作:海猫
高校生ぐらいの若い娘が四人、露天風呂に入っている。
これが、バスタオルを巻いているとか、ゆったりと湯舟に浸かっているとかなら、テレビでも見かける光景なのだが。娘たちは裸をさらし、乳の大きさを比べあっているところだった。互いの手で揉み、その手応えを確かめつつ。恥ずかしそうに身をくねらせて、はしゃいでいる。
「く・・・くふふ・・・ぬふふふ」
その様子をモニターしつつ、顔を赤らめて不気味に笑っているのも、また女子高校生だったりした。白いセーラー服で、胸元の赤いリボンがよく似合う。ちょい小柄で、背中まである黒髪を後ろでひとつにまとめている。チャームポイントは、露骨な黒ブチメガネ。
学校の図書室で分厚い海外文学など読んでいれば似合いそうな色白の文系美少女なのだが、ここは図書室ではなく、とある私設宇宙科学研究所の天体観測室だった。
「美鈴(みすず)くん」
その少女に声をかけたのは、白衣のおっさん。研究所長の硬物(かたもつ)博士だった。
「なにをしとるのかね、美鈴くん」
「は。いや、ちょっと、天体観測を」
「鼻血が出とるよ。どうでもいいが、口径80センチの反射望遠鏡で二キロ先の露天風呂を覗き見するのはやめたまえと、いつも言っているではないか」
「バレやしませんよ」
博士に主電源を落とされて、美鈴はしぶしぶ望遠鏡の観測台から、梯子を伝って降りて来た。
「それと、もうひとつ言っておかねばならんな」
「なんですか?」
「パンツぐらい履きたまえ」
博士は梯子の下から見上げる位置で、ポーカーフェイスで言った。美鈴は「いやん」と言い、恥ずかしそうにぽっと顔を赤らめた。博士は、こつこつと靴音を響かせて去って行った。
美鈴は夏休みのアルバイトで、硬物私設宇宙科学研究所に泊まりこんでいた。宇宙人の研究をしているという触れ文句に触発されて申し込んだのだが、屋上ドームに設置された天体望遠鏡で遊んでいる時に偶然露天風呂を発見して、住みこみで働くことを自分から申し出たのだった。
山奥にひっそりと建つ研究所では、宇宙人を呼び寄せる装置やら図形やらを研究開発しているが、今のところ成果は上がっていなかった。だが、ちょうど美鈴が与えられた自室で成人指定の映像作品(VHS)を楽しんでいた時、森の方に何かが墜落して轟音をたてた。
地響きがおさまったころ、硬物博士が美鈴の部屋に飛びこんで来た。
「美鈴くん、ついにやったよ。いま森にUFOが・・・何を見ているのかね?」
「気にしにゃいれくらはい(気にしないでください)」
美鈴は鼻にティッシュを詰めた状態で解答した。
「博士も後で見ますか?」
「私には必要ない。それより、すぐに出かけるぞ。UFOが墜落した」
「ほんとですか!? イキます、すぐイキます」
立ち上がった美鈴は、短いスカートの中に手を突っ込み、大人のおもちゃを引き抜いてから、博士の方へ駆けて来た。
軽トラックで乗りつけたそこには、円盤型の確かにUFOっぽい物体が転がっていた。なぎ倒された森の木々は焦げ臭く、まだあちこちでくすぶっている。
「見たまえ。私はついにUFOを呼ぶことに成功したよ、美鈴くん」
「呼んだというか、落ちてるように見えますけど。どうします?」
「入ってみる」
博士が言うのに合わせたかのように、目の前にハッチが開いた。しかし博士が入ろうとしたその時、青い直方体の物体が傾いた船内からすべり出して来た。
「わ、なにこれ?」
それは何回転かしてから、地面に転がった。美鈴の身長よりやや大きいぐらいのそれは、半透明をしていた。その中には、髪の長い全裸の美少女が、せつなげな表情のまま彫像のように閉じ込められていた。
「・・・にゃは・・・」
美鈴の口元が、嬉しそうに緩んだ。
博士と美鈴は、苦労してそれを軽トラに積みこんだ。触れると、冷たかった。
「氷だな、おそらく」
「でも、つるつるしてないですよ」
「氷がすべるのは、表面がとけて水の膜ができているためだ。これは、何か特殊な技術を使って、とけないようにしているのに違いない」
「この子、生きてるのかなあ。すっごい可愛いわぁ」
「生き物ではなく、こういう置き物である可能性もあるな。そもそも、こんな生き物が存在するものなのだろうか・・・」
博士は荷台のそれをちらりと見て、まゆをひそめた。
「・・・猫耳の少女など」
スレンダーな美鈴に比べて、その少女は出るところは出て引っ込むところは引っ込む、肉感的な体つきをしていた。それでいて、顔は童顔。やけに目が吊りあがっているのは、種族としての特徴なのか。
しかも、猫耳だった。
「いいんじゃないでしょうか。宇宙人なんだし」
美鈴は、嬉しそうに言った。
研究所に戻ってくわしく調べると、ちょうど少女の頭の上あたりに、ひしがたの石がくっついているのが見つかった。美鈴がうっとりと氷浸けの少女を眺めている間に、博士が石を押したり引いたりねじったりしてみた。すると不意に、石が外れた。
「お、とれた」
とたんに、少女を閉じ込める氷の棺に変化が現れた。表面が青い蒸気に包まれ、直方体のシルエットが腐食するように崩れていく。青い蒸気はすべて博士が手にしている石に吸いこまれた。
蒸気が晴れると、髪の長い猫耳少女がぐったりと横たわっていた。少女の体とその周りの床が濡れている。
「死んでるのかな?」
美鈴は言って、素早く少女のふとももと胸と頬と唇を撫でた。少女が、うめいた。
「生きてた! じんこーこきゅー」
言うが早いが、美鈴は少女と唇を重ねた。人工呼吸とは息を吹きこむものだろうに、どうも唇を吸っているようにしか見えない。謎の宇宙生物相手に、舌なんかも入れているっぽい。
「ん! あんん・・・ひゃううっ!」
宇宙人の猫耳少女は、悲鳴を上げて美鈴をはねのけた。美鈴の手が少女の両足の間をまさぐり始めたせいらしい。突き飛ばされた美鈴は、とろけるような目つきで、舌なめずりをしていた。
「ふむふむ。両手足とも指は五本、へそもあるということは胎生か。胸と股間をかばっているということは、生殖機能やその風習も地球人のそれと大差ないということか。恥辱に顔を赤くするのは、彼らの血液も、鉄分の酸化により体内に酸素を送っている我々のものとおおむね似た構造をしていることになる。実に興味深い」
「にゃううん・・・」
宇宙少女が、哀れっぽく鳴いた。その仕草に、美鈴は身をよじって喜んだ。
「にゃう? にゃーっ! にゃーっ!」
その少女が何か見つけたにか、必死で恥部を隠そうとしながら、博士の方へ精一杯手を差し伸べた。
「なんだ? ええと、これが欲しいのか?」
博士は、手の中のひしがたの石を差し出した。少女は、その石を受け取った。少女が手のひらにそれを乗せると、石は少女の胸の前あたりでふわりと浮かんだ。そして、きらきらと複雑な光を放って輝いた。少女はそのきらきらをしばらく見つめていたが、やがて美鈴と博士の方に向き直った。
「にゃ・・・にゃん・・・にゃにゅ・・・」
「え? なに?」
「にゃにか、着るものを貸してください」
少女は恥ずかしそうに、日本語でしゃべった。
フリシア。宇宙から来た猫娘は、そう名乗った。
白い生地は布と言うより膜のように薄く、一見子供用のように小さいが実は過剰に伸縮性を持たせてある。袖はないどころか、袖口からは肩から鎖骨の中ほどまでが覗くようなカッティング。すそ丈はいまどきの女子高校生が履くミニスカート並みなのだが、スリットが腰の近くまであるのでそれほど短くは見えない。ただし、不用意にしゃがむとえらいことになる。
体の線にぴったりとフィットするその凶悪なチャイナドレスを、フリシアは「宇宙服みたいですね」と言った。宇宙人はこういう宇宙服を着ているのか、と美鈴は思って、ちょっと想像した。
「美鈴くん、よくこんな服を持って来ているな。自分で着るつもりだったのか?」
「まあ、一応、その機会があれば」
「どういう機会だ」
美鈴と博士は、こそこそと言葉を交わした。
「助けていただき、ありがとうございました。実は、悪い宇宙人に攻撃を受けて、この惑星に墜落してしまったのです」
「なるほど、ありそうな話だ。いろいろ聞きたいこともあるが、なぜ氷浸けになっていたのか教えて欲しい」
「緊急用の安全装置です。宇宙船の墜落がまぬがれない状況になったので、自動的にそれが働きました。あの状態なら、そのまま大気圏突入もできるんです」
「ようは、エアバッグのようなものか。だが、なぜ裸だったのだろう。着衣の風習はあるようだが」
「・・・お風呂に入っていたんです」
「納得した」
ひしがたの石は、まだふわふわとフリシアのまわりを漂っている。
「ところでフリシアさん、折り入ってお願いしたいことがあるのだが」
「なんでしょう? 私にできることがあれば」
「その緊急用の安全装置を、ちょっと使わせてもらえないだろうか」
「はい?」
フリシアの話だと、その装置は地球人に使っても問題ないということだった。そもそも安全装置なのだから、それを使って危険ということはありえない、と言い切った。
「で、なんで私なんですか!」
「そのためのアルバイトだろう?」
「人体実験の実験台がアルバイトですか!」
「人聞きの悪い。あやしげな薬を飲ませようとしているわけでもないし、美鈴くんの腹を裂いてみようとしているわけでもないぞ」
「そこまでやったら立派な犯罪じゃないですか」
「だから、そういう犯罪行為をやろうとしているわけじゃないと言っている。無事凍結したら、写真を撮ってやるが。美鈴くんは美人だから、さぞ美しいだろうな」
美鈴は、想像した。
「・・・やります」
実験にはフリシアも協力的だった。フリシアの指示のもと、美鈴は氷漬けにされることになった。
「まず、そのへんに寝てください。怖くないですからね」
「そう言われると、よけい怖いんだけど」
「そのまま、石を持ってください。石が自動的に美鈴さんのことを記憶します」
美鈴の手の中で、石が淡く光った。
「それでは、安全装置を動作テストモードで働かせます。心の準備は良いですね?」
「お願いだから、そういう言い方はやめて」
「じゃあ、良いということで。作動させます」
石は、美鈴の手から逃れるように、胸の上のあたりにふわっと浮いた。そして、石から青い蒸気が吹き出して、美鈴の体を隠した。
「わあ、きゃあ、なにこれ」
「すぐに固まりますから」
蒸気はたちまち密度を増し、心臓が驚くほどの冷たさで美鈴を包んだ。こわばって悲鳴すら上げられずにいると、美鈴の体は何かに持ち上げられるようにして床から浮いた。蒸気は、下のほうから水に変わっていた。
その水も氷のように冷たくて、今度こそ悲鳴を上げそうになったが、その時にはすでに顔が水中に沈んでいた。水槽があるわけでもないのに、水はその空間で直方体にたまっていった。
(し、死ぬっ・・・)
美鈴は、両手で口をふさいだ。満足に息を吸えたわけでもなくて、すぐに苦しくなった。水の冷たさのせいで、心臓の鼓動が不規則になっているのがわかった。
(いつまで、このまま・・・)
このとき美鈴には、一秒が十秒に、十秒が一分に感じられていた。こんなに長く息を止めているのは、生まれて初めてだった。
「おかしいですね。そろそろ氷に変わるはずなんですけど」
フリシアがそんなことを言っているのが、美鈴にもわかった。
「そろそろ二分三十秒になるぞ」
(そ、そんなに!)
博士の声も聞こえていた。
(私、まだ、生きてる・・・)
「もしかして美鈴さん、息を止めているんじゃないですか?」
フリシアが言った。
「息は止めないでくださいね。普通に息をするように、水を吸いこんでください」
(それを早く言ってよ!)
ごぼごぼごぼ。美鈴は、こらえていた貴重な空気を吐き出した。吐いた瞬間、少しだけ楽になった。
(そうか、よくSFで見る、呼吸できる液体ってやつなのか。ちょっと怖いけど、がんばろう)
せーの、と自分に言い聞かせて、美鈴は水を肺に吸いこんだ。
(え・・・っ!?)
「ごぼふぁっ、ごふぉ、ぐばっ!」
肺に焼けるような痛みが走って、美鈴は激しくむせた。
美鈴はこの水の棺おけから脱出しようと暴れたが、まるで水槽の壁があるように、上下左右すべての面から外に出ることはできなかった。狭苦しいその空間で、美鈴は胸を抱くような姿勢にうずくまる。口を大きくあけて、泣きそうな顔で、ひたすらに水を吸い続けた。
「どうした。ずいぶん苦しそうに暴れているが」
「ええ。けっこう苦しいんですよ、これって。息ができるわけじゃないですから」
「呼吸できる液体ではないのか?」
「そんな便利なものじゃないですよ」
(ま、まじ!?)
美鈴にも聞こえている。
「肺から血液に入りこんで、コールドスリープできるように体を調整するんです。これからコールドスリープする人間が、息をする必要なんて、ありませんもの」
そう言ってフリシアは水のカプセルに腰かけた。足を組み、苦しそうな美鈴を見下ろし、吊りあがった猫目を薄くして微笑した。
(そーか、それで氷漬けのフリシアちゃんも、切なそうな顔してたんだ。・・・って、納得してる場合かっ!)
しかし、自分にツッコミを入れられる程度に余裕が出て来たのは、肺に入った青い冷水が美鈴の体内に染み渡り、冷凍睡眠のための朦朧状態へ移行しようとしているためだった。そんな事情も、今の美鈴にはわからない。
ただ、意識を失いかけているのは、自覚できた。酸欠のせいか、冷たさのせいか、手や足の指先の感覚は失われている。自分の体のことを感じられなくて、幽体離脱している気分。だんだん眠くなってきた。
「内蔵電源で、だいたい五万年ぐらいは、このままの状態を維持できるんですよ。うふふ・・・」
「さすが宇宙人の技術だ。が、その、うふふ、というのはなんだ?」
「ごめんなさい。今のこの子、すごく可愛いから」
それが、美鈴が耳にした最後の言葉だった。美鈴は、意識を失った。
美鈴は、プリントアウトされた自分の写真を見て、うっとりしていた。ずぶ濡れで意識のない美鈴に、フリシアが人工呼吸している写真もあった。
美鈴に続いてフリシアも装置を使ってみせてくれた。美鈴と比べると慣れたもので、しばらくつらそうな表情で胸を上下させていたかと思うと、眠るようにすうっと力が抜けた。それはそれで神秘的な、美しい眺めだと美鈴は思った。極薄白チャイナは、濡れているとよく透けた。
後で聞いたところ、苦しさというのは地球人でもなんでも大した違いはないらしく。フリシアも「美鈴さんと同じで、ただがまんしているだけなんですよ」と笑って言った。
フリシアの写真も博士の手によって撮影された。二人でその写真を見比べて、あそこがいいここがいいと言いあいながら、いつしかすっかり仲良しになっていた。
その日、二人で天体望遠鏡を覗いているところを、博士にしかられた。
青いひしがたの石が、赤く輝いた。
「・・・来る・・・」
フリシアがつぶやくのを、美鈴が聞いた。それまでのほにゃっとした雰囲気が嘘のように、目つきが鋭く、緊張感があった。
「何が?」
「悪い宇宙人」
フリシアは、立ち上がった。
「いろいろ、ありがとうございました。でも、もうここにはいられません。どうか、追わないでください」
「ちょっと待ってよ。出て行くつもり? せっかく、仲良しになったのに!」
美鈴は、フリシアの手をつかんだ。
「美鈴さん・・・」
「私たち、まだなんにもやってないのに!」
「は?」
「あ、えと、その・・・あんなことや、こんなことや、とても口では言えないようなことや」
「ああ、そういうあれ・・・・」
二人は見つめあい、顔を火照らせて、もじもじした。
「とっ、とにかくっ! 勝手に出て行くことなんか、許さないから」
背後に毛筆フォントで「下心」という文字をでかでかと背負いながら、美鈴は言った。
「だけど、悪い宇宙人が・・・」
「もし、どうしても出て行くのなら、ひとつ条件があるわ」
「条件?」
「貸してあげたその服、返してっ!」
びしっと指差す美鈴は、目が笑っていた。
フリシアは、全裸で森を駆けて行くのと、今のこの格好で駆けて行くのと、どっちがマシだろうかと一瞬真剣に迷った。しかし、どっちにしろ美鈴は見物目的でついて来るつもりだろうなと想像がついた。
「だけど、ここでじっとしていたら、すぐにつかまってしまうんです。せめて、私の宇宙船まで見つからずに行くことができれば、敵の武器を無力化できる道具を持ち出せるんですけど」
「じゃあ、そこまで連れてってあげるわ。地球にだって、歩くよりは多少早いぐらいの乗り物があるんだから」
博士に無断で持ち出した軽トラは、謎の小型戦闘機に一撃で転倒させられた。
自家用車ぐらいの大きさの物体が、重力を無視して自在に空を飛んでいるという様子は、不思議なものだった。それは音もなく美鈴たちの前に降りて来た。フリシアは、小さくなって美鈴の後ろにかくれた。
「あれが、そうなの?」
「はい」
肩をすくめて怯える表情が可愛いなぁ、とか美鈴は思ってしまい、この子を悪い宇宙人なんかに渡すものかと決意を新たにする。
ガルウィング型に扉が開き、戦闘機から降りて来たのは、水着かバニーガールのような格好をしたお姉さんだった。ヘッドギアから伸びる板状のアンテナが、やっぱりバニーガールに見える。
お姉さんはホルスターから銃のようなものを抜き、フリシアに向けた。フリシアは美鈴の後ろにいるから、美鈴が盾になっていることになる。
お姉さんは知らない言葉で何か言った。フリシアも、にゃんにゃんと宇宙語で言い返している様子だった。美鈴部外者な会話が繰り広げられたが、事態が進展している印象は持てなかった。
「ねえ、なんて言ってるの?」
「やつざきにしてやる、って」
「そのわりに、撃って来ないね」
「ええと、それは・・・」
美鈴は少し考えてから、不意に、ひょいと横によけた。それを見たバニーなお姉さんは、とっさに銃を構えた。それの発射と、フリシアが慌てて美鈴の後ろに隠れるのが、ほぼ同時だった。発射された光線は、外れた。
「な、なにするんですか、美鈴さんっ!」
「いやぁ、なにっていうか、そのぉ」
美鈴がこれからどうしようかと考え込んでいると、バニーお姉さんがまた宇宙語で何か言った。フリシアもにゃあにゃあと反論したが、バニーさんはひしがたの石を取り出して、それを輝かせた。フリシアが「まずい」とかなんとかつぶやいた。
「そこの地球人、私は宇宙警察です。あなたの後ろにいるのは指名手配犯で、現在非武装であることが確認できています。今すぐ、その猫耳から逃げなさい」
あーやっぱり、とか美鈴が思っている間に、フリシアは森の奥へと走り出していた。
多少距離があっても、障害物が邪魔でも、宇宙警察なバニーさんの射撃は正確だった。その光線は一撃で、盾を失った標的に命中した。
「にゃあああああっ!」
フリシアの悲鳴が森に響いた。草の上にあおむけに倒れたフリシアに、宇宙刑事バニーが近寄って行く。
「もう大丈夫よ、地球のお嬢さん」
バニーは腰のホルスターに銃を戻して、美鈴に言った。
「殺しちゃったの?」
「そんなことしないわ。ほら、ごらんなさい」
言われるまま見ると、フリシアの体が少しずつ黒く変色して行っていた。直接命中したらしい右腕のあたりは、大理石を思わせる硬質な光沢を持っていた。それが、じわじわと全身に広がっている。フリシアは息もまともにできない様子で、全身をびくびくとけいれんさせている。
「私たちは、犯罪者を石にすることで、抵抗できないようにしているのよ」
「手錠みたいなものですか」
「そうね」
「この子に、どんな罪があるんです?」
「風営法違反。銀河連邦未公認の惑星から集めた少女たちを、違法なサービス業につけていたの。あなたも危なかったのよ」
「へー・・・」
この子、経営者なのか、と美鈴は思う。
「・・・み・・・美鈴・・・さ・・ん・・・」 フリシアは最後にそう言って、横たわったまま石になった。
バニー刑事は石になったフリシアに小さな機械を取り付けて、重そうなそれを宙に浮かべた。
「それでは、ご協力感謝します」
にこやかに言って立ち去ろうとするバニーに、美鈴は後ろからそっと近寄った。そして、素早く背中のファスナーを下ろし、はだけた胸を揉んだ。
「きゃあっ!」
バニーさんは驚いて、両手で胸をかばった。美鈴は、無防備になったホルスターから銃を奪うことに成功した。
「なにをするの、地球人」
「これって、地球の銃と、使い方そんなに違いませんよね」
セーラー服の美鈴は、黒縁メガネの奥に不敵な笑みを浮かべて、引き金を引いた。
硬物私設宇宙科学研究所に、美少女の彫像がふたつ並んだ。
「なんだ、これは?」
「フリシアちゃんが言ってた、悪の宇宙人。この銃で、美少女を石に変えることができるんです」
「人間を石に変えることができる銃、か」
博士はさりげなく微妙なところを訂正した。
「ああ。なんて可愛い・・・じゃない、可愛そうなフリシアちゃん」
がまんできなくなった美鈴は、石のフリシアを抱きしめた。相手は無抵抗、なんでも好きなことができた。博士はとがめるのもアホらしく思えて、こつこつと靴音をたてて去って行った。
チャイナは石になっていなくて、すそをめくることができた。それの形も石膏で固めたようにくっきり出来あがっていて、麻雀のモウパイでもするように指でなぞって微妙な凹凸を確認できた。鼻を近づけて嗅ぐと、そこは水道水のような匂いがした。
寝かせてあるフリシアの足のほうからまさぐっていた美鈴は、伸縮性のある白チャイナをむりやり引っ張り、下腹部から顔をつっこんだ。頬を腹筋にこすりつけるように、その隙間に体をもぐりこませる。やわらかな曲面を描くその表面は、硬く、冷たかった。表面はなめらかで、うっすらと自分の顔が映っていた。
チャイナは大きくめくり上がり、フリシアのおなかから下がすべて露出した。美鈴は綺麗な半球形を描いて石化している胸の谷間に顔をこすりつけ、さらに強引に上を目指す。大きめの袖口から美鈴の両手も生えて、フリシアの腕にからみ、それを支えにして進もうとしていた。
いくら伸縮性があるとは言っても、さすがにその小さなチャイナ服に両肩から胸まで押しこんでしまうと、息をするのも苦しかった。しかしそれは、何かできつく結ばれているように、あるいはしっかりとラッピングされているように、密着感と一体感を味わうことができた。
磨かれたような黒い石の素肌は、舐めた跡がよく残った。それが美しくて、美鈴はフリシアの冷たい体を舐めまわした。それでも美鈴の舌は乾くことを知らず、それどころか糸を引き、しずくを垂らした。
「ああ・・・ああう、あはん。熱い、ああ・・・」
美鈴は、自分があえぎ声を漏らしていることにすら気づいていなかった。セーラー服の短いスカートの奥からも、唾液に似たものが太股につたっていた。それがフリシアの体を濡らし、その濡れた部分を美鈴自身でまた舐めた。唾液とは違う味がして、まるでフリシアのものを舐めているように思えて、美鈴は興奮した。
やがて、指も使わず絶頂に達した美鈴は、大きくもだえた。みりみりと音をたてて、ついに白いチャイナドレスが裂けた。美鈴は圧迫から開放された。
それはまるで、さなぎが蝶になる様子だった。
美鈴は、ひとりでフリシアの円盤までやって来た。敵の武器を無力化する道具がある、というフリシアの言葉を思い出したのだった。
フリシアは、まだ石のままだった。もちろん刑事バニーも。元に戻す道具があるとしたら、それを見つけて、フリシアを助けられるかもしれない。
円盤のハッチは開いたままで、中に入るのは簡単だった。だが、氷の非常用安全装置が転げ落ちて来ただけに、船内はかなり傾いていて、反対側までよじ登るのもたいへんだった。
逆に傾斜の下側には、様々ながらくたが落ちて転がっていた。途中で足をすべらせ、傾斜をすべり落ちて行った先に、運悪く箱の角のところが顔を出していて、美鈴は森全体に響き渡るようなステキな悲鳴を上げた。
「こ、こ、こんなところで、鉄の木馬にまたがることになるなんて・・・ううう」
美鈴の場合、問題の部分が敏感なわりに頑丈なのが幸いして、骨盤が砕けることもなく、とりあえず生まれて初めて経験するような激痛に襲われただけで済んだ。ただ、頑丈なわりに敏感なので、美鈴は顔面が蒼白になり、両目にあふれんばかりの涙を浮かべ、なかなか目の焦点が合わないことに危機感を抱きつつ、吐き気をこらえるのでせいいっぱいだった。
どうにか木馬状のそれから這い降りて、立てるようになるまで回復を待つ。今まで乗っかっていたその頂点を見上げて、うっとりしつつ、もう一度ぐらいやっても良いかな、なんてことを考え始める自分にブレーキをかけた。脳内麻薬が回り始めているらしい。ていうか、今日は棒とか入れないで来てて本当に良かった、と思った。突き抜けてたら、しゃれにならない。
今日のところは収穫なし。美鈴は、研究所に戻ることにした。
その帰り道のこと。
美鈴の前に、また別の小型宇宙船が着陸した。やはり自家用車サイズ。この様子だと、フリシアの船が旧型でぼろっちいのかもしれない、と美鈴は思った。
美鈴の前に横付けした宇宙船は、スライドドアが開いて、何かが降りて来た。それは、人のようでもあり、人ではないようでもあり。いっそ、ロボットとでも考えた方が直感的に納得がいくのだが、それにしてもずいぶんなアレだった。
ただひとつ見てわかるのは、それの形状が裸の美女である、ということぐらいだった。
降りて来た美女は、美鈴を睨むように見つめた。美鈴は、隠し持っていた石化銃をかまえた。美女は、すっと背筋を伸ばして、美しく立った。
「無駄よ、地球の娘。私は珪素生命体、もともと石でできているから、その銃は無力だわ」
「そーか、それで水晶のように透明なのか」
「そういうコト」
美女は、微笑した。見下ろすような、迫力のある不敵な笑みで、美鈴は威圧された。
まったくの無色透明ではなく、うっすらと水色がかっている。
「どうやら、うちの可愛い妹が世話になったみたいね」
「妹さん?」
「とぼけないで。フリシアのことよ」
「ああ。可愛がったっていうか、そりゃもう、可愛い妹さんで・・・妹? あなたが、フリシアちゃんのお姉さん?」
「馬鹿ね。血縁関係じゃなくて、職業上の呼び方よ」
「あー、そーゆーお仕事の人」
そうだよなぁ、と美鈴は納得した。経営者みずから未開の星を巡って美少女狩りするというのも、不自然な話。ようするにフリシアは、下っぱだったのだ。目の前にいる水晶の美女がその親分で、職場では「姉さん」だか「姉御」とでも呼ばれているのだろう。宇宙語のことだから、そのあたり微妙だが。
「そういうわけだから、あなたにも覚悟を決めてもらうわよ」
「え、って、ちょと何を・・・」
美鈴が説明を求めようとする間もなく、水晶の美女は銃を向けた。そして、ためらいもせず引き金を引いた。よける間もなく、光線が美鈴に命中した。
「きゃああああああ!」
焼けるような熱さを感じた次の瞬間、全身がしびれて動けなくなった。美鈴は、自分の体の中で、何かが大きく変化していくのを感じた。
小型宇宙船の荷物室のような所に転がされて、美鈴は、ああこの状態でも見たり聞いたりできるんだ、と思った。
水晶の美女はまばたきひとつできない美鈴に顔を近づけて、「見たい?」と言った。美鈴は返事どころかうなずくこともできなかったが、クリスタル・ビューティーはどこか嬉しそうに、コンパクトのような手鏡を開いて美鈴に見せた。
美鈴は、黄金の彫像になっていた。着ている服も黄金に輝いている。フリシアを石にした道具とは、まただいぶ違うものを使われたらしいとだけ理解できる。
(・・・綺麗・・・)
もしも美鈴に、このとき最小限の動きを許されたら、自分の姿の美しさとはかなさに感動して涙を流していただろう。あるいは、よだれを流していたかもしれない。それとも鼻血を吹いていた可能性もある。美観を損ねないためには、一切動けないほうがいくぶんマシということになる。
美女は不思議な笑みを浮かべて、美鈴の頬をそっと撫でた。思った通り体温はなく、ひやりと冷たいものが這うのを感じた。いつもの美鈴ならば、ここで何もかも忘れて欲望のおもむくまま淫らな行為に走るところなのだが、今は何もできなかった。ただひたすら、されるがまま。
「さて。フリシアを助けに行かなくちゃ」
美女は、いらん期待に胸ふくらませていた美鈴をそのままに、運転席に戻った。ちえっ、とか思う美鈴。だが、ふと思い当たる。昨晩、石のフリシアで遊んだ時、てっきり意識も感覚もないものだと思っていた。だからよけいハメを外して、好き勝手なことをやっていたのだが。
(うひあぁ・・・)
想像しても、いつものように顔を赤らめることもできない美鈴だった。
どうやら母船か何かまで連れて来られてしまった美鈴は、しかしやっぱり何もできない黄金の美少女像として転がされていた。
そんな美鈴のところに、なつかしい声が聞こえて来た。日本語で。
「違うんです、姉さん。美鈴が私を石にしたわけじゃないんです」
「じゃあ、どうしてあの地球人が、宇宙警察の石化銃を持っていたわけ?」
「私を助けるために、警察から奪ってくれたんです」
「そんな簡単に奪えるものじゃないでしょう、普通」
「それが、普通じゃない方法で」
フリシアの声に間違いなかった。
「どんな? 後学のために、教えて欲しいわ」
「それが、その・・・刑事の乳房を揉んで」
「ほんとに?」
うわあ全部見られてたんだ、と美鈴は思った。水晶の美女は、声を上げて笑った。威圧的な笑みで睨まれたのとは、まるで別人のようだった。
「まあ、あなたがそれだけ言うのなら、信じてあげることにするわ。彼女を元に戻して、地球に返してあげましょう」
「よろしくお願いします、姉さん。あ、でも、その前に」
「なに?」
「その、ちょっと・・・ね。んふふふ・・」
フリシアの声が、甘ったるくなっていた。水晶の美女は「あ、なるほど」とか言い残して、どこかへ行ってしまった。
一歩一歩、ゆっくりと近寄って来る猫耳娘フリシアは、まなざしがすっかり熱っぽくとろけてしまっていた。
「美鈴さぁん」
なんですかー、とか答えることも美鈴にはできない。
「今度は、私の番ですよね?」
くんくんと鼻を鳴らしながら、フリシアは美鈴の唇に指を這わせ始めた。やがて、母船に甘いあえぎ声が響き始める。
硬物私設宇宙科学研究所の研究室には、バニーガールのような格好の黒い石像がある。
ずっと、ある。