岩肌温泉

作:Shadow Man


とある山奥。獣道を歩く人影3つ。
「ねえ加奈子、まだ着かないの〜?」
「もう少しよ、香織。あ、真理ちょっと待って〜」
「もう、みんな遅い〜〜」
女子大生3人組、真理・加奈子・香織。サークルの仲良し3人組…といっても3人だけのサークルなのだが。
そのサークルの名は『温泉同好会』、その名前だけで活動内容は説明不用といってもいいだろう。あえて特筆すべきことを挙げるなら、
山奥の秘湯などを探して入るのが大好きということだろうか。そんなわけで彼女たちは今、秘湯を求めて道なき道を歩いている。

「ねえ真理、今度の温泉『岩肌温泉』って言うんでしょ?肌がカサカサになりそうな名前なんだけど大丈夫?」
3人の中でも一番細身な香織はこういうことにうるさい。
「私の情報を信じなさい!今までハズレはなかったでしょ?」
3人のリーダーで、最も行動的(体育会的)な真理は思い込んだら一途な性格。
こんな山奥をずんずん進めるのは彼女のバイタリティあればこそである。
「じゃあ、この前の『もちもち温泉』はなんなのよ〜入ったらお湯に餅が溶けててみんなネバネバして大変だったじゃない」
と、もっとも小柄な加奈子が突っ込む。
「あら、でもネバネバが体の汚れを取ってくれたからみんなお肌ツルツルになれたじゃない。」
「確かにそうだけど…」
まあいつもこんな調子である。

 そうこうしているうちに休憩所らしきものを真理が発見した。
そこには老婆が一人たたずんでいた。
「すいません、この辺に『岩肌温泉』ってありません?」
「は?わたしゃ『岩田』ですが?」
「いえ、おばあちゃん、『い・わ・は・だ』よ。ていうか、温泉よ。」
「あ〜、温泉か。それならこの先にお湯が湧いているから好きに使っていいよ。」
「え、本当〜。おばあちゃん、ありがとうございます。」
「よ〜し、じゃあ出発!!」
今までのけだるそうな態度から一転、加奈子が水を得た魚のように進みだす。
「まったく、彼女は現金よね〜。」
と加奈子は半ば呆れ気味に話す。

「はあ〜、やっと着いた〜〜」
かまくら風になっている岩の中に白い石で囲まれた温泉がそこにあった。
「あ、ほんとだ、きれいな温泉ね。加奈子も早くおいで〜。」
「ハァハァ…もう、誰よあとちょっとって言ったの〜」
「あなたが勝手にそう思い込んだだけでしょ。」
と香織。結局加奈子は疲れて遅れてしまっていた。
「しかし、山奥の露天風呂にしてはちゃんと整備されているのね。」
「でも掘らなきゃ出てこなかったようなところに比べたらまだましじゃない。
それにちゃんと脱衣所もあるから、お猿さんに服持って行かれることもなさそうだし。」
「そうね。でも誰か覗いてたりして。」
「も〜、冗談はやめてよ。」
と言っていた香織だったが、正直なところどことなく視線を感じていたのだった。

 そして程なく3人は温泉に浸る。だが、タオルを巻くような無粋な真似はしていない。
とはいっても、それほど透明でないのでお湯の中は見えないので気にはしてない。
「ちょっと狭いけど、いい感じね。」
「それにしても本当にこの温泉、お肌ツルツルになるのかしら?」
「もう、香織ったらいつも疑り深いんだから。ほら、この石とか見てよ。こんなにツルツルじゃない。きっとお肌もツルツルよ。」
「そうよ、ちょっと狭いけどいい温泉じゃない。」
「確かにそうだけどね・・・」
「そうそう、岩肌温泉といえば」
香織の不安を遮るように再び真理が話し出す。
「この辺りの村に凄い芸術家がいるんだって。」
「え、どんな人?」
「なんでも石像を彫らせたら右に出るものはない、っていうほど綺麗な人間の像を彫るんだって。」
「え〜マジ?だったら私たちもモデルになろうかしら?」
「もう、加奈子ったら。たいした自信じゃない。」
「てへ。」
とまあ、他愛ない話をしていた真理と加奈子だったが、香織はまだ一抹の不安を感じていた。

「私、もう出るわね。」
「ちょっと香織、まだ早いわよ。」
「別にいいじゃない!出るといったら出るの!」
「も〜、せっかく温泉に来たんだからのんびりしようよ。それに今日の香織ちょっと変よ。」
しかし香織はさっさと上がってしまった。
「どうしたのかしらね、香織。」
「ほんと。でも香織ってちょっと神経質なところあるから狭いのが気に入らないんじゃない?」
「それもそうね。でさ、さっきの話だけど…」
と、また世間話に戻る2人であった。
 一方、そそくさと服を着た香織、視線が気になることもあってちょっと散歩することにした。
『石像…まさかね』
やや人より霊感が強いといわれているとはいえ別にオカルト信者でもない彼女、ただの思い過ごしだろうと自分に言い聞かせていた。


「キャーッ!!」
突然の悲鳴にそれまで長閑にさえずっていた小鳥たちが飛び立った。
香織もその声に温泉のところに駆けつけた。が、彼女そこに思いもよらないものを見たのだった。
さっきまで温泉のあったところは、まるで巨大な人の顔の様な岩の塊になっていた。
−−まさか、上の岩が崩れたの?
香織はそう思った。いや、そう思いたかった。
もう彼女は感じていたのだった、その塊はただの岩じゃないことに。
それでも彼女は恐る恐る近づいてみた。

 その岩はピクリとも動かなかった。しかし、それが却って不自然だった。
まるで最初から温泉などなかったようにその岩は存在していたのである。
香織は用心しながら岩に触れたり叩いたりしたが何の反応もなかった。
ましてや動かすことなど出来るわけもなく、彼女は途方にくれて地面に座り込んだ。

 そのとき、突然岩が動き出した。それはまるで人が口を開けるかのように岩が自然に持ち上がっていった。
そしてその口の中には以前と変わらぬ温泉が存在していた。が、そこにいるはずの加奈子と真理の姿は見えず、
代わりに白い岩(のようなもの)がその温泉の中に現れていた。
 香織はその岩の正体を確かめようと温泉の中に入った。また口が閉じてしまうかもという恐怖もあったが、
それよりも加奈子と真理がどこへ行ってしまったかということを調べなければという思いが強かったのである。
しかしいくら探してもこの小さな温泉の中に人はいなかった。

 失意の香織が温泉を出ようとしたとき、あの白い物体がまた目に入った。
−−え、まさか…
と思った香織はその物体を持ち上げようとした。しかしその物体は重く、とても彼女の力では持ち上げることは出来ない。
彼女が思案に暮れて温泉から出たとき、突然地震が起きた。
いや、正確には温泉の岩がまた動き出したのである。

その岩はまるで口から物を吐き出すように、白い物体が温泉から生き物の舌のように出てきた。
 その白い物体は鍾乳石のように見えたが、しかし同時に香織の見覚えのあるものでもあった。
まさしくそれは加奈子を庇う真理の姿の石像…いや、それは間違いなくほんの僅か前まで一緒にいた2人そのものであった。
『…!!』
到底信じられないその光景を、香織は悪夢でありたいと思わずにいられなかった。
だが、2人が物言わぬ石となったのがまぎれもない現実、どんなに否定してもそれが変わることはなかった。

 一歩、二歩とたじろぐ香織、だが
「おや、一人だけまだ入ってなかったのかい。」
突然現れた人の気配に振り返ると、そこには先ほどの老婆がリアカーを引いていた。
「おばあちゃん、大変!真理と加奈子が石に…」
しかし事情を話す必要はなかった。その老婆は黙々とリアカーに真理と加奈子の石像を乗せながらこう言った。
「やれやれ、手間が増えてしまったねえ。けど、さすがに3人は重いから1人くらい軽いものにした方がいいかね。」
「ちょ、ちょっとおばあちゃん、冗談は止めてよ。」
香織は既に腰が抜けていた。それでもこの状況に対し、なんとか脱出を試みようと体を動かした。
「マキオ、出ておいで!」
そう言うや否や、香織の足元から巨大な蜘蛛が現れた。
「ヒッ…キャーッ!」
だがその叫び声は誰にも届くわけもなく、マキオと呼ばれたその蜘蛛は香織に向かって糸を吐き出した。
そして糸は香織の足に絡みつき、やがて下半身、上半身と彼女の自由を奪っていく。
「う、うグ…」
彼女の全身が糸に包まれると暫くの間その糸巻は左右に転がるように
動いたが、1分としない間にその糸は自然に解れていった。
『あれ?糸が解けてきた。早く、早く逃げないと!』
香織は一目散に逃げ出そうとした。早く助けを呼ばないと、警察に知らせないと、とにかく必死な思いだった。
だが、目の前にいる老婆から遠ざかるどころか、逆にその老婆は香織を軽々と抱えあげた。
「さてと、今日はなかなかの成果だったわさ。
これでまたしばらくは困らないですみそうだね。マキオ、ミミ、ありがとね。」
そして蜘蛛は土の中に帰り、温泉のあったところは再び人の顔をした岩になっていた。

−−−それから数日後のとある美術館。
「…さて岩田さん、今回の作品ですがどのようなテーマでしょうか?」
「今回は『禁断のふたり』とでもいいましょうか。
許されない愛ゆえに結ばれなかった2人の女性の気持ちをこの像に表現したというわけです。」
「はぁ。なるほど抱きしめあった姿にはそういう意味があったわけですか。
それにしても普通の岩から作られたとは思えないほど綺麗ですね。」
そしてテレビカメラが石像を映し出す。
香織が最初に見たときと比べて真理と加奈子の姿をした石像は磨かれ美しく飾られていたが、
その形は全く変わっていなかった。

 大人の女性のサイズのぬいぐるみが少女に抱かれていた。テレビを見ていた少女はぬいぐるみに話しかけた。
「お姉ちゃんも勿体無いことをしたね。あそこにいたら大事にされて永遠に飾ってもらえたのに。」
裸のまま石像にされ飾られるのと果たしてどちらが幸せなのか、そのぬいぐるみは答えの出ない問いかけを自身にしているのだった…

THE END


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