黄金神殿(後編)

作:狂男爵、偽


警告:本作品は実在の個人及び団体とは全く関係ありません。作中で行われている金化及びクリーチャーに人を襲わせる行為及び刀剣での人体を死傷させる行為及び許可なき飛行行為及び婦女暴行は(オカルト的な儀式含む)犯罪です。決して真似をしないように、

 純金の彫刻と化した、四体の少女の黄金像の上の青い空に真っ直ぐ飛行機雲が、伸びていた。
 その飛行物体は、きつい目つきの黒いセーラー服の少女だった。

 〜ねえ、使いすぎじゃないの、何の根拠もないのに無理しちゃって〜

 声が真っ直ぐ別荘へと飛び続ける少女の頭に響いた。

「うるさいですわ、黙れ。」

 おさげにして一本にまとめた長い黒髪をなびかせながら、黒いセーラー服の背中に大きな光の翼をまとって、青い空を真っ直ぐ突き進む。

 〜その勘がはずれているかもしれないのに、ていうか妹さんに過保護すぎるんじゃない〜

 嘲るような響きが含まれていた。

 「外れているわけありませんわ、あの娘の事は私が一番よくしってますもの。」

 大切の何かが体から失われていくのを感じながら、ソレの現在の所有者である麗佳は躊躇せずに、全力で真っ直ぐ飛び続ける。
 プールの惨劇が始まる少し前、部長の彼方は別荘の玄関で本家からの使いのおかっぱの小柄な巫女と細身の黒いセーラー服のポニーの女剣士と会っていた。

「何度も言っているようにあれは姉のものです、例え本家のものであろうとも、好き勝手にさせません。」

肩まであるセミロングと白いワンピースを振り乱しながら叫んだ。

「はっ、お姉ちゃんお姉ちゃんか、何の能もない奴がギャアギャア喚くなよ。」

 布につつまれた長い得物をチャキと鳴らして桔梗は、見下しながら言った。
 なにかあるのか、彼方はぐっと詰まった。その隣に控えていた豊かな腰まである黒髪の巨乳の紺のエプロンドレスのメイドが、変わって答えた。

「失礼ですが、さっきの桔梗さまの非礼な発言とあなた達の使命となにか関係があるのですか。」

 そのメイドの雪月は、つよい目つきで桔梗を見つめた。

「本家の礼状はみせてやったんだ、手前らは黙って従うのが筋ってモンだ。」

 雪月の視線に桔梗は真っ向から受けてたった。にらみ合う二人の間を小柄な巫女の雅はおずおずと割って入った。

「あっあの桔梗ちゃんの言うとおりなんです、今朝本家のほうで判明したことなんですが、アレはどうやら休眠中の邪神戦争の生き残りの魔神らしいんです。」

その言葉に彼方とメイドの雪月はさっと顔を青ざめた。

「どうしてそれを早く言わないんですか。」

そう言い捨てると、彼方は雪月を従えて春奈たちがいるプールの方へ走っていった。

「やれやれ行っちまったか、まああいつの妹だしなあ、後ろでおとなしくはしてねえか。」

 桔梗はため息を吐きながら二人の後を追いかけようとした。だが雅の気配がついてこないので、桔梗は後ろを振り返ると、雅は顔色を真っ白に染めて立っていた。

「そんな、嘘っ。」

 邪悪の気配に雅が懐からだした、鎮めと書いてある札が青い炎に包まれて灰になった。雅はもう何も言わずに、思いつめた顔でまっしぐらに二人の後を追いかけた。桔梗はかがみこんでその灰を一つつまんで舐めた。

「最悪の展開ってことか。」

ぽつりと呟いた桔梗は、長い布を外して中から出した刀の鞘を抜いた。

「さっさと起きろ、相棒。」

 そういうと、真正面にその刀を構えて”はぁぁぁぁぁぁ、”と唸り出した。
 邪神戦争、過去人類を襲った最大の惨劇。それは強大のチカラをもつ魔神が、チノソコヨリハイデシモノとソラヨリキタルモノに分かれて大地を巡って起きた凄惨な争い。両陣営で人に対する扱いにごく一部の例外を除いて差はなく、まるで道具や家畜のようにむごい扱いをしたといわれる。そして、最後の戦場となった人間の大国のほぼ全ての街を廃墟にしたのと引き換えに、やつ等は人類の歴史から姿を消した。
 そして、理由は判明していないが現代その生き残りと名乗りあるいわ推測されるモノ達が、人々の前に現れていた。ソレ等は、伝説に言われている程のチカラは未だ確認されていないが、神出鬼没に現れては本家の実戦部隊や現地の警察やモノによっては軍隊の小隊おも凌ぐ力でかかわる人 々を己の所有物のように弄んで破滅させていた。古い道具に化けていた等は、その最たる例だった。

「はぁぁぁぁ、みなさん年頃の娘さんばかりなんだから、自分の分の片付け位なんでできないかなあ。」

 そのとき、両肩から垂らしたおさげのメイドの桜花は更衣室でぼやきながら、自分の家みたいに脱ぎ散らかされた春奈達の荷物を片付けていた。
そして悲鳴が聞えた。桜花は何事かと、更衣室からでてプールの入り口で目の前の光景に凍りついた。桜花のすぐ前で春奈の体が金に
変わってゆき、プールサイドに腰掛けた冬香のちいさな背中は艶やかな黄金に染められて、プールの中では秋と夏穂の体が金の彫刻に変わろうとしていた

「なんですか、これ皆さんどうしちゃったの。」

 そう呟くと桜花はふらふらと春奈達の方へと行こうとして、その肩を捕まれ素早く更衣室の中へ引き戻された。だが、僅かに肩や頭に光る金色の粉が掛かっていたが、つかんだ雪月も、桜花も気が付かなかった。錯乱した桜花は更衣室の入り口で、雪月の手から逃れようともがいていた。

「駄目ですよ雪月さん、私がプールに行って水から上げてあげないと春奈さん達がさびちゃいますよう。」

雪月は、残った左手の法で方で桜花を引っ叩きながら言った。

「桜花!目を覚ましなさい、あなたがしっかりしなくて誰がみんなを助けるの?」

「離してください、早くしないと駄目なんです。」

 もがく桜花の体から金の粉が雪月の右手に掛かったが、桜花の体に付いた金の粉は減ったようには見えなかった。
 その二人にすがりつくように彼方は叫んだ。

「だめよ、あなたまでやられたら私姉さんに何て言い訳すればいいの。」

 慟哭のような叫びに桜花はもがくのをやめた。更衣室の出口に立ち尽くす三人に例の蝶がひらひらと近寄ってきた。その内の一匹が遂に更衣室に進入しようとしたその時、たくさんの白いお札が紙ふぶきみたいに入り口の方から飛んできて三人を守るように舞ながら蝶を外へ弾き飛ばして、出口を壁みたいに固まって塞いだ。

「あっあの危ないから下がっていてください。」

 三人が入り口の方をみると、いつの間にか更衣室の真ん中で息を切らせて手を膝についた小柄な巫女がいた。

「雅さんあなたどうして。」

 能力のない身内に対する本家の心無い扱いをいつも受けている彼方は、雅に問いかけた。が雅は問いかけには答えず、印のようなものを組んでぶつぶつと何かを呟いた。

「ちょっと、返事をしたらどうなの。」

 彼方は、更に問いかけようと印を構えた雅に詰め寄ろうとした。そして彼方が、雅の正面に来たとき、
 ざぁぁぁぁぁぁ、とたくさんの木々の枝が風に揺れたような音がした。興奮のあまりつかみかかろうとした彼方の動きが止まった。そしてお札の壁は分厚い石のような壁に変化した。

「あっごっごめんなさい、あっちを結界で封鎖していたもので。」

 雅は慌ててプールの方を指差してから、目の前の血走った瞳の彼方にぺこりと頭を下げた。言葉に詰まる彼方。追い討ちをかけるように桔梗の声が響いた。

「そんな恩知らず共に誤る必要なんてないぜ、雅。」

 入り口のところで桔梗は刀身の部分が月光のようにほのかに光る刀を抜き身で下げていた。気まずい雰囲気に雪月の手の力は緩んだ。そろりと抜け出した桜花はなぜかプールの方へは行かず、あまりのひどい出来事を目撃したせいか目も虚ろにフラフラと雅や桔梗たちのいる出口の方へ歩き出した。その気まずい状況にめげずに彼方は言った。

「それじゃあ、春奈達は見殺しになりませんか。」

 雅はびくと肩を揺らせたが、後ろでぼっと立っている桜花に気が付いた訳ではなかった。桔梗は嘲りを顔に浮かべながら言った。

「見殺しー?悪いのは手前等だろ、だから本家の礼状をわざわざ見せてやったって言うのに。」

 再び彼方のフォローをしようとして雪月は、彼方の傍へいこうとして、全く体が言うことを聞かないことに気が付いた。右手からは、恐ろしく冷たい感覚が這い上がってくる。

「雪月、あなたそれどうして。」

 呆然と立ち尽くす雪月の白い右手と左手は、桜花をつかんでいた形のまま濡れたように光る金の彫刻に変わっていた。そして雪月の足元や腰まである黒髪の先や膝まであるスカートのふちが一斉に黄金の輝きの犯された。その輝きは呆然と立ち尽くす雪月の白い肌や美しい黒髪や紺のエプロンドレスを黄金に変えながらさぁぁぁぁと這い上がってゆく。

「いっいけない。」

 雅は、懐に左手を差し込んで何かのお札をだそうとしたが、背後に立っていた虚ろな目の桜花に後ろから抱きしめられ全身を汚らわしい邪気に覆われて金縛りになった。

「いやぁぁぁぁぁぁぁ。」

 体を縛る邪気に嫌悪と恐怖の悲鳴をあげる雅。突然の悲鳴に凍り付く彼方と桔梗。
 そして桜花の左手は、白い着物の上から雅の左手ごと札を押さえた。その間雪月の体は、すらりと伸びた足は黒いハイソックスごと付け根まで黄金の彫刻に変わり、すでに桜花をつかむ形で金のオブジェに変わっていた両腕から肩を伝ってきたあでやかな輝きは、紺の服の胸のおおきなふくらみを冷たく輝く金の彫刻に変えられた。腰まである豊かな黒髪の輝きは、大きなリボンのようなエプロンの紐を巻き込みながら一本残らず舐めるよう黄金に変えてゆく。スカートを黄金に変えた輝きは、上半身と合流してメイド服ごと黄金の彫刻になった雪月の体をきらきら光らせながら這い上がって驚きに凍りついた大人びたうつろな瞳の雪月の顔を頭の先まで飲み込んで金の彫刻に変えた。

「ああ、私なにを。」

 虚ろな瞳の人形のような顔で桜花は、虚空に向かって呟いた。

「ああ、駄目、駄目です。」

 背後の桜花の薄い体から迫ってくる得たいの知れない邪気と寒気から逃れようと、雅はもがいていたが、
その小さな体はかすかに震えるだけだった。

「ああ、体が凍ってゆく。」

 虚ろに呟く桜花のエプロンドレスの肩に出来た、艶やかに光る黄金の染みは、ぬるりとペンキのように通り道である桜花の紺の生地につつまれた、胸のふくらみを冷たい金の塊に変えながら、まるで液体であるかのように白いエプロンごと紺のスカートを美しい黄金の彫刻に変えながら足元へ流れてゆく。そして、細い桜花の腕を黄金の彫刻に変えながら伝ってきた金の輝きは遂に雅の白い着物の小さな肩を黄金の彫刻に変えた。

「いやぁぁぁぁぁぁ。」

 雅の体を縛っていた邪気が中へ侵食し始めた。その痛ましい悲鳴に桔梗の硬直がとけた。

 「すまない、雅今助ける。」

 桔梗はこの世のものを全て切り裂く光の刀を構えて雅と桜花にせまる。

「操られちまった手前が悪いんだからな。」

 桔梗は、刀を黄金のオブジェと化した桜花の腕に振り下ろした。
 キィィィィィィン、いつの間にか雅の張ったお札の壁が金色の布に変わってヒラリと伸びて桔梗の刀を受け止めていた。大きく開いたプールの入り口からたくさんの蝶がひらひらと舞いながら、半ば黄金の輝きに犯された桜花と雅の周りに集まってゆく。金色の布は桔梗の刀を桔梗ごとはじき返すと、悠然とプールの方から近づいてくるソレの体にしゅるしゅると巻きついた。どさっ着地した桔梗の背後で、放心した彼方の腰が抜けていた。

「あああああああああ。」

 降り注ぐ金の粉の中で、快楽とも苦痛ともとれる呟きを漏らしながら桜花の大きなリボンのようなエプロンの紐とともに、桜花の背中が艶やかな黄金の色に犯されてゆく。

「いやぁぁ。」

 桜花の金の彫刻に変わった腕の中で弱弱しく呟いた雅の白い着物に
包まれたささやかなふくらみは金の侵食に征服され、雅の薄い上半身が黄金の彫刻に変わってゆく。同時に小さな雅の体の中を蹂躙する邪気は次々と雅に集ってくる蝶と合流して雅の能力をソレのモノに変えてゆく。初めて見る実戦に力の入らない足を引きずりながら入り口とは、ずれた壁際へ彼方はさがる。

「雅〜〜〜〜〜。」

 降り積もる金の粉に小さな体を侵食されてゆく苦痛と恐怖の入り混じった表情に凍りついた雅の姿を見ながら、悔しそうに桔梗は呟く。

「はぁはぁはぁはぁ。」

 桔梗の無念を代弁するように激しく輝く桔梗の刀の光の照らされて、熱い息を吐き涎を垂らす桜花の虚ろな顔やメイド服に包まれた薄いからだが粉が降り積もる中、黄金の彫刻に変わっていった。桜花のむっちりした足の先までそのまま金に変わった。
 虚ろな瞳のメイドの黄金の彫刻は、そのままソレの道具として雅を冷たく輝く金の腕で抱きしめていた。

〜やめてやめてやめて〜

 雅は幻想的な金の蝶の舞の真ん中で必死の拒絶を無視されながら、長年の修行で身につけた霊力を体の中を這い回る邪気に食い荒らされ、得たいの知れない邪気が代わりに体の中に広がってゆく。とっさに構えた雅の右手はすでに美しい金の彫刻に変えられ、懐に差し込んで桜花の黄金の彫刻の手に押さえられた左手から広がる黄金の侵食は降り積もる金の粉の侵食と合流して彼方の薄いからだごと白い着物を艶やかな黄金の彫刻に変えた。雅の日本人形のようなおかっぱの顔は絶望と降り積もる金の色に彩られながら、徐々に生気が無くなってきて濡れたような金の光沢に染まってゆく。雅の赤い袴は、小さな雅の体ごと艶やかな色の純金の彫刻に変わり細くて白い足の先まで黄金の侵食が広がってゆく。

「あっあっあっあっあっ。」

 恐怖に染まった彼方は、入り口の脇の壁にずっと背中を擦り付けていた。

「畜生ーーー。」

 桔梗は、うずくまった彼方を背後に庇って、光る刀を振り回して棚や春奈達の服や荷物を巻き込みつつ迫る金の蝶の群れを切り裂いきながら、遂に更衣室に悠然と入ってきたソレを睨みつける。

「キキョウニゲテ。」

 ブリキのおもちゃのきしみみたいな無機質な声の呟きを最後に小さな絶望の顔をうつろに冷たく光る金の彫刻に変えられて、金の桜花の像の腕の中で雅の体は濡れた輝きを放つ黄金の巫女の像に変えられた。

「貴様絶対殺す。」

 凛々しい顔を殺意に醜く染めた桔梗の想いに答えるように、刀が激しく輝きその光が、更衣室の中の蝶をすべて飲み込んで消し去った。ソレはほほにかすかな切り傷を受けながら、一つになった

「メイドに抱きしめられた巫女」の像の傍らでにたにたと邪悪な笑みを浮かべながら、黄金の雅の像の冷たい金のほほをなでた。

「うぉぉぉぉぉぉぉ。」

 気合とともに、激しい光を放つ刀を構えて桔梗はソレに向かって踏み込んだ。そのまま桔梗の黒い革靴は一瞬で黄金の彫刻に変わって桔梗は一歩も前へ進めなくなった。

「まさか、これは雅のチカラなのか。」

 つんのめる事もなく、一瞬で全身を包み込んだ寒気のため桔梗は、ソレに向かって斬りつけようとした姿のまま動けなくなった。
 黄金の雅の像の足元から広がる大地を犯す金の染みが、桔梗を飲み込んで、邪悪な意図があるのか、蹲り虚ろな瞳でぼうっとしている彼方の周りを除けて広がってゆく。

「くぅぅぅぅぅ。」

 悔しげにうめく、桔梗の刀の光は失われ先から金に変わり、艶やかな黄金の輝きが、引き締まった太ももを冷たい彫刻に変えながら這い上がってゆき、膝まであるソレに向かって踏み込んだ形で凍りついた黒いスカートのふちにできた金に煌きは、桔梗の引き締まったスレンダーな体を制服事黄金の彫刻に変えながら這い上がってゆく。凍りついたポニーテールの先にも金の輝きが宿った。
 桔梗の正面にある雅の像の虚ろな黄金の瞳には、さっきはなかった金の涙が出来ていた。

「貴様雅をどうしたっ。」

 黒い制服ごとスレンダーな体を冷たい黄金の彫刻に変えながら這い上がった金の輝きが、悔恨と無力感に染まった桔梗の顔を飲み込んだ。悔しげな桔梗の黄金の像が出来たのと同時に、先程の冷たい雅の金の彫刻の涙が床に落ちて、また新しい純金の粒が雅の瞳に浮かんでいた。その足元の黄金の染みが、春奈達の像のあるプールや、更衣室の周りの大地に広がって別荘を飲み込んでゆく。
 蹲る彼方を黒い影が包む。

「ひっ。」

彼方は小さく悲鳴をあげた。更に小さくかがみこもうとする彼方の意思を無視して、彼方の身体は目の前のソレと正面に向かい合う形で棒立ちになった。

「あぁぁぁ。」

 絶望にそまり弱弱しく呟く彼方をソレの身に着けた金の布がゆっくり広がって包み込んだ。

ピキピキピキ。

 気が付くと彼方は、別荘の大きく開いた玄関の扉の中で来訪者を迎えるような所で金で出来たソファーに生まれたままの姿で座らされていた。

「あれ、ここはどこなの。」

 確かに玄関らしいのだが、ようすがおかしい。元は上品な白を基調とした床や壁や姉さんと一緒に選んだ調度品が傾きつつあった陽に照らされてやたらきらきら輝いていた。

ピキピキピキピキピキ。

 体中に響くちいさな音が霞がかった彼方の意識を覚醒させてゆく。

「春奈達のいたずらかしら、早く雪月たちに何とかさせないと。」

 立ち上がろうとして彼方は、目が覚めた。

「いやぁぁぁぁぁぁぁ。」

 すでに手すりに伸ばした手は肘まで黄金の彫刻に変えられ、だらりと伸びた細い足は付け根まで金に変えられていた。

「くぅぅぅぅ。」

 立ち上がろうともがいていたが、背中と小さなお尻はソファーの黄金の色に犯されて肩まで伸びたセミロングの髪は一本残らず純金に変わっていた。淡い茂みに覆われたほっそりとした下腹部は後ろから這い上がってきた輝きに飲み込まれて複雑の造詣そのままに純金にかわる。かすかにもがく上半身を冷たい黄金の彫刻に変えながら這い上がった金の輝きは大きいが上向きの形の美しい乳を二つとない黄金の芸術に変えた。後頭部からせまる黄金化は、彼方の頬と額まで征服していたので、彼方はもう正面を見つめる事しか出来なかった。恐怖に染まって大きく開いた瞳は徐々に冷たい金の色に染まってゆく。

「助けて姉さん。」

 絶望の呟きを最後に彼方は恐怖に染まった表情とソファーにだらりと座り込んだ美しい裸体が完全に純金に犯されつくして、黄金の彼方の裸婦像は完成した。
 ソレは彼方の呟きにニタリと満面の笑みを浮かべた。
 その上空で、麗佳は光の翼を消すと黄金の屋根に向かって足元から落ちながら、見えない剣を構えるようなポーズをとった。その手元に、星の輝きのちいさな光が集まって大剣を形作る。せまる屋根に向かってそれを振り下ろした。
 ソレは頭上にせまる気配に、天井を見上げると屋根が天井ごと砕け散って、カノジョが振ってきた。
 ソレの金色の布に包まれたたくましい胸は、喜びのあまり高鳴り幾千の言いたかった言葉が、するりと頭から抜け落ちた。
もどかしい思いであせるソレにカノジョが話しかけた。

「命乞いするなら今のうちですわよ。」

 またも、侮辱するその言葉にソレは怒りを含んだ壮絶な笑みで、金の裸婦像に変えられた彼方の冷たく輝くほっそりとした腰は形が美しいおおきな胸を撫で回し、恐怖に彩られ大きく瞳を開いた黄金の頬をなめながら答えた。

「何か鳴いたか虫けら、今一度うまく鳴いたら耳を貸してやってもいいぞ。」

 カノジョはソレの期待した屈辱、絶望、恐怖、憎しみの姿のどれのひとつも見せてはくれなかった。
 その時麗佳の浮かべた表情は、見方によっては媚びているかのような艶やかな満面の笑顔。ソレは自分が決定的な間違いを犯したことに気が付いた。

「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。」

 野獣のような雄たけびを上げながら、ソレは生まれて初めて感じた得体の知れない感情に突き動かされて、玄関の大きな空間を埋め尽くすほどの金の蝶の群れを召還し金の布を大きく広げ麗佳に殴りかかった。麗佳は艶やかな笑みを全く崩さずに手に持った大剣をたてと横に二回振った。それだけで蝶と布は全て大剣から放たれた銀の光に飲み込まれてきえた。そして麗佳は無防備になぐりかかってくるソレの腰を薙ぎながらその横をすれ違った。ソレの意識は胸を襲う得体の知れない感情の名前が散々少女達に自分が与えたのと同じモノとしらずに虚無に虚無に消えた。その身体は腰から二つに斬られて倒れて大理石の塊になって粉々に砕けた。
 カラン、乾いた音をたてて麗佳の持っていた大剣が黄金の床に落ちた。麗佳は、彼方の裸婦像の前で跪いてソレが見ていたら歓喜のあまり踊りだしそうな疲れた顔をしていた。

「はぁぁぁ、あと何年のこっているのかしら。」

 あれほどうるさく響いた例の声は返答しなかった。
 金の輝きがゆっくり薄れてゆき、全てのものが元のいろを取り戻していった。

エピローグ

「みんな無事でよかったーー。」

「うわーーーん、部長ーー。」

 夕日に赤く染まった別荘の庭で、妹達が抱き合ってお互いの無事を確かめ合っているのを、麗佳はぼんやり見つめていた。

「お役に立てず申し訳ありません。」

 声に麗佳は隣を見ると小柄な巫女が頭を下げていた。

「別に、あんたは彼方を庇ってくれたからいいわよ。」

不機嫌そうだが、きちんと雅の目を見ながら麗佳は言った。

「そのとおり、そんな本家の言うことにいちいち逆らう奴に頭を下げる必要なんてないぜ、雅。」

 桔梗がくちをはさむと麗佳は人のよさそうな笑みを向けていった。

「そういえばあなたが桜花の腕を切り落とそうとした件については、まだ落とし前をつけてませんでしたわね。」

桔梗は顔を青く染めてあわてて言い訳した。

「あっあれは、ほら現場の判断って奴だ、それに実際斬ってねえじゃないかよ。」

 それでごまかせる相手ではないので、アレは自分達が追いかけて誤ってここにつれてきた事にして庇ってやったのだが。
だが、構えていた桔梗は麗佳の様子がおかしいことに気が付いた。

「おいどうした。」

 麗佳は、ぼうーと桔梗を見返した後とんでもないことを言った。

「だから、命が惜しかったら私のかわりに妹のことを頼んだわよ。」

 そういうとぱたりと麗佳は倒れた。
 彼方は何かに呼ばれたように振り向いた。
 大切でこの世で一番強い姉が、倒れていた。すぐには事態が飲み込めなかった。小柄な巫女が、真っ白な顔で立ち尽くしていた。ポニーの剣士の人がやたら手際よく麗佳を介抱していた。頭上に細い影が差した。見上げた彼方の胸にその麗佳の持っていた大剣が、幻のように吸い込まれた。頭に声がひびく。

 〜生意気なれいかは、じゅうにねんもったけど、あんたはみっかかしらね〜

 そして少女は、黒き竜と光の羽が舞うこの世でもっとも過酷な戦場に引きずり出された。
 その時はまだ、騒ぎ出したかわいい後輩達の世話で精一杯で自覚など彼方には全くなかった。


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