作:七月
「これは異変なのかしらねえ……」
ある日の博麗神社でのこと、いつも通り全く参拝客のいない参道を掃除しながら霊夢が呟いた。
季節は秋。木々が紅く染まり、少し風が冷たくなってきたかのような時期だ。
それでもまだまだ冬には程遠く、外を歩いても寒いというよりは涼 しくて心地よい。という感じでの季節であった。はずなのだが……
「…………」
霊夢の視線の先。そこには宙に舞う白い花びらのようなもの……雪だ。
秋であるにも関わらず深深と雪が降り始めていたのだ。
気温もいつもよりぐっと下がっており、霊夢もその首に暖かそうな毛糸のマフラーを巻いていた(腋は吹きさらしなのだが大丈夫なのか……?)
一足どころか二足も三足も早い冬の訪れに、霊夢はいつか似たような異変があったことを思い出す。
「また腹ペコ幽霊が春度でも集めているのかしら……」
あの時は春が何時まで経っても来ないという異変だった。今回はその逆で早めに冬が来てしまったというものだが、とにかく寒いことには変わりない。
霊夢は少々苛立ちながら真相を確かめる為に白玉楼へと飛ぼうとした。そのとき
「よう、霊夢」
一人の少女が空から箒に跨ってやって来た。
魔法使いの霧雨魔理沙だ。
「なによ、私は今この異変の解決で忙しいのよ」
「つれないなあ。折角この異変の原因を教えてやろうと思ったのに」
「え? 魔理沙は知っているの?」
「ああ、この異変の原因はな……」
チルノが風邪をひきました。
幻想郷の空を飛びながら、霊夢と魔理沙は言葉を交わした。
空からだと改めてよく分かるのだが、今の幻想郷は一面の雪景色だ。これが全部チルノの仕業なのか。
「バカは風邪をひかないって言うけど……」
「逆だろ。バカは風邪をひいても気付かないんだ。現にアイツは気づいていない」
魔理沙の話によると風邪をひいたチルノはくしゃみをする度にあたりのものを凍らせてしまっているようだった。辺り構わずくしゃみしまくった結果ごらんの有様である。
ちなみにそれを当の本人は「アタイったらサイキョーね!」の一言で済ませているらしい。
「まあ実際寒気によってチルノの冷凍能力はアップしてるから強くなってはいるんだろうけどよ……」
「頭痛とか吐き気とかはないのかしらね」
「これが力のダイショーね……とか中二めいたこと言ってたぞ」
「あのバカ……で、チルノは今どこに言ったの?」
「さっきまではそこに……あれ? いない」
と、魔理沙が降り立ったのはとある森の一角だ。
そこには大妖精、リグル、ルーミアといったいつもチルノとつるんでいるメンバーの氷像が立っていた。
ルーミアはいつも通りの何も考えていなさそうな表情で。大妖精とリグルは突然の事に驚いた表情で凍り付いていた。
皆で遊んでいる最中にチルノに凍らされてしまったらしい。
「なるほど、ここが発端ね……」
「どうせこいつらをたまたまくしゃみで凍らせて、自分が最強だと思ってあたりにケンカ売りに言ったんじゃないのか?」
「ありえる……」
「まずは……紅魔館とか?」
「ありえる……」
丁度そのころ
「で、咲夜。何コイツ」
「アタイったらサイキョーね! とかいって勝負を挑んできたので返り討ちにしました。」
「きゅ〜……」
ここは紅魔館のレミリアの部屋。
今、ここには椅子に座り込んだレミリア。
机を挟んで向かいの椅子にはパチュリー。
レミリアのメイドである咲夜は扉の前に立っていた。
そして、その3人の真ん中には縄でグルグルに巻かれたチルノがいた。
「ふーん、ところで美鈴は?」
「門の前で小さい子の頭を撫でているような格好で凍り付いていました。この子を撫でている間に凍らされたんでしょうね」
「門番減給……と」
厳しいお嬢様だった。
「……ん?」
と、ここで伸びていたチルノが目を覚ました。
「あれ? ここは?」
あたりをキョロキョロと見渡すチルノ。
「って何でアタイが捕まっているのー!?」
「そりゃあなたが咲夜にケンカ売って負けたからでしょ」
「自業自得よ……」
レミリアとパチュリーが覚めた目でチルノを見下ろす。
「それで、お嬢様、パチュリー様。この子どうしましょうか?」
「外に捨ててきなさい。ここにいられても部屋が寒くなるだけだし」
「そうね……咲夜、お願い」
「分かりました」
そう言って咲夜はチルノに近づいていく。
「うう……アタイったらさいきょ……」
ムズッ
そのとき
「は……」
チルノが急に大きく口を開け
「は……」
吸い込んだ空気を吐き出した。
「ハックション!」
ピキイッ!
「おーい、レミリアー。いるかしらー?」
紅魔館にやって来た霊夢と魔理沙はレミリアの部屋をノックした。
だが、レミリアや咲夜の返答は無い。
勝手にドアを開けようにも
「何これ、開かないじゃない」
「鍵でもかかってるのか?」
「うーんどうも違うみたいなんだけど……」
ドアノブすらびくとも動かないのだ。
「まあ開かないなら壊すだけだぜ」
ズゴンッ
ドア、死亡
「開いたぜ」
「あんた絶対いつか捕まるわよ……」
とは言え折角開いたので中に入る。すると
「寒いっ!」
レミリアの部屋は一面凍りついていた。
きっとドアが開かなかったのも内側から凍りついていたからだろう。
そして部屋の中には……
「うわ〜こりゃまた……」
「派手にやらかしてるなあ……」
部屋と同じく完全に凍りついているレミリア、パチュリー、咲夜の姿があった。
全身白い霜に覆われ、微動だにしなくなっている3人。
そんな3人の氷像の真ん中には縄から抜け出してピンピンしているチルノがいた。
「やっぱりアタイったらサイキョーね!」
チルノは自らが作り上げた氷像たちを見回しながらえへん、と胸を張っている。
「こいつか……」
「こいつだな……」
「ん?」
とここでチルノが霊夢と魔理沙に気がついた。
「あら、このサイキョーのアタイに挑みに来たの?」
「別にそう言うわけじゃないけどさ……風ひいてるなら帰ってゆっくり寝てなさい。近所迷惑なのよ」
「やーだよ。アタイはサイキョーだもの。邪魔するなら霊夢たちも……」
ムズ
「は……」
「やばっ!」
ここでチルノが大きく口を開け始めた。
「は……」
「おいおいおいおい、マジかよ!」
いきなりだったので霊夢も魔理沙も対処に遅れる。
「は……はあ……っ」
だが
「あれ?でない。」
くしゃみは出ることなく、引っ込んでしまった。
「……ねえチルノ? 頭……まだ痛い?」
「あたま……そういえば痛くない」
「お腹は?」
「う〜ん、気持ち悪いのなおった」
「寒気は?」
「しない。」
「…………治ってるわね」
「まあアレだけ派手にくしゃみ連発してたしな。悪いの全部出しちまったんじゃないのか?」
あれーおかしいなー。とかいいながら首をかしげているチルノに向かって霊夢たちは
「…………退治しましょうか」
「…………そうだな」
「ふん、あんな力なくたってアタイったらさいき」
ピチューンッ!!
こうして異変は終わりを告げた。
チルノは異変を起こした罰としてレティに頼んで春まで氷像の刑として、紅魔館の庭に飾られる事となった。
一面雪景色になってしまった幻想郷だが、これから冬が来て、また春になれば何事も無かったかのようにもとの幻想郷に戻るだろう。
なので心配など入らないのだ。
めでたしめでたし。
ちなみに
「え? 凍った奴ら? リリーがくれば(春になれば)溶けるでしょ」
巫女の仕事はあくまで異変解決。後のことは知らないのだった。
おわり