作:Shadow Man
結局、魔法使いという響きに惹かれたデネブはカノープスの弟子となった。
そして彼のもとで毎日のように魔法の特訓を受けたデネブは僅か1ヶ月でフォーマルハウトに並ぶ力を身につけた。
もっとも、毎日のように繰り返されるカノープスのセクハラ攻撃を避けているうちにいつの間にか実力が上がっていたのだが。
その間にフォーマルハウトは、書庫の奥深くにトレミー団のことを記した歴史書を発見した。
そこに書かれていることは以前に遺跡で封印していた女性から聞いたことではあったが、証拠としては十分に使えるものであった。
さらに、彼らの使う魔法は現在のものと比べて呪文の詠唱時間が短く、威力の強いものであることもわかった。
これは想像以上に厄介だな、と頭を抱えたフォーマルハウトは一刻も早くこのことを知らせて対策を立てるべきと考え、天帝のもとへ行くとカノープスに一言告げ急いで旅立った。
それからさらに半月後―
「出て行かせてもらいます!」
デネブの甲高い声が家中に響く。
「まあまあデブネ……もとい、デネブさん、もう少しいいではないか。」
「もう、いい加減にしてください!魔法も一杯覚えたし、これ以上エッチなことをされるのは嫌なのよ〜!」
「これはきつい言葉じゃのぉ〜。わかった、今度が最後の試練にしよう。これが出来たら自由にどこへでも行くがよい。」
カノープスは頭をポリポリ掻きながらちょっと悔しそうに言った。
さて、カノープスが課した最後の試練とは魔物に困らされている村を助けるというものであった。
『困っているって判っているなら自分が行けばいいのに……』
などと考えていたデネブであったが、カノープスと離れたい一心で喜んでその村へ旅立っていった。
魔法で飛ぶこと半日、山のふもとの小さな村がその場所だった。
すっかり日も暮れていたのに明かりも暗く、人の気配があまりしなかった。しかし村長の家らしきところを訪ねるとそこには大勢の村人が集まっていた。
そこでデネブが事情を話すと村人たちはカノープスの名を聞いたとたん、彼女に対して尊敬の眼差しを向けるようになった。
『あのスケベジジイ、意外と凄い魔法使いなのかしら?』
彼女にとって毎日の特訓は、半ばカノープスのエロ趣味につき合わされているとしか思っていなかったのである。
―――村人の話によると、魔物は1週間ほど前から現れて15歳くらいの若い女性をいけにえに要求しているのだという。
一旦は断ったが、村の家々に落書きされたり屋根に穴をあけられたりとした嫌がらせが多発するため、仕方なく村の少女を差し出した。
その後しばらくは村にはいつもの平和が戻ったが、今日になって先の魔物がまた同じ要求を始めたのである。
このままではいずれ村から娘がいなくなってしまうということで、対策を練るべくみな村長の家に集まって相談していたところに彼女が現れたのだった。
「なるほど、じゃあ私が乗り込んでその魔物をやっつけてあげるわ。」
すっかり自信をつけていた彼女が二つ返事でそう答えると、村人たちはその言葉を聞いて一気に明かりがついたかのように喜んだ。
『それにしても15歳くらいって、随分細かいのね……』
そう思った彼女だったが、細かいことは気にしない性分のせいかそれ以上思索することはなかった。
そして早速デネブたちはいけにえを捧げる洞窟に向かった。
中は鍾乳洞になっているようで、足元が滑りやすく時々水の垂れる音がする。
少し大きな空間に出ると村人たちは簡単な祭壇を作り上げ、デネブを椅子に座らせると両手を後ろで緩く縛った。
そこで村人たちは大声でいけにえを用意したことを告げると足早に立ち去った。
『さてさて、どんな魔物が出てくるのかしら……』
デネブは内心ワクワクしていた。
そのとき、彼女は突然後ろに気配を感じた。
『来た?!』
笑顔で振り向いた彼女は目標を確認する間もなく呪文を唱えた。
「大地よ、彼の者に罰を与えよ!ペブルストーム!!」
すると地面から無数の小石や砂粒がその気配のする方向に向かって飛んでいく。
「うわっ!痛い痛い!!やめて〜!」
意外にも声の主はまだあどけなさの残る少年だった。
「あ、ごめんなさい。てっきり魔物かと思って攻撃しちゃった。」
「んも〜、いきなりひどいよ……せっかく大事なものを届けに来たのに。」
「大事なもの?」
「うん、これを持っておくときっと役に立つから。」
そう言って少年はデネブにお守りのようなものを渡した。
そしてデネブがそれを受け取ってお礼を言おうとすると既に少年の姿はなかった。
『あれ?あの子はどこに……?そういえば、あの子、誰かに似ているような気がするわね。』
だが、彼女にじっくりと考える余裕はなかった。彼女の背後から凶悪な気配が急速に迫ってきていたのである。
『今度こそ?』
しかし気配を察したデネブがその方向を振り向こうとしたときには、すでに黒い影が彼女を包み込んでいた。
「あわわっ……」
不意を突かれた彼女はなすがままにその影に連れ去られた。
『……』
目が覚めたデネブは周りを見渡して自分のいる場所が祭壇ではなく、別の空間であることに気がついた。
さらに目の前の壁には一人の少女が両手を上で縛られた状態で立たされているのが見えた。
その少女がいけにえにされたものだと直感したデネブは急いで駆け寄ろうとしたが、鍾乳石の地面に足を滑らせて倒れてしまった。
「ハハハ……情けない姿だな。」
野太い男の声が響く。デネブが見上げると岩のような大男が彼女を見下ろしていた。
「アイタタタタ……ちょっと、何笑ってるのよ。さてはあなたが噂の魔物ね!」
男はそれを聞いてまた笑いながら言った。
「いきなり他人を捕まえて魔物とは、失礼な奴じゃな。」
「だって、そこに女の子が縛られてるし、そもそも捕まったのは私だし。」
「オイオイ、そんなベタな展開がいまどきあるわけないだろ。人を見た目で判断しちゃいけないよ、お嬢ちゃん。」
そう言われると何となく納得してしまうデネブであった。
「じゃあ、あの娘は何?」
「フフフ、教えてやろう。実は俺はこの洞窟の精霊でな、生きていくために若き乙女の生命力が必要なのだよ。
それも20前の辺りが美味しいというではないか。だからこうやって生贄を集めることにしたのさ!!」
微妙に丁寧な喋り方で男はデネブに説明した。
「そして君も俺のために生贄になってもらうよ。」
そう言って男はデネブの腕を掴もうとする。だが、デネブもそれを察して先に呪文を唱えた。
「風よ、この者を吹き飛ばせ、ウインドストーム!!」
突如洞窟に疾風が巻き起こり、男は数m吹き飛ばされた。
「うわっ!お前魔法を使うのか!!」
「そうよ、私は清く正しい乙女デネブ、悪い奴らはボコボコにしてあげるわよ♪」
と言いながらポーズを決める彼女。
だが、男の方も態勢を立て直すと冷静な表情に戻った。
「ハハハ……いい度胸だ。だが、こちらには人質がいるのだということを忘れていないか?」
そう言って縛られている少女に接近する。
「!、卑怯な!!」
「何とでも言うがいい。さあ、この娘の命が惜しければ大人しく生贄にされるんだな。」
そういいつつ少女の肩に手をかける。徐々に少女の服が石に変わり始め、それを見たデネブがたじろいだ隙に男は指をパチンと鳴らす。
すると地面が揺れ、足を滑らせたデネブは大きな音を立てて尻餅をついてしまった。
そして彼女が起きようとした時―
『あれ?』
地面についた手が動かなくなっていた。
「どうしたのかな、お嬢ちゃん。もしかして手が地面にくっついたまま動かないとか?」
男はわざとらしく尋ねる。
その間もデネブは必死に腕を動かすが手のひらは全く地面から離れない。
『こうなったら魔法で―』
デネブは小声で呪文を唱え始める。だが、それを見抜いた男はさらに地面を揺らす。
「お嬢ちゃん、ズルはいけないな。仕方ない、お兄さんが罰を与えてあげるよ。」
そう言いながら喜々として男がデネブに寄っていく。だが、近づいたところでデネブは靴を脱ぎ素足で男に蹴りを入れる。
その蹴りは男の股間に決まった――かに見えた。
蹴りを入れられた男は平然としていた。
「ハハハ、まだわかっていないようだな。俺は人間じゃないんだよ。」
「う、嘘……」
デネブの顔から血の気が引いていく。男はにんまりと笑ってデネブの足を掴むと、そのまま持ち上げて彼女を逆立ちさせる。
必死でもがくデネブであるが、手のひらが地面についたまま離れず、足をばたつかせても男の力には敵わなかった。
「じゃあ、このまま石になってもらうとするか。」
デネブは足の裏に冷たいものを感じた。それは足から逆立ちにされた身体を通って首もとへ流れていく。
「つ、冷たいーー!」
「おっとすまないね、これはこの鍾乳洞を作っている水なんだ。ちょっと我慢すればじきに鍾乳石化するから頑張れよ。」
「そんなの、我慢してなりたくないわよ!」
だが、男はそれに答えずにデネブを逆立ちにしたまま放置する。
「あ”〜頭に血が上る〜〜」
デネブの顔はかなり赤くなってきた。
「全く、我慢の出来ない子だ。じゃあ、もっと早くしてあげるよ。」
男がそう言うと垂れてくる液体の量が急速に増えていく。
「ゴホゴホッ!ちょっと、息が出来ないじゃない……」
「えーい、いちいち煩いやつだ。とっとと固まっちまえ!!」
だが、男がそう言ったころにはデネブの身体は殆ど液体まみれになっていて、返事が出来る状態ではなかった。
「おや、ちょっと急ぎすぎたかな。まあいい、これからが楽しみだからな。」
そう言いつつ男はゆっくりと手を離す。しかしデネブは倒れることなく逆立ちしたままであった。
さらに男はデネブの服を脱がせる。既に服の下を流れる液体は固まり始めていた。
「いい感じの鍾乳石になってきたな。どれ、こいつを肴に一杯やるか。」
男はデネブを放置して別の空洞に向かっていった。
『うぅぅ……』
逆立ちにされたまま鍾乳石で固められたデネブはまともに声を出すこともできずに苦しんでいた。
しかも血がどんどん頭に上ってきてるうえに呼吸も満足に出来ず意識も朦朧としてくる。
『何とかして脱出しないと……でも、く、苦しい……』
薄れる意識の中でデネブは必死に呪文を唱えてようとしていたが、言い終わらないうちに気を失った。
デネブが再び意識を取り戻したとき、彼女は固められた場所で横になっていた。そしていつの間にか身体の周りの鍾乳石も消えていた。
「あれ――?私――?」
起きて周囲を見回してみる。すると小さい影が洞窟の脇道に消えていくのが見えた。
まだフラフラとした足取りでその影を追いかけるデネブ。しかし追いかけている途中で壁にぶつかってしまう。
「アイタタタ……」
「あっ!お前は!」
ぶつかったのは壁ではなく、デネブを鍾乳石固めにした男であった。
「あーーーっ!!」
デネブは大声を上げるとすぐさま4,5歩引き下がる。
「きさま、いつの間に俺の鍾乳石から脱出した?!」
だがデネブはそれには答えなかった。
「よくもさっきはやってくれたわね!乙女を弄ぶなんてサイテーな男、もう絶対に許さない!!
怒りの炎よ、かの男を燃やし尽くせ!エクスプロージョン!!」
呪文とともに洞窟内に大爆発が巻き起こる。その衝撃で男は吹っ飛んだが同時に洞窟自体も崩れ始めた。
「や、ヤバっ。急いで脱げださないと。」
デネブは人質にされていた少女を救い出すと文字通り飛んで洞窟から脱出した。
少女を連れたデネブは村に戻ったが、そこには人の影はなかった。
『あれ?皆はどこに?』
村中をくまなく飛び回るデネブであったが全く人の気配がない。疲れて一休みしようと村長の家に入ったところで彼女は意外なものを見た。
カノープスが一人で茶をすすっていたのである。
「ちょっと、何でアンタがここにいるのよ!」
「何だとは何だ。お前がちゃんと試練をクリアしたか見に来たのではないか。
とにかく、無事に人質も助け出したようだし、合格じゃ。好きにするがよい。
今後ともわしの弟子として頑張って精進するのじゃぞ。特にお前は――」
しかしデネブは最後まで話を聞かずに飛び立っていった。
「まったく、近頃の若い者は……」
半ば諦めた様な感じでカノープスは呟いた。
「お爺さん、そういう言い方も年寄り臭いよ。」
いつの間にかカノープスの横に子供が立っていた。
その子はデネブが洞窟で会った少年だった。
「おや、アルビレオじゃないか。一体どこに行っていたのかい?」
「ちょっと散歩にね。それにしても相変わらず若いお姉ちゃんが大好きだね。
でも、ズルはダメだよ。人質とか言ってただの作り物じゃないか。」
そう言ってデネブが連れ帰ってきた少女を指差す。そして一声かけると少女は人形のようにバラバラになった。
「あ、あ――。これ、作り物と言っても高かったんだぞ。人のものを勝手に壊す奴があるか。
……ん、ちょっと待て。このことを知っていると言うことは―」
「ああ、お爺さんのおかげで酷い目に合わされているお姉ちゃんがいたから、ちょっとだけ助けてあげたよ。
でも魔物を倒したのはお姉ちゃんだから、試験の結果は変わらないしね。
それとお姉ちゃんは僕のものだから。お爺さんは邪魔しないでくれるかな?」
「全くお前と言うやつは、誰に似たのやら……」
カノープスは苦笑いしながらアルビレオと呼ばれた少年を見つめる。
何も知らないデネブはひと時の自由を満喫していた―――