ヒナギクの悲劇

作:Shadow Man


 桂ヒナギクは白皇学院高等部の生徒会長を務める16歳の乙女である――

 彼女にとってその日は朝から嫌な一日であった。珍しく寝坊したと思えばタンスの角で小指をぶつけたり、テストでは凡ミスをしたり、さらには生徒会でも3人娘の不始末に手を焼かされていた。

 それでもなんとか生徒会の仕事が一段落し、遅れながらも部活動に参加すべく剣道場へと向かっていった彼女を待ち受けていたのは、見るも無残に打ちのめされていた剣道部員たちの姿であった。
「これは一体……?」
 ヒナギクは片っ端から部員に訊ねようとするが誰一人意識のあるものはいなかった。と、そこに東宮の執事野々原がボロボロになった姿で現れた。
「野々原さん!?」
「か、桂さん……か。奴は手強い……旧校舎に……に、逃げ……!!」
 かろうじて聞き取れるような声でそう言うと彼もまた気を失った。
――これは一大事だわ
 ヒナギクは急いで生徒会のメンバーに連絡を取ろうとするが、生憎誰も出てこなかった。
「まったく、なんて今日はツイてないのかしら!!」
 そう独り言を言いつつ旧校舎へと駆けていった。

 ただでさえ暗い旧校舎は夕闇のせいでさらに不気味に映っていた。ヒナギクは木刀正宗を構えながらも、勢いでここまで来たことに少し後悔していた。そして周囲を警戒しながら慎重に歩を進めるヒナギクは、ある部屋まで来たところで風の抜けるような音を聞いた。
――すきま風?いや、何か違うわ……
 彼女はこっそりと隙間から中を覗いた。すると中で小さな人影が動いているのが見えた。さらによく見ようと壁に手を当てた瞬間、壁の一部がガラガラと音を立てて崩れた。
「ナニヤツ!」
 部屋の人影が機械で変調したような不気味な声で叫んだ。
――しまった!
 ヒナギクは一瞬慌てたが、すぐに気を取り直して木刀を構えると部屋に突入した。
「あなたが剣道部の人たちを倒したのね!この桂ヒナギクが来たからにはもう観念しなさい!」
 そう言いながら自分の台詞に思わずヒナギクは赤面してしまう。だが、人影の方はその言葉に対して特に反応を示さずにおもむろに光る棒――いや、むしろ光る剣というべきもの――を取り出した。

 ヒナギクはその人影と向かい合った。それは影というより真っ黒な鎧に全身を包んでいた人間のようだった。しかも仮面を被っていたそれは思いのほか小さく、まるで小学生が中に入っているような感じのサイズであった。彼女はふとある人物のことを思い出したが、今はそんな状況ではないと思い直し改めて木刀を構え直した。
「とりゃーーっ!!」
 ヒナギクが先に仕掛けた。だが、鎧は思いの外素早く動き、かわしていく。逆に鎧の人物の方は動きこそ鈍いものの、光る剣がヒナギクの体をかすめただけでその服が破れた。これにはさすがに彼女も慌ててしまう。
――何よこれ!早く何とかしないと大変なことになるわ!
 焦った彼女は一気に勝負を決めるべく仮面に向かって木刀で突きを入れた。それは光る剣より一足早く仮面の中央にヒットし、さらに仮面が真っ二つに割れた。

「やはり貴方だったのね!」
 割れた仮面の下から出てきたのは、ヒナギクの予想通り彼女の良く知っている人物――三千院ナギだった。
「これはどういうこと?また何かの映画にでもかぶれたのかしら?」
 たしなめる様にナギに近づくヒナギクだが、ナギは無言のまま再び剣で斬りかかった。完全に油断していたヒナギクはその剣をまともに食らってしまう。
「ちょ、ちょっと……冗談じゃないの!?」
 ダメージで膝を突いたヒナギクはナギを見上げる格好になった。そのナギの目はまるで何かにとり憑かれたかのように真っ黒であった。その状況に危機感をおぼえたヒナギクはとっさに後ろへ跳んで逃げだしたが、別の影が彼女の背後に回りこんで両腕を押さえ込んだ。
 ヒナギクが振り返るとそこにはこれまた彼女の良く知る男――綾崎ハヤテがナギと同じような目をしてヒナギクを抑えていた。
「綾崎君、貴方まで……」
 急速にヒナギクの顔は絶望の色に支配された。

 しかし絶望で力の抜けたヒナギクに対しても、ナギは容赦なく剣を繰り出す。見る見る間にヒナギクの制服はボロボロになり、柔らかな素肌が露出してきた。ここに至って正気を取り戻したヒナギクは慌ててハヤテの腕を振りほどいたが、その衝撃で僅かに残っていた制服がすべてはだけ、彼女を守るのは殆どない胸を隠すブラジャーとショーツだけとなってしまった。
「いや、イヤ、イヤーーーーッ!」
 恥ずかしさで叫びながら木刀を振り回すヒナギク。その勢いにナギが一瞬ひるんだ隙にヒナギクは逃げ出そうとするが、間一髪のところでハヤテに足をつかまれて転んでしまう。
「やめて!離して!!」
 ヒナギクは完全にパニックに陥った。しかしハヤテは冷静に暴れるヒナギクの足を持ち上げて逆さ吊りにする。それを見たナギは疾風に対して命令する。
「……オマエハカーボンフリーズノケイダ。」
「!?」
 ヒナギクにはその意味が理解できなかった。しかしハヤテの方は何も言わずにヒナギクを持ったまま部屋の隅に移動し、何かの機械を起動させた。するとウイーンという音とともに床の一部が開き、その下から大きな壷のようなものが現れてきた。それはまるで人ひとりが十分に入るほどの大きさであり、しかも中には怪しげな液体で満たされてドライアイスのような冷たく白い煙をモクモクと吐き出していた。

 これをみたヒナギクはさらにパニックが酷くなり、手足をばたつかせて抵抗した。だがハヤテは全く動じずに彼女を持ったまま壷の近くまで歩いていく。後1歩のところまでたどり着いたとき、逆さ吊りにされて血が頭に上っていたヒナギクはもうなりふり構わず暴れ、たまたまそのうちの一発がハヤテの急所にヒットする。
『!!!』
 何も言わぬままハヤテは手を離す。その隙に自由を手に入れたヒナギクは慌てて逃げようとするが、すでに腰が抜けていて立ち上がることもできなかった。そこで四つんばいになって動き出すがすぐにハヤテに押さえ込まれる。しかしこれ以上捕まるわけにいかないヒナギクは必死にハヤテと格闘する。ナギは全く動じずに事の推移を見守っていたが、ハヤテがヒナギクを押さえ込むのに手間取っているのを見ると不満の表情を表しつつ手から瞑い波動を出した。
「うわッ!」
 その波動でヒナギクとハヤテは吹き飛ばされた。しかもそのときにボロボロの状態で残っていたヒナギクの下着は彼女の体から離れ、一方でハヤテの執事服も脱げたり破れたりして互いに殆ど何も着ていない状態になった。
 ふらふらになってもなお立ち上がるヒナギクだったが、ついに力尽きてハヤテに寄りかかるように倒れこむ。しかしハヤテも彼女を支える力はなくヒナギクを抱きかかえたまま壷の中に転落した。
 2人が壷の中に消えた後暫くブシューッという音が続いて、そして静かになった。その間にスイッチの場所に移動したナギは機械を操作し、壷の中から2人を引き上げた。

 だが、引き上げられた『物』は、まるで壁に埋められた彫刻かとも思えるように固まった2人の姿であった。

 ナギはそれを確認すると何も言わずにただ眺めていた。と、そこに和服姿の女の子が現れた。
「ナギ……いや、暗黒の鎧!私が浄化します!!」

――――――

 翌日、ナギは自分のベッドで目を覚ました。
「……あれ、伊澄ではないか?心配そうな顔をしてどうしたのだ?」
「ナギ、良かった……○ォースの暗黒面に堕ちて学校中の人々を襲っていたのよ。でも、もうだいじょうぶ。暗黒の鎧は私が浄化したわ。」
「何だと!?
 そういえば昨日、倉庫から怪しげな鎧が見つかったというので、サイズも合ってたからちょっと着てみたが……それからの記憶がないな。どうやら伊澄に迷惑をかけてしまってすまなかったな。」
「いいのよナギ。ただ……」
 そういって伊澄は目を逸らした。
「どうした?何か悪いことでもあったのか?そういえばハヤテは……」
 と言いかけたところでナギは部屋の隅にある四角い物体に目がいった。急いで起き上がり、それに近づいたところでナギは驚愕した。
「こ、これは……」
 腰を抜かしたナギに伊澄は申し訳なさそうに話しかける。
「ごめんなさい。もう少し早く私が来ていたら間に合っていたのだけれど……たどり着いたときにはハヤテ様も生徒会長さんもこんな姿になってしまっていたの。」
「そ……そんな!」
 ナギは顔面が蒼白となった。だが、その物体を眺めていくうちに裸のヒナギクをハヤテが抱きしめている格好がナギの頭脳に強くインプットされていった。そして今度は顔を紅潮させながらカーボンフリーズされたハヤテに向かってパンチを食らわせた。
「ナギ!?」
「バカバカバカバカ!!」
 驚く伊澄をよそに、ナギはさらにカーボンフリーズされた2人に対して壁をたたくかのように何度も叩いた。
「何でヒナギクと一緒なんだ!
しかも裸なんて、一体何があったんだー!教えてくれ!」
 だが、誰もその問いに答えてくれなかった。ナギはその場に泣き崩れ、伊澄はそれを必死に慰めるのが精一杯であった。

 ――――それから暫く経って、ナギはようやく落ち着いた。
「それでマリア、誰にも戻せないと言うのか。」
「すみませんナギ。牧村さんに何とかしてもらうように頼んでいるのですが、いつになったら戻せるのか今の段階では何ともいえません……」
「そうか。それにしても……」
 そう言いつつカーボンフリーズされた2人を見やるナギ。
「何度見てもこの構図がむかつくのだ。この2人を分けることはできんのか!!」
「無茶言わないで。下手に傷つけたら二人ともどうなるか判りませんわ。今はとにかく我慢して。」
 マリアはそう言って必死にナギをなだめた。

 だが、牧村の技術をもってしてもなかなか2人を元に戻すことはできなかった。そればかりか、研究用に学校に持ち込んだことが見つかってしまい、『裸のヒナギクを抱きしめるハヤテ』として学校で飾られることになってしまった。


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