カタメルロワイヤル第16話「刀」

作:七月


「あと二人・・か・・・」
私は通路の先の暗闇を見据えて言った。
今、私たちは先ほどの万能薬のある部屋から離れ、その近辺の通路に陣取っている。
本当はあの部屋で残りの参加者を迎え撃とうとも考えたのだが
「どうせなら通路で待ち構えた方がいいかもしれないわ。」
とシャナが言ったので、通路で敵を迎え撃つ事となった。
(確かにそれは一理あるわね・・・。)
と、私は思った。
どうやら万能薬の置いてある部屋にはあの宝玉以外の罠はなさそうだった。対してその周辺の通路には多数の罠が存在している。
先にその罠がどんなものか、どこにあるかを理解していれば、闘いの時に罠の存在を知らない相手に対し有利に戦えるからだ。
実際罠のある位置は、落ち着いてよく見ると一目瞭然だった。
やけに石が綺麗だったり、微妙に周りと色が違ったり。
薄暗闇で見づらいうえに、戦っている最中にはあまり周りに気を配れないため引っかかってしまうものだが、こうして落ち着いてみれば簡単に位置を把握できそうだった。
あとはそれがどんなものか把握できれば良いのだが・・・さすがにそれは危険なのでやめておいた。
「ま・・・位置を知っておくだけでもだいぶ楽になるわ。」
少なくとも私たちが罠にかかる可能性は低くなるから。
そんなことを考えていると
「誰か来るわ・・・」
シャナが小声で言った。
コツン・・・コツン・・・
シャナの言うとおり、かすかに足跡が聞こえた。
「来たわね・・・」
「ええ・・・」
足音から察するに敵は一人か。
コツン・・・コツン・・・
その足音はゆっくり、ゆっくりと近づいてきた。
その足音の主はやがて薄暗闇からその姿を現した。
茶色く首の辺りまで伸びるやや短めの髪に優しそうな顔つきの少女。
その身はシャナが着ているのと同じようなデザインの制服に身を包んでいた。
(もしかしてシャナの知り合いかしら・・・)
私の予想が当たったのか、その少女は私たちの姿を見るや否やすぐにシャナのほうに向き直った。
「こんにちは、シャナちゃん。」
「吉田・・・和美・・・。」
吉田和美と呼ばれた少女。その少女を見つめるシャナの目にはかすかだが同様が見られていた。
やはりもとの世界の仲間だったのだろうか。
「こんなところで会うなんて・・・奇遇だね。」
「そうね・・・」
だがシャナの表情からは仲間との再会に対する喜びとも、敵として仲間が現れた動揺とも違う、何か別のものが感じられた。
(ティアナ・・・)
やがてシャナが小声でこちらに話しかけてきた。
(何・・・?)
(あの子の目の前に一つ罠があるわ。そこに誘導しましょう。)
(え!?だってあの子あなたの仲間でしょう!?)
(この世界ではそんなこと考えてたら生き残れないわよ。それに・・・)
シャナが怪訝な顔つきで言う。
(あの子・・・何かおかしい。)
「え・・?」
と、そんな会話をしている間にも和美はこちらに近づいてきた。
「二人とも争奪戦参加者ですか?」
罠まであと3歩
「私もそうなんですよ。」
あと2歩
「シャナちゃんとは本当は戦いたくないんですけど・・」
あと1歩
「でも仕方ないですよね。一人しか生き残れないって言うルールですから。」
和美の右足が罠を踏んだ。
だが
「ですから遠慮なく私も戦わせていただきます。」
何事も無かったかのようにそこを通過する和美。
「うそ・・・なんで・・?」
「・・・・」
私はつい驚きの声を挙げてしまった。対するシャナは無言で和美をにらんでいる。
「あれ?どうかしました?」
和美が立ち止まり言った。
「もしかして今私の通ったところに罠があったとかですか?ごめんなさい、私に罠は効きません。ほら・・・」
そう言って和美が自らの胸を指す。そこにはひとつのバッチが光っていた。
「トラップバスターっていうアイテムらしいです。罠を全部無効化してくれるらしいんですよ。さっきそこで会った人からもらったんです。」
「な・・・!?」
罠が効かない!?そんなのこのエリアではとてつもないアドバンテージじゃないだろうか。
(これ?シャナが言っていたおかしいことって言うのは?)
(違うわ、これは私も想定外だった。もっと別の事よ。それも今だいたい確信がついたわ。)
小声でそういったシャナは、その気になる事について話し始めた。
(あの子、はっきり言って戦闘には全く向いてないのよ。身体能力的にも性格的にもね。そんな子があのバッチを他の参加者から手に入れたのよ。普段のあの子なら・・・悪いけど、他の参加者に遭遇しようものなら為す術無くやられているのがオチだわ。)
なかなかひどい言い様な気がしたが、確かに大人しそうな外見ではあるし、戦闘に向かないといったタイプのようにも見えた。
(そんなあの子が参加者一人・・・しかもレアアイテムを持った敵を倒したのがまずおかしいわ。正々堂々闘って勝てるような子じゃないし、騙し討ちとか出来る性格でもないし。)
続けてシャナは言う。
(何より雰囲気がいつもと全然違うわ。なんだかこう・・今の彼女は何かに取り付かれた感じ・・・。)
私たちが小声で話している間にも和美は近づいてきた。
一歩、また一歩とその距離が縮まる。
「話していてもしょうがないわ、シャナ。・・・罠が効かない以上あの大広間で戦いましょう。」
「そうね・・。」
罠が相手に効かない以上ここは私たちにとって不利な場所でしかない。
私たちは和美に背を向け、罠の無い万能薬のある部屋まで行こうとしたが。
「そっちになにかあるんですか?」
「え?」
瞬間、私たちの間を影がすり抜けていった。
そして、目の前には和美が立っている。
「なに・・・今の・・・。」
「?・・・私はただ走っただけですよ?」
さっきまで後ろにいたはずの和美は一瞬で私たちの間を通り抜け、目の前に立ちはだかった。
なんなんだ、この異常な身体能力は。
まるでハルヒのそれを髣髴とさせるようだった。
「あなた・・・一体どうしたの。」
声を荒げながらシャナが和美に言い放った。
「ああ、この私の身体能力のこと?」
和美は淡々としゃべりだす。その声には感情というものが感じられなかった。
「砂漠エリアのレアアイテム:バーサークです。私は砂漠エリアただ一人の生き残り・・・。そしてこれはそのエリアで手にした力。」
私は和美の目を見た。真っ黒な深遠。生気の無い瞳。まるで心の無い人形のような・・・
「私は強くなったんだよ、シャナちゃん。もう誰にも負けないくらいに。このバッチを持っていた人もちょっと私が本気出したらすぐに固まっちゃった。」
あはは、と乾いた声で和美は笑う。
私は感じた。確かにこれは普通じゃない。
「ねえシャナちゃん。」
やがて和美がシャナに語りかける。
「今から鬼ごっこしようよ。30秒待ってあげる。その間に逃げてね。」
「・・・分かったわ。行くわよ、ティアナ。」
「えっ、ちょっと?」
半ば強引にシャナに連れられて私はその場を後にした。
「罠も効かない上にあの身体能力・・・厄介ね・・・。」
「ねえシャナ、あの子普段からあんな性格なわけ無いわよね。」
「当たり前でしょ。どう考えてもあのバーサークとか言うレアアイテムのせいだわ。」
身体能力を上げるアイテムといっただろうか。
「肉体と精神は切っても切り離せないもの。丁度良いバランスで成り立つべきものよ。それが急に肉体だけが大幅に強化されたのよ。それに精神がついていけないんだわ。」
つまりはこういうことか。例えばジェットコースターに乗れないような子がある日急にジェットコースター並みの速さで動けるようになってしまったとしよう。その子は体を動かすたびに凄まじい速度の恐怖を味わう事となる。果たしてその子の精神はどうなるか。
「まあ・・耐えられないわよね・・・。」
十中八九崩壊してしまうだろう。そして、その子は変わり果ててしまう。感情を持たない、まるでロボットや人形のような存在に。
「でもこれはある意味チャンスよ。」
とシャナは言った。
「あの子は今精神がやられているわ。つまり思考回路がかなり単純になっているはず。」
「だったら・・・奇襲ね。」
「そう。あの子は今あらゆるものに対する反応が遅れ気味の状態。だから奇襲は有効よ。ただし、それが失敗したら・・・」
「・・・ええ、分かってるわ。」
あの身体能力でまともに戦って勝てるとは思えない。
私たちの敗北はほぼ確定だ。
「やりましょうシャナ。」
「ええ。」
私たちは、覚悟を決めた。



「シャナちゃーん。どこ行ったのー。」
私たちを探して和美がゆっくりと通路を歩いてくる。
(来たわよ。)
(分かっているわ。角に来たら一斉に行くわよ。)
十字路の左右に分かれて潜んでいた私たちは目でお互いに合図をしながらタイミングを計る。
こつん・・・こつん・・・
和美の足音が次第に大きく聞こえてくる。
彼女はもうすぐそこだ。
こつ・・こつ・・こつ・・
あと少し・・・
こつ・・・こつ
「今っ!」
「はっ!」
「・・・?」
十字路の交差点に出てきた和美に私とシャナは一斉に襲い掛かった。
ぶわっ、とシャナの日本刀が空を切る。
和美は間一髪でシャナの斬撃をかわしていた。
だが
「もらった!」
相手は仰け反っての体制。いくら身体能力がいいといってもここから体勢を立て直して私の銃弾をよけるのは至難の業だ。
私は跳躍し、和美を飛び越えながら頭上から弾丸を放つ。
ガンッ
「あ・・・」
私の放った銃弾が和美の胸を穿った。
そのまま和美は地面にドサリと倒れこんだ。
「・・・やった・・・」
私の銃弾は確かに和美の胸に命中した。
丁度心の臓がある位置だ。ここを打ち抜かれて平気ということはまず無いだろう。
この時の私はほんの少し安堵して油断が生まれていたんだろう。
だから、自分の背後で和美がその上体を起こしつつあるのに気がつかなかった。
「危ない、バカッ!」
「え?」
ゾシュッ
ナイフが肉に突き刺さる音が聞こえた。
だがその音は自分の体から発せられて物ではなく、私の目の前に飛び込んできた紅い髪の少女の・・・
「シャナッ!?」
「く・・・このっ。」
シャナは和美の放ったナイフを左肩に受けながらも、応戦すべくその右手に握られた刀を和美に向かって投げつけた。
しかしとっさの事で手元が狂ったのか、刀は和美に当たる事はなく彼女のすぐ右を通り抜け背後の壁に突き刺さった。
私は和美を見た。
ナイフを投げ終わった体制の和美。その胸には粉々に砕けたバッチが見えた。
(そんな・・・まさかバッチに当たって・・・)
私の銃弾はあのバッチに防がれてしまったのだろう。なんと言う不運か。
「ふふふ・・・」
不適に笑う和美。
「ぐうっ・・」
「シャナ!」
パキパキと音を立て、シャナの左肩からシャナの体が黄金に染まっていく。
「あはは・・・残念だったね。シャナちゃん。」
「ぐ・・・そうね・・・あなたを私の手で倒せなくてね・・・」
「え・・・?」
ドスドスドスッ
「あ・・・」
瞬間、和美の体を背後から数本の槍が貫いた。
槍は和美のすぐ後ろの壁から生えている。
「これは・・・罠!?でも・・」
相手に罠は効かないはずなのにどうして?と思いかけたが、私はすぐに理解した。
トラップバスターの能力は“罠の発動”を無効化するといっていた。
つまりそれは罠そのものの無効化ではないのだ。
当然誰か他人が発動させた罠は防ぎようが無い。
そして今、シャナの放った刀が刺さっている場所は、他の壁の石に比べて綺麗に見える。
つまり、そここそが罠のスイッチだったのだ。
「あ・・・・」
パキパキパキ
和美の体が黄金へと変化していく。
「はあ・・はあ・・ぐっ・・」
シャナはそんな彼女を黄金化していく自身の肩を抑えながら見つめていた。
やがて和美の体は両手や足のつま先まで完全に黄金化してしまった。
そして、ついに黄金化は和美の顔へと進む。
「シャナ・・ちゃん・・・」
和美が次第に動かなくなっていく口で最後に何かを言おうとした。
「・が・・・と・・う」
私を・・・止めてくれて・・・
パキィ
和美の顔が黄金と化し、和美は完全な黄金像になってしまった。
カラン、と転がる和美の黄金像。
シャナはそんな和美をただ無言で見つめていた。



「シャナ!大丈夫なの!?」
私は床に座り込んでいるシャナに駆け寄った。
「大丈夫よこれくらい・・・っ・・」
「・・・っ!」
ナイフが突き立てられたシャナの左肩。そこからジワジワと黄金化は全身へと広がろうとしていた。このままではいずれ・・・
「それより・・・私の刀を・・・」
「え・・あ・・うん。」
私はシャナの刀を回収すると、それをシャナへと渡した。
シャナは刀を杖のように突きたて、起き上がった。
「行きましょう・・・万能薬のところへ・・・」
「え・・・」
「ほら・・・早く・・・」
「・・・うん。」
私はシャナの体を支えながら、一緒に歩き出した。



やがて私たちは万能薬のある部屋へとたどり着いた。
宝玉の光は赤が2つに青が8つ。
和美が脱落した結果だろう。
「あと一人・・・」
まだ参加者が残っている。だが今はそんなことよりも
「ぐ・・あっ・・・」
「・・・っ」
シャナの黄金化の進行が止まらない。
シャナの肩から始まった黄金化は、左胸部と左腕を完全に侵食していた。
「どうすれば・・・」
徐々に力をなくしていくシャナを見て困惑している私に
「どうもする必要は無いわ。」
シャナはぶっきらぼうに言った。そして
どんっ!
「きゃっ!」
いきなりシャナが私を突き飛ばした。
「痛いわね!なにするの・・・」
ジャキッ
尻餅をついた私に向かって日本刀が向けられた。
「・・・一体何の冗談かしら?」
「冗談じゃ・・ない・・わよ。」
私に向かって武器を突きつけながら、息を切らしながらシャナが言った。
「はじめましょう。これが・・・」
シャナはゆっくりと告げた。
「争奪戦、最後の戦いよ。」



「どういうことかしらね。」
私は立ち上がり、武器を構えながら言う。
「単純な事よ、私は争奪戦参加者。今まであなたを騙していたということよ。」
剣を構えながらシャナは言う。
「あなた、お人よし過ぎるのよ。こんな初めて会ったようなやつを信用して。今までだって何回もあなたを倒すチャンスがあったわ。油断しすぎよ。」
「じゃあどうして・・・今まで私を倒そうとしなかったのよ。」
「もちろん、利用できるものは最後まで利用する為よ。現にあなたと組んだおかげで無事にここまで生き残れたわ・・ぐっ。」
シャナは時折苦悶の表情を浮かべながら言った。
「私と始めて会った時のことも嘘なのね。」
「そうよ。放送を聴いてなかったなんて嘘。まあ神殿エリアにずっといたのは本当だけど。」
「そう・・じゃあ最後にひとつだけ聞くわ。」
私は言う。
「何であの時和美から私を庇ったの?」
「・・・・・」
シャナは無言だった。
「あの時私を見捨ててそのまま和美に切れ掛かればよかったのよ。何で私の前に飛び込んだのよ!?」
「・・・あなたが・・・間抜けで見ていられなかったのよ。」
ぶっきらぼうにシャナは言った。
「さあ、これで分かったでしょう。私はあなたの敵なの。だから早く私と戦いなさい。」
「シャナ・・・」
私はその場に立ち尽くす。どうしたらいいのか分からなかった。
こんな会話をしている間にもシャナの黄金化は進んでいた。
そして
「お願い・・・」
シャナが言葉を発する。
「私は・・・闘いに生きて、闘いの中で育ってきた。だから・・・」
先ほどまでの威勢はどこにもなく、ただただ弱弱しい声で。
「私を・・・闘いの中で眠らせて。そして・・・」
シャナは少し笑いながら
「その相手があなたなら・・・最高よ・・・。」
ああ・・そうか。
これが、シャナの本心だ。
ダッ
と、私たちはどちらからとも無く走り出した。
シャナと私が交差する。
シャナの刀が空を切り、私の銃がシャナの眉間を捉えた。
(ああ・・・)
銃を突きつけられながら、シャナは安らかに目を閉じた。
(なんて・・・心地よい瞬間だろう・・・)
ガァン
銃声が一つ、木霊した。
カラァン
甲高い音を立てて、一つの黄金像が床に投げ出された。




部屋の宝玉がひとつを残して全て青に変わっていた。
私は万能薬の前へと歩み進んだ。
そっと万能薬に手を伸ばす。霊夢の時のように電撃は来ない。
私はそのままビンをつかむと燭台からビンを持ち上げた。
タポン、と中の液体がゆれた。
「おめでとう、お前が万能薬争奪戦の勝者だ。」
無事に万能薬を取ると、どこからとも無く争奪戦開始時に聞いた声が聞こえてきた。
「さあ、ここから脱出するが良い。」
声と同時に目の前にひとつのカプセルが現れた。
これに入ればおそらく入り口までワープできるのだろう。
私はカプセルに入る前にあたりを見渡した。
そこには2体の黄金像があった。
全裸で転がっているひとつは霊夢の黄金像。そして、目を閉じて安らかに横たわっている黄金像はシャナだ。
私はその姿を静かに見ていた。
赤かった髪も、艶のよい肌も、今は一様に黄金色に輝いていた。
黄金像となったシャナは、冷たく床に転がっている。
黄金の塊となった彼女が動き出す事はもう無いだろう。
「ねえ・・運営者さん。」
「・・・なんだ?」
「おみやげ・・・もっていっても容量的にあなたのカプセルは大丈夫かしら?」
「ふははっ。舐めるな。私のカプセルは中からは絶対に壊せわせん。例え容量オーバーになろうともな。だが・・お前はそれでいいのか?」
「ええ・・・」
私はシャナの黄金像を抱きかかえた。
「目の前の子も見捨てたようじゃ、仲間に何言われるかわかったもんじゃないわ。」
私はそのままカプセルの中へ入っていく。
カプセルが閉じ、転送が始まった。
視界が真っ白に染まり、私の体は再び風を感じられる場所へと送られるのだった。



「ばかじゃないのばかじゃないのばっっっっっかじゃないの!!!?」
「ふぐ・・・・う・・・」
あれ、何で私は今地面にはいつくばって頭を踏ん付けられているんだろう・・・・
「せっかくの万能薬を私なんかに使って・・・一体何のためにあなたはここに来たのよ!」
「ああ痛い痛い痛いーーっ!踵でぐりぐりはやめてぐりぐりはーーーっ!」
「まったく・・・」
ため息をつきながら足をどけてくれるシャナ。
「あいたたた・・・」
私はひりひり痛む後頭部をさすりながら涙目で立ちあがった。
あのあと無事に神殿から脱出した私はシャナへ万能薬を使ったのだ。
その結果何故か私は身体的にズタボロにされている。
「あのね、ティアナ。ちょっと聞いてもらえるかしら。」
「何よ・・・。」
やがて、シャナは私に背を向けて話し始める。
「私はね、あなたに助けてもらった事に対して感謝はしないわ。」
きっぱりと、そうシャナは言った。
ざあぁっ、と
風が吹いた。
シャナの長い髪が風にたなびいている。
その目はどこか遠くを見ているようだ。
シャナは言葉を続けた。
「私はあそこで確かに一度脱落したのよ。」
たんたんと言葉は続く。
その声は冷ややかで・・・だけど、とてもやさしげな
「だから、今の私はあの時の私じゃあないわ。今の私は新しく生まれ変わった私。」
私はシャナの言葉を聞き続ける。
「だから私のために戦った私はもういない。今度の私はあなたの為に戦うわ。私は・・・」
シャナが私に向かって振り返る。
「私は あなたの刀になる。」
その顔に浮かぶのは満面の笑み。
「わたしはあなたの道具。
あなたの為に戦って
あなたの為に汚れて
あなたの為に散っていく
そんな存在として・・・って何笑ってるのよ!?」
ぶふっ
と、思わず笑い声が漏れてしまった。
そのまま私は力の限り笑った。
ああそうだ、シャナはこういう娘なのだ。
過ごしていたのは短い期間だが良く分かる。
本当に素直じゃない、だけど優しい少女。
「ちなみに私のいた世界では「刀」と書いて「なかま」と読むから覚えておきなさい。」
「ふん、知らないわよ。」
そう言ってシャナはソッポ向いてしまった。その頬が少し赤くなっていたのは秘密だ。
「さてと、じゃあとりあえず連れて行きなさい。あなたの言う「なかま」たちのところに。」
「そうね・・・」
私は空を見上げる。
結局目的は達成できなかった。
こんな私は果たしてどの面さげて戻ればいいのだろう?そんなことを一瞬考えたが、すぐに打ち消した。
格好悪かろうが惨めだろうがなんだって良い。
今はただ、仲間に無性に会いたくなった。
「帰ろうか。」
「ええ。」
私は歩き出した。その後ろにシャナがついてくる。
失ったものもあれば得たものもある。
ぽっかりと開いた心の穴を、シャナはほんの少し埋めてくれた気がした。
得たものは二度と無くさないように。
そして、失ったものは取り戻す。
そう誓った私の足取りは、以前よりずっと軽くなった気がした。



今回の被害者
御坂美琴:描写なし
吉田和美:黄金化
シャナ:黄金化(後に解除)



残り31人

つづく


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