データフリーズ

作:七月


 マリア・トレイターは走っていた。
 すぐ後ろからはドタバタと無数の足音が聞こえてくる。
「まいったわね・・・」
 マリアは軽く舌打ちをした。
 今、マリアがいるのはスフィア211と呼ばれるビルの廊下だ。
 世界を救うべくマリアたちはFD空間へと乗り込んだ。そして、マリアたちの世界<エターナルスフィア>とこのFD空間では呼ばれているゲームを運営していると言うこの会社にやってきたのだが・・・
「いきなり手厚い歓迎ね・・・」
 マリアたちは会社に乗り込むと同時に警備員に囲まれ、何とかその場は切り抜けたが、仲間達とは散り散りになってしまったのだ。
 そして今も尚、マリアの後ろには数人の警備員達が銃を手に迫ってきている。
 マリアも相当な実力者とはいえ、一人でこの人数とまともに戦うのはさすがに多勢に無勢というものだ。ここはどこかに隠れてやり過ごすか・・・
 そう思ったときにマリアはすぐ近くに一つの扉を見つけた。
「とりあえずあそこに入ってやり過ごしましょう。」
 そう言ってマリアは扉を開き、中へと入っていった。そして入ると同時に扉を閉め、警備員が入ってきた時のためにフェイズガンを扉に向けて構えた。
 やがて無数の足音がだんだんと近づいてくる。
 マリアはいつでも応戦できるようトリガーにかかる指に力を込めるが、足音は扉の前を過ぎるとしだいに遠のいていった。どうやらやり過ごせたらしい。
「ふう・・」
 とマリアは安堵のため息をついた。これでとりあえず一安心だ。マリアは落ち着いたところで扉とは反対方向へ向き直った。入ったところはどうやらまだ通路のようだった。だがこの通路の向こうに少し開けた空間が見えた。
 扉の向こうには警備員がたむろしている可能性が高い。ならば先に進むのが得策だろう。そう思ったマリアは通路を進み、開けた場所に出る。そこはがらんとした大部屋で辺りには敵の姿も障害物も何も見たらなかった。唯一つ、ぽつんと部屋の中央に立っている見知った人物の形をした「何か」を除いて・・・
「ソフィア!!」
 マリアは叫んだ。
 そこに立っていたのは青白い氷の膜に包まれたソフィアの氷像だったのだ。
 マリアは、ソフィアの像に駆け寄った。
 ソフィアの氷像は全身から冷気を発し、体中に氷柱が垂れ下がっていた。見開かれた目はすでに白くにごって焦点を失っており、大きく開かれた口の中も完全に凍り付いていた。足元にはソフィア愛用のかわいらしい猫のキーホルダーがついた杖が転がっており、何者かに襲われて凍らされたと言うのは一目瞭然だった。
「ここはまずいわね・・・」
 ソフィアの氷像を見ながらマリアは言う。
 ソフィアの周りには未だに冷気が立ち込めている事からソフィアはまだ凍らされて間もないのだろうと考えられた。ならばこのすぐ近くに敵が・・・
ザザッ――
 マリアがそう考えていたところでその嫌な予感は的中した。
何時の間にかマリアの周囲は警備員に囲まれてしまっていたのだ。
「くっ!」
 マリアはとっさにフェイズガンを構えた。だが、マリアの銃が火を噴くよりも早く警備隊の銃弾が容赦なくマリアに降り注いだ。
「きゃああ!」
 銃弾が当たったところからパキパキと音を立ててマリアの体が凍り付いていった。これは・・・
「冷凍弾!?」
 マリアに打ち込まれた銃弾は猛烈な冷気を発してマリアの体を固めていった。
ガン、ガガガン!
 次々と放たれる冷凍弾によって、あっという間にマリアの全身が冷気に覆われてしまう。
 ピキピキとマリアの体が凍てついていく音が聞こえる。
「いやあああああああああっ」
 冷気によってマリアの体がソフィアと同じように青白く染められていった。
 そのスラリとした足も、長い綺麗な髪も、凛々しく整った顔も例外なく霜に包まれていき、動かなくなった。
ピキィ
「・・・・・・・」
 やがてマリアの悲鳴がやんだ。
 そして、徐々に晴れていく冷気の中からマリアの氷像が姿を現した。
 マリアは苦しそうにもだえながらも右手だけはまっすぐ敵に向かって伸ばされ、握られていた銃は適格に兵士達に照準を合わせていた。
 だがその銃のトリガーが引かれることはない。
 銃に添えられた指は最早微塵も動く事はないのだ。
 マリアは凍結してしまったのだから。


「こちら警備隊、侵入者2名を凍結しました。」
 やがて警備隊がボスらしき人物と連絡を取った。そしてその人物は言う。
「よくやった、そいつらは貴重なサンプルだ。丁重に保管して置くように。ゲームから現実に飛び出したデータなんて早々手に入るものではないからな。」
「了解しました。」
 そう命令を受けた警備隊は、ソフィアとマリアを丁重にリヤカーに乗せると、大型の冷凍庫へと運んでいった。
 そして冷凍庫へ下ろされるマリアとソフィアの氷像。
 ここには二人の氷像の他にもネル、スフレ、ミラージュの氷像がすでに並べられていた。
 3人もすでに警備隊に凍結させられ、物言わぬ氷像になってしまっていたのだ。
「さて、まだ男の侵入者共はしぶとく逃げ回っているようだな。」
 警備隊長らしき人物が言った。
「まあいい、すぐにあいつらも始末してやる。」
 そう言って隊長は冷凍庫の扉を閉めた。それと同時に密閉された冷凍庫の温度が急激に下がり、決して氷が解ける事ない温度へといたる。
 中に保管されたのは5人の女性の氷像。
 ただの氷の像と化した彼女達が動き出す事はない。氷のオブジェとして立ち並んでいるだけだ。
 データサンプルとしてFD人に凍結させられた彼女達は果たして元に戻る事はできるのか。
 それは逃げ延びているフェイトたちの頑張り次第である。


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