カタメルロワイヤル番外編「湖畔で一休み」

作:七月


降り注ぐ陽光を受けて水面がきらきらと輝いていた。
澄んだ水の奥には小さな魚が群を成して泳いでおり、それを覗き込むような形で水面に映る私の顔は、ときおり揺れる水にその輪郭をぼやけさせていた。
今、私ことティアナ・ランスターが居るのはとある神殿エリアの隅にある湖畔だ。
神殿エリアの中だけあって、湖畔の周りの木々の間のいたるところには、緑色の苔が生えた無数の古びた石造りの建物の残骸が見られた。
「うーん、やっぱり外は気持ちいいわね。」
私は背筋をグーッと伸ばしながら言う。
先ほどまでずっと狭苦しい建物の中に居た私にとって、目の前いっぱいに広がる湖の開放感はとてもありがたかった。
そして何より新鮮な空気を運ぶ風が心地よい。
戦いに疲れた身を休めるにはもってこいの場所だと思う。
気分を良くした私はその場に背中から倒れこむように寝転がった。
静かだ。
銃撃の音も、剣と剣のぶつかり合う音も。闘いの喧騒は何も聞こえない。
ただ、風に揺られて擦れ合う木々の音が聞こえるだけだった。
「・・・みんな、どうしてるかな・・・・」
頭の中には私を信じて待っていてくれている仲間の顔が浮かんでくる。
ある目的のために単独で仲間の元から離れている私だが、結局その目的も果たす事はできなかった。
情けない、とは思うが、それは考えてはいけない事だった。
もし今の自分を卑下に思うのなら、私の下した選択、さらにはその選択によって得たものまでも否定する事となってしまう。
元々も目的と、今回私が得たもの。その優劣をつけることは私には出来なかった。
「今更そんなこと考えても仕方ないか・・・」
チャンスはきっとあるはずだ。まだ完全にその目的が潰えたわけではない。
そんなことを考えていると、寝転がっていた私の耳に小さな足音が近づいてきた。
「そんなところに寝転がっていると踏んづけるわよ。」
と、私の枕元に立った小柄な少女が言った。
茶色いブーツに黒いニーソックス。暗めの緑や黄色を基準とした制服。その手には体に似合わぬ大きな日本刀が握られていた。
そして何より印象的なのはその目と髪だ。
澄んだ目も、長く綺麗な髪も、燃えるような紅だった。
そんな彼女の名前はシャナと言った。
神殿エリアでであった彼女と私は一緒に行動するようになっていたのだ。
一見すると小学生のような彼女だが、見た目に反してその運動能力は高く、戦闘においてもその能力は遺憾なく発揮されていた。
私はシャナを見上げながら言った。
「別にあんたみたいなちびっ子に踏んづけられても全然・・・って痛い!小指が痛いっ!!」
「うるさいうるさい!チビって言うな!」
ギリギリと靴の踵でシャナが右手の小指を踏んできた。
私はあまりの痛みに跳ね起きると、赤くはれ上がった小指に息を吹きかける。
うう・・ジンジンする・・・
「私のことチビって言うからよ。」
「はいはい、ゴメンゴメン。」
小指をさすりながら涙目で言う私に、シャナは少し笑っていた。
こういうところは見た目の年相応にかわいらしい。
「それじゃあ私は少し水浴びをしてくるわ。」
と、シャナは言った。
「私はもうちょっと横になっているわ。」
私はそう言って再びその場にごろんと身を倒した。
そんな私にシャナは目を細め
「あんまり寝ると牛になるわよ。」
「おかげさまで胸の方はちゃんと育ってるから気にしな」
ドスッ
顔のすぐ横に何かが突き刺さる音がした。
横目で見てみると、光り輝く刀身が地面に突き刺さっている。
「ふん。」
地面に日本刀を突き刺したシャナは、ソッポを向くと服を脱いで湖の中へと入っていった。
「はあ・・・。」
と、私はため息をつきながら言う。
「体型の事に関しては短気なんだから・・・」
それ以外はわりといい子なんだけども。
パシャパシャとシャナが水をかく音が聞こえる。
幼くも整ったスタイルを持つ彼女は、光を反射する水しぶきの効果も合わさってとても綺麗に見えた。
今度教えてあげるべきなのかなぁ。
私は静かに目を閉じながらそんなことを思う。
ねえシャナ。世の中にはね、○○はステータスって言葉があるんだよ。
言ったらやっぱり怒られそうなのでやめるけど。



「ん・・」
どれくらい寝ていたんだろうか。見れば太陽は完全に昇りきっていた。
それと同時に気温の方も上がったらしく、頬を汗が伝っているのが自分でもよく分かった。
「私も水浴びしようかしら。」
あたりに目をやると、そこにはまだ先ほど脱ぎ捨てられたままのシャナの衣服が置かれていた。
「まだ水浴びしているのかしら、あの子は。」
スッと立ち上がると私はシャナを探しに湖の方へ歩き出した。
すると・・・・
「・・・・・」
私は無言で腰に備え付けていた銃に手を伸ばした。
湖の中にシャナはいた。
だが、そこにあったのは、最早一体の石像と化したシャナの姿だった。
水浴びの最中に石化させられたのだろう、腰まで水につかりながら一糸まとわぬ姿の石像となっていたシャナはどこか呆けた表情で湖の先を見ていた。
そんなシャナの石像に小さな波がぶつかっては水飛沫を上げる。かかった水飛沫はシャナの石像の表面を伝いながら光り輝いていた。
見れば先ほどまで静かだったはずの水面はかすかに荒れているようだった。
まるで何か大きなものが湖の中で動いたかのように・・・
「くっ・・」
私は舌打ちをしながら銃を構えた。
まさかこんな静かな湖にも何かが潜んでいたのか。
私は湖の中へと目を凝らした。だが、澄んだ水のそこには何も怪しい影は見当たらない。
もしやもうすでに湖の底へと引っ込んでしまったのか。
いや・・・それとも・・・
バッと私は勢いよく背後に振り返る。
(やっぱり!)
すると底には下半身が蛇の、黒の長い髪に病的なまでに白いの肌をした女性の怪物が居た。
顔立ちこそとても美しかったが、その顔には紫色の唇に紅く長い舌、さらには黄金に輝く目が見えた。
(やっぱりすでに陸に上がっていたのね。)
私は自分の判断が正しかった事に安堵した。少しでも気づくのが遅れていれば背後から何をされたか分かったものではない。
(このまま振り向きざまに撃てば・・・)
相手に何かさせる事も無く私の勝利で終わるだろう。
いや、シャナをすでに石に変えられている以上勝ちとはとても呼べないか。
シャナを守れなかった悔しさに自己嫌悪に陥りそうになる。
(それでも・・・)
脳裏に様々な人の顔が浮かぶ。
共に戦ってきた仲間であるフィーナ、早苗、レイミそしてシャナ。
さらには同じ世界の仲間であるなのはさん、フェイトさん、はやてさん。
それにもしかしたら私たち同様この世界に居るかもしれない親友のスバル。
彼女達の為にも私はこんなところで終わっていられない。
と、考えた事で私はあることに気づく。
(あれ?)
未だに私はまだ怪物に対して振り向いている最中だ。それなのにこんなにもいろんなことが頭の中をめぐっている。
元々頭の回転は速いとは言われてはいたが、かつてこれほどまでに思考が速くなったことはあっただろうか。
(もしかして・・・)
さっきの自分が見たものを思い出す。
紫色の唇に紅く長い舌、そして“黄金に輝く目”だ。
その目は今も尚私の目をじっと見ている。そして、その目が一際輝きだし・・
(これっていわゆる人間が死ぬ前に見るって言う・・・)
ようやく体が怪物の方を向いた。だが、勝敗はとっくに決まっていたのだ。
私があの目を見てしまった瞬間に。
(走馬灯って・・や・・つ・・・)
全身をえもいわれぬ感覚が走り抜ける。そして
パキィン
ティアナは石化した。



湖畔に佇むティアナの石像。
怪物の視線によって一瞬で石化されてしまったティアナは、振り返りざまの姿勢で石になっていた。怪物をにらむ目も、かすかに開かれた口も、宙になびく髪も灰色に染まり、そのままの形で動きを止めていた。
構えられた2丁の銃もティアナの石像の一部となっており、銃としての機能を発揮する事は無い。
やがて、ズズズと怪物がティアナの石像に近づいてきた。
「ドウ・・イシニナッタカンジハ・・・」
ティアナとシャナを石にした怪物「シーメデューサ」はしゃがれた声で言う。
「ネエ・・・コタエテヨ・・」
「・・・・・・・・・・」
当然のことながら石になったティアナから返事が返ってくる事は無い。
シーメデューサはそんなティアナになおも語り続けた。
「ウフフ・・・コレデアナタモ・・アノコモ・・・ワタシノコレクション・・・」
シーメデューサはその紫色の唇でティアナの頬に口付けた。
石像となったティアナがそれに抵抗する事は無い。為すがままにシーメデューサの口付けを受け入れていた。
「フフ・・・マイニチ・・・アイシテアゲルワ・・・」
そう言うとシーメデューサはティアナの石像を持ち上げ、さらにシャナの石像を抱えるとそれらをもって湖の中へと戻って行った。
そして再び湖畔には静寂が訪れた。

こうしてティアナとシャナは石像として、湖の底でシーメデューサに愛撫され続けることとなる。
そして飽きられれば湖の底に転がる石ころのように打ち捨てられ、苔がこびりつき、やがて古びた神殿のように風化して行くのだろう。

これは、もしかしたら起こり得たかもしれない
カタメルロワイヤルの一つの結末のあり方である。


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