とあるスキー合宿で

作:Shadow Man


 「……というわけで、気をつけて滑るように!」
 先生の言葉が終わるか終わらないかしたうちに、生徒たちは歓声を上げて雪山に向かっていった。スキーやスノボで滑る者もあれば、雪ダルマを作っている生徒もいたが、その日はマコトが集合時間に遅刻した以外、何事もなく終わった。

 そして翌日――
 まだ夜が明けるか明けないかといった微妙な時間帯に目が覚めてトイレに行った少女――内田ユカに声をかける子がいた。
「なあ、内田、ちょっと来てくれないか?」
「あれ……?マコト君?朝早いねえ……」
 寝ぼけたままユカは生返事をする。そんな彼女の手をマコトは無理やり引っ張って外へ連れ出した。
「ちょ、ちょっとマコト君、痛い――」
 しかしマコトはユカの言葉に構わず、宿舎から少し離れたところまで彼女を引っ張った。そこは昨日滑っていたゲレンデとは反対側にあり、ちょうど日が昇る直前ということもあって白い山と太陽の光を反射した虹色の雲が神秘的な風景をかもし出していた。
「き、きれいーー!」
 この景色を見てユカは一気に目が覚めた。そしてマコトは景色に見とれていたユカの肩に手を置いて耳元で囁いた。
「内田、もっといいものを見せてあげるぜ。」
 それはマコトらしからぬ言葉だったが、景色に目を奪われていたユカにはそんなことは全く気にも留めなかった。
そしてマコトはユカをさらに景色のいいところまで連れて行く。ちょうどそこに人間一人が座るのにちょうど良いくぼみがあった。
「ちょっとそこに座ってみな。」
 とマコトに言われたユカはワクワクしながら、大人しくそこにちょこんと体育座りをした。
「ねえ、マコト君、何があるのかしら?」
 そう言って振り向いたユカに対してマコトは不敵な笑みを浮かべた。
「それはなあ……もう2度と体験できないことだぜ!」
 言うが早いか、ユカが座っていた部分の雪が急に溶け始めた。さらに彼女はお尻から雪の中にめり込み始め、立ち上がろうにも踏ん張ることができなくなった。
「え、ちょ、ちょっと!助けてマコト君!!」
 ユカは手を伸ばしてマコトに助けを求めるが、彼はただ笑って見ているだけで何もしなかった。その間にもユカの身体は雪の中に埋もれていき、徐々に見えなくなっていった。
「だ……れか……、たす……け……て……」
 最後には涙を流しながらユカは雪に呑み込まれていった。そして、彼女が完全に呑み込まれたのを確認するとマコトは走って旅館に戻っていった。

 マコトが戻るころにはクラスメイトも何人か起きていたが、マコトが朝早くから起きていたことに驚くくらいで不審に思う者はいなかった。一方、朝食時になってもユカが現れないことが騒ぎになった。
『内田が行方不明だって!?』
『今朝起きたときからいなかったわ。』
 生徒たちが口々に小声で噂したが、何一つ手がかりもなく、結局その日は教師全員で捜索に出ることになった。生徒たちは自室待機となったが、彼女を心配する同級生たちは個別に宿舎の中や周りを探しはじめた。
「おーい!内田〜!!どこにいるんだ〜」
 宿舎のすぐ外で大声をあげながら呼びかけていたボーイッシュな少女は内田の友人のトウマである。
そこに不意にマコトが現れた。
「トウマ、こんなところで大声をあげても見つからないぜ。」
「何だよマコト、まるでどこにいるか知っているような口ぶりだな。」
 そういいながらトウマがマコトを睨みつける。
「じゃあ、ついてきな。」
 するとマコトは平然とした口ぶりでトウマを手招きした。トウマは少し不審に思ったが彼についていくことにした。
――おや?
 それをたまたま別の少女が目撃した。彼女は内田の親友の吉野で、内田と違い頭の切れる人であった。マコトがトウマを連れて出て行くのを見てピーンと来るのを感じた彼女は後をつけていくことにした。

 さて、マコトについてきたトウマは内田が連れてこられた場所にやってきた。すると崖の上に内田が下を見ながらボーっと立っているのが見えた。
「内田!危ない!!」
 トウマは慌てて駆け寄ったが、その途中で雪の薄いところに嵌ってしまう。
「うわっ、しまった!たすけ……」
 叫ぶ間もなくトウマの身体は雪の中に埋もれて消えていく。マコトと内田はそれを見て別の場所から穴に潜って消えていった。

 その一部始終を目撃していた吉野は身の危険を感じて暫く雪の中に伏せて息を潜めていた。しかし何も起きずにただ静寂だけが場を支配したので、恐る恐る立ち上がると宿舎の方へ歩き出した。だが、恐怖で道を間違えてしまい、全く違うところに来てしまった。
――あれ、道に迷ったのかしら――
 吉野は顔面蒼白になりながら近くにあった洞窟に倒れるように入っていった。

 洞窟の中は雪で反射した陽の光が差し込んでいて明るかった。吉野は地を這うように恐る恐るその中に入っていった。すると、角を曲がったところで暖かいものに手が触れた。
「キャッ!」
 少し叫んだところですぐに彼女は自分の手で口を塞いだ。しかし洞窟の中は変わらず静寂のままだった。そこで彼女は一呼吸置いてその暖かいものに恐る恐る目をやった。それは陰になっていてよく見えなかったが、まるで人形のようだった。彼女はそれを手にとって光の当たるところに持っていくと、その物体を今度はしっかりと凝視した。
「こ、これは……」
 彼女は驚きで言葉が出なかった。それはまるでトウマをそのまま1/10くらいにしたゴム人形だったからである。いや、その暖かさといい、トウマそのものとしか彼女には思えなかった。しかし、その人形は丸裸でトウマが着ていた服もどこにも見当たらなかった。
 吉野が困惑していると、洞窟の外のほうから人の足音が聞こえてきた。彼女はすぐに助けを求めようとしたが、声を聞いて逆に立ち止まった。
「これで3人目もゲットだな。」
「あと一人よね。この人間の記憶によるとまだ知り合いがいそうだし、同じように試してみようかしら。」
 声の主はマコトと内田であった。だが、声はともかく明らかに会話の中身は吉野の知っている2人ではなかった。
――これは一体何よ――
 彼女は慌てて洞窟の奥に逃げ込んだ。しかし2人も知ってか知らずか何の迷いもなく洞窟に入ってきた。
「おーい、そろそろ準備はいいかー?」
 マコトの声が洞窟内に響く。吉野は洞窟の奥でトウマ人形を握り締め小さく縮こまっていたが、返事はなかった。
「まだなのー?」
 今度は内田の声がする。さらに足音も吉野の近くまでやってきた。
――もうだめ!!
 吉野はさらにトウマ人形をぎゅっと抱きしめた。心なしか人形から呻き声が聞こえた気がしたが、それ以上に吉野は恐怖で震えていた。そして今にも見つかるか、というときに反対側から今度はトウマの声がした。
「おーい、オレはこっちだー!」
「おお、そこにいたか。準備はできたんだな。」
「それが、抜け殻の方がどこに行ったのか見つからなくて探しているんだ。多分このあたりだと思うんだが――」
「別に後でもいいんじゃない?どうせまだあと一人ここに呼び寄せるんだし、そのときに見つけたらいいでしょ。」
 そう言いながら3人は洞窟の外へ出て行った。吉野はひとまず見つからなくてほっとしたが、同時にこの非常事態から友人たちを守らなければならないと思い、見つからないように後を追った。

 旅館の近くまで戻ってきた3人は一度立ち止まり、そこで口裏を合わせて内田がマコトとトウマに助けられたことにして皆の前に戻っていった。吉野は3人から少し遅れて戻ってきたが、内田が無事に戻ってきたことを喜んでいた他の面々は勿論の事、3人の誰も彼女のことを気にかけていなかった。
 吉野は暫く様子を見た後でマコトが一人になるのを見計らって旅館の裏手へ連れ出した。
「ねえ、マコト君、何か隠し事していない?」
 優しい声で、なおかつ鋭い眼差しで吉野は問いただした。
「な、なんだよ急に――別に何も隠しちゃいねえよ。」
「本当に?内田とは何もなかったの?そもそもどこで彼女を助けたの?それにトウマと一緒にいなかった?」
 矢継ぎ早に質問する吉野にマコトは逆切れした。
「別に何でもいいじゃないか!いちいちうるさいな!!」
 マコトが両手を挙げて怒ったその瞬間、彼の着ていたジャケットの内側に人形のようなものが見えたのを吉野は見過ごさなかった。
「あ、そう。それよりもここは寒いわね。ちょっと貴方のジャケットを貸してくれない?」
 そう言いながら強引に彼のジャケットを奪い取った。
「お、おい!ちょっと!!」
 完全に吉野のペースに嵌ったマコトは取り返そうとするが、吉野と引っ張り合いになり、その弾みで内ポケットの中にあったものが外に飛び出した。それはマコトと内田によく似た人形で、トウマのそれと同じく衣服を全く着けていなかった。
「げ!!」
 マコトは落ちた人形を拾い上げようとしたが、それより先に吉野が2体の人形を掠め取った。そして掴んだ2体の人形と持っていたトウマ人形を両手で掴むと、マコトの目の前に突き出した。
「これは何かしら?説明してくれる?」
 目の前に証拠をつきたてられたマコトは仰け反って2,3歩下がると、怯えた表情を見せながら一目散に逃げ出した。
 吉野も慌てて追いかける。しかしなかなかマコトに追いつけそうで追いつけず、10分ほど追いかけた末にとうとうマコトの方が疲れて座り込んだ。
「ようやく追いついたわね。さあ、答えなさい!」
 マコトは息を切らしていたが、すぐに落ち着きを取り戻して立ち上がると開き直るように言った。
「そうか、お前が持っていたのか……だったら話は早い。それを俺に返してもらおうか!」
 いつものマコトと違って気迫のある声に今度は吉野の方がたじろいだ。だが、彼女も負けじと反撃する。
「だったら正直に話してよ。これは一体何!?」
「フフフ……じゃあ話してやろう。俺たちは闇の世界の住人さ。そう言ってもお前たちには理解できないだろうがな。
 俺たちは肉体を持たないからお前たち人間の身体が欲しかった。そしてずっとこの場所で待ち続けていた――そんなときにこのガキが愚かにも俺たちのテリトリーに入ってきたんだ。そこで俺がまず奴の身体を貰った。俺たちは奪った身体から記憶も奪い取れるから内田やトウマとかいう奴らも頂いたというわけさ。」
 そこまで聞いて吉野はそれが冗談ではないと察知した。だが、強がって言い返した。
「な、何よ……そんな冗談、信じるわけないでしょ。」
 しかしマコトは完全に吉野を見下して言った。
「じゃあ、信じさせてやるぜ……フフフ、ここがどこだと思う?」
 吉野は周りを見渡した。そこは先ほどトウマが消えた場所だった。
「!?、しまった――」
 それに気づいた彼女は逃げ出そうとしたが、マコトが指をパチンと鳴らすと吉野の足元が急に虚空になった。
「あ――っ!!」
 彼女は目の前が真っ暗になった。しかし雪の中を落ちていったにもかかわらず冷たさを感じなかった。そればかりか、まるで周りの部分が生き物のように脈打っているのを彼女は肌で感じた。
――これは、まるで……
 真っ暗な闇の中を何かの意志で運ばれていくように流されていった彼女は自分を冷静に分析した。そして出た答えは、
――マコトが言った闇の世界の生き物!?
 だった。そしてその予感が正しいと確信したのは少し大きな空間に出たときだった。そこはまるで絨毯でも敷いているかのような感じだったが、すぐに怪しげな液体が滲み出てきた。ここがその生物の胃だと確信した彼女は出口を探すが、落ちて来た所ははるか上にあり、下の出口も見つけられないままやがて彼女は液体まみれになっていく。そして最後までもがき続けたが、とうとう力尽きて倒れこんだ。
――このまま、私の人生がおわっちゃうのかしら……
 彼女は絶望したまま動けなくなった。しかし、予想に反してその液体は彼女の身体を溶かすことなく、再び脈打った周囲の壁によって別の場所へと運ばれていき、その途中で彼女の意識は途切れた。

――あれ?まだ生きている?
 暫くして吉野は意識を取り戻した。だが、何とかして助けを呼ぼうとしたが目は開くものの身体を動かすことはできなかった。
 周りを見渡すと彼女の目の前にいたのはトウマだった。だが、そのトウマも同じように目を開いたまま動いていなかった。
――まさか、私も!?
 感のいい吉野は自分の身に起こったことを察した。その瞬間、何者かが彼女の身体を掴みあげた。そして吉野が見たものは、巨人のような彼女自身だった。
「友達を助けられなくて残念だったね、私。
 これからは私が吉野としてこの世界で生きていくわ。」
 それを聞いて彼女は自分の身体が人形になったことを確信した。しかしどうすることもできず、ただ自分の着ていた服のポケットに収納されて、誰にも気づかれないまま宿舎に戻った偽物の手によって着替えの中に埋められていった――


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