作:狂男爵、偽
夕日に赤く染まった鬱蒼と茂る森の奥深くに立つ場違いなほど立派な洋館。
悲痛な叫びに駆け付けた城埼 美咲は驚きに愛らしい目を大きく開いて、洋館の前の開いた大きな門を見上げていた。
立派な門柱の上には、それぞれ瓜二つの姿をした彼女と同じデザインのブレザーの制服姿のほぼ瓜二つの少女の彫像が一体ずつ立っていた。
「これは…いったい!なん…で……、真…由だけじゃ…なくて、どうして菜柚までー!!」
事情を知らないものが見れば、生きた少女を完全に表現した彫刻の見事な出来に感動したかもしれない。だが、不幸なことに怪人が起こした異常な事件に一度深く関わっていた美咲はその二体の石像が生きたまま石にされた少女だと一目見て分かった。
右の門柱に彫像として飾られた落ち着いた雰囲気の真由は、幾分か脅えを含んだ驚きの表情で呆然と立ち尽くしたポーズで石化されていた。
肩まであるウェーブがかかった髪と近隣では評判の襟元のリボンが可愛いブレザーも、一瞬で真由を石に変えた光線を浴びた時の衝撃で少し乱れたまま、大理石と化していて冷たい石の艶がなければ、今にも風に揺れそうに見えた。
左の門柱の菜柚は、上半身をじわじわと石化されたのか、石の靴を穿いて起立したまま石になった足は正面に向けられていたが、ほっそりとした腰を必死に隣の石像に向かってよじらせ、必死に手を伸ばし不自然なポーズをしていた。
石にされている最中によほどもがいたのか、激しく乱れたまま繊細で複雑な石の彫刻と化した上着のブレザーとシャツの隙間から、少女の瑞々しさが大理石の艶で冷たく固まった肌がのぞいていた。
「菜柚さんが随分お姉さんに会いたがってらっしゃいましたので、私がこちらにお連れしたんですよ。」
突然聞こえてきた声に魔法少女が門の奥をみると、薄闇に包まれた洋館の前には道化の仮面を付けた執事姿の怪人がまるで歓迎するかのように頭を下げていた。
「ほら見てください、菜柚さんのあの表情を!お姉さんに再会できた喜びで満ちているでしょう!」
怪人は口の両端を吊り上げながら指で差した方向を未だ驚きに呆然と立ち尽くしていた美咲が見上げると、その言葉とは正反対の光景があった。
石化された姉を思ってなのか、じわじわと冷たい石に身体を変えられる苦しみのためなのか、石の涙を浮かべた石の虚ろな瞳と小さな口を大きく開いた美しい大理石に変えられた菜柚の顔は悲しみと苦しみに満ちていた。
だが、隣の妹の石像必死の叫びなど聞こえるはずのない真由の石像は、冷たい大理石に変えられた怯えを含んだ驚いた顔で、呆然と前を見ているだけ。
それを見た美咲の愛らしい表情が烈火のような怒りに染まった。
「ひとつだけ感謝してあげるよ、仮面怪人。」
「そうでしょうとも、これほどの素晴らしい作品は私の生涯でも数えるほど……。」
「勘違いしないでよ、あんたが真由と菜柚したことは絶対許せない、だからあんたを滅ぼしてやるよ、わざわざ案内してくれた本拠地ごと!!」
叫びながら、美咲は上着の内側にあるポケットに手を差し込んだ。その手を隣の茂みから生えた白く繊細な手が止めた。
「待ちなさい!美咲、あいつの周りを良く見てみなさい!」
いきなり止められ、美咲は反射的に隣の茂みから現れた同じ制服姿の浅葱色の長い髪の少女を睨みつけた。
「その手を放してよ、江梨香!あいつをやっつければ真由も菜柚も元通りになる、だから……」
だが美咲の烈火のような怒りは、隣に現れた気品溢れる少女の絶対氷壁のような冷たい気迫に気圧され、内ポケットに突っ込んだ手を抜かずに渋々振り向いた。
よく見ると、夕闇に染まりつつある洋館の前にある人陰は仮面の怪人だけではなかった。
「江梨香様には失望しましたよ、この程度の作品を惜しむなど。」
肩をすくめた怪人の隣には、見慣れない人陰がいくつか並んでいた。
そして、それらは先ほどの美咲の大声にも身じろき一つしなかった。
「貴方に気に入られたいとは思いませんわ、決闘の申し込みをしておいて人質をとるような卑劣漢等には!!」
まるで踊るように優雅に美咲の前に踏み出した江梨香は、端正な顔を侮蔑にゆがめながら怪人を見下した。
だが、怪人は甘い愛の言葉を囁かれたかのように、おどけた仕草で身悶えした。
「嗚呼、あなたのその偽善に満ちた偽りの仮面を取ってしまいたい、その真の姿はさぞ美しいにちがいない、この大広間の中央の台座が似合うほどに!」
怪人の詩を歌うような声に呼応して洋館の分厚い扉が大きな音を立てて開いた。
高く吊られたシャンデリアのきらびやかな光があたりにあふれた。
中には無数の石像が設置された台座が空の台座を取り囲むように並んでいた。
「最悪の趣味ですわね、あなたと同じ空気を吸うことさえ苦痛です、決闘をさっさと済ませて帰りたいものですわ。」
普段は整った美貌を崩すことを嫌う江梨香が嫌悪の表情を浮かべた。遠くから見ても輝くような整った美貌の女性達が、立ち尽くしたまま女神像のような見事な大理石人形と化していた。
「私の趣味を理解してもらう必要はありませんよ、だって江梨香様はそこにいるだけでいいんですから。」
「危ない!江梨香走って……、クッ…!?」
突然耳元に聞こえた怪人の声。パートナーの忠告に従って江梨香は長い浅葱色をふりみだしながら、菜柚と真由が設置された門を潜った。
そして、真由の石像が設置された門柱の陰に隠れて自分の元いた場所をみると、仮面の怪人が地面に沈み込んでいくのが見えた。
「油断も隙もありませんわね、まともに決闘する気なんて最初からないんですのね。」
軽く息を切らせながら江梨香は真由の像の設置された門柱の傍の人陰に向かって囁いた。
だが、菜柚の石像が設置された門のそばの人陰は返事をしない。江梨香が不審そうによく見ると、なにも掴んでいない手を壁に沿って覗き込んでいるパントマイムをしているようなポーズで石化した石の像だった。
「きゃあああああ!」
洋館の二階から美咲の悲鳴が響き渡った。
「くっ、この私があっさり美咲さんと分断されたなんて屈辱ですわ、美咲さん無事でいて!」
へたり込んだ無様な姿で石化した他校の制服姿の女生徒や、どこか喜劇じみた姿で石にされてしまった体操服姿の女生徒の石像が奇妙に並んだ中庭から、警戒しながら江梨香が洋館の方を見ると扉は大きく開かれたまま、怪人の気配はみじんもない。
焦燥を隠そうとせずに、江梨香は扉が大きく開いた洋館の中へ駆け込んだ。