石化パニック

作:きょんさん


ここは空き地。いつものように野比のび太と源静香が他愛もない会話を楽しんでいた。ジャイアンとスネ夫はちょっとした用でもう家へ帰っていた。
ドラえもんの悲鳴が聞こえたのはその時だった。

「…ねぇ、今の声、ドラちゃんでしょ?」
「うん、ネズミだよ」
のび太は素っ気なく話す。もう一緒に暮らし始めて長くなる。ドラえもんの大抵のことはわかる。今の声はネズミを見てパニくったドラえもんだろうとのび太は確信した。現に、たった今の悲鳴はネズミと遭遇したドラえもんのそれだった。
「…のび太さん、もう家へ帰った方がいいわ。ネズミを見た後のドラちゃんは何をするかわからないわ」
そう、ネズミを見てパニックになったドラえもんは何をするかわからない。以前地球破壊爆弾を出したこともあるぐらいだ。
「うん、そうだね。それじゃあまた明日」
「ええ、さようなら」
夕焼けの空の下で二人は手を振りそれぞれの家路へと別れる。このあと何が起こるかも知らずに。

のび太が自宅に着いた時、家は真っ暗だった。
「あれ?おかしいな…。いつもそろそろ電気をつけてる時間なのに…」
ただいまぁ、と言ってドアを開けるも、のび太への返答は無い。
「ドラえも〜ん?ママ〜?」
それでも返答は無い。
おかしい。どう考えてもおかしい。
みんなが僕を驚かそうとして意地悪をしているのだろうか、とのび太は考えた。しかし、今日はエイプリルフールではない。ただの日曜日である。
ドラえもんとママだけでどこかへ出かけているのかな、とも考えた。しかし、のび太を置いてドラえもんとママの二人だけで出かけることなどこれまで無かった。それに、鍵が開けっ放しなのもおかしい。
のび太は台所へと向かい、電灯のスイッチを付けた。ママは流し台の前に立っていた。
「ママどうしたの、電気も付け…」
ママに近づいたのび太は固まった。ママは石になっていた。皿を洗う格好のままで。
「ママ!ママ!どうしたのさ!」
のび太はパニックに陥った。自分の母親がそのようになって冷静でいられる者などいるだろうか。
「そうだ、ドラえもんならどうにかできるかも知れない!」
のび太は台所を出て二階へ走った。
「ドラえもん!ママが…」
のび太は部屋のドアを開けた。しかしそこにドラえもんはいなかった。
「ドラえもん…こんな時にどこへ…ん?なんだこれは」
床にネズミの石の置物が落ちていた。のび太には見覚えのない物であった。
「まさか…」
のび太はそう呟いた。
急いでドラえもんを見つけないと
のび太は慌てて部屋を飛び出した。

こつこつこつこつ…
「すっかり遅くなっちゃった」
薄暗い道を静香は一人家路へと急ぐ。
ぺた、ぺた、ぺた…
静香の後方から少し重みを持った足音が近づく。
「!!」
静香は立ち止まる。まさか痴漢?ストーカー?震えながら振り返る静香。
後ろにいたのはドラえもんだった。
「ドラ…ちゃん?こんな時間にどう…」
「ネズミめ……こんなところにもいたか……」
「なに言ってるの、私はしず…」
静香は気付いた。今ここにいるドラえもんはイッている。こういう時のドラえもんは何をするか分からない。
(に、逃げなきゃ!)
静香は走りだした。
「ふふふふふ…逃がさないぞぉ…」
ドラえもんはポケットから何かを取り出した。
「イシナール光線銃ぅ〜〜これでおまえも二度と動けなくしてやる…」
(い、イシナール光線銃?!動けない?!)
恐怖に襲われながらも懸命に逃げ続ける静香。しかし…
「はぁ、はぁ、はぁ、…うっ!?」
突然静香は右足に痛みを感じた。右足の先の方が灰色になっていた。
「キャアァァァーーッ!!」

ドラえもんを探しに夜の町を走っていたのび太は静香の悲鳴に気が付いた。
「ん!?今のは静香ちゃんの…、急いで駆け付けないと…!」
のび太は声のする方へと駆け出した。

「…ドラちゃん、もうやめて…!」
すでに腰まで石化した静香ちゃんは泣きながら必死でドラえもんに訴え続ける。しかしドラえもんは狂気に取り憑かれたまま。
「うひひひひひ…、ネズミがまた一匹石になってゆく…ふふふふ…」
「うううう…どうして私がこんな目に……ぐすんぐすん…」
「おーい!おーい!」
そんな時、一人の男が声を上げながら走ってきた。のび太だ。
「のび太さん!ここに来ちゃダメ…!ああっ!」
石化は喉元まで迫っていた。
「静香ちゃん!!今助けにいくからね!」
「あががが…」
口まで石化が進み、もう静香は何も話せなくなった。
石化はゆっくりと、しかし着実に進行していく。鼻、頬、耳、目。静香は何も見、聞き、感じることができない底無しの無の世界へと引きずり込まれていった。
「静香ちゃああんん!!」
のび太の叫びも空しく、静香の意識は石に呑み込まれてゆく。そしてついに一体の石像が出来上がった。
「…静香ちゃん……ドラえもん!いい加減に目を覚ませ!」
「ぐふふふふ…、のび太くん、僕は目を覚ましてるよ。ただネズミを退治しているだけだよ」
「今のはネズミじゃなくて静香ちゃんだろ!目を覚ませったら!!」
「のび太くんもしつこいなぁ。えーい、のび太くんも固めちゃう〜」
イシナール光線銃がのび太に向けられた。
「ふふふ、ドラえもん、これでも僕を撃てるかな?」
のび太はポケットからドラ焼きを取り出し、ドラえもんに見せ付けた。
「ど、ドラ焼き〜〜〜!」
ドラえもんは銃を放り上げてドラ焼きに走り寄ってきた。
「今だっ」
ぽかんっ
のび太の拳がドラえもんの脳天にヒットする。
「……うーん、あれ?僕はいったい…?」

こうして石化パニックはあっけなく終わりを告げた。


戻る