、唯はベットに潜り込み、眠りについた。

翌日、唯は高熱にうなされていた
「大変、三十八度もあるわ、唯ちゃんしっかりするのよ」
姉の美咲は近くの町医者に電話をして、家に来てくれるように頼んだ。

「風邪ですね、薬を出しておきましょう」
診察に来た医者はそう言うと、薬を調合して美咲に手渡した。
薬が効いたのか、昼過ぎには唯の体調は回復し、元気な姿を見せていた。

「唯ちゃん、元気になってよかったね」
友達の裕美と妙子が、学校の帰りに見舞いに来てくれていた。
「ありがとう裕美ちゃん、妙子ちゃん」
三人は学校の話やテレビの話など、楽しくおしゃべりをしていた。
「遅いからそろそろ帰るね、唯ちゃん明日学校で会おうね」
「唯ちゃんまたね〜」
裕美と妙子は唯に挨拶をすると、それぞれ家路に着いた。

次の日の朝、唯は体に言いようの無い違和感を覚えていた。
「なんだろう?モヤモヤする様な変な感じ・・・」
頭に靄のかかった様な感覚、頭が痛くは無いが気分は晴れなかった。
「唯ちゃん、まだ体の調子が良くないの?」
姉の美咲がノックをした後、ドア越しに話し掛けてきた。
「美咲お姉ちゃん、ううん、大丈夫だよ」
唯が答えると、美咲はドアを開け部屋に入ってきた。
「唯ちゃん、風邪は治りかけが大事なんだよ、熱は無いかな?」
美咲は唯に歩み寄ると、額に手をあてて熱を測った。
〈力を解放しろ〉
「え?」
唯の頭に突然、声が響いた。
「唯ちゃんどうしたの?」
急に声を上げた唯を、美咲は心配そうに覗き込んだ。
〈今が絶好のチャンスではないか。力を解放するんだ〉
「力を・・・解放・・・」
唯が頭の中に響いた声に答えると、頭の中に爬虫類の眼の様な物が浮かぶ。
そしてそのまま、姉の美咲の瞳を見つめた。
「え?」
唯の眼に飛び込んできたのは、心配そうな顔で石像に変わった美咲の姿だった。
パキパキと乾いた音が微かに耳に聞こえて来る。
灰色の体に着ている明るい緑の服が、何かおかしかった。
「美咲お姉ちゃんが石に!あれ?口の中に何かある・・・。甘くて、おいしい」
唯の口の中には、甘い小さな飴玉の様な物が現われていた。
〈甘露だろう、それに、石になった姉の姿に何か感じる物があるだろう?〉
頭に響く声の言う通り、美咲の石像を見ると頭の中のモヤモヤが消えていった。
「お姉ちゃん綺麗・・・」
唯は灰色の石に変わった美咲の姿をまじまじと見つめてみる。
心配そうな表情で石になった表情は、睫毛の一本一本まで石になっている。
唇の形、顔の角度、髪の毛のなびき方、手の角度、指の形、体や足の姿勢・・・。
それらが芸術の粋を超え、神秘的な物にすら見えてくる。
〈おぬしに素敵な空間を貸してやるとするか〉
頭に響く声がそう言ったかと思うと、何も無い空間に引き込まれる。
「ここは何処?あ、美咲お姉ちゃん。それにあの七色に光るビー球だ」
何も無い空間にポツンと一体の石像が飾ってあった。
〈殺風景なのが気に入らなければ、こんなのはどうだ?〉
ビー球がそう話すと、あたり一面に様々な花が咲き誇った。
「うわぁ、お花畑だ〜、それよりビー球さん、あなたは何なの?ここは何処なの?
 それにお姉ちゃんはどうなるの?」
唯はビー球に向かって、立て続けに質問を浴びせかけた。
〈ワシは名も無い魔族の一種じゃ、ここはワシが渾身の力で作り上げた
 空間のひずみという場所じゃよ、後、お前の姉の美咲じゃったかのぅ?〉
そこで一旦話を区切り、ゆっくりと再び話しかけた。
〈死んではおらんし、元に戻せなくも無い、おぬしが望めばな、望むか?〉
唯は一瞬、姉の美咲を元に戻して貰おうと考えたが、何故か言葉には出来なかった。
〈そうであろう、おぬしも姉を石のまま、永遠に眺めて居たいのじゃよ。
 甘い飴も気に入ったであろう?目覚めた力を使い、もっと人間を石に変えるのだ〉
唯は姉の美咲を石に変えた時に味わった、甘い小さな飴玉のような物を思い出した。
「うん、すごくおいしかった、唯もあの飴玉とっても好きだよ」
〈では行くが良い、人間を石にすればするほど、おぬしには力がみなぎるだろう〉
唯がひずみから旅立つと、ビー球の様な魔族は美咲の石像に近づいた。
〈ワシが魔族としての力を得る為に、精気を吸い尽くさせて貰おうかのぅ〉
『え?私どうしてこんな所に?体が動かない!』
唯に石像にされた美咲の意識が戻った時、ビー球の魔族が精気を吸い始めた。
『あれ?めまいが・・・、なんだか・・・とっても眠く・・・』
僅かな時間、意識を取り戻していた美咲だが、ビー球の魔族に精気を吸い尽くされ
今度は目覚める事の無い、暗い闇の中に落ちていった。

学校の授業が終わり、唯は裕美と妙子を連れ、近所の公園に遊びに来ていた。
「裕美ちゃん、妙子ちゃん、ちょっといいかな?」
唯は二人に声をかけると、人目につかない木陰に連れて行った。
「どうしたの唯ちゃん?」
「何か秘密のお話?」
二人が唯に問い掛けると、唯はにっこり笑った。
「裕美ちゃん、妙子ちゃん。唯の為に、石になって」
唯はそう言うと、二人の瞳を見つめた、その瞬間、裕美と妙子の体は灰色の石と化し
パキパキと乾いた音を立てていた。
唯の口の中には再び、あの甘い小さな飴玉の様な物が二つ現われていた。
「おいしい・・・。裕美ちゃん、妙子ちゃんとってもおいしいよ」
唯の目の前には、不思議そうな顔で石に変わった友達の姿が並んでいた。
石化していない二人の服が、風でユラユラと揺れていた。

その後も唯は次々に人に話しかけては、その瞳を見つめ、石像に変えていく。
少年を石に変えた時、口の中に現われた飴玉が、少女達の時と違い苦い味だったため
唯は石に変えるの女性だけにしていた。

唯は甘い小さな飴玉の味の虜になっていた。
「飴玉とってもおいしい、もっと食べたいよ」
飴玉を食べる度に、唯はいろんな事が出来るようになっていった。
「今度は空が飛べるようになった、ありがとうお姉ちゃん」
唯は目の前の石化した女の子にお礼を言った。
少女は呼び掛けられて振り返った所を、唯に瞳を見つめられ、石にされてしまった。
振り返った時に靡いた髪が、そのままの形で石に変わっていた。

飴玉の正体は少女達の精気なのだが、唯はその事には気が付いていなかった。

〈あの娘、疑うことも知らぬのか、ここまで見境の無い娘は思わなんだ〉
ひずみの中には、既に数十体の少女達の石像が送り込まれてきていた。
〈このまま行けば、ワシは直ぐに人型の魔族になれるじゃろうて〉
ビー球の魔族は送り込まれた少女達の石像から、次々に精気を吸い尽くしていった。
魔族の大きさは元のピン球サイズから、ソフトボール程の大きさになっていた。

「んっ、お姉ちゃん達、たくさんの飴玉ごちそうさまでした」
目の前には五人の少女が石像に変えられていた。
辺りにはパキパキと乾いた音が、五体の少女の石像から鳴り響いていた。
「五人は成功っと、次は六人に挑戦かな・・・、でも飴玉でお口が一杯になりそう」
五個の飴玉でも小さな唯の口には、多いほどの量だった。
「やっぱり一人にしよう、じっくり味あわないとね」
少女達の石像をひずみに送った後、路地裏を歩いている一人の少女を見つけ、
唯はゆっくりと近づいていった。

「美咲お姉ちゃん」
唯は目の前を歩いている少女に呼びかけた。
「え?私?」
少女は後ろの唯に向かって振り返った。
「私の名前は若菜、美咲じゃないわよ?どうしたの、お姉ちゃんとはぐれたの?」
若菜は屈んで唯の視線にあわせ、優しく話しかけてくる。
「ううん、唯は優しい若菜お姉ちゃんを石にしたいだけだよ」
唯は自分を心配してくれた若菜の瞳を見つめ、躊躇う事無く灰色の石像に変えた。
「ふふっ、飴玉おいしい。お姉ちゃん、優しいだけじゃダメなんだよ」
優しい顔をして屈んだままの若菜の石像に、唯はクスクスと笑いながら話しかけた。

この時から唯の体は劇的に変化しようとしていた。
魔族の力を借りて大量の精気を得た事により、唯は人間から魔族に変わりかけていた。

「今日はそろそろお別れね」
香恋(カレン)は一緒に家路についていた凰樹(オウキ)に話しかけた。
「そうだね、香恋。明日は休みだから、何処かに遊びに行かないか?」
凰樹が香恋をデート誘った時、目の前に唯が現われた。
「お兄ちゃん、残念だけど香恋お姉ちゃんの明日からの予定は決まってるよ」
唯は二人に向かって、クスクスと妖しく笑いながら話しかけた。
「香恋お姉ちゃんは唯の為に石になって、お花の一杯咲いたひずみの中で
 永遠に石像のままだからね」
そう言って、唯は香恋の瞳を見つめ、体を灰色の冷たい石に変えていった。
凰樹の目の前でパキパキと乾いた音を立て、柔らかそうな肌が硬い石に変わった。
「香恋!!一体香恋に何をしたんだ!!」
凰樹は唯を睨み付け、大きな声で怒鳴った。
「唯を怒るなんてお兄ちゃんひどいよ、男の人を石にした時に出来る飴は嫌いだけど、
 お兄ちゃんなんか石になればいいんだよ」
唯はそういって凰樹の瞳を見つめ、一瞬でその体を石像に変えた。
「苦い・・・、やっぱりおいしく無い・・・」
唯は飴を一気に飲むと、凰樹の石像は無視し、香恋の石像だけひずみに送り込み
そして空間に溶ける様に消えていった。

後には凰樹の石像だけが残されていた。

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