ビー球と少女と少年と 後編

作:牧師


凰樹の意識が戻ると、そこには見慣れた女性の顔があった。
「気が付いた?」
女性は優しく微笑みながら、凰樹に語りかけてくる。
「ここは・・・、僕の部屋、あの出来事は夢だったのか?」
石にされたはずの体は元に戻っており、凰樹は石にされた事が夢だと思いたかった。
「夢じゃないさ、母さんが石になっていたお前を元に戻しただけだ」
ドアが開き、父親が入ってくる。
「それじゃあ、香恋は・・・、チクショウ!僕に力があれば!」
「何があったか、お母さんに話してみない?力になれるかも知れないわ」
母親の台詞を聞き凰樹は女の子に襲われた時の事を、両親に詳しく話し始めた。
「人型魔族、まだ生き残りが居たの?」
母親は少し驚いた顔をして、父親の顔をみて、小声で話しかけた。
「まさか、最近魔界から人型魔族が来た話は、プリムから聞いてないだろう、由美」
父親も小声で由美に言葉を返す、常識外れの事が起きているのに、
二人はまったく動じていなかった。
「信じてくれるの?こんな話」
凰樹は真面目な顔で聞いてくれた両親に驚いていた、普通なら信じて貰えないだろう。
「そうね、母さんにも昔、色々あったから。それに貴方は石にされていたでしょ?」
由美が答えると、父親が凰樹に聞き返してきた。
「これからどうするんだ?香恋ちゃんは石に変えられてさらわれたんだろう?」
父親の問い掛けは、凰樹には大きな衝撃になった。そしてゆっくり口を開く。
「助けたい、僕が助けなきゃいけない」
凰樹の眼には決意の炎が見えるようだった。
「戦えばまた石にされるかもしれないぞ。それでも助けに行きたいのか?」
父親は少し声のトーンを落として話しかけ、凰樹の意思を確認しようとしていた。
「僕が助けないで誰が助けるって言うんですか?香恋は僕が助けないといけないんだ」
凰樹は父親に力強く答えた。父親は微笑むと、胸のポケットから何かを取り出した。
「決意があるならコレを使え、試練の夢見のカードと魂の武具の宝玉だ」
父親に渡された物の意味が解らず、凰樹は説明を求めた。
「何これ?どうやれば良いの?」
「そのカードを胸に貼り付けて、宝玉を握り締めたまま眠りに就け。そうすれば
 明日にでも香恋ちゃんを助けに行けるだろう」
言葉を聞くと、凰樹は即座に胸にカードを貼り付け、右手に宝珠を握り締めて
ベットに横になり、眠りに付いた。
「あなた、凰樹は大丈夫かしら?」
由美は心配そうに眠りに就いた凰樹を見つめていた。
「大丈夫さ、私達の子供だ、最悪でも由美みたいに年を取りにくくなるくらいだろう」
父親は由美にキスをした、由美の体は十八歳位で成長を止め、若いままだった。

「此処は・・・」
白い床に大きな祭壇、まるで何かの神殿のようにも見えた。
〈汝、力を求めるか〉
凰樹の頭に声が響く。
〈汝、何の為に力を求めるのか〉
再び頭に響く声に、凰樹は迷わず答えた。
「香恋を、恋人を助ける力を手に入れたい」
凰樹が答えると、声は止み、目の前に一人の男が現われた。
「汝の心を見せて貰った、人間が魔族に対抗するには神か精霊の力が必要だ」
男はゆっくりと凰樹に語りかけると、手に握られた宝玉を見て言葉を続ける。
「此処で修行をして行くが良い、夢の中では時間は無限だ、これを倒してみよ」
目の前に現われたのは、仮面を被った同じくらいの身長の敵だった。
「戦うって・・・。うわっ」
意外に素早い攻撃に凰樹は戸惑い、二度三度連続で攻撃を食らい、地面に倒された。
「倒せるまで修行しろ、話はそれからだ」
凰樹の長い修行の始まりだった。

「お姉ちゃん、石にされる気分はどう?」
唯の目の前で一人の少女が石にされようとしていた。
今までと違い、一瞬で石に変える事無く、ゆっくりと足元から石に変えていく。
「いや、助けて、石になんてなりたくないわ」
少女の足はふくらはぎの辺りまで灰色の石に変わり、手も肘まで石に変わっていた、
少女の耳にはパキパキと耳障りな音が聞こえていた。
「ゆっくり石に変えて、精気を味わうのも楽しい。次は腿まで石にしてあげる」
唯は少女から精気を奪い、ゆっくりと太ももまで石に変える。
「足が石に・・・、いやっ、誰か助けて」
少女は瞳から涙を溢れさせ、長い黒髪を振り乱し、助けを求める。
「あはは、誰も助けに来ないよ。ほらほら、おへその辺りまで石に変えちゃったよ」
唯は石化をとうとう腹部にまで進行させ、少女の恐怖を煽った。
「いやっ、いやっ。お願い助けて、私が居なくなったら妹の沙樹が・・・」
自分の帰りを待つ妹を思い、少女は唯に助けを請う。
「ふぅん、妹思いなんだね。大丈夫後で妹の沙樹ちゃんも石に変えて並べてあげる」
唯はクスクスと妖しく笑いながら、少女の胸の辺りまで灰色の石化を進行させる。
「そんな、妹の沙樹まで、いやっ、お願いだからそれだけは許して」
涙を流しながら訴える少女の瞳を見つめ、そのままの表情で完全に石像に変えた。
「おいしい、精気って人間の感情次第で色んな味が愉しめるんだね」
口の中で変化して行った飴玉の味に、唯は満足そうに呟いた。

夢の中の時間で既に三年が経っていた。
「これでトドメだ!」
凰樹は手にしている輝く日本刀のような武器で、目の前の魔族を両断した。
「これで修行は終わりだ、よくがんばったな」
男が目の前に現われ、凰樹に修行の終わりを告げた。
「今までありがとうございました、このご恩は一生忘れません」
凰樹が男に礼を言うと、男は重い口調で語りかけて来た。
「汝が使っている武器は神界の宝珠の力だ。余り使うと神格化が進み、結果として
 人に戻れなくなる。だから現実世界では短期間の内に勝負を決めろ」
凰樹が頷くと、神殿の門が開き、辺りの景色が薄れ、夢から覚めようとしていた。
「では行くが良い。勇敢な少年よ」
男の優しい声を後に、凰樹は光る門の向うに駆け抜けた。

「んっ、此処は・・・」
凰樹が眼を覚ますと、自分の部屋のベットの上だった。手に握っていた宝玉も
胸に貼り付けていたカードも消えて無くなっていた。
「ようやくお目覚めか、もう朝になってるぞ」
父親が眠そうな顔でベッドの横に腰掛けて居る。日付けは翌日になっていた。
「父さん・・・。おはよう。力をくれてありがとう」
凰樹が礼を言うと、父親は真面目な顔で答えた。
「子供の心からの願いだ、叶えてやるのが父親の務めさ。力は凰樹が修行で得た物だ
 さあ、香恋ちゃんを助けに行くが良い。その前に朝飯だ。母さんが用意してるぞ」
凰樹は父親の後に続いて階段を降り、食堂に向かっていった。

「おはよう」
公園で沙樹は友達の女の子六人ほどで遊んでいた。
「おはよう、ねえねえ、これ見て」
一人の少女がカバンからゲームセンターではやっているカードを見せた。
「いいな、沙樹もこんなの欲しいな」
「でも中々手に入らないよね、今度お母さんにお小遣い貰ったら買おうっと」
少女達がお喋りに夢中になっている所に、唯は空中から現われた。
「沙樹ちゃん、やっと見つけた」
唯は沙樹達に近づくと、瞳を見つめ沙樹を含む五人をの体を一瞬で灰色の石に変えた。
「え?みんなが石に・・・、どうして」
残った少女は一瞬で石になった沙樹達に驚き、怯えて震えていた。
「ふふっ、怖かったかな?大丈夫、直ぐに唯が石に変えてあげるから」
怯える少女の瞳を見つめ、唯は少女の幼い体を冷たい灰色の石に変えていった。
「おいしい、最後の飴が一番おいしいよ、やっぱり少し味付けが必要なのかな」
味付けは恐怖や快楽だが、幼い唯には相手を怯えさせるのが精一杯だった。
「この公園、裕美ちゃんと妙子ちゃんを石に変えた場所だ、なつかしいな」
まだ昨日の出来事なのに、唯には遠い昔のように感じていた。

その光景を影から見守る人物があった。
「見つけた。少し雰囲気が違うけど間違い無い。あの時の少女だ」
唯が少女達の石像とひずむに移動した時、凰樹は後を追うようにひずみに飛び込んだ。
ひずみに飛び込んだ凰樹の眼に映ったのは、花畑に並ぶ百体程の少女の石像だった。
「こんなにたくさんの人を石にするなんて・・・、許せない」
辺りを見回すと、唯がバレーボール程の大きさになったビー球と話をしていた。
「綺麗な石像が集まったよね、怒ってる顔、戸惑ってる顔、優しい顔、それに
 唯より小さな女の子から、唯のお母さん位の人まで揃ってるよ」
〈ワシは後数人で完全に魔力が満ちる、もう少しコレクションを充実させるのじゃ〉
唯と魔族は楽しそうに、コレクションと化した石像達を眺めながら話していた。
『そんな事の為だけに香恋を石に変えてさらったのか。今すぐ灰燼にしてやる』
凰樹が両手をあわせて手を離すと、左手の手の平に光る日本刀の柄が鍔まで現われた。
それを右手で引き抜き、輝く刀身を出現させた。
「何この気配?」
〈どうやら侵入者のようじゃ〉
唯と魔族も凰樹の刀の気配に気が付く。
「気が付くのが遅い!奥義、瞬・裂・斬!!」
凰樹は刹那の間、時を止め、光より早い斬撃で魔族を一刀の元に切り捨てた。
〈後一歩で、魔族になれた物を、こんな所で・・・〉
両断された魔族は眩い光を放つと、灰の様に消えていった。
「ああ、ビー球さんが。お兄ちゃん許さない!!」
唯の手に真っ赤な鎌が握られ、それを振りかざし凰樹に切りかかってきた。
「遊びは無しだ!!」
真っ赤な鎌を叩き切ると、凰樹は唯の胸を目掛け、刀を構えた。
「これで終わりだ!奥義、魔滅活人突!!」
凰樹は光る刀で唯の胸を貫き、ゆっくりと引き抜いた。
〈馬鹿な、おぬし隠れた魔族を見破れるのか〉
刀の先には七色に光る、ピン球程の大きさのビー球が貫かれていた。
「神格化すると魔族の気配に敏感になるんだ、消える寸前にこの子に逃げ込んだな」
凰樹は力を高め、今度こそビー球の魔族を完全に灰に変えた。
ビー球の魔族が消滅すると、香恋達に精気が戻り、石化した体も元に戻って言った。
「唯、みんなに酷い事しちゃった、もう元の世界に帰れないよ・・・」
魔族の支配が解け、正気に戻った唯は、泣きながら一人ひずみに立ち尽くしていた。
ひずみが消える瞬間、誰かの手が伸び、唯を消滅するひずみから助け出した。

「これで一件落着ね、ちゃんと記憶も消してあげたんだから感謝してよね」
自宅のベットで眠りに付く唯に、小さな妖精が微笑みかけ消えていった。

「最後はプリムちゃんにお願いしちゃったわね」
由美が申し訳無さそうに呟いた。
「記憶操作は得意らしいから良いじゃないか、このままだとあの子が可哀想だし」
欲望に魅入られ、友人や姉を石に変えた唯、ひずみと運命を共にしようとしたのを
父親がひずみに入り、助け出したのだった。
「凰樹もこの事件で逞しくなった、魔族に関わるのは血の運命だろうな」
父親が笑いかけると、由美も笑う、それを破る様に階段を駆け下りる音が聞こえた。
「やばい、時間ギリギリだ。行ってきます!!」
約束していたデートに遅刻しそうな凰樹は、急いでドアを飛び出していった。
「平和だな」
「ええ、平和が一番です」

最強の刀を持つ少年は、平凡な人生に戻り、元の人生を楽しく過ごそうとしていた。


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