作:日常の混沌
――雪女って、知ってるかい?
そうそう、結構有名な妖怪ってやつだよね。自分の好みの男を氷漬けにして、コレクションにしちゃうっていう、なんともかんとも悪趣味な妖怪だっていうのは知ってると思うけれども。
まあ、そんなの飽くまで昔の人の作り話としてのものであって、実際のモデルとかあったとかなかったとかもよくはわかってなかったりするんだけれども、さ。
でもね。ここで驚愕の事実なんだけれど、君が生まれる前……そうだなあ、今から50年くらい前かな? 実在していたんだよ。
いいねいいね、その「何言ってるんだこいつ」的な目。そういう目を向けてくる人の方が話甲斐があるってもんで。
まあ、実在してたって言ってもさ、ちょっと違う意味合いの人たちだったんだよ。
――どういうふうな意味かって? おおいいね、乗ってきた乗ってきた。
そうだなあ、どこから説明しよう……。
そうだな。――じゃあさ、今から40年くらい前かな? 地球温暖化っていうのに地球が脅かされていたって話は有名だよね? まあ、この年中安定した気候が当たり前の、今の君らじゃあ中々実感も湧かないってもんだろうけどさ。
…………。
その通り。そう、“管制塔”が発明されて、国内、世界随所で気候の対応をしているから地球は正常を保っているっていうわけだ。まあ、それは教科書だったら――テストなら正解な訳だけれども、でも実は、現実ではバッテンなわけ。
なんできっぱりと言えるかって? ええとね、実は親父がそこで働いててさ。ちょいと事情に詳しいんだよね。……って、ああ、このことは内緒ね。殴られちまうからさ。
って、ああごめんごめん、折角こっちのナンパにのってくれたってのに、喫茶店に入って何も注文しない、じゃあ申し訳なすぎだよね。
ホットコーヒーでいいかな?
いい? うん、よかった。
すみませーん、注文お願いしまーす。
…………。
で、どこまで話したかなあ。そうそう、地球温暖化ね。
正直それ、やばかったわけさ。
地球の温度の数度上がったくらいで何がやばいかって、君、分かるかい?
ああそれ、一般的な落とし穴だね〜。ぶぶーです。
南極北極の氷が溶けて水位が……なんて大したことないんだよ、実際。第一、北極なんてただの氷が海上に浮いているっていう、大陸でもなんでもないもののわけだから、変な話、全部溶けたって問題ないんだよ。南極に至ってもそう。溶けるのなんて、どうせ大陸にもかかっていない部位なわけだから、直接水位が増すことなんてほぼないんだよ、南極北極に関しては。
でも、水位は増すんだよ。確実に。なんでか分かる?
そう正解。意外と君、賢いね。
ああごめんごめん。馬鹿にしたわけじゃないんだけれどもね。っと、ああどうも。
はいどうぞ。君の分。砂糖は……そう、二つね。
ん? ボクは砂糖は入れないよ。ミルクだけしか入れないんだ。まあ、確かに変わってるとは言われるけれど、まあ、昔っからずっとこういう風に飲んできたからね。一種のクセみたいなもんかな?
で、話は戻して、そう。君の言うとおりさ。
大陸にある絶対零度との境目の、主に北半球の年中凍りっぱなしの高山氷……いわゆる“地表水”ってやつの氷が溶けて、海へ流れるんだ。
多分、これが一番きっついんじゃないかな、水位に関しては。
雪解けとしてのナダレとかもへたをすると引き起こしちゃうかも知れないしね。
しかしまあ、これは飽くまで“水位”に関しては、なんだよ。
もっと重要なことを、一般の人たちは忘れていたんだ。
気温が上昇して何が困るか?
分かる? ――分からない?
すっごく重要な変化。それは、“気候帯の変化”ってやつだったんだよ。
1℃、2℃くらいでなにも変わるわけないって思うだろう?
――それ、大間違い。
地球はね。常に危ういバランスで均衡を保っているんだ。この温度で、ある周期で一年が流れて、様々な状況が重なるからこそ、丁度良いバランスを保つわけだ。でもさ、そこで1℃気温がずれたとしよう。さらに、気温の上昇が原因で、風とか、海流の通り道がほんの数メートルずれたとしよう。しかし事態はそれだけじゃあ終わらない。たった数メートルの誤差を修正するために、大気が変わり、海流が変わる。そして、最終的には気候が変わってしまうんだ。
たった1℃の変化で、何もかもが狂い始める可能性だってあるってことなんだよ。これって、たった1度の角度で、遠方の照準が大きくずれてしまうっていうこととよく似てるって思うんだよね。偶然にも、同じ“ド”なわけだし。
ああごめん、なんか少し横道それちゃったね。
え? それでも大したことないだろうって? まあ、ね。そりゃあ、単一的なものの見方だけするなら、そう問題ないように思えるだろうね。だって、ボクたちは“日本人”なんだからね。温暖化って聞いても、せいぜい“暑くなるだけ”って思っちゃうんだろう? 温帯から亜熱帯くらいに変わるだけだろうってね。
それ、本当に“日本人”だから思うことなんだよ。
だって、日本には砂漠なんてないからね。
…………。
いいね、その顔。
事の重大さに気づいたみたいだね。
そうさ。ともすれば、気候が乾燥帯になる可能性だってあるわけさ。最悪の、最終的には壊死としか言いようのない状況になる、最低の気候帯に、ね。
たまったもんじゃないだろう? ただでさえ、人で溢れた日本の居住地が砂漠にでもなってみなよ。もう、本当に地獄絵図ってやつが見れるんじゃないかな?
で、実際の話。予測がでたわけだ。
そのまさかの結果さ。最低、最悪の事態が予想された。しかも、その範囲は、黒潮が流れる、太平洋側全域。しゃれにならないって話だ。
でも、一般公開はすぐにはされなかった。
だってそうだろう? 国中がパニくるに決まっているんだから、さ。お偉いさんの中では、対策を立てる方が先だったってことだろう?
で、一向に対策を立てることもできないまま、数年が過ぎるわけだ。
――あ、コーヒーおかわり、いる? ……いる。うん、わかった。
すみませーん。
…………。
で、そうそう。話はまた本題とは一見すると違うんだけどさ、生き物の順応性って知ってる? 自分らが暮らしていくのに不便だと判断すると、勝手に体とかが変わっていくってやつ。最近の人間の例だと、豪雪地帯の人なんかは鼻が低くなったり。身近なとこだと、体が“寒い”って感じると皮下脂肪がつきやすくなるってやつもそう。言い方によっては“進化”って呼んでもいいかも知れないね、こういうの。
まあ要するに何が言いたいかってことなんだけれど。
だからさあ、地球温暖化で、人類がピンチって状況になったとき、人間が少しなんかの能力を持ってもおかしくないんじゃないかって、そういうことなんだよ。
…………。
いい読みしてるね〜。
そう。ここで始めに話した“雪女”ってやつの登場だ。
ただし、無論昔話の妖怪とは全然違うってことはなんとなく分かるね? なんてったって、僕が今まで話してきたことは全部なんらかの複線を張っていたものなんだからね。推測くらいはできるんじゃないかな。
まあ少しくらいはいらない説明とか無駄口とかはあったかもしれないけれども、許してくれよ。しゃべっていると止まらなくなっちゃうときが結構あるんだ。……はは、悪い癖だとは思うんだけれども、ね。
さあ、頭が結構回る君なら、僕の今までの会話から少しくらいは推測できてもおかしくはないよね? まあ、そんな虚言染みたことを信じられるかどうかは別として、ね。
まあ要するに【“暑い”と感じた人間がどうなってくるか】ってことなんだ。
……そして、そこで進化したのが、雪女ってやつさ。
まあ、突然そんな異常体質者が現れ始めた当初は色々騒がれたけれどもね。テレビに取り上げられたり、就職採用率が急激にあがったり――それどころか“雪女”ってだけで給料があがったり、ね。当たり前と言えば当たり前なんだよ。だって、言わば天然エアコンが服着て歩いているんだから。
しかしまったく、おかしな話だと思うよ。
自分だけの中での適応、順応だけならまだしも、周囲にまで及ぼすほどの影響力を持った“進化”なんてさ。
っと、……うう、少し肌寒くなってきた。
――すみません、コーヒーおかわり。
え? 寒いことなんてないだろうって? むしろ暑いくらい?
あらら、まだ気づいていないんだね。まあ、別にいいけれども、さ。
しかし、度が過ぎると“進化”ってのも怖いよね〜。猿が人間になったってのもそうだとは思うんだけれども、あれまったく別もんだろ? 確かに『そうなのかなあ』って漠然とは感じることができても、納得なんてできないだろ?
実はさ、さっき話した“管制塔”だけれども、あの頂上には何があるか知ってる?
…………。
ぶぶ〜。施設も管理人もいっさいおりません〜。そこには女神様がおおせられるのです。
……おう。爆笑ですか。なんかそこまで笑われると逆に小気味いいかも。
え? 僕、変なやつだって? うんよく言われる。自覚してるだけにたちが悪いってんで、中々彼女とかできなくってさ。困っちゃうよね、はは。
ん? 暑くないかって? んなこたないよ。気のせい気のせい。ていうか、店内むしろ寒いし。
――でさ、突然だけど、君人助けとか好き?
……だよねー。好きくなさそうだもんね。ああ別に茶化そうとしているわけじゃないさ。だって僕も嫌いだから。
じゃあさじゃあさ、今の若さと美貌が永遠に続けばいいなあって思ったことは?
そうだよねぇ。君、もてそうだもん。っていうか普通に美人だし。
――しっかし、なんにしても『度が過ぎる』っていうのはよろしくないって思うよ。
食べすぎ、飲みすぎ、出来杉、しゃべりすぎ、暑すぎ、熱しすぎ。
どれもだめだね。だめだーめだね。
ところでさ、上熱剤って知ってる? ……知らないよね〜。だって市販なんてされてないからね。味も砂糖と似ていて、ちょっと依存症があるあたりがミソなんだよね。まあ、その名の通りなんだけれど、体の内部から体温を上げるって薬なんだ。
……で、君今無茶苦茶暑くない? あついっしょ?
でも、さ。僕はそろそろ無茶苦茶寒いわけだ。実際室温、もう10度きってるくらいだよ。真夏なのに、ね。
あはは、気づかれちゃった? そう。その上熱剤ってやつをコーヒーに混ぜておいたんだ。
そう睨まないで……っていうか腕つかまないでってば。マジ冷たいからっ。大丈夫だってば。時期に暑さなんて感じなくなるから、さ。
――って、早速キタみたいだね。
どう? 暑さが嘘みたいでしょ?
おめでとう。これで君は一生不快な天候とかからは隔離された存在――雪女になったってわけだ。
ん? 礼なんていらないよ。可愛い子は僕大好きだから。
え、そうじゃない?
……なんで、“雪女”って存在が今の自分以外世の中にはいないのかって?
やだなあ、ちゃんといるんだよ。――むしろ沢山ね。
ちょっと世間との明るみからは外れたところだから、あんまり目だっていないだけって話。
うーんと、じゃあもっと詳しく話してあげるよ。
じゃあ、じっくりと腰を据えて話せる場所に移ろうか。僕もこのままじゃ寒いしさ。納得がいくまできっちり話してあげるよ。
――時間はいくらでもあるのだから。
――じゃあ、行こうか。