硬想科学シリーズ『機甲少女シラユキ』

作:noF


機甲少女シラユキこと北郷由姫は改造人間である!
彼女を改造したソリダスは世界征服を企む悪の秘密結社である。
シラユキは人類の平和と自由のためにソリダスと戦うのだ!


前回までのあらすじ
 ごく普通の高校生、北郷由姫は親友の鉄文字香花とともにソリダスに拉致され、
 氷の改造人間スノウホワイトとして改造されてしまう。
 だが、辛うじて脳改造前に脱出することに成功した由姫は、
 機甲少女シラユキを名乗り、世のため人のためソリダスと戦うことを誓う。
 熱き心と氷の力を以って、ソリダスの野望をことごとく阻止するシラユキ。
 業を煮やしたソリダスは最強の改造人間、重鉄姫アイアンメイデンを繰り出す。
 それはかつての親友、鉄文字香花の変わり果てた姿であった……。


首都郊外のとある場所、赤土の荒野で二人の少女が対峙していた。
一人は白のセーターにGパンと、ラフなスタイルをしたロングヘア。その双眸には強い意志の光が宿っている。
もう一人は対照的に葬式ぐらいにしか着る機会のなさそうな漆黒のワンピースを纏い、黒髪を肩口で切り揃えている。
その切れ長の目は刃物のような鋭さを備えているものの、どこか自己というものが感じられないのが、先の少女と対照的である。
「よく逃げずに来たわね」
表情を全く変えることなく、言葉を紡ぐ黒の少女。
「最後通告よ、由姫。いえ、改造人間スノウホワイト。大人しくソリダスに戻りなさい」
それまで押し黙っていたロングヘアの少女……北郷由記は、やや緊張を含みつつもきっぱりとした口調で応えた。
「絶対に戻らない!」
「そう……。残念よ、本当に残念。元親友として、手荒な真似はしたくなかったんだけど……」
黒の少女……今やソリダスの手先となった鉄文字香花は、感情のこもらない声で言った。
心底つらそうな表情で、耐えかねたように言葉を溢れさせる由姫。
「目を覚まして、香花! あなたはソリダスに操られてるだけなのよ!」
「違うわ、これは私の意志。あなたこそ何故理解しないの? ソリダスが世界を一つにすれば、争いの無い平和な時代が訪れるのよ」
「だから、それは奴等が勝手に植え付けた考えで――――っ!」
由姫の必死の訴えは中断された。
香花の右腕のブレスレットから金属の光沢を帯びた黒い何かが溢れ、彼女の身体を包み始めたからだ。
香花……重鉄姫アイアンメイデンは、戦闘モードへ移行しようとしているのである。
「これ以上 話しても時間の無駄よ。変身しなさいシラユキ。それとも無抵抗で捕まってくれるの?」
「香花……。やるしか、ないのね……!」
覚悟を決め、変身の態勢を取る由姫。
左腕を高々と天に掲げる。
「変身!!」
瞬間、由姫の身体が白い閃光に包まれた。
光の中で、由姫の姿は戦士としてのそれに変わっていく。
それまで着ていた服が溶けるように消え、平時は体内に収納されている装甲服がその身を包み始める。
胸から爪先にかけてが純白のボディスーツに覆われ、さらに体形にフィットした装甲が腕、脚、胴体部と順々に具現化する。
最後に、茶色に染めていたロングヘアが、透き通るような銀髪に変わり、変身は完了した。
全身を白一色で武装した氷の戦士、機甲少女シラユキ。
一点の曇りも無い新雪の如き装甲が、陽光を照り返し輝く。
一方の香花も変身は完了していた。
こちらもボディスーツ風の装甲服は同じだが、色は漆黒。さらに装甲の上に同色のコートを羽織っている。
ピリピリと張り詰めた空気の中で、対峙する白と黒。
「(絶対に香花を死なせたりしない! 氷に閉じ込めて動きを止める……)」
「(正義を気取って、偉大なる大首領様に楯突く愚かな由姫……。身の程を教えてあげる)」
純粋に友人を想う心と、悪により歪められた心が、今まさに衝突しようとしていた。

最初に仕掛けたのはアイアンメイデンの方だった。
おもむろに、足元の地面に深々と腕を差し込む。
瞬間、ぼこりと周囲の地面が盛り上がり、なにやら黒い物体が顔を覗かせた。
引き抜いたその腕には、身の丈ほどはあろうかという巨大な鉄斧が握られていた。
あらかじめ埋めておいたわけではない。
自身に与えられた力……触れたものの元素を変換し金属と化す能力により、土を刃に作り変えたのだ。
「ふっ!」
短く呼気を吐き、500Kgはくだらないであろう鉄塊を軽々と投げ放つアイアンメイデン。
決して遅くは無い速度で迫るそれを、しかしシラユキはあっさりとかわす。
外れた斧は後方にあった大岩を豆腐のように切り裂くと、深々と地面に突き立った。
アイアンメイデンはそれに留まらず、次々と刃や鉄球を生み出し、雨の如き攻撃を仕掛ける。
銀髪をなびかせて疾走するシラユキは、それらの隙間を巧みにすり抜け、黒の少女に肉薄する。
「はぁっ!」
気合とともに繰り出された、すれ違い様の一撃がアイアンメイデンの顎に決まった。
「……」
だが、アイアンメイデンはコキコキと首を鳴らすと、何事も無かったかのように再び鉄塊を生み出す。
「(相変わらず頑丈ね……)」
以前、合間見えた時からお互いの戦法は把握している。
スピードで翻弄するシラユキに対し、見かけによらぬ怪力とウェイトを生かした力押しのアイアンメイデン。
ヒットアンドアウェイを得意とするシラユキの攻撃は、アイアンメイデンのタフさの前に決定打とはならず、
パワーはあるが機動力に欠けるアイアンメイデンの攻撃が、シラユキを捉える事も無い。
戦いは自然と長引いていった。

「レイフリーズ!」
シラユキの掌から輝く冷気が迸り、狙い違わずアイアンメイデンの右腕を氷の塊に閉じ込める。
が、
「ふん……」
無造作に右手を振るアイアンメイデン。
ただそれだけのことで、腕を封じ込めていた氷はコナゴナに粉砕された。
「くっ!」
「(やっぱり、これくらいじゃ香花は止められない! こうなったらブリザードキックしか……)」
ブリザードキック。
絶対零度の冷気を纏った超高速キックを繰り出す、機甲少女シラユキ最大の必殺技である。
本来は瞬時に凍らせた敵をそのまま打ち砕く技であるため、いくら今の香花が頑丈だとは言え、加減を間違えれば殺してしまいかねない。
「(慎重にやらなきゃ……。焦るな由姫……。)」
尚も飛び来る鋼鉄の群れをかわしながら、機を伺うシラユキ。
アイアンメイデンの猛攻により、赤土の大地は抉れ、周囲には大量の土埃が舞っていた。
「しつこいわよ……」
焦れてきたのか、両手を同時に地面に突っ込むと、ひときわ巨大な鉄球を生み出すアイアンメイデン。
鋼鉄の弾幕が、ほんのわずかに途切れる。
「今っ! レイフリーズ!」
そこを狙い、再び線状の冷気が迸る。
冷気はアイアンメイデンではなく、その足元に着弾すると、薄い氷の膜を形成した。
「……っな!?」
脚を取られ、一瞬バランスを崩すアイアンメイデン。
高速を誇るシラユキにとっては、その一瞬で十分であった。
大きく飛び上がり、アイアンメイデンの上を取るシラユキ。
その姿が眩いばかりの白光に覆われ、閃光の矢と化してアイアンメイデンに急降下をかける。
「ちぃっ!」
アイアンメイデンもまた特大の鉄球を投げ放ち、迎撃を試みる。
だが、不安定な態勢で放たれた鉄球は、シラユキの髪の一房を薙ぎ散らすだけに終わった。
「ブリザード……キィィィック!!」
極低温をのせた蹴りが、アイアンメイデンのボディを射抜く。
周辺の気温が一気に下がり、一時的に立ち込めたもやが二人の身体を覆い隠した。

もやが晴れていく中、トンっと軽い音を立て、アイアンメイデンの後方に着地するシラユキ。
「(手加減は完璧の筈……。砕けてなければ良いんだけど……)」
一抹の不安を胸に、恐る恐る後ろを振り返る由姫。
次の瞬間、その口をついて出たのは安堵の声だった。
「香花……。良かった……」
そこには、霜を吹く氷に封じ込められた香花の姿があった。
恐らくは のけぞる暇も無い、一瞬の出来事だったのだろう。
コートの裾を翻し、最後の攻撃をしかけた、そのままの姿勢で黒の少女は凍り付いていた。
肩で切り揃えた黒髪までもが、勢いでなびいた その瞬間のままで動きを止めている。
直上の敵を見上げたままのその顔は 凍り付いてなお無表情であった。
由姫は氷の表面にそっと触れると、沈んだ表情で語りかけた。
「ごめんね香花。今はこうするしかなかったの……。
 でも約束する。いつか絶対に元の、私が知ってる香花に戻してあげる。
 そうしたらまた、一緒に学校行こうね。クラスのみんなとバカな話して、放課後に美味しい喫茶店行って……」
……由姫は気付いていなかった。
氷の中の香花の瞳が、静かに自分の動きを追っていることに……


「何……この音?」
シラユキの、常人よりもはるかに鋭敏な聴覚が、何かが空を切るような音を捉えた。
そして、その音は急速に近付いてくる。
「上っ!?」
おそらくは、ブリザードキックを受ける直前に放り投げたものであろう。
落下してきたアイアンメイデンの鉄球が、氷に閉じ込められた彼女自身を直撃した。
細かく砕け散った氷片がシラユキの視界を覆う。
「こ、香花!! ―――くっ!?」
間髪いれず飛来した鋼鉄の大剣から、辛うじて身をかわすシラユキ。
「なっ……?」
「危なかった……。内側からの力だけじゃ、あなたの氷は破れなかったわ」
絶句するシラユキに、氷漬けからの復活を果たしたアイアンメイデンは賞賛の言葉を贈る。
「さすがに随分と疲れたけど……。まぁ、今のあなたを倒すくらいなら十分ね」
「今の、私……?」
言葉の意味が理解できないシラユキ。
必殺技を使ったとは言え、まだまだ余力はあるし、それは相手も承知の筈だ。
「わからない? 自分が既に負けていることが。
 あなたは甘さからミスを犯した。
 情けを捨てて、さっさと私を粉砕しておくべきだった。
 それがあなたの弱さであり、『正義』とやらの限界。
 ソリダスの恐ろしさを知りなさい、シラユキ」
言い終えるのとほぼ同時に地を蹴るアイアンメイデン。
シラユキに向かい、一直線に突進する。
「くっ!」
慌てて距離を取ろうと試みるシラユキ。
スピードにおいてはシラユキに分がある。
アイアンメイデンは追いつくこともままならない、その筈であった。
「レイフリ―――えっ!?」
牽制の小技を放とうとしたシラユキは驚愕した。
自分は全力に近い速度で動いている。
だが、アイアンメイデンとの距離は開くどころか、どんどんと詰まってゆくのだ。
「(ど、どうして!?)」
考える間に黒い影は間近に迫り……
「ぐふぁっ! あっ……がっ……」
アイアンメイデンの拳が、シラユキが腹にめり込んでいた。
見た目に反してウェイトのあるボディから繰り出される一撃は、軽量なシラユキのそれよりもはるかに重い。
大きく吹き飛ばされ、無様に地面を転がるシラユキ。
こみ上げる吐き気を必死に抑え、飛びそうになる意識をどうにか押し止める
「あ……う。 な、何……? 急に、動きが速く……」
「違うわ、私が速くなったんじゃない。あなたが遅くなったのよ」
痛む腹を抑え立ち上がるシラユキに、ゆっくりと歩み寄りながら、アイアンメイデンは言う。
「自分の身体、よく見てみたら?」
うながされて視線を落とすシラユキ。
目に写るのは、土埃であちこちが汚れた白の装甲服……
「!?」
そこでシラユキは異変に気付いた。
鎧の各所に染みを落とすそれは、ただの汚れではなかった。
白い装甲そのものが黒ずみ、点々とまだら模様を形成していたのだ。
「まさか……」
「気付いたみたいね。そうよ、この辺りの土全てが私の罠」
シラユキの懸念を、アイアンメイデンの言葉が肯定する。
「あらかじめ砂鉄を撒いておいたのよ。金属化の力を込めて、ね。
 あとは派手に攻撃を仕掛けて土を舞い上げてやれば、付着した砂鉄があなたの身体をどんどん重くしていく……
 速くて追いつけないなら、遅くしてしまえば良い。単純な理屈ね」
ゆっくりとした歩みを止めぬまま、種明かしをするアイアンメイデン。
「くっ……」
焦りが、シラユキの脳裏を支配していた。
速度というアドバンテージが失われた以上、これ以上時間をかければ不利になるばかりである。
その決断は早かった。
「(まずい……。これ以上スピードが落ちないうちに、もう一度ブリザードキックを!)」
最後の望みを賭け、再び上空へと飛び上がるシラユキ。
が、
「遅い!」
「しまっ……」
タイミングを合わせて飛び上がったアイアンメイデンの腕が、空中のシラユキを捕らえ、そのまま羽交い絞めにする
「つかまえた……」
黒光りする手が純白の装甲にかかり、その指先を易々とめり込ませる。
瞬間、ビキビキと耳障りな音を響かせ、黒い金属が根を張るように装甲を浸食してゆく。
「くっ、このっ……。はなして! はな…せえぇ!」
力を振り絞り、どうにかアイアンメイデンの腕を振り解くシラユキ。
しかし、失ったバランスを取り戻すことはできず、受身も取れぬまま大地に叩きつけられた。
「あ……ぐ……」
衝撃に苦悶するシラユキの装甲は、今や完全に黒く染まっていた。
黒光りする金属が、流れるような銀髪とのコントラストを形成し、鈍い光を放っている。
「くうぅぅ、何これ……。身体が、重……い」
極めて重量のある物体に変換された鎧は、拘束具のごとくシラユキの身体を縛りつけていた。
比較的装甲の薄い腕の部分でさえ、動かすのにかなりの力を要する。
すぐに引き剥がしたのが幸いしてか、金属化が身体にまで至ることは無かったが、
もはや白の戦士は、起き上がることすらも出来なくなっていた。
「無駄よ。あなた程度の出力じゃ、そのソリダス謹製超質量合金は壊せない。終わりねシラユキ」
「う、うぅ……」
側に降り立ったアイアンメイデンが、やはり無表情のまま勝利宣言を発する。
「今すぐには殺さないわ。このままあなたを捕獲して、基地に連れ帰るのが私の任務だから」
言いながらも、倒れたシラユキの傍らにかがみ、漆黒の掌をかざすアイアンメイデン。
どうやらシラユキを完全に金属化した上で、持ち帰るつもりらしい。
「かなり痛むだろうけど……大首領様に逆らった報いだと思うのね」
「い、いやぁっ!」
まだ何とか動かせる両腕をぎこちなく上げ、迫る悪魔の指先を阻止しようとするシラユキ。
両手でアイアンメイデンの手を掴み、必死に訴えかける。
「香花! 大首領の言うことなんか聞いちゃダメ! 本当のあなたはソリダスの手下なんかじゃないの! あなたは……あなたは……」
だが、かつての親友の心からの叫びもまた、今の香花には届かない。
「……まずはここから?」
最後の抵抗をあっさりと振りほどいたアイアンメイデンの指が、哀れな獲物の左肩に突き刺さった。
再び耳障りな音が響き、シラユキの肩から先が鋼鉄の根に浸食されていく。
「あがっ、うあぁぁあ! や、やめてぇ香花! お願いだから正気に――うあぁっ!」
皮膚の下を蛇が這いまわるような、凄まじい激痛に悲鳴を上げながら、それでも訴えを止めようとしない由姫。
「その話は戦う前に終わってる筈よ」
アイアンメイデンは取り合わず、淡々とした動作で指を引き抜くと、今度は両太腿に指を差し込んだ。
「あっ、ぎゃっ……、うぁ! うわあぁぁぁー!」
漆黒の根が、自分の身体を抉りながら、全く別の物質へと変貌させていく。
激戦を潜り抜けてきたシラユキといえど、このかつて無い苦痛と恐怖の前には、髪を振り乱して泣き叫ぶことしかできなかった。

「は……あぁ……」
アイアンメイデンの指が引き抜かれる。
シラユキの四肢は、もはや完全に冷たい鉄の棒と化していた。
変化の際の激痛に、精根尽き果てたシラユキはぐったりと肢体を横たえている。
「これであなたは芋虫同然。いや、這い進めるだけ芋虫の方がマシね」
「うぁ……。もう、やめて香花……香花ぁ……」
酷薄な言葉をぶつけられ、それでもなお親友の名を呼び続ける由姫。
唯一動かせる首をめいっぱいねじり、訴えるような視線を投げかける。
「……何故かしら。とても嫌な気分になるのよ……、あなたの目を見ていると」
僅かに表情を曇らせるアイアンメイデン。
「まだ私を友達だと思ってる……、この目……」
黒い指先が由姫の視界一杯に広がり……、
「……!? あ……あぁ……あーーー!」
次の瞬間、悲痛な叫びが由姫の喉から絞り出された。
「ふん……少しは美人になったじゃない」
シラユキの顔から、指が離される。
その双眸からは瞳が消え去っていた。
アイアンメイデンは、あろうことかシラユキの眼球だけを狙い済まして金属に変えたのだ。
「く、暗い……。見えない、何も見えないよ……。目……目が、痛い……」
金属との塊と化した眼球を、彼女の生理機能は異物とみなしたらしい。
とめど無く涙を流しながら狼狽するシラユキ。
それによって眼球はしっとりと濡れ、奇妙な光沢を放っていた。
「さて……そろそろ仕上げね」
そう言い放つと、シラユキの首を掴み、高々と吊るし上げるアイアンメイデン。
金属化した四肢がダラリと垂れ下がり、その重みで肩腰の関節が悲鳴を上げる。
「げほ……。ぅ……ぁぁぁ……」
「苦しい? 安心しなさい、すぐに何も感じなくなるから」
言いながらも手刀を構え、鳩尾に狙いを定める。
「ダメ、香……花……。ソリ、ダスの……言いなりに……なんか……なら、ないで」
もはや蚊の泣くような小声でしかない訴えの言葉が、何故かアイアンメイデンにはひどく不快に感じられた。
「………! もう眠りなさいシラユキ!」
珍しく強い口調の言葉とともに、漆黒の手刀が繰り出され、狙い違わずシラユキの腹に突き刺さった。
「グハっ……、ア……アアアあぁぁー!」
シラユキの喉から、断末魔の如き絶叫が絞り出された。
身体の中心より侵入した鉄の根が、幾本にも分かれながら体内を突き進む。
その動きは巧みに重要器官の隙間をすり抜け、また皮膚を食い破ることも無いため、傍目には何をされているのか分からないだろう。
しかし、ビクンビクンと肢体を痙攣させる彼女の姿が、その苦痛の凄まじさを物語っていた。
「少しは我慢しなさい、見苦しい。痛いのは最初だけよ」
その痛々しい姿を見てなお、アイアンメイデンの表情に大きな変化は無い。
そして、その言葉を肯定するかのように、シラユキの痙攣が徐々におさまっていく。
身体が硬化し始めたのだ。
真っ白な肌が、輝く銀髪が、内側から滲み出るように黒く塗りつぶされ、鈍い光沢を持ちはじめる。
「あ……うぁ……ぁ…………」
耳が痛いほどの悲鳴が、弱々しい喘ぎへと変わり、シラユキの顔から表情が抜け落ちる。
全身を支配していた痛みもまた、あらゆる感覚を道連れに消え去っていく。
「こ……う……か……」
その言葉を最後に、機甲少女シラユキは物言わぬ鉄塊と化した。
首を捕らえていた手が放され、ゴトリ……と重い音を立てて地面に転がる。
黒く塗りつぶされた、白の少女。
正義の敗北を、象徴しているかのような光景であった。
「勝った……。完全なる、私の勝利……」
どこか、うわの空と言った様子でつぶやくアイアンメイデン。
その顔に表情は無いが……
「なのに……何故? これは、この涙は一体、何だと言うの……?」
脳改造を受けたものには持ち得ない筈のものが、しっとりと彼女の頬を濡らしていた。

fin


※続くようですが続きません


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