トラットリア左門の看板娘

作:ヤカンヅル


「………お前、何してるんだ?というか、それ何?」
今、俺こと朝霧達哉の前には、フライパンを持った鷹見沢菜月がいる。
「何してるって、どっからどう見ても料理じゃない。
それに、コレは野菜炒めっ」
「俺にはただの炭の塊にしか見えないんだが…」
そう、俺の前にあるフライパンに乗っているのは、
色とりどりの野菜ではなく、黒以外の色が見えない塊であった。
「うるっさいわねー、火加減を間違えたのよっ」
「火加減間違えただけではこんなにならんぞ…。
さすがカーボンの異名を持つだけのことはある」
「カーボンいうなっ」
そう、この目の前にいる菜月は、作る料理が焦げて炭になってしまう
ことから、「カーボン」というあだ名を付けられているのだ。
「それより珍しいよな、お前が自主的に練習し始めるなんて」
「いつまでもカーボンカーボン言われてちゃ、悔しいからね」
「その意気込み、その台詞、兄は今モーレツに感動しているぞ!!」
「ってうわっ、仁さん!?」
「前振りも無くいきなり出てこないでよっ!」
突然俺ら二人の間に沸いて出たこの人は鷹見沢仁さん。
苗字からわかると思うが、菜月のお兄さんだ。
「いや、こと料理に関して絶望だったわが妹が
そんなに真剣だなんて、もうこの感動が抑えられなくてね」
「まぁ、それはたしかにそうですけど…」
「あんたたち、私に喧嘩売ってるわけ…?」


兄さんは、芝居がかった顔のままで、
「いや、からかうつもりはまったくない。むしろその逆だよ」
「どういう意味よ、私に料理を教えてくれるとでも言うの?」
「はっは、今までだって教えてきたけど、
全然上達してないじゃないか」
「……うるさい」
「だから、僕は料理を教えるのはもうあきらめたよ」
「え?じゃあどうするんです、仁さん?」
「うむ、いい質問だ達哉君。僕が思うに、菜月は食材に対する
思いやりというものが不足していると思うんだ」
「食材に対する思いやり?なによそれ」
「料理をするときの、食材に対する配慮のことさ。味付け、色合い、
中まで火が通っているか、焦げ目が付いていないだろうか、
そういう基本的な、だからこそ難しいことをおろそかにしていると思う」
「じゃあ、それに注意して料理すればいいんでしょ」
「はぁ…。だからわかってないんだよ。
こんな言葉で理解できるなら、とっくにこんな炭なんて作っちゃいないさ」
「じゃあどうしろって言うのよ」
「言葉で理解できないなら体に覚えさせる…」
「い、一体何をするのよ」
「そうですよ仁さん、そういう精神的な問題をどうやって…」
「菜月には、食材の気持ちになってもらう」
「………は?兄さん、頭は大丈夫?」
「なんてことはない、いつも菜月がカーボンにしている
食材の気持ちになればいいだけだよ、その体でもって」
「だーかーらー、そんなことできるかって言ってるの!」
「ふ、月の科学を舐めてはいけないよ、月といえばカーボン、
カーボンといえばカーボンフリーズ!!」
「え、ちょっと待って兄さん、目がイッちゃってる…。
ていうか何そのおかしな定義は!?その懐から取り出した銃はなに!?
今の兄さん、ヤク漬けになった人だよ!?」
「おお……見事に仁さんが壊れてる」
「さあ、菜月よ、お前が炭にしている野菜の気持ち、
その体でとくと味わうがいいーーー!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!!!」
(……あ…体が動かない…私、本当に炭になっちゃったのかしら……)
「うーん、この渋い光沢、まさしくカーボン!」
「あらら、仁さん、本当にやっちゃったよ…」
「まぁ、これで今度から食材を炭にするという
不経済的なこともしなくなるだろう」
「そうなってくれると、ホントに大助かりなんですけどね…」
(こんな馬鹿げたことで直るはず無いでしょーー!
早くもとに戻してよーー!)
「で、仁さん、菜月、どうするんです?」
「うむ、すぐ戻しても効果ないからな…。
そうだ、店の看板になってもらおう!」
「はぃ?具体的にはどんな風に?」
(ちょっと、兄さん、何言い出してるのよ!達哉も乗らないのーー!!)
「うむ、いつもお勧めメニューを書くのに使っている黒板あるだろう?」
「はい、ありますね」
「その黒板の変わりに、このカーボン菜月にチョークでメニューを
直に書いて、店の表に置こうと思う」
「なるほど、名前どおりの『看板娘』ですね?」
「うむ、正にその通りだ!」
(ちょっと、人の承諾なしになに勝手に決め合ってるのよ!
人の話くらい聞きなさいよ、もーーー!!)
「しかしこのままだと接客用としては不自然だな…。
よし、温めてやわらかくしてからポーズを作ろう!」
「ポーズですか…。やっぱり、看板娘ってことで
トレイを持たせましょうよ」
「そうだな、トレイを右手に持たせてっと…。
あとは、男のロマンとしては、やっぱり胸だな!」
「おお、姿勢を前かがみにして、谷間を強調するとは…。さすが仁さん」
「よし、じゃあ早速今日一日、看板として働いてもらうか!」
「じゃあ仁さん、俺は店の用意するんでこっちはよろしくお願いします」
(……え?ホントにやるの?私、お客さんたちに無遠慮に
見続けられなきゃいけないの?)
「じゃあ、ちゃっちゃと書いちゃいますかっ。今日のお勧めは……」
(うう、チョークがくすぐったいよぅ……)
「よし、出来上がり!じゃあコレを表に置いたら、仕込み始めるかっ」
(そんなぁ……助けてよ、達哉……)
そのころの達哉は…
「は、はっくしょん!んー、誰か俺のうわさでもしてんのかな〜」

そしてお店の開店時間となり……

「いらっしゃいませ、左門にようこそ!」
「あのお勧め書いてある黒板、よくできてるねぇ。トレイを持ったかわいい娘が
上目遣いで御出迎えしてくれて、お勧め頼まないわけにはいかないでしょ〜」
「ありがとうございます。オーダー、お勧めを2つ!」
「おい仁、今日はやけにお勧めが多くないか?なんか菜月もいねぇようだしよ」
「気のせいだって親父、それに菜月は体調が悪いとか言って休んでるし」
「まったく、しょうがねぇ奴だ。おーいタツ、菜月の分もしっかり働けよー」
「はーーい、了解です、マスター」
「……ふっふっふ、菜月看板で宣伝作戦、大成功だ…」

そのころ店の表では……

(うぅ…みんな私のこと見てる…今まで来た男の人達全員
私のこといやらしい目で見て、このバーコードハゲのおじさんなんて
谷間覗き込んで…あ、嫌っ!胸をさわさわ触らないでっ!
…あっ…変な気分になってきちゃうよぉ……)
(もうだめ……こんなに見られて触られて……恥ずかしくて死んじゃいそう…
駄目、もう気を保っていられない…)
そして、私の意識は暗闇へと落ちていった……

「ん…ん〜?」
気が付けば私はベッドで寝ていた。徐々に頭が働いてくる。
「もしかして…今のは夢?」
そう思って思い返してみれば、寝る前の記憶もあるし、
それに今日は木曜日。
昨日は水曜日でレストランは休みだったはずだ。
「じゃあ今の一連の恥ずかしい出来事は、全部夢で、
現実ではなかったんだ…」
やっと心の中が落ち着いてくる。そうしたらなんか今度は
無性に腹が立ってきた。
「はーい、麗しの我が妹君よ、もう朝食の時間だぶべっ」
「うるさい!今私の目の前に立つとひどい目にあわせるわよ!」
「しゃもじがブーメランのように飛んできている時点で、
すでにひどい目にあっているんですが…」
「いいから!早く部屋から出て行く!」
「はいはい、わかったよもう…」
うん、兄さんを撃退したらなんか鬱憤も晴れてきた。
「でも、なんでこんな夢を見たんだろ…」
よく、夢に出てくるものは自分の願望だという。
「私、こんなこと別に望んでるわけじゃないんだけどなぁ…」
まぁ、達哉にだけならしてしまうかもしれない(笑)そのことを想像したら、
顔が熱くなってきた。
「朝っぱらから何を考えてるんだろ、私ったら、もう…。」
気合を入れなおすために、ほっぺたを二回、叩く。
「よし、今日も一日、頑張るぞー!」
そうして元気に出ていった部屋の机には、
見たことのある銃が置いてあった……

Fin(?)


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