「砂漠で全滅した場合」

作:七月


「エステルッ!!」
 少女の悲痛な叫び声が広大な砂漠に響いた。
 見渡す限りの砂の大地。数百メートル先であろうと悠然と見渡せるほどに何もなく、ところどころに数体のサボテンや岩石が顔を覗かせているだけだ。
 今、そんな砂漠に2人の少女がいた。
 それぞれエステリーゼ、リタという名の少女だ。だが2人という表現は少々間違っているのかもしれない。
 なぜなら・・・
「エステル!しっかりしなさい!」
 リタが必死にエステルへと語りかける。
 だがエステルはリタに対して何の反応も返すことはしない。全身灰色一色に染まったエステルはただリタの前に佇んでいるだけだった。
 そう、先ほどの戦闘でエステルは魔物の攻撃をくらい石化してしまっていたのだ。何とかその戦闘には勝ったのだが、リタは今、石化を治せそうなアイテムは一切持ってはいなかった。
 リタはエステルへと目を向けた。
 やや仰け反った状態で驚きの表情を浮かべている石像。ただの石になってしまった彼女はリタが目の前にいても決していつもの優しげな笑顔を見せることはなかった。
「くそっ・・・」
 リタは親友を守れなかった憤りを拳に込め、地面にぶつけた。ぼふっ、と音を立てて砂が舞い、また元のように降り積もった。
 やがて遠くからグエエ、グエエと魔物の鳴き声が聞こえはじめた。どうやらエステルを物言わぬ石像に変えた魔物と同じ種類の魔物のようだ。鶏のようなトサカに、トカゲのような体。たしかコカトリスといっただろうか。
 そうだ、何時までもこうしてはいられない。私はこいつらを倒して町に戻り、早くパナシーアボトルを手に入れてエステルを元に戻してあげなければ。たしか町はそれほど遠くなかったはずだ、とっととあの魔物を蹴散らせて町に向おう。そう思ったリタはエステルの石像をその場に残し、1人魔物の方へと向かった。
 やがてコカトリスがこちらに気づき、近づいてきた。幸い姿を現したのは2匹程度、これなら何とか切り抜けられそうだ。
 リタは臨戦態勢をとった。
「あんた達・・・邪魔よ!」
 そう言い放つリタの体を光が包み込み・・・
「派手に行くわよ!」
 光がはじけた。
 同時にすさまじい力がみなぎってくる。
 オーバーリミッツ。
 今のリタは、本気だ。
「詠唱・・・以下省略!!」
 瞬く間に魔方陣がきらめき、リタの周りに莫大な魔力の力が膨れ上がった。
「くらいなさい、タイダルウェィブ!!」
 リタが叫ぶと同時に突如現れた巨大な水の奔流が大きく渦を巻いた。
 それらはリタの周りの全てを包み、一切合財を飲み込んでゆく。
グエエエエエエエエエエエエエッ
 魔物の断末魔が響き、魔物の姿形が崩れていった。そして、波が消えるとそこにはリタの姿だけが残っていた。
「はあ・・はあ・・」
 強力な呪文を使ったせいで利他の疲労も相当なものになっていた。
「やった・・・」
 目の前に魔物の姿はない。これで窮地は脱したのだ。あとは一 直線に町に行くだけだ。
 リタは安堵のため息をついた。だが・・・
グエエエ
 すぐ近く、リタの後ろに新たな魔物が現れていたのだ。
「うそっ!?」
 リタは敵の存在に気づき、とっさに詠唱の構えを取った。だが遅い。
グエエエエッ
 魔物が一声叫ぶと、その大きな口から石化ブレスを吐き出した。
「きゃあああっ!」
 あっという間のガスに飲み込まれるリタ。リタがガスに触れると、瞬く間にリタの体は石へと変化していった。
「く・・・」
 徐々に石になり、動かなくなる体を動かしてリタは遠くに石像として佇んでいるエステルへ手をのばした。
 リタはその右手をエステルに必死に伸ばしながら言う。
「エステル・・・ごめ・・ん・・」
 そう言いかけているリタに、ぶわあ、と魔物が一際強く石化ブレスを吹いた。
 一瞬で全てが包まれるリタの姿。
 やがてリタの周りを包んでいたガスが晴れると、そこにはリタの石像が立っていた。彼女は普段の気の強さからは想像できないような弱弱しい表情で、親友へと手を伸ばしている姿で固まっていた。
グエエ、グエエ
 少し距離を置いて佇む二つの少女の石像。コカトリスはその間を行ったりきたりしていたが、やがて興味をなくしたようにその場を去っていった。
 そして、ちょうどそのタイミングで太陽がゆっくりと沈み始めた。
 青かった空が赤く染まっていった。
 砂漠も同様に夕日に照らされて淡い橙色に染まっていった。
 そんな中に沈み行く夕日を逆光に佇むエステルとリタのシルエットがあった。それらは決して動きだすことはなかった。
 彼女達は、丁度辺りに転がっているものと同じ、ただの石になってしまったのだから。


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