作:アッリア
イラスト:カモノハシ
いつの日からか、桃栗町にどんよりとした霧が立ち込める様になった。
そして、その霧に飲み込まれるかのように、町から美しい女性達が消えていった。
トントントン・・・・・・
台所で、野菜を切る音が聞こえる。
髪を後ろでまとめたエプロン姿の女性が、顔に満面の笑みをたたえて料理を作っている。
彼女は町外れで花屋を営んでいる御統ユリカ、24歳。
ユリカはご機嫌であった。
今日は、絵の勉強のためにフランスに行っていた彼との3年ぶりの再会の日。
ユリカは、彼に自分の手料理を振舞おうと張り切っていた。
ピンポ〜ン。
玄関のチャイムの音が鳴る。
ユリカは、ドアを開けて声を掛ける。
「おかえりなさい」
ユリカがドアを開けてから30分後・・・。
飛行機が濃霧のために到着が遅れたユリカの彼氏を出迎えたのは、
開けっ放しとなった玄関の扉と、すっかり冷たくなった御馳走だった。
彼を3年間待ちつづけたユリカの姿はどこにもなかった。
ボクは盲導犬の瀬川イカロス。いつもの様にご主人様であるツグミしゃんと一緒に
街を歩いていた。目が不自由なツグミしゃんのため、ボクが目や杖の代りとして頑張っている。
いつものスーパーに向かう途中、背後でご主人様の杖が地面に転がる音がした。
ハーネスのハンドルが背中に落ちる。
後ろを振り向くとツグミしゃんの姿は無く、白杖が地面に転がっていた。
(ツグミしゃん・・・ボクを置いて、どこに行ったの・・・)
ボクはその場で、呆然と立ち尽くす。ツグミしゃんの命令がないと動けないのだ。
「イカロス−っ!!」
ボクの名前を呼びながら、一人の少女が駈け寄って来た。
ご主人様の友人である日下部まろんしゃんだ。
彼女は目の前でしゃがんで、ボクに話しかけてきた。
「イカロス、一人でどうしたの。ツグミさんは何処?」
(それは、ボクが知りたいよ)
その後、日下部まろんしゃんがツグミしゃんを探したが、
見つけることは出来なかった。
下駄箱で上履きを靴に履き替えて外に出ると、前が良く見えないほどの深い霧が立ち込めていた。
「すっかり、遅くなってしまいしたわ・・・」
新体操の部活を終えて、学校の外で待たせている車へと向かっている山茶花弥白が呟く。
車の運転手は神楽だ。稚空の父親である海生が、自分の秘書である神楽に弥白の送迎を命じたためである。
最近、物騒だからというのが表向きの理由だが、近頃交際を始めた二人への海生なりの心遣いであった。
「それにしましても、嫌な霧ですわね・・・」
彼女はふと、ある御伽噺を思い出した。
−−−−−霧の深い夜、どこからか漆黒の馬車が現れて女性を攫って行くという話を。
すぐに彼女は,その馬鹿げた思いつきを笑った。
「私としたことが、いやですわもう・・・」
彼女の耳に、馬の蹄の音が聞こえた。
「・・・・えっ!?」
その音はどんどん近づいてくる。
茫然と立ち尽くす彼女の前に、霧の中から漆黒の馬車が姿を現す。
「きやあああああああああ・・・」
弥白の悲鳴を聞きつけ全速力で駆けつけた神楽であったが、すでに彼女の姿は何処にも無く、
彼女の学生鞄だけが、グラウンドの上にに残されていたのだった。
濃い霧が立ち込める中、悠然とそびえたつ古風な造りの美術館の前に一人の少女がいた。
「ハアハアハア・・・やっと、到着ーーっと」
ここまで全速力で走ってきたせいで肩を息をしている制服姿の都。
学校からの帰宅途中に、ジャンヌの予告状が種村美術館に届けられた事を知ったため
家に帰らず、まっすぐこの種村美術館に来たのだった。
すでに美術館の周りは、たくさんの警官とパトカーによって埋め尽くされていた。
都は近くに立っている警官の一人に声をかける。
「・・・ねえ、父さん・・じゃなくて、東大寺警部はどこ?」
彼女の知らない警官だったので、都は慌てて父親の名前を言い直す。
「警部なら美術館の中で、ここの館長である幻影次さんと警備のうち合わせをしておられますが」
警官は敬礼をしながら、都の質問に答える。
「ありがと!・・・さあ、ジャンヌ!!今日こそあんたを捕まえてやるわーーっ
おーーーーーーーーっほほほほほほほほほほほ」
都は警官に一言礼を言うと、美術館の中へと入っていった。
礼を言われた警官は、都が美術館の中に入るのを確認した後、
彼女の後を追うように美術館の中に入る。
「・・・元気で、可愛らしい娘さんですね。・・・すぐに、私のコレクションに加えてあげますよ」
彼が美術館の中に入ると、美術館の周りを埋め尽くしていた警官やパトカーが掻き消える様に姿を消す。
「これは、一体どういう事だ・・・?」
呆然として立つ都の父親−−東大寺氷室警部の前には、空き地が広がっていた。
数十台のパトカーと警官が、彼の後ろで右往左往している。
空き地には「市立種村美術館建設予定地」と書かれた看板と鉄パイプを
組み合わせただけの寒々とした柵があるだけだった。
「・・・場所は、ここで間違いないんだな?」
「はい、間違いありません」
警部は煙草に火を点けながら、近くにいる若い警官に確認を行う。
「ここ以外に、予告状に該当する場所は?」
「この町内には、ここ以外ありません」
「・・・そうか、ご苦労。・・・撤収してくれ」
若い警官は東大寺警部に敬礼をした後、その場を離れる。
彼は携帯電話を取り出すと、娘の都にかける。
何度かけ直しても、娘の都が電話に出ることはなかった。
突然、彼の後ろで車同士が衝突する派手な音が聞こえた。
「・・・全く、忌々しい霧だ」
彼は吸っていた煙草を揉み消すと、近くに停まっていたパトカーに乗り込んだ。
美術館の屋上に怪盗ジャンヌが降り立つ。
天窓から美術館の中に入るジャンヌ。
「何処っ!?」
手にしたロザリオを周りにある美術品に近づけてみるが、悪魔の反応は無い。
「”黄金の少女像”は、もっと奥にあるみたいよ」
「了解!!」
フィンの言葉に従い、奥へと駆け出すジャンヌ。
「ま、待ってよっ〜、ジャンヌぅ〜」
置いて行かれそうになって、慌てて追いかける準天使フィン。
「イカロス・・・、どこなの・・・?」
愛する家族の名前を叫びながら、手探りでうろうろしている盲目の少女。
彼女は町外れで愛犬とともに暮している瀬川ツグミ。
「ワン、ワン!」
暗闇から現れた黒い大型犬が、ツグミを押し倒しそうな勢いでじゃれつきます。
「きゃっ!」
華奢なツグミの身体ではイカロスの巨体を支え切れず、足がもつれてその場に倒れてしまう。
「イカロス・・・、イカロスなのね」
「・・・よかった。また、いなくなったのかと思って心配したのよ・・・」
イカロスの太い首を抱きしめて再会を喜ぶツグミ、最後の方は涙声になっていた。
(あれ・・・、何かおかしい・・・)
私とイカロスの発する音だけが聞こえる。それ以外の音が全く聞こえないのだ。
(・・・嘘、一体どうなっているの・・・)
「誰か・・・、誰かいませんか・・・」
返事は無かった。
何ともいえない漠然とした不安にかられた私はその場を離れようと立とうとしたが、
バランスを崩して再び、後ろに手をつき、半ば仰向けの格好で倒れた。
突然なにを思ったのか、イカロスが鼻先をミニスカートの中に突っ込んできたのだ。
「きゃっ!こ、こらっ、イカロス!」
ショーツに鼻を押し付けられる。
「ちょっとイカロス、何考えているのっ?」
くんくんと鼻を鳴らして匂いを嗅いでいたイカロスが、ぺろりとショーツの上を舐める。
「ひゃっ・・・ぁあん!」
私の唇から切ない声が漏れ、イカロスを押し返そうとする手から力が抜ける。
「やだっ・・・そんな風にっ・・・舐められたら・・・ふく・・・っ!」
感じてはいけない。と、自分に言い聞かせるが、逆にそれが意識してしまう悪循環となる。
イカロスは繰り返し舌を動かす。
「あ・・・んんっ!あ・・・あはぁうっ!」
その度に、私の唇から切ない声が上がる。
ショーツをひとしきり舐めると、イカロスはミニスカートから顔を出し、
今度は私のほっそりとした足首をソックスの上から舐め始めた。
ふくらはぎ、ひざ、ふともも。
「っ・・・舐めなっ・ぃ・・で・・・ぇ・っ」
イカロスは一心不乱に舐め続け、イカロスの唾液で濡れた箇所がどんどん広がっていく。
ビクン。
私の身体が小さく痙攣する。
私は身体を強張らせて、クッと背を反らせた。
いきなり、全身を震えるような衝撃が貫いたのだ。
イカロスに舐められた箇所から、これまで感じ事の無い異質の刺激が走る。
「は・・・あぁぁっ・・・あぁうっ!」
(どうしたの、私の身体・・・。まるで、自分の身体じゃ無くなっていく感じがする・・・)
恐る恐るイカロスの唾液で濡れたふとももを、手で触れる。
「つ、冷ぇた・・ぁっ・・・いっ・・・!!」
想像していたねっとりとした唾液の感触はしなかった。
代わりに、氷の様な硬さと冷たさが感じられた。
ふくらはぎ、膝、脛、足首。
どこもかしも、硬く、冷たい。
イカロスに舐められた私の身体が、硬く、冷たくなっていく。
ちょうど水が氷に変わるように、私の肌に触れたイカロスの唾液は、硬てく冷たい何かに変化していく。
「い・・・やぁ・・・。ゆぅ、指が・・・指がぁ、動かぁ・ない・・ぃぃ・・・!」
太股を触っていた指先から、じわじわと感覚が無くなっていく。
イカロスの舌は身体のすみずみを舐めまわしながら、上へ上へと上がって行く。
「や、・・・やめぇ・なさい!!ィ・イカロォ・・スゥ!やめ・・・ん、んっ!」
イカロスがブラウスの上から二つの膨らみの敏感な部分を舐める。
「い・・いやっ!!ちょっと、だめぇっ・・・。そこはぁ、舐めないでぇぇっ!」
全身に異質の刺激の波が広がっていく。
身体から感覚が奪われ、思い通りに動かせなくなっていく。
「あぁぁぁっ・・・だめっ・・。だめ・・っ。だめ・・ぇ・・・あぁうっ!」
身体のあちこちに鈍い痛みが走る。だが、それさえもじょじょに感じなくなっていく。
私の身体が、得体の知らない塊となっていく。
とうとう首から下の感覚が全て麻痺してしまった。
イカロスの舌が、私の首筋を舐めている。
「い・・・やぁ・・・私・・・どうなってるの・・・ぅ・・・」
「・か、身体が・・・身体がぁ・・・硬くぅ・・・硬くなって・・ぇ・・」
「・・いやっ・・・こんなの違う・・・ぅ・・違ぁぁぅ・・のぉ・・・・・ひあっ!!」
イカロスの荒い息が、涙でくしゃくしゃとなった私の顔にかかる。
わななく唇で、震える声を紡ぎ出す。イカロスへと。
「ねぇ・・、ぃ・イカァロスゥゥゥッ!?」
「・わぁ、わたしぃィィィッ・・・、あな、あなぁ・たぁ・・にぃ・・いひぃぃっ!?」
「・・ぬぁ・・なにぃ・・・くぁぁぁあ、わぅぅ・るぅいぃ・・こぉとぉしぃ・っつぁ・・・のぉおお!!」
「・・・ねぇぇえつっっ!?なぁあああっ・・にぃ・かぁあああっ・・・いっっつ・・てぇ・よおうっ・・・」
「・・・・イカロスゥ、イカァロォ、ィ・カァ・・ゥ・・」
動かなくなりつつある唇を震わせて、イカロスの名前を呼ぶ。
イカロスからの返事は無い。
いや、私の身体を舐め続けることがイカロスの返事かも知れない。
私の顎、唇、鼻を。
耳、瞳を。
額を。
イカロスの大きな舌が、私の顔をまんべんなく舐めまわす。
そして、私の意識は闇に落ちていく。
闇に・・・、闇に・・・、闇に・・・・。
弥白は、薄暗い通路を歩いていた。
彼女は、光を失った目でぼんやりと前方を見つめたまま、ふらふらと歩く。
足元で、通路がふいに途切れた。目の前には、樫の木で出来た大きな扉がある。
弥白が扉の前で立ち尽くしていると、その扉は音を立てて僅かに開いた。
制服のスカートの裾を翻して、扉の隙間から中に入った。
手入れの行き届いた壮大な広間の入り口に、弥白は立っていた。
高い高い天井、一切の灯りが無いこの部屋ではその果てを見ることはできない。
窓から漏れているほのかな月光だけが唯一の光源だった。
広間には、数多の石像が不規則に並んでいた。
石像はひとつの例外なく、全て躍動感あふれる若々しい少女達ばかりであった。
弥白はそれらの石像の間をすり抜けて、部屋の中央まで進む。
部屋の中央には、彼女がいつも試合で着用するレオタードが、
ハーフシューズ、リボンと共に置かれていた。
どこから、ともなく声がする。
「来たか・・・。」
男の声が、静寂の中に響き渡る。
「さあ、見せてくれ給え。君の演技を」
言われるままに弥白は、着ている制服を脱いで、レオタードを身に着けていく。
着替えが終わると同時に、広間に軽やかに曲が流れはじめ、弥白は演技を開始する。
手にしたリボンが活き活きと線を描き、しなやかで美しい身体が華麗に舞う。
弥白は、自分の持てる力を惜しげも無く披露する。
曲もクライマックスを迎えはじめ、弥白の演技にもスピード、華麗さが増してくる。
そして、曲の終わりと同時に、フィニッシュ・ポーズを取り演技を終了する。
演技を開始した位置まで再び移動し、深々とお辞儀をする。
暗闇から拍手が起こる。
弥白の瞳が、目いっぱい大きく開かれた。
つい先程まで虚ろだった瞳に、光が戻っていく。
弥白は、明らかに動揺していた。
自分が何ゆえこんな場所にいるのかさっぱり分からないのだ。
弥白はハッとして、拍手のする方向を見据える。
暗闇から、白い仮面をつけた男が現われた。
「いや、実に素晴らしい演技です・・・。貴女の後輩達とは比べるべくもありませんね」
「・・・どういう意味ですの?」
弥白は気丈な態度で、仮面の男を問いただす。
「いえ、なに、彼女達もコレクションに加える前に、ここで演技を披露してもらったのですよ」
「・・・コレクション?一体、どういう事ですの!?」
「・・・お気づきになりませんか?良くご覧なさい、周りの石像を・・・」
いわれて、弥白は周りの石像を見遣る。
皆一様に、苦悶、驚きの表情を浮べている少女の石像は、彼女の見知った顔−−彼女の後輩達であった。
「あなたっ、自分のやっているコトが分かっていますの!?」
手にしたリボンの柄を仮面の男に向けて、毅然として弥白は叫ぶ。
「あっ、ご心配なく。彼女達は死んではいませんよ」
仮面の男は、悠然と弥白の問いに答える。
「ならば、あの娘達をすぐ元に戻しなさい!」
「彼女等はモノではありませんのよ!」
「誘拐ですのよ!」
「監禁ですのよ!」
弥白は怒りで顔を紅潮させて、仮面の男に掴みかかるかの様な勢いで一気にまくし立てる。
「美しいモノを手元に置いて、愛でるのがいけませんか?」
しかし弥白の怒りなど、まるで何でもないことのように仮面の男はさらりと受け流す。
「・・・最っ低ですわ!」
「やれやれ、貴女なら分かって頂けると思いましたのに、残念です」
仮面の男は小さく肩をすくませると、硝子で出来た小瓶を弥白の足元に放り投げる。
小瓶は彼女の足元で音を立てて割れると、冷たく濃密な黒い霧を噴き出す。
「きゃっ!な、何をしましたの?説明なさい!」
本能的な恐怖を感じて、手で振り払おうとする。
凍るような冷たさと痺れるような感触のそれは私の手足に染み込んできた。
霧が染み込むにつれ、身体の、手足の感触が徐々に失われて行く。
「ひっ!?な・・・何?何ですの・・・これ?」
肌を刺すような冷たさに耐えかねて、感覚の失われつつある手を動かしてそれを払う。
それは発泡スチロール屑の様に、払うそばからまとわりついてくる。
身体に付着したそれは徐々に染み込み、冷たさを残したまま身体から色を奪っていく。
「う・・・嘘!止めてっ!!止めなさいっ!!!」
弥白は口の前で手を当てて、驚きの表情を浮べながらも、声を上げて抵抗する。
それにもかかわらず身体が灰色に変わっていく。
手にしたリボンが宙を舞ったまま、石に変わっていく。
「・・・たっ・・・たすっ、たすけっ・・・」
泣きながら助けを請う弥白に、足元から湧き出す、黒い霧がからみついていく。
下半身の貪り尽くし、色を奪った黒い霧がゆっくりと腰から胸に巻き付いてくるのを見て
とうとう悲鳴を上げてしまう。
「いやぁあああああっ!!!助けて・・・助けてぇぇぇっ、
誰かぁ・・・稚空ィ!!オジサマァ!!神楽ッ!!」
好きな男の名を叫ぶ弥白の身体を、黒い霧が一気に覆い尽くす。
全身にちくちく痛みが走り、黒い霧が素肌を、レオタードの上を、撫で回すように蠢く。
「助け・・っ!!!」
叫ぼうとした口にも黒い霧が入りこみ、呼吸困難に陥った弥白の意識が白濁していく。
「また一つ、美しいコレクションの誕生だ」
仮面の男がそう宣言した瞬間、私の意識は暗い闇の中に突き落とされた・・・・・。