VCD(ヴァーチャルカードデュエル)

作:Shadow Man


 時は20XX年、全国の青少年の間で流行していたのがヴァーチャルカードデュエル、略してVCDであった。
これは2000年前後に日本で流行したカードバトルをヴァーチャルリアリティで体験するというものである。
いや、体験などという生易しいレベルでなく、死なない程度に軽減されるとはいえ、実際に痛みも味わうという超体感ゲームなのである。
そしてその中でもチャンピオンを争うレベルの少年がここにいた。彼はもはや単純な勝負には飽きて、ある野心を持ってゲーム世界中を歩き回っていた。
すべての準備を整えた少年は最後の目標を探していた。そして金色の髪の長い少女を見つけるとおもむろに勝負を申し出た。
下手に出た彼の勝負をその少女は二つ返事で受けた。それを聞いた彼はほくそ笑んだ。
『この俺を知らないとはあまりゲームに参加してないな。丁度いい…』

勝負が始まった。しかし当然レベルの違う少年の前に少女はあっという間に追い詰められた。
「ひ…ひどいわ。あなたこんなに強いのに初心者の私を苛めて楽しいの?」
「フフフ…お楽しみはこれからだよ。」
既に彼女を守るカードモンスターはなく、彼の前にはアイアンゴーレムと剣聖ビルゲニアの2枚のカードが出ていた。
どちらかのカードで彼女を攻撃すれば勝負はつく、そういう状況であった。だが、ここから彼は少女の予想を遥かに超える行動に出た。
「魔法、混乱(コンフュージョン)!」
彼は魔法カードを使用した。このカードはモンスター1体を対象にして、敵を味方にするというものである。
だが場には彼の出したモンスターしかいない。そのモンスターのうち、アイアンゴーレムにこの魔法をかけた。
「え?!」
少女は素っ頓狂な声をあげた。彼がタダで自分を守るモンスターをくれたようなものだから当然である。
しかし彼の攻撃はまだ止まらない。
「魔法、融合(フュージョン)!!」
彼は大声で次の魔法を唱えた。これは場に出ているモンスターを任意のものと融合させることが出来るというレアな魔法カードである。
しかもこの魔法はかなり強力であり、ゲームバランスを崩すとして生産停止になったほどの代物である。
そして彼は融合する対象としてアイアンゴーレムと対戦相手の少女を選んだ。
「ちょ…ちょっと、嘘でしょ?」
少女は魔法の対象にされたことに驚くよりもむしろそのことを信じられなかった。
しかし、魔法は発動した。いかなる相手でも対象から逃れることができない、これがこの魔法の最大の凶悪さである。
《ただし、敵と味方という組み合わせだけは許されないという縛りはあるが》
少女は抵抗したが、為す術もなくアイアンゴーレムに引き寄せられるように体が宙を飛んだ。そして派手な煙幕が立ち上がり、周りを包んだ。

その煙が晴れたとき、彼は自分の作戦が成功したのを確認した。
アイアンゴーレムは以前と同じように立っていた。だが、アイアンゴーレムが守るべき少女の姿はなかった。
代わりにゴーレムの胸部には今まで闘っていた少女が埋まっていた。彼女は怯えた表情のまま全てが鉄になっていた。
彼はそれを確認すると更に手札から一枚のカードを取り出した。
「剣聖ビルゲニアにアイテム、サンダーソードを装備!アイアンゴーレムを攻撃!!」
このとき、アイアンゴーレムは融合によって守備力5000のモンスターになっていた。これに対し、少年は攻撃力2500のビルゲニアに加え、
金属に対し3倍の威力を発揮するサンダーソード(攻撃力1000)を用いることによりこれを撃破するという作戦であった。
ビルゲニアの攻撃がアイアンゴーレムに命中すると激しい雷光が閃いた。アイアンゴーレムはカードに戻り、勝負はついた。
そして少年とカードだけが残った。アイアンゴーレムとともに犠牲になった少女はというと、ゴーレムと融合したままカードになっていた。
『ハハハ…遂にやった!』
彼はカードを拾い上げてアイアンゴーレムのカードを確認するとしげしげと眺めた。
ゴーレムに融合したときの姿のまま少女はカードとなっていた。しかもゴーレムも通常に比べて攻撃力、防御力ともに少女のHPだけ増加していた。
彼はこのゲームのシステムの欠陥を知っていてこの行動に出たのであった。

彼がそのカードを眺めて悦に浸っていると、突如として彼に勝負を挑む20過ぎの男が現れた。
眼鏡をかけたその男はいかにも腹に一物蓄えたような顔つきであった。
『なんだこいつ…?』
少年は不審に思ったが勝負を受けない理由もない。とにかく警戒して当たることにした。
「勝負!!」
少年と男は互いにモンスターを展開した。男のモンスターを見るとハーピーやらラミアなどの女性系モンスターが目立っていたが、それ以外に特徴と言えるものはなかった。
とりあえず、少年は様子を見ることにして最初の数ターンはあまり動かなかった。男も何度かジャブを撃つ程度で互いにダメージを受けず膠着状態に陥った。
「アイアンゴーレムはどうしたんだい、坊や?」
突如、男が口走った。
少年は一瞬驚いた。さっきの戦闘を見ていたのか?それともカードを眺めているのを見られたのか?とにかく彼は勝負を急ぐことにした。
「召喚!アイアンゴーレム!!」
既に手札に来ていたアイアンゴーレムを少年は場に出した。そのアイアンゴーレムには相変わらず先の少女が埋まっていた。
それを見た男は薄気味悪い笑顔を浮かべた。
「ケケケ…いいものを見させてもらったよ。おまえさんも僕と同じ趣味を持っているようだな。
だが!僕の方が上だということを見せてあげるよ!」
そう言って男は手札を場に出した。
「召喚!マジックエレメント!!」
少年はそのモンスターの名前を聞いて持てる知識から情報を拾い集めた。
『確かマジックエレメントは不定形で攻撃力・防御力ともに0の特殊モンスター…
相手のモンスターの動きを止めたりする特殊能力を持っていたはず。』
だが、現れたモンスターは彼の想像を凌駕するものだった。

一見すると液体とも固体ともつかないモンスターであったが、よく見るとその中に女性の姿が見えた。
それも1人ではなく複数いるようで、しかもみんな裸であった。
「どうだい、僕のコレクションは?バグ技を駆使して捕まえるのは大変なんだよね…ククク」
男は不気味に笑った。
少年はその作品に思わず尊敬してしまった。しかし、そこまでする男の執念に畏れも感じていた。
「魔法、冷凍(フリーズ)!」
少年はこの手のモンスターに対する常套手段としてこの魔法カードを用意していた。これさえあればいかなるモンスターも動けないはずである。
実際、魔法をかけられたマジックエレメントは凍り付いて動かなくなった。さらに中にいる少女たちも同じように凍りついた格好になった。
「さらにアイアンゴレームで攻撃!」
相手を凍らせてアイアンゴーレムの一撃で砕くというのは少年の得意とするコンボである。だが、男は冷静であった。
「フフ…さすがだな。いい物を見せてくれる。だが、おまえさんがそう来るのは予測済みなんだよ!
トラップカード、溶岩の池!」
するとマジックエレメントの足元が突然溶岩のフィールドに変化した。
そして、凍ったマジックエレメントとそれを攻撃しようとしたアイアンゴーレムもまた溶岩の中に落ちた。
「しまった!」
少年は頭に血が上って男に嵌められたことに気づいた。
「まだまだ子供だねぇ。こんな挑発に乗せられるなんて…ハハハ」
男は眼鏡を直しながら嘲笑している間にフィールド上のマジックエレメントは冷凍から溶けて元の不定形に戻っていた。
一方のアイアンゴーレムは金属の多くを溶かされて攻撃力・防御力ともに半減していた。
取り込まれていた少女は無事であったが、心なしか苦痛の表情に変わったように見えた。

少年はここで深呼吸をして落ち着いた。そして手持ちの別のモンスターカードで男の雑魚モンスターを片付け、優位な状況に持っていった。
だが、男の方も追い詰められたにもかかわらずその表情には余裕があった。そして男の前にはまだ女性を捕らえたままのマジックエレメントも健在であった。
「さてと…僕の大事なハーピーたちを壊してくれた恩がえし、いやお仕置きをしてあげないとね。
魔法、毒霧(ポイズンクラウド)!」
魔法が発動するとあたり一面緑色の霧に包まれた。この魔法の効果は敵味方関係なく生物を即死させることが出来るというものである。
少年のデッキは主に人間や獣人系からなっており、魔法の影響を受けて残ったのはアイアンゴーレムのみとなった。
男の方はもとからマジックエレメントのみであり影響はなかったが、中に取り込まれていた女性たちが影響を受けて緑色に染まっていた。
「まだまだだよ、坊や。これから僕の芸術品を見せてあげるからね。」
薄気味悪い微笑を浮かべながら男はさらに続けた。
「特殊攻撃、メタモルフォーゼ!」
これはマジックエレメント専用の特殊攻撃であり、変形することによって攻撃が可能になるという効果を持つ。
しかしまたしても少年は己の予想を上回るものを目撃した。
マジックエレメントの変形にともなって囚われの女性たちも体をくねらせ始めたのである。
ある者は恥ずかしげもなく体を絡ませ、ある者は体を丸め、またある者は棒のように体を真っ直ぐに硬直させた。
そして女たちの集合体はまるでハンマーのような形になった。
「さあ、やってしまいな!」
変形したマジックエレメントはアイアンゴーレムには目もくれず少年を攻撃し始めた。少年はハンマーとなった女性たちに叩かれてHPの大半を失った。
「どうだい、僕の作品は。女の子たちにやられるなんて君は幸せものだね。」
「くっ…」
(ゲーム上)瀕死のダメージを負った少年は片ひざをついた。

『こちらからあのモンスターを倒す手段がなければ俺の負けか…くそっ!』
少年は次のドローに全身全霊を傾け、一枚の魔法カードを引いた。少年はその魔法カードを場に伏せた。
「おやおや、観念したのかな?じゃあ、こちらから行かせて貰うよ。
でもね、僕は君を倒す前にやっておきたいことがあるんだ。というか、それが目的なんだけどね。」
その間、少年は口を真一文字に結んで黙っていた。
「魔法、解除(ディスペル)!アイアンゴーレムの融合を解いてしまえ!!」
『やはりそう来たか。だが!』
少年はその行動を予測していた。
「対魔法トラップカード、バグストーム!!」
「何!!」
男は予想外のことに慌てた。バグストームとはかけられた魔法を無効化するだけでなく、さらに術者に跳ね返ってくるのである。
無論、それはマジックエレメントにも影響を及ぼし、中に閉じ込めていた女性に対する束縛も解かれようとしていた。
「僕の、僕の作品が…させない、させないよ絶対に!!」
突然男はマジックエレメントに向かって走り出し、女たちが解放されるのを体で防ごうとした。しかしそれはフィールド上に大きな異変をもたらした。
男の乱入によってバグストームが突如暴走したのである。
「う、うわーーーー!!!」
その暴走によりあたり一面真っ暗となり、男はその中に飲み込まれた。さらに暴走を続けるバグストームはフィールド全体に広がり、少年にも向かっていった。
「ちょ、ちょっと何だよこれ!」
少年は逃げ出そうとしたが、バグストームの広がりに敵うべくもなく飲み込まれた。


「主任、西A−13地区でデータ異常が発生しています。」
「ん、またバグストームか?全くあれは文字通りバグ発生源なんだから使わないでくれよな…」
「データ調査完了しました。メインスクリーンに映し出します。」
「うむ。……なんだこりゃあ!」
スクリーンに映っていたのは辺り一面鉄の塊の大地であった。そして男と少年がデュエルしていた場所には特に大きな鉄の塊があり、
あられもない格好をした女性たちの塊や情けない表情のまま固まった眼鏡の男、必死の形相で逃げ出そうとしたまま鉄になった少年の姿が見えた。
「何度かバグストームで固まった連中を見てきたが、こんなのは初めてだ。」
「どうしますか主任、一度全部リセットして空間ごと消去しますか?」
「いや、これは実に興味深い。じっくりと原因を調査しようではないか。
誰か私をそこへ飛ばしてくれ。」

3日後、バグは解消され、鉄の塊になっていた少年や男、囚われていた女性たちも解放された。
そして主任と呼ばれた男は一枚の地形カードを作成していた。
『鉄の平原』と書かれたそのカードにはまさにバグで固まったときの状況が克明に描かれていた…

END


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