封印演義・第9話『魔法使いたちの闘い』

作:Shadow Man


「見つけた!」
 デネブとアルタイルはその声に一瞬身構える。しかし振り返ってみるとそこにはまだ子供の青い髪の少女しかいなかった。
「もしかして、今喋ったのあなた?」
 デネブが少女に語りかける。
「うん。そうよ。」
「あれ?でもあなた、さっきはいなかったわよね?私はあなたの事を知らないんだけど。」
「う〜ん、どこから説明したらいいのかな?
あなた、魔法使いでしょ?」
 明らかに自分より年下の子なのにまるで年上みたいな言葉遣いをされて少し怒ったデネブだが、それを表面には出さずに答える。
「そうだけど、それがどうしたの?」
「昨日、祠に入ったでしょ。」
 デネブは勝手に入ったことを咎められるのかと一瞬ビクッとしたが、相手が子供だからと開き直って高圧的に答える。
「あ、あの時は雨が降ってきたから避難するために入ったのよ。ちょっとくらいいいじゃない。」
「やっぱり!」
 突然少女の目がきらきらと光る。デネブは予想外の返答に呆気に取られた。

「実は私、あの祠に封印されていたの。」
『えっ?!』
 デネブとアルビレオが同時に驚く。普通の人間なら何を言っているんだと思うところだが、トレミー団のことを知っている2人には
それが冗談だと断定できる理由もなかった。
「……それって、本当?」
「もちロン。私の目が嘘をつくような目に見えて?」
 相変わらず少女の目はきらきらと澄んで光っていた。
「一体、貴方は……?」
 と、デネブが言いかけたところで彼女は殺気を感じた。
少女もきらきらした目が突然鋭い眼光になっていた。
「誰!」
 叫びながらデネブは周囲を見渡す。だが、姿は見えず声だけが響く。

「フフフ……先ほどは油断をして痛い目に合わされましたが、今度はそうは行きませんよ。
貴方たちには私の作戦の邪魔をした罰を受けてもらいます!」
 その声は間違いなく今さっき聞いたクレイターのものだった。
そしてそれを聞いて身構えるデネブたちの頭上から大きな光の塊が降って来た。
『!』
 一瞬でそれを避けたデネブたちだが、次々と光の塊が降ってきてくる。そしてそのうちの一つがデネブの真上に命中した。
あっ!とデネブが叫んだときには彼女は光に包まれてしまっていた。
その光はすぐに収まったが、周りにはまだ淡い光が漂っていた。
デネブはそこから出ようとしたが途中で見えない壁にぶつかってしまう。どうやら透明な容器が周りを覆い被せているようだった。
「こんなもの、ぶち破ってみせる!」
 だが、デネブの魔法は全く通じなかった。
その間にもまた光の塊が降って来る。青い髪の少女はそれを避けるのに精一杯だった。

 しかし、光の塊がデネブを狙っている間にアルビレオが僅かな木々の動きを見極めていた。
彼は慎重に移動してクレイターを見つけると銃のようなものを取り出した。
「くらえ!ガーネットスター!!」
 銃から真っ赤な光が放たれ、クレイターのローブを貫いた――かに見えたが、ローブの中には何も存在していなかった。
「何!?」
 と、驚いたアルビレオの傍に歪んだ頭の男が立っていた。
「フッ、貴方のような子供に2度もやられる私ではないですよ。
それでは、まずは貴方から罰を与えるとしましょう。」
 そう言ってクレイターはアルビレオの頭をがしっと鷲掴みにして持ち上げる。
アルビレオは必死にもがいて振りほどこうとするが、クレイターの握力が思いのほか強く頭を締め付けられて力を入れられない。
「痛い、痛いよーー」
「痛いのですか?じゃあ楽にしてあげましょう。
≪この者の体を徐々に石に変えよ≫スロウペトリフィケーション!」
 するとアルビレオの体から灰色の斑点が浮かび上がる。
「う、うわーっ!」
 自分の体の変化に気づいたアルビレオが叫び声をあげた。
「ククク……生意気な子供はこうやってお仕置きして教育しませんとね。
さあ、跪いてこの私に謝りなさい!」
 クレイターはそう言ってアルビレオの頭を地面に押さえつける。
アルビレオは手足をばたつかせて暴れるが、徐々に石化が体を蝕んでいく。
「だ、だれが……お前なんかに……」
 地面に這いつくばらされながらもアルビレオは折れなかった。その様子を見たクレイターは『フンッ』と一言発して少年を蹴飛ばす。
体の半分以上が石化していたアルビレオはゴロゴロと音を立てながら草むらを転がっていった。

「それよりも、あの娘だ。」
 そう言ってクレイターはデネブの方を見る。すると丁度少女がデネブを助けようと奮闘しているところだった。
「フッ、愚かなことよ。≪大地よ、我に力を!≫フィルパワー!」
 クレイターが地面を蹴ると通常の5倍のスピードでデネブに向かって駆け出す。
彼は素早く接近すると少女に軽く一発パンチを入れる。
「グェっ……?!」
 一瞬のことで少女は何が起こったのか理解できなかった。だが、そのとき既に彼女はパンチで数m吹っ飛ばされていた。
さらにクレイターはデネブを捕らえている透明な容器に軽く触れる。するとまるでコップのような形が姿を現す。
だが、口の部分が塞がっており中にいるデネブは相変わらず閉じ込められた格好であった。
「ちょっと、出しなさいよ〜」
 と叫ぶデネブ。だが、クレイターは聞こえていないのか構わずにデネブを閉じ込めているコップを触り続ける。
すると今度はどこからともなく粘性の高い液体が流れてくる。
「きゃっ!」
 液体がかかって飛び退くデネブ。だが、逃げられる場所もなくどんどんと液体はコップの中に満たされていく。
彼女はコップの側面を必死に叩いて割ろうとするが、無駄な努力だった。
「こ、こんなことで……」
 液体は腰から首、そして顔の部分まで上がってくる。最後まで側面を叩いたまま彼女は液体に飲み込まれ、そのまま固まった。
液体がコップの中に完全に満たされたのを見るとクレイターはにんまりと笑ってサイズを普通のコップサイズに小さくした。

「一丁上がり。さて、今度はあの娘を……」
 と少女の方を向いたときだった。
「≪塵よ、我が前に集え≫コズミックダスト!!」
 少女はいきなり魔法を唱えた。すると細かな石つぶてらしきものがクレイターを襲う。
思わぬ攻撃にたじろぐクレイターだが、落ち着いて反撃を開始する。
「≪邪な水よ、彼の者の動きを封じよ≫ウオーターピラー!」
 地面から水柱が上がり少女を包み込む。
だが、少女は水中でも全く変わらず呪文を唱えた。
「≪我が周りの水よ、刃物となりて切り刻め≫アクセレーションディスク!」
「なんですとっ!」
 少女を襲っていた水は突如円盤状になってクレイターを襲った。魔法を使った後で無防備だったクレイターはまともにその水を受けてしまった。

 さらに少女は立て続けに魔法を使って止めを刺そうとする。だが、その時足元に何かが迫る気配がした。
『しまった!?』
 気づいたときには既に足元に黒い物体が巻き付いていた。よく見るとそれは羊の毛であった。
さらに出所を目で追うとその先には若い金髪の女性が糸を操っていた。
「これは……まさか!」
 少女は子供らしからぬ厳しい目つきで女を見つめる。だが、女は少女を無視してクレイターに話しかける。
「クレイター、だらしないね。こんな小娘になに苦戦してるのさ。」
「ア、アリエス。油断してはいけません、こやつ只者ではないですよ。」
「フン!私くらいの魔女になれば、相手の魔法の程度くらい判るんだよ。
確かにこいつはガキの癖にかなりの使い手だけど、私の前ではやはりガキよ!」
 アリエスと呼ばれた女は自在に羊毛を操り少女の身体の自由を奪っていく。少女も体をばたつかせるが、逆に毛が絡み付いて動きを封じられる。
しかも徐々に毛が増量されていき、少女は全身を羊毛に包まれていく。
「う……うぐ……」
 やがて少女は全身が羊毛に隠れて見えなくなった。しかしアリエスはそれだけで満足せず、さらに羊毛を操りボール状にする。
そしてえいやっと一声かけると羊毛の塊の中から毛糸製のぬいぐるみがポトンと落ちた。
 そのぬいぐるみはさっきまで人間だった少女の姿であった。

「全く、この程度の相手に苦労しているようじゃアンタはいつまで経っても下っ端ね。」
 ぬいぐるみを持ち上げながらアリエスがクレイターに話しかける。
「まあいいではないか。こうやって獲物も捕まえたんだ。
そういえば、もう一匹石にした奴がいたな。」
 そう言ってクレイターが振り返ったとき、思いがけないことが起きた。
赤い光が彼の身体を貫いたのである。
「ま、まさか…奴は石にした筈……」
 クレイターの視線の先には銃を放ったアルビレオが立っていた。
アルビレオはさらに新しい弾を込めてクレイターに照準を定める。しかしクレイターもフラフラの状態でありながら意識はしっかりしていた。
「か、彼女がどうなってもよろしいのですかな?」
 クレイターの左手にはデネブを閉じ込めたコップがあった。
「卑怯な!」
「何とでも言いなさい。私たちの邪魔をするものは何人たりとも許しません!」
 そしてアルビレオに近づくと、先程と同じように石にすべく右手で頭を掴もうとした。
だが、一瞬早く一陣の風が吹きぬけたかと思うと、アルビレオの姿が消えていた。

「何!?」
 しかも無くなっていたのはアルビレオの姿だけではなかった。左手に持っていたはずのコップもなくなっていたのである。
慌てて周りを見回すクレイターだが、何の姿も確認できない。
「クレイター、後ろだよ!!」
 アリエスが叫ぶ。しかしクレイターが振り向くより早く彼に電撃魔法が直撃した。
「グヤッ!」
 異様な叫び声をあげながらクレイターがその場に倒れこむ。さらに複数の方向から彼に向かって魔法が放たれた。
アリエスは一足早くクレイターに駆け寄ると魔法の盾で攻撃を防ぎながら叫ぶ。
「あんたたち、そこにいるのは判ってるんだよ!大人しく出てきなさい!」
 だが返答はなかった。
アリエスはそれも計算のうちと、脇に抱えていた少女姿のぬいぐるみにナイフをつきつける。
「じゃあ、この子は私が玩具にしてあげるよ。あんた達、この子がどうなってもいいならそのまま隠れていな。
それが嫌ならとっとと出てくるんだね!」
 すると周りの草むらからデネブを固めたままのコップを持ったアルビレオと5人の女性が出てきた。
「さすがはトレミー団ね。残忍なことこの上ないわ。」
 リーダー格の女性が言い放つ。
「でも、私たちを怒らせたのが運のつきよ。可愛い妹のアルキオーネを苛めた罰を受けるまでは絶対に逃がさないんだから!」
「アルキオーネ――まさか、あんたたちは!?」
「思い出した?
そう、私たちは世界一の美少女魔法使い姉妹――プレアデスシスターズよ!!」
 そのとき、正気を取り戻したクレイターが口を挟む。
「貴方たち、6人がかりで私を攻撃するとは……卑怯な方たちですね。」

「……」
 そのとき、一瞬周りの空気が止まった。
そしてアルビレオだけでなく、アリエスまでも口をぽかんと開いて言い返した。
「お前がそれを言うか!」

続く


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