第27回 キメラ戦闘実験

作:モンジ


人生なにが起きるか分からない。だから今、この瞬間を最も大事にするべきである。それがミニスの人生哲学であり、生き方であった。
そもそも、モンスターだとか怨霊やら妖精が、そこら辺で管を巻きながら善良な一般人に絡んでくるこのご時世。明日のことなんざ、考えてる暇なんてないのである。
いつ、頭の悪い肉食モンスターに喰われるか分からないし、妙な能力を持った妖精だとか怨霊に襲われるかも分からない。人間辞めちゃった魔術師さんだとか、頭の沸いた術師に実験台にされる、なんてこともありうる。
とにかく、この世の中、生きていくのはとても骨が折れることなのだ。特にミニスのように可愛らしい顔して盗賊まがいのことをしてると、そういった連中と良くご対面してしま
うのだ。

「やばぁい……」

さて、彼女は今、正直やばぁい状況に直面していた。そもそも、人里離れた薄暗い森の中の豪華な館、という時点でフラグはびんびん。好奇心とこんな豪華な館なら良い物がありそうだしめしめ、と危機感ゼロの状態で侵入し、体がお腐りになった方々と御対面したり、何故か頭が三つのお犬様だとか、古代種と呼ばれていた巨人族の出来そこないに追いかけられるといったことになって、その時点でとっとと退散すれば良かったのに、変に欲を出して館の最深部に来たのが不味かったのだ。
そもそも、人里離れたといっても、その人里が人っ子一人おらず、装備品はきちんと装備しないと意味がないよ、とどんな時もアドバイスをくれる愛すべき住人が一人もいない時点で怪しいと思うべきだった。
住人が消えた集落の近くにある古びた洋館。最早、フラグのオンパレード!俺、この戦争が終わったら……なんて言いながら、写真を戦友に見せるようなものである。
その結果、頭の沸いた人間辞めてらっしゃる魔術師に捕まるということになる。
ご丁寧に束縛の魔法で体の自由を奪われた状態で檻に入れられ、今の状況にいたっているのだ。

「ほほう、中々小奇麗な顔をしている。ま、実験台に容姿は関係ないがね」

フードを被ったその男がぐぐもった声で呟いていた。その顔はよく見えないが、声から判断するに相当、年は取っているようだ。
ミニスはその丸く大きな瞳で、男を睨みつける。装備品は全て無事とはいえ、檻の中に入れられたこの状態では、正直どうしようもなかった。檻の鍵は特殊な魔法を使ったものなので彼女にはお手上げである。

「なあに、殺しはしないよ。ちょっとお前さんの戦いぶりを見せてもらうだけさ。結果によったら、自由にしてやる」

げっげっげ、と蛙が鳴くような声で男が笑う。
その幼く見える顔を顰めてミニスは尋ねた。
肩口で切られた鮮やかな赤髪が揺れる。

「一体、何をやるつもりよ。私の戦いぶりって……何やらせる気?」
「俺の造ったモンスターの相手をしてもらう。モンスターを倒せればお前さんは自由、モンスターにやられたら……まあ、そういうことだな」

男がそう答えると、ミニスはふと、底意地の悪い笑みを見せた。
しかし、その幼い顔立ちがあるせいか、悪戯を思いついた少女という風にしか見えない。

「……あんた、ただの魔術師じゃないでしょ。モンスターの生成やら、表にいる連中やら……どう見ても魔術の範囲を超えてる。
錬金術やら、ネクロマンシーやら色々とやばいのに手を付けてるんじゃない?どう見ても禁術の一つや二つ犯してそうな外見だし」
「人を見かけで判断するのは感心せんな。まあ、否定はしないがねぇ」
「あと、女の子と会う時はきちんと姿を現しなさいよ。使い魔じゃなくってさ」
「……ほう、気付いたか。中々良い目をしてるなぁ。大した観察力だ」

さも楽しそうに男が言った。
ミニスは、少しだけ声色を変えて、極上の笑顔を作る。

「でしょう?これでも、魔術に関しては少しだけ齧ってるし、そこそこ頭も切れる。家事全般は得意だし、良く気が効くし、夜のお世話もできるわよ? どう、私をメイドとして使ってみない? モンスターなんかにあげるのは勿体ないわよ?」

再びげっげっ、と男の笑い声が響いた。

「面白い娘だな。ただの野良猫かと思っていたが、中々……」
「野良猫だって飼いならせば、可愛らしいペットになれるわよ。どう?私をメイドとするのは?」
「ふむ、お前さん名前は?」
「ミニス」

しめた、と内心ほくそ笑みながらミニスは答える。ここまで来たら、実験台として使われ
ることはないだろう。檻から出たら隙を見て逃げ出してやる! とそんな考えを巡らす。

「ミニスねぇ……」

男が何かを考えるように呟く。
そして、にやりと無気味に嗤った。

「名前だけは覚えてやるよ。光栄に思え」
「ちょ! ちょっと! 有能なメイドを見殺しにする気?!」
「お前さんの根性は気に入った。だが、それとこれは別さ。大体、人手は要らんよ。それに俺は餓鬼には興味ないんでね」
「餓鬼っていうな! これでも18だ!」
「ああ、そうかい。ま、もう少し胸をでかくしてからそういうことは言え」
「こっの糞魔術師!!」

その小柄な体を精一杯使ってミニスは声を張り上げたが、男は完璧に無視。ブツブツと何かを唱え始めた。転送の詠唱式だ。
そして、尚も何かを喚き続けるミニスに、ゆっくりと男は手を翳す。

「それじゃあ、精々頑張ってくれ、ミニス」

最後に何かを言おうとしたミニスは、にたあと男の口元が歪むのを見た。
そうして、ミニスは檻の中からどこかに転送され、男の笑い声だけがそこに残った。


 *  *  *  *  *



ミニスが気が付くと、そこはひたすらに広い部屋だった。一面の白い壁がどこまでも続き、広さの感覚が掴めない。高い天井と、遠くに見える壁だけがどうにか部屋という認識を与えている。
部屋を見回すと、二人の娘がミニスと同じように立っていた。普通の町娘のような青い服を着た娘と、何かの売り子のような格好をした娘。二人とも、年はミリスと変わらないように見える、大体17〜20歳ぐらいだ。恐らく、近くの人里から連れてこられた者達であろう。
二人とも、不安そうに辺りを見回しており、青い服を着た娘に関しては顔を歪め今にも泣き出しそうであった。
と、突然頭の中にぐぐもった声が響く。あの男の声だ。

「さて、それでは実験を始めさせてもらおうか。精々頑張ってくれ」

それだけ言うと男の声は聞こえなくなり、そして床に巨大な魔法陣が現れた。
紫の光を放ちながら魔法陣は生き物のように脈打ち、揺らめく。
一瞬、光が部屋中に広がり全てを染め上げた。
そして、光が収まり魔法陣が消え去る。
そうして、何かが現れた。
キメラ。様々な生物の特徴を持った造られた生命。それがそこにいた。
象のような伸びた鼻、狼のように裂けた口、伸びた牙、爪。
その四足は豚のように短く、その皮膚はぬらぬらとした鱗で覆われており、その腹の部分からは二本の触手が伸びている。
おぞましいほどに醜悪な怪物。
全てがチグハグでできた違和感、生きているはずなのに生命が感じられない無機質な動き。生物を生物たらしめている何かが欠けた挙動、不気味さと違和感とおぞましさを振り撒く正真正銘の化け物。
その薄気味悪さ、不気味さに、モンスター見慣れているはずのミニスでさえ、我を失い呆然とその怪物を眺めるだけだった。
ぎょろり、と怪物が周りを見回す。
濁った緑の目が見えた。

「いやあああああ!!」

突然の悲鳴、絶叫。青い服を着た娘が泣き叫んでいた。その場にぺたりと座り込み、その栗色の髪を振り回し、狂ったように何かを喚き続けている。
その娘の方に、怪物の目が向けられた。
最初の獲物を見つけたようだ。
うねうねと腹から生えた触手が動き、その青い服の娘に狙いを定める。
その間も娘は半狂乱で喚き続け、涙をだらだらと流していた。
そして透明な粘液がその触手から噴き出した。
粘液は娘の体にかかり、ネバネバと纏わりつく。
泣き叫びながら娘が必死に粘液を取ろうと足掻く。しかし、粘液はどんどんと粘り気を増していき、娘を包み込んでいく。
そして、もう一度その粘液が発射された。
娘は頭からそれを被ってしまい、そしてベトベトとその体を覆われていく。
手で払いのけようと必死に腕を動かすが、液の粘性が増すだけでまったく効果はない。
その内、その動きがどんどん緩慢になっていく。粘液は最早、液と呼べる状態ではなく、固まりかけた飴のように固くなり始めていた。
娘が最後の力を振り絞って手を上に挙げるが、途中でその動きが止まる。そうして、ぴくりとも動かなくなった。
その栗色の髪が、その青い服が、その愛らしい顔がテカテカと光る粘液に覆われてしまう。その眼は見開かれたまま瞬きをすることがなく、悲鳴を上げたままの口は閉じられることはない。ただ、何かに縋るように手を伸ばしたまま、彼女は固められてしまったのだ。
その様子を他の者達は見ているしかなかった。
そして、怪物は次に売り子の少女に狙いを付けた。その醜い体をゆっくりと動かし、少女に向かっていく。しかし、金髪のその少女はただその場所で呆けているだけで動こうとしない。現実に起こっていることを認識できていないようであり、一種のショック状態だった。

「逃げて!!」

ミニスの声に、少女はびくっと体を跳ね上がらせ、そして一目散に駆け出す。
しかし、逃げようとしたところに、怪物がその長鼻を走らせた。
届くはずがない。逃げ出した少女も、ミニスもそう確信する。
しかし、まるで蛇腹の玩具が伸びていくように、その鼻は凄まじい速度で伸びていく。

「そんな……!」

絶望を絞り出したような声が少女の口から洩れた。
走る速度よりも速く、鼻は少女を追いかけていく。
そして、もう少しで少女に追いつく所で、その鼻の穴が大きく膨らんだ。
次の瞬間、穴から凄まじいほどの冷気が噴射される。
極低温の冷気は、凄まじいほどの白でもって、少女の体を包み込んだ。

「つ! 冷たっ……」

不自然に途切れる言葉。
走っている途中で冷気に包まれた少女。
その様子は白く包まれた靄の所為で見ることができない。
たっぷりと時間をかけて冷気を噴射した後、怪物は伸びた鼻を元に戻した。
しばらく白い靄は消えずに、少女がいた場所に漂い続ける。
しかし、それも段々と晴れていき、ようやく少女の姿が見えてきた。
そこには白い像が立っていた。
金髪の長い髪や、カラフルな売り子の服は全て白く染めあげられ、服の裾や髪の端には小さな氷柱が下がっている。
その表情は絶望と白色に染まり、小さく開かれた口の中にも氷柱が下がっていた。
片足を上げ、腕を振り、走っている途中の姿で彼女は氷と化し、最早永遠に動き出すことはないだろう。それほどまでに彼女の体は冷たく凍っていた。
触れれば固い感触しか返ってこないはずだ。
白い氷像が、そこで冷気を振りまいていた。

「っくそ!」

思わず悪態を吐くミニス。
見ず知らずの者とはいえ、自分と同じ人間が蹂躙されるのを見るのは気分が悪い。
しかも、その蹂躙される者の中に自分も含まれるのだ。
下手したら、自分もあの二人のようになってしまう。そんな恐怖をミニスは感じた。

怪物が向こうからのっそりと忍び寄ってくる。
ミニスは腰からナイフを抜き去り、片手で構える。そして、もう片方の手には小さな小瓶を握った。
爆発薬。大抵のモンスターならあっさりと吹き飛ばすことのできる威力を持ち、例え効かなくても目潰しの効果は期待できる代物だ。
そしてさらにもう一つの小瓶、こちらは特殊調合された火薬が大量に入ったもので、爆発薬と一緒に投げつければ、上級モンスターでも致命傷を与えられる。ミニスの特製で、これと爆発薬のおかげで何度も命を助けられた。言わば彼女の最大の武器であり、最高の攻撃である。

「これの効果がなかったら、どうしようもないんだよねぇ……」
乾いた笑みと、緊張を含んだ言葉を吐き出す。
軽口を叩いてないとどうしようもない。
今にも逃げ出しそうになる心を、軽口と虚勢でどうにか押しとどめる。
一回、軽く唇を舐めた。
そして近づいてくる怪物に、狙いを定める。
二つの小瓶を、確かめるように握りなおし、感触を確かめる。冷たいガラスの手触り。
息を一つ吐き、ありったけの空気を吸い込んだ後、思いっきり腕を振りかぶる。
そうして。近づいてきた怪物に二つの瓶をぶん投げた。
次の瞬間に起こったのは閃光。
そうして爆発。
そして衝撃。
部屋全体を揺るがすような轟音が響きわたり、粉塵が凄まじい勢いで舞い散る。
赤黒い炎が上がったかと思うと、次の瞬間オレンジの閃光が爆発し、怪物を包んだのだ。
紅蓮の炎がそこで燃え続けている。
爆発の衝撃に軽く吹き飛ばされ、壁まで転がっていくミニス。
ある程度の距離を取っても、その余波だけでも相当の破壊力があった。
粗末な小屋なら、その余波だけで崩れそうだ。

「っかは! ……やった!?」

強かに体を打ちつけ、咳きこむ。
壁を支えにしてどうにか立ち上がり、ふらつく頭を手で支える。
ノロノロと視線を動かし、怪物のいた所を探すと、炎が凄まじい勢いで燃えていた。

「……やった、の?」

小さくそう呟いた。
しばらくその様子を眺めるが、何も起きることはなく、炎がその場で燃え続けている。
思わず胸を撫で下ろし、ミリスはふっ、と息を吐く。
その瞬間。炎の中から黒い液体が飛び出した。
突然のことに反応できず、腰から下に液を被ってしまったミニス。
バキバキと音をたてて、液がかかった部分が黄金へと変わっていく。

「な、なによこれ!!」

思わず叫ぶ。しかし、叫んでいる間にも下半身はどんどん黄金へと変わっていく。
ショートパンツから覗く細い太ももが、折れそうなくらい儚い足首が、ただの金の塊へと変わっていく。
動かそうとしても、足の指の一つも動かせない。
どんどん自分が消えて金に変わってしまう。

「いや……」

炎の中からあの怪物が現れた。
どこも焼け焦げておらず、傷一つない。その醜悪な姿を変えることなく、ただ近づいてくる。

「いやああ……」

認めたくないといったように、ミニスは小さく首を振る。
段々と怪物が近寄り、そしてその狼のような口を開く。口の中には大きな管がぽっかりと穴を開けており、そこから先ほどの黒い液が垂れていた。
そしてその管から黒い液が噴き出される。さき程よりも大量に、さき程よりも勢いよく。

「うあっ……ぐっ!」

まるで放水のように黒い液は噴き出され、凄まじい水量がミニスに叩きつけられる。
その水圧が彼女を壁に縫いつけ、その液がどんどん彼女の体を犯していく。
壁に縋りつくような格好のまま、その体がどんどん動かなくなっていく。

「ああ、うあっ……!」

体を捻ろうとしても、水圧で身動きができず、しかも黄金化はどんどん進んでいく。
その小さな胸が金に染まっていき、服の下の乳頭は黄金の玉となる。
赤い髪は最早、全てが金の繊維へと変り果て、その大きな瞳も黄金球へと変わる。

「い、やぁ……た、助け………て」

その顔も、か細い首も、胸も腹も足も指先も。
ミニスの全てが黄金の塊へと成り果てていく。

「いや………ぁ……」

小さく呻いて、それ以上の声が聞こえなくなった。
そうして、少女はただの像へと変わり果ててしまった。
身をよじり、何かから逃げるように壁に縋りついた黄金の像。
その顔は泣いているようにも恍惚を感じているようにも見える。
小さく開いた口から覗く舌や、整った形の薄い耳、子供っぽいその顔の全てが黄金の輝きを放っていた。
小鹿の様に細いその足は悩ましげに固まり、その小さな胸も黄金の小山となり、その二本の腕は、悲しいまでにまっすぐ伸びていた。
少しだけ開かれた指先は何かを掴もうとしたかのように、ほんの少しだけ曲げられそして、壁に触れている。
苦痛に歪められたその瞳も、周りの景色をただ反射するだけで、今は何の感情も読み取れない。
小さく開かれた口の端から、少しだけ黒い液が滴り落ちる。まるで黒の涎を垂らしているように見えたが、最早彼女にはそれを拭うことはできない。
その未発達な体は最早、大人になることはなく。その口は鈴のような声を出すことも無い。
そして、黄金像の眼元から、一滴だけの涙が零れ落ち、その涙さえも、黄金の粒へと変わっていった。




「結局、全滅か……まあ、それでも。あのミニスとか言う娘のおかげで、耐久力は図ることができたな。あの程度なら活動に支障は無しか」

薄暗い部屋の中で、男が呟く。
目の前の水晶には、先ほどの部屋が映し出されていた。

「さて、今度の娘たちは幾らで売れてくれるかな? 特に、あの……なんだったかな。あの黄金像は高く売れそうだ」
男は黄金像となった少女の名前を忘れたまま、その部屋から姿を消した。


数週間後、一つの美術館に黄金像が運び込まれた。
その像の題名は「縋りつく娘」と、センスの欠片もない陳腐なものだったが、多くの人々の目に留まることとなった。
今日もその像は、人々の前で黄金の輝きを見せているのだった。


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