赤い服の老人

作:Shadow Man


 これはとある国のお話――
あるところに貧しいながらもつつましく暮らしている姉弟がおりました。
姉は毎日昼は手作りの人形を作り、夜はその人形を作っていました。
しかし今年の冬は不景気であまり買ってもらえず、日々の食べのものにも困る毎日でした。

 クリスマスを前日に控えたその日も、彼女はいつものように手作りの人形を売りに大通りに出て行きました。
寒さに震えながら彼女は道行く人に声をかけていきますが、クリスマスの雰囲気に浮かれる周囲とは裏腹に誰も彼女の人形に興味を示しません。
『今日も晩御飯食べられないのかな……?』
やがて日も暮れてきてだんだん通りの人通りもまばらになり、失意の彼女があばら家に戻ろうとしたとき、彼女を呼び止める声がしました。
「お嬢さん、その人形を見せてくれませんか?」
振り返ると見るからにお金持ちそうな赤い服の白髭の老人が立っていました。
「は、はい。私の手作りですが、こんなのでよろしければ……」
彼女はかしこまって答えた。
老人は人形を手に取ると、一つ一つを取り上げよく眺めて言いました。
「これ、全部売ってくれるかな。」
「え?!本当ですか?」
彼女は信じられないような表情をしました。
「しかし困ったな。あいにく持ち合わせがない。お嬢さん、私の家まで一緒に来てくれるかな?」
老人は髭を撫でながらそう言った。
その言葉に彼女は死んだ母親から『知らないオジサンについて行ってはいけません。』と言われていたことを思い出した。
「あ、あの……家ではお腹を空かせた弟が待っているんです。できればまた明日来て頂けませんか?」
「しかしなぁ、明日ではまずいのじゃ。
 では、私が君の家に行って今夜の食事をご馳走しよう。それでいいかな?」
しつこく迫る老人に恐怖を覚えた彼女は人形を放り出して一目散に逃げ出しました。

 駆け足で家に戻ると彼女は弟に扉を閉めさせて誰も入れさせないようにと釘を刺し、自分は部屋の奥で灯りもつけずに震えていました。
だが、しばらくして屋根の上で音がする。そして間をおかずに暖炉からさっきの髭の老人が現れました。
しかしその姿を見ても姉は震えたまま動けずにいました。
「全く近頃は世の中が物騒になったせいか、人を信用してくれなくなったのぉ……」
老人はそう呟いて姉のところに近づく。
「やめて!来ないで!!」
彼女は辺りのものを投げて抵抗するが、すぐに投げるものが尽きてしまった。

「こうなったら少々強引になるが、仕方ないか。」
老人はゆっくりと彼女に近づくと腰から靴下のような袋を取り出し、彼女の頭に被せる。
するとその袋はまるで蛇が動物を呑みこむようにひとりでに彼女を包み込んでいきます。
「や、やめて……ううっ。」
袋は彼女の頭部を完全に覆うと、さらに首から下へと伸びていく。彼女も必死に外そうともがくが止められません。

 そのうち首から肩へ彼女は包まれていきます。
「う……た、助けて……」
かすかにうめき声を上げる彼女だが、袋が彼女の両腕に達し上半身を動かすことが出来ない。
それでも足を必死にばたつかせていたが、腰も袋に包まれていくとその動きも収まっていく。
弟が異変に気づいて駆けつけた時には、姉は膝のところまで完全に拘束されていました。
「お姉ちゃん!」
助けようとする弟に老人は同じように袋を被せる。
「うわっ!うググ……」
弟もまた全身を包まれていきました。
 一方、姉の方は全身を完全に袋の中に収納されてしまっていました。そして袋は靴下のサイズにまで縮んでいく。
老人はその靴下のような袋が取り出したときと同じ大きさになったところで中身を取り出します。

 姉はまるで人形のような姿になっており、全く動きませんでした。
「まったく、手荒な真似はしたくなかったのだが。」
老人はそう独り言を言っている間に弟の方も同様に人形になって取り出されました。
「さて、時間を食ってしまった。急いで仕事に移らないと。」
そう言って老人は再び屋根に上がり、そこに止めていたトナカイが引っ張るそりに乗る。
そして姉が作った人形を大きな白い袋の中に詰めると、掛け声をかけてトナカイを走らせる。するとそのトナカイは空中を駆けていきました。
老人は一晩かけて世界を回り、子供たちに袋の中身を分け与えていき、そして自宅に戻ると疲れで深い眠りに落ちました。

「ふぁ〜……よく寝たのぉ。」
 老人が目を覚ましたのはクリスマスを2日過ぎた朝でした。
そして顔を洗い、食事を済ませてくつろいだところで姉弟のことを思い出しました。
「いかん!大事なことを忘れていた!!あの2人を元に戻して礼をせねば。」
老人はその日着ていた赤い服の中を探るが、見つからない。さらに白い袋の中を探したが肝心の姉弟の人形は見つかりませんでした。
「これはもしかして、プレゼントを渡し間違えたのか?!
 急いで本物を探さないと大変なことになってしまう。おい、トナカイたち、出るぞ!」
そう言って老人はまたトナカイを走らせます。

 渡し損ねたプレゼントが残っていたので、間違えた相手を見つけるのは難しい話ではありませんでした。
夜になるのを見計らって老人はその家に忍び込むと、まずは弟の方の人形を取り替える。幸い持ち主の子供は完全に寝ていたために気づかれませんでした。

 しかし姉の方はそうは簡単にいきません。
老人が渡し間違えた家に忍び込んでみると、姉の人形は無残な姿に変わっていました。
「なんとこれは……」
服はすべて剥がされ、両手は落書きされ、両足は粘土に埋め込まれていたのです。
さらにまるで触手のように毛糸が身体に絡まっていました。
老人は急いで助けようとするが複雑に絡まった糸に悪戦苦闘してしまい、間の悪いことにその部屋で寝ていた少年が目を覚ましてしまいます。
「うん?むにゃむにゃ……おじさん、だれ?」
「いかん、早く脱出せねば!」
老人は人形を掴んで急いで部屋から逃げ出そうとしたが、その少年は寝惚けながらも老人の裾を持って離しません。
「おじさん、これは僕のおもちゃだよ〜持って行かないで〜」
「何を言うか坊や。折角のプレゼントを粗末に扱いおって……」
そう言うと老人は子供を振り払う。だが、その少年もただでは離れません。
「やめてよ〜、僕のものったら僕のものだよ〜」
駄々をこねてむやみやたらとしがみつく。そして人形の首をつかんでしまう。
「こら、離せ!」
老人もムキになって引っ張る。

 お互い必死に引っ張り合った結果―
『うわっ!』
老人と少年は同時に叫んで尻餅をつきました。ふと少年が自分の手を見ると人形の首が取れていました。
「あ、あ、あーーーーっ!!
 おじさん、人形を壊したーー!い〜けないんだ!」
老人を激しく非難する。
『全く、近頃の子供は……こうなったら!』
ポケットから靴下を取り出した老人は黙って少年に被せる。するとその子が今度は人形になっていきます。
「さてと、しかしここまでボロボロにされると戻すのが大変だな……」
老人はバラバラにされた姉人形のパーツをすべて拾い集めると、自分の家に帰りました。

 自宅に戻った老人は疲れて再びぐっすりと眠りに落ちます。
しかし翌日―
『こ、これは……』
目が覚めた老人は冷や汗をかいてしまう。寝返りを打ったときに乗ってしまったのか、姉弟の人形と少年の人形を潰してしまっていました。
老人は慌てて欠片を拾い集めると人形を組み立てます。慣れない手つきでなんとか壊れた部分を繋げなおしたときにはすっかり日も暮れてしまっていました。

「さてと、今元に戻してやるからな。」
老人は赤いコートを人形に被せるとムニャムニャと呪文を唱えます。するとコートが膨らんでいきます。
老人がコートを除けると、3体の人形は3人の人間になりました。
「あれ?」
「ここは……?」
「僕の人形返して〜……って、あれ?」
元に戻った3人は顔を見合わせる。老人は少年に対して代わりの人形を贈って家に帰し、姉弟に対しては先日の非礼を詫びました。
さらに貧しい姉弟には人形を作ってもらう代わりに食事を与えることにしました。

―その食事の席のこと
「どうした?何だかモジモジしているが。」
姉の不審な行動が気になった老人は訳を聞く。
「あの……言いにくいのですが……なんだか股の間がムズムズするんです……」
「は?」
老人は最初は気にしなかったが、暫くして嫌な予感がした。
「もしかして―?ちょっと触らせてもらうがいいか?」
そして姉の股座を触ると、老人の顔は再び青ざめました。

「しまった!くっつけるときに間違えた!!」

老人は再びトナカイに乗って少年の家に向かうのでありました――

END


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