暗闇のオトモダチ

作:闇鵺


 お母さんが昨夜、怖いテレビなんか見るからだ。
未夜(みや)はその日、朝からずっと眠かった。
昨夜はろくに眠っていないから。
だから今日は授業中ずっとウトウトしっぱなしで先生に怒られた。
絶対お母さんのせいだ。
 そもそも、なんで夏だからって怖いテレビなんか放送しなくちゃいけないんだろう。
未夜はそういうのが人一倍苦手なのに。
テレビだけじゃない。友達もこれ見よがしに怖い話を聞かせてくる。


「未夜ちゃん、知ってる? この学校、やみこさんが出るんだって…」

「…やみこさん? 花子さんじゃなくって?」

「…うん。やみこさんの方みたい」


 「の方みたい」ってどういう事? 花子さんもまた別にいたりするのかな…。


「やみこさんはね、夜の学校に現れる幽霊なの。
 それでね、いつも一人ぼっちだから一緒に遊ぶ友達を探してるの…」


 やめてよぉ。もう聞きたくないよ、怖い話なんて。
でも、未夜がそう言っても絶対この子は話すのを止めたりしないんだ。


「でもね、やみこさんてイタズラ好きでちょっとイジワルな女の子なんだって」

「…ふぅーん……」


 こうなったら未夜は話を聞かない事にした。適当にあいづち打ってごまかそう。
幸い、まだ頭がボンヤリしてるのもあって怖いお話は最初の所以外ほとんど頭に入ってこない。
 でも…いつも一人ぼっちなのってちょっとかわいそうかな…。
未夜で良かったらお友達になってあげてもいいかも…。


「本当?」


 今一瞬、鈴を鳴らしたみたいに涼しげな声がしたような気がして、
未夜の眠気は一気に消し飛んだ。


「ちょっと未夜ちゃん! あたしの話ちゃんと聞いてた?」

「え、…えと、その……うん! 聞いてたよ、ちゃんと!」


 ごめんなさい。嘘です。全然聞いてません。
でもそんな未夜の嘘はあっさりばれちゃってるみたいで…。


「じゃあ言ってみなさいよ。あたしがどういう話してたのか? 最初から最後まで全部!」

「…え……えぇと……」

「未夜ちゃん……!」

「あの…ご、ごめん…ゆるして……」


 耳元で延々百物語の刑に処せられそうになった未夜を救ったのは
午後の授業の始まりのチャイムだった。助かった…。

 午後になっても、まだ未夜は眠たいままだった。
…いけない。また先生に怒られちゃう。
未夜は眠ってしまわないように手の平をつねったりしたけど結局眠気を追い払う事は出来ず、
段々先生の声が子守唄みたいにも聞こえてそのまままぶたを閉じてしまった…。



 目が覚めた時、もう日が暮れてしまっていた。
教室には誰もいない。未夜一人だけ。起こしてくれてもいいのに。
早く帰らないとお母さんが心配しちゃう。
未夜は慌ててランドセルに教科書をしまって教室を出た。
 他の教室もみんなもう帰っちゃったのかやっぱり誰もいなくて、
廊下をたった一人で歩いていた未夜はなんだか段々心細くなってきた。
真っ暗な廊下はシーンとしていて、それでいていつもよりずっと長く感じる。
こんな時に未夜は“やみこさん”の話を思い出してしまった。

「やみこさんはね、夜の学校に現れる幽霊なの。
 それでね、いつも一人ぼっちだから一緒に遊ぶ友達を探してるの…」

 やみこさんが現れるとしたら、こんな時間かな。それとももっと遅くなってから?
だめだめ。考えちゃだめ。未夜は体が震え出しそうになるのを我慢してまた歩き出した。


「ねぇ」


 突然、誰かに呼び止められた。女の子の声。
未夜は心臓が飛び出しそうになるくらいドキッとして、それからキョロキョロと辺りを見回した。
真っ暗で何も見えないせいもあるけど、未夜の周りには誰もいない。


「こっち」


 未夜の真後ろから声がした。慌てて振り向くと、未夜のすぐ後ろ…
小さく前ならえをしたよりも近くの、本当に未夜の背中とくっつきそうになるぐらいの所に
未夜の知らない女の子が立っていた。


「ひっ…!?」


 未夜はすごく驚いて、そのままドタンと尻餅を付いて倒れた。
お尻が痛いのも気にならないくらい心臓がドキドキして、廊下の床がすごくヒンヤリして、
未夜はまた体が震え出しそうになってきた。


「そんなに驚かなくてもいいじゃない」


 その女の子は、まるでこの真っ暗闇の中から生まれてきたみたいな姿だった。
紫色のフリルの付いた服を着ていて、髪は真っ黒でウェーブが掛かってる。
前髪が長いせいで目が半分隠れちゃってるけど、お人形さんみたいなキレイなお顔。
 この子は一体誰なんだろう? とても不思議な感じのする女の子。
でも鈴を鳴らしたみたいな涼しげな声はどこかで聞いた覚えがある。
それも、ついさっきだったような。…確か、今日教室でやみこさんの話を聞いていた時に……
まさか…。


「……やみこ…さん……?」


 未夜は恐る恐るその女の子にたずねる。
女の子は嬉しそうにくにっと小さく首を傾けた。


「そうよ。わたしがやみこ」


 やっぱり…!
未夜はとっても怖くなって廊下に座り込んだまま、
まるで金縛りに掛かったみたいにピクリとも体を動かせなかった。
 その女の子…やみこさんは両手を後ろに組んだお澄ましした仕種で少しずつ未夜の方に近付いてくる。


「ねぇ、未夜ちゃん。わたしと一緒に遊びましょうよ」

「…未夜の事…知ってるの……?!」

「えぇ。だってあなた言ったでしょ? わたしのオトモダチになってくれるって」


 …そんな事言ったかな…?
でもよーく思い返せば、半分寝惚けながらやみこさんの話を聞いてた時に
ふとそんな事を思ったりしたかも知れない。


「何をして遊びましょうか。そうね、最初は鬼ごっこなんてどう?」


 未夜の体に電気が流れたみたいに緊張が走った。
心臓のドキドキが全然止まらなくて、汗がどんどん流れてきて、息が苦しくなって……


「わたしが鬼よ。ほら、早く逃げないと捕まえちゃうわよ」


 未夜はムチを入れられたお馬さんみたいに走り出した。
そうだ。逃げなきゃ。勇気を出して走らなきゃ。
 どこまで続いてるのか分からないくらい長い廊下を未夜は必死に走った。
そのすぐ後ろをやみこさんが追いかけてくる。
幽霊だからスゥー…って付いてくるのかと思ったけど
意外な事にやみこさんも走って追いかけてくる。未夜と全く同じスピードで。
 未夜は運動が苦手で体力もあまり無いからちょっと走っただけですぐ息切れしちゃう。
だから今も、本当はいつ倒れちゃってもおかしくないくらいクタクタなのに、
そのすぐ後ろをぴったりくっ付いてくるやみこさんはちっとも息が切れる様子が無い。
それどころか笑い声をもらすくらいの余裕があるみたい。
そしてその笑い声まで未夜を追いかけてくるような気がして、
ますます未夜の心臓のドキドキは速くなって、胸が痛くなってきた…!
 未夜はずっとランドセルを背負っていたのを思い出して、
走りながらランドセルを外して廊下に放り投げた。
重たいランドセルが無くなってちょっとだけ背中が楽になったけど、
相変わらずやみこさんは未夜のすぐ後ろをぴったり同じスピードで追いかけてくるし、
未夜はもう…涙をポロポロ流してとにかく走った。
 走りながら、未夜はまたやみこさんの話を思い出していた。

「でもね、やみこさんてイタズラ好きでちょっとイジワルな女の子なんだって」

 “イタズラ”ってどんな事をするんだろう。
もしここで捕まってしまったらどんな目に遭わされるんだろう。
考えれば考えるほど怖くなって、涙で目の前がぐちゃぐちゃになって、
自分がどっちに向かってるのかさえ分からなくなっていた。


「あぁっ!!」


 何かにつまづいて転んでしまった。
でも、廊下に石なんか落ちてる筈はないし、
石ころにしては大き過ぎるし、でもそれほどカチカチでもなくて…。
 そこに落ちてたものはさっき未夜が投げ捨てた、
教科書のいっぱい詰まった未夜のランドセル…。


「…そ、そんな……!」


 未夜は…同じ所をグルグル回ってただけ…?
未夜の背中から、冷たい声がした。


「捕まえた」


 その声が聞こえた瞬間、頭の中がクラクラして、目の前がユラユラ揺れて、
そして段々まぶたが重くなっていく…。
 気付いた時、そこは真っ暗だった。
なんだかからだがフワフワして足が地面に付いてない感じがする。
ここはどこなの? ねぇ、やみこさん…?
 暗闇の中からやみこさんの声がする。


「ここはね、やみこの作った闇空間。
 わたしに捕まっちゃったあなたはもうそこから出る事は出来ないわ」

「そんな…! …いやだよぉ……そんなのいやだよぉ……!
 …もう…ゆるしてよ…お願いだから……」


 いくら泣いても涙は涸れる事無く流れてくる。
何も見えない、上も下も分からないこの暗闇の中で、未夜はずっと一人ぼっちなの……?


「そんなに出たい? じゃあ出口を教えてあげるからついて来て」

「待ってよぉ…! どこにいるの? 分からないよぉ…!」


 未夜は真っ暗闇の中、両手を伸ばして必死に手探りする。
どんなに腕を振り回しても手に触れる感触は何も無かった。


「知ってる? “闇”っていう字は“門”に“音”って書くのよ。
 暗闇の中でも音は聞こえるでしょう?」


 チリーーン……

 どこかで鈴の音がする。
それはよーく耳を澄ませてないと聞こえないくらい小さな音で、
未夜は泣くのを我慢してその小さな鈴の音に耳を集中させる。

 …チリーーン………

 鈴の音が少し離れた。
未夜は慌てて鈴の音がする方に歩き出す。


「ほらほら。急がないと出れなくなっちゃうわよ」


 ……チリーーン………

 鈴の音が離れるスピードが速くなった。
待って…!
心の中で祈りながら未夜も走り出す。
少しずつ…鈴の音が近くなってくる。

 チリーーン……

 もう少し…、手を伸ばせば届きそうになるくらいまで鈴の音が近くに来た。
未夜は必死に鈴の音を手に掴もうとする。
 誰かの手を握る感触がした。それは未夜と同じくらいの大きさで、とっても冷たくて…。
その手に触れた瞬間、また頭の中がクラクラして、足元から力が抜けていって、
未夜の意識も暗闇の中に沈んでいった…。

 目が覚めると、そこは学校の廊下だった。戻って来れたの…?
周りの景色が横倒しになっていて、未夜は体に力が入らなくてそこから動く事が出来ない。
 大きくて冷たい手が未夜の体を両脇から挟んで、そのままギュッと抱きしめた。
フワフワした感触が顔中を包んで、ちょっと気持ち良い。
未夜の頭の上の方からやみこさんの声がする。


「残念。時間切れよ」


 …ねぇ…やみこさん……、未夜…どうなったの…?
未夜の体……どうなっちゃったの……? …教えてよ……。

……また…眠くなってきた………。


「うれしいな。わたし、あなたみたいな玩具(オトモダチ)がずっと欲しかったの」


 暗闇から生まれてきたかのような少女は、小さな人形を大事そうに胸に抱き、
手の平で髪を撫でながら暗闇の中へと消えていった。


 夜の学校には友達を探している幽霊の女の子がいます。
でもその子はイタズラ好きで、ちょっぴりイジワルな女の子なのです。


戻る