白き日のリベンジ・オブ・バレンタイン 解決編

作:くーろん


「・・・だいたい事情は分かったが」
その日、家路へと向かう律輝は、彼に付き添うフレイラからこれまでのいきさつを聞いていた。

「なんでお前が同行する必要があるんだ?」
「まあ律輝さん、何を言うかと思えば」
そんな彼から同行理由を聞かれたフレイラは、理解できないといった顔で彼を見た。

「私と雪香さんは1つの目標に向かって突き進む同志。いわば運命共同体。
その私が同行しないなんて、ありえるはずがございませんわ」
「・・・お前なあ」

人の家庭事情に勝手に踏み込むな、余計に事態を引っかき回すんじゃねえ――
言いたい事は数多くあった。
だが・・・律輝は言えなかった。
言えば言葉の刃で徹底的に叩きのめされることを、今までの経験から身にしみていたからだ。

(くそ・・・なんでこいつまで関わってくるんだよ)
微笑みを浮かべるフレイラの顔を横目に、律輝は家に着く前からすでに気が滅入っていた。

(なんで・・・たかがチョコを食べるってだけで、俺は胃をキリキリさせなきゃならないんだ・・・)
今さらながら、律輝は1ヶ月前に取り交わした雪香との約束を後悔していた。
ついカッとなってケンカした末の結果なのだが・・・
許されるなら、過去の自分を説得し、それが無理なら張ったおしてでも止めさせたい。
だがそれは過去の出来事。今さら変える事などできない。


(俺は無事に今日を終えられるだろうか。いやそれは無理だろうからせめて被害を軽微に・・・)
そんな後ろ向きの考えをめぐらせながら一歩、また一歩と彼は重い歩を進めていった。




「帰ったぞぉ雪香ぁ」
玄関を開けた律輝が、中に向かって一声かける。

――シーン
だが、その中から呼びかけに応える者はなかった。

「・・・静か、ですわね」
「うむ・・・優舞は出かけるって言ってたが・・・雪香の返事がないのは変だとは思わないか」
「さあ・・・私に聞かれましても・・・とりあえず台所へ参りませんか?」
「だな。仕上げに夢中で聞こえてないかもしれん」
少々気になるところはあったが、2人はそのまま家へと上がりこんだ。


しかし・・・台所にも雪香の気配はなかった。
シン、と静まり返ったキッチンに、ボールやヘラなど、おそらくチョコを作っていたであろう器具だけが残されている。

「なんだ、ここにもいないのかよ・・・一体どこいったんだあいつは」
「おかしいですわね、どうしたんで――キャアァ!」
「ん?」
ペタン、と座り込む音に律輝は慌てて声の元へ振り返る。

「おいフレイラ!一体――」
「あ・・・・あ・・・・・・・・あれを!」
「あれって何を・・・・・・・なっ!」
驚きのあまりへたり込んだフレイラの指し示した先、そこには――


そこにあったのは・・・人1人分の大きさの、茶色く艶やかなチョコレートであった。
だが普通のチョコ、ではない点が2つ、あった。
1つは、それが人の姿を精巧に真似ていたこと。
そしてもう1つはその姿が――


「――雪香、なのか?」
そう、そのチョコレートは彼の妹、雪香に瓜二つであった。


一糸纏わぬその身で膝をつき、目を静かに閉じ、両の手をやや膨らみを帯びた胸の前で組んで佇む。
――祈りを捧げるその姿は、例えるならば清らかなる聖女の像。
それは、彼女の元の美しさも相まって、まるで神へと捧げる供物のようにも思えた。
――だがその捧げる先は、決して神ではない。

「雪香さん・・・なんで・・・・・・こんな事を・・・・・・・」
その先はおそらく・・・いや言うまでもなく、今その姿を見つめる兄。
彼女は自らの身をチョコへと変え、彼に捧げる道を選んでいたのだった・・・


「ちっ、こいつは・・・悪い、ちょっとどいてくれ」
チョコと化した雪香の姿を、悲しみをたたえた目で見つめるフレイラを、律輝は強引に脇へと押しのけた。
そして雪香を真正面に見据えた彼は、手をチョコレートと化した雪香に向ける。
あきれ果てたような顔をしながらも彼は、何やらブツブツとつぶやき始めた。


「――我は時の改ざん者。時をつかさどりし砂達よ、彼(か)の者の時に干渉し、絡みし戒め紐解かん。
目覚めよ戒めの眠りより・・・てかとっとと元に戻れ!リターンコンディション!」


後半、ややいい加減だった詠唱の後、人の半身ほどの砂時計が空間に現れた。
砂が落ちきった、大きな砂時計が宙に浮かぶ。
その中の砂が・・・勢いよく逆流し始めた。
重力に逆らい、上の器へと落ちてゆく砂の粒。

と、雪香の体にも変化が訪れた。
チョコレートと化した茶色一色の体が、徐々に元の色を取り戻していく。
髪は輝く金色に、肌は白魚のように美しい、白に近い肌色に。
砂の上昇に比例し、その色は徐々に複雑化していった。


リターンコンディションは彼、律輝オリジナルの万能型状態回復魔法である。

一般的なの万能型状態回復魔法が状態異常を「治す」のに対し、
このリターンコンディションは対象の時に干渉し、元の状態まで「戻す」ことで回復と同等の役目をもたらす。
実質治せないものはないという、一見大変便利な魔法、なのだが、
消費魔力が干渉時間に比例するという性質を持っており、コストパフォーマンスが非常に悪い。
律輝自身、チョコレート化のような極めてまれな変化に対応する以外、使用することは少ない。


「・・・・・あ・・・・れ・・・・・?」
砂時計の砂が完全に逆流しきった時、雪香の体は温かみを帯びた美しい肌を取り戻していた。

――目覚めよ戒めの眠りより

詠唱の一節のごとく、チョコレートの戒めから解き放たれた雪香が、ゆっくりとその瞳を開けた。

「え・・・・りつ、き・・・なん・・で――」
ゴツッ!

困惑気味の雪香の頭に――律輝のゲンコツが容赦なく落とされた。

「痛ったぁぁ・・・・ちょっと!いきなり殴らないでっていつも言ってるでしょ!!!」
「黙れ!ったく毎回毎回・・・お前は何バカな事やって――」
またいつもの兄妹ゲンカに突入、かと思われたが――
彼女が裸のまま立っているのに気づき、律輝は慌てて背を向けた。
背中越しから見える耳は、はっきりと分かるほど真っ赤に染まっている。

「と、とにかくまずは服を着ろ!話はそれからだ!!」




――数十分後


「やはり・・・自分がチョコレートとなって食べてもらおうとしたんですのね」
「ええ・・・」
裸の雪香を見て我に返り、その着替えを手伝ったフレイラは今、彼女からいきさつを聞き始めていた。
本来なら律輝が聞くはずなのだが、「またケンカしたいんですか」と一蹴されたためである。


「あれから何度も・・・何度も挑戦してみたんだけど・・・どうしても完成できなくて・・・
チョコレート化が直ったかと思うと・・・今後は味が落ちてしまって・・・それじゃ意味がないし・・・」
ぽつり、ぽつりとつぶやくように話し始める雪香。
その表情には、ここ数日間のやりきれない思いがひしひしと感じられた。

「どうしようもないまま今日を迎えて・・・その時・・・思い出したの。
優舞が私のチョコをつまみ食いして、あの子がチョコになったときの事を・・・
あの時・・・何気なく優舞のはね上がった髪の毛部分を・・・食べてみたのよ。
それは、律輝に渡すために作ったチョコと全く同じ味で・・・私もチョコになることはなかった・・・
これなら律輝にも、って思って・・・もう時間もなかったから自らを・・・」


愛するもののために下した苦肉の決断。
それは結果的に喜劇に終わったが、もし一歩間違えれば悲劇に終わっていたかもしれない。


「雪香さん・・・そこまで思いつめていたなんて・・・私がそばにいましたらそんな事は・・・」
「いいのよフレイラさん・・・あなたは私のために別の作業をしてたんだからしょうがないじゃない・・・
それにこれは、私の腕が未熟だった結果・・・ふふ・・仕方のないことよ」
力なく、雪香は笑う。
それを見つめるフレイラの目には光るものがあった。
ここ数日、雪香に協力していたフレイラだからこそ、彼女の心の内は痛いほど良く分かる。
雪香の告白は、涙なしには聞くことのできない内容であった。


「・・・いろいろ苦労したようだが」
黙って話を聞いていた律輝だったが、やがて結論付けるように話を切り出した。

「お前にチョコになれ、と言った覚えはないんでな。
雪香、お前は俺との約束を守れなかった。そう思っていいな」
「・・・・・・」
兄の口から告げられたのは、その通りではあるが、あまりに非情な宣告。
その言葉に、雪香はただ黙って目を伏せるしかなかった・・・




「お待ちください」
その重苦しい空気を、フレイラの一言が断ち切った。

「律輝さん、一つお尋ねしますが。
私が聞いた話ですとその約束というのは、
『ホワイトデーまでにまともなチョコレートを作ること』だと記憶しております。
これは間違いありませんか?」
「ああ、確かにその通りだが」
フレイラの問いかけに、律輝はさして警戒もせずうなづいた。

「でしたら――
雪香さんのチョコレートはどうひいき目に見ても、店頭に並んだものなど足元にも及ばない至高の味。
『まともな』という課題は完全にクリアしているかと思われますが」
「あのなあフレイラ」
話すのも面倒だと言いたげな表情で、律輝はフレイラに答えを返す。

「俺の言っている『まともな』というのは、一般常識での事を言ってるんだよ。
体がチョコレート化するチョコなんてのが、世間一般でまともだと思われるか?
いやそれどころか、下手したら毒物扱いされてもおかしくないだろうが」

・・・彼の言ってる事は確かに間違ってはいない。
だが相手が妹とはいえ、約2ヶ月間寝る間も惜しんでチョコレートを作ったその主に、実に失礼な発言ではなかろうか。

しかし・・・あえて彼を弁明しておこう。
それは姉妹達による数々の固めフェチ騒動に加え、
このような雪香お手製の、もれなく固めがセットで付いた料理を何度も食べさせられた、という背景が彼にはある。
バレンタインのチョコも当然毎年食べており、そのたびにチョコレート化を経験をしているのだ。
そんな事が何年も続けば・・・そんな彼の心境故の言葉だということをご理解いただきたい。


そんな心内を知ってか知らずか、フレイラは表情一つ変えることなく、さらに彼に問いかける。
「なるほど。つまりは・・・食べてもチョコレート化さえしなければ、他はどうであれ問題はない、という事ですわね?」
「うーん・・・まあそういう事になる・・・か」
つい彼女に賛同した律輝だったが、底知れぬ違和感・・・自らに厄災を招きかねない何か、を感じていた。

「――了解ですわ」
了承の直前の、ほんのわずかの間。
そのたった数秒の間が、彼の不安を更に駆り立てる。


「では・・・私の出番ですわね」
「出番、だと?」
「実は私、雪香さんとは別に、チョコレート化への対策を講じていたんですの」
どうやら彼の不安は的中したようだ。
律輝の前に立ちはだかったその女性は、いつもと変わらぬ柔らかな物腰で、その詳細を語り始めた。

「チョコレート化してしまうお菓子があるならば、それを防いでしまえば良いのですわ。
そう思い立ち、私のクリエイターとして全てを注ぎ込んだ対チョコレート化対策アクセサリー・・・
それがこの『ショコラ・DE・ポンタ(DEはDefenceの略)』ですわ!!」

ドスン!!

いずこよりかフレイラが取り出したそれは、アクセサリーらしからぬ音を立てて床に置かれた。
「こ・・・これは・・・」


大きさは、人の背の高さほどはあろうか。
動物を模した造りをしたその物体は、僅かに光沢を放つ陶器でできていた。
毛皮は黒に近い茶色。ぱっちりとした大きな目。
片手に酒徳利、もう片方で番傘を差し、ゆらりと立つ。
ややリアルに作られたその――


「・・・・・・・・・なんだ、この狸の置物は?」
「まあ律輝さん、置物だなんて。アクセサリー、ですわよ」
「いやあ、俺の勉強不足かねえ。
世の中には「おきもの」を「あくせさりー」と訳す言語があるんだな。狭いようで広いもんだ世界は」
フレイラの強引な物言いに対し、律輝は白々しく話を逸らそうとする。


このような討論の場合、相手の言葉をあらゆる手を使って受け流さなければならない。
それができず怒りをあらわにすれば、その時点で負けである。
たかが口げんか、ではない。
彼女との口論に負けて、律輝は何度も苦渋を舐めさせられてきたのだ。
攻めねば負ける、交わさねば殺れる。これは彼にとって言葉の名を借りたデスマッチ!
負けるわけにはいかなかった。


「ありませんわそんな言語形態。
そうそう、ご心配なさらずとも背中部分にベルトを付けてますので、簡単に背負う事が可能で――」
「ふざけんな!これのどこがアクセサリーだ!!」

バン!と力いっぱい壁を叩き、フレイラに食ってかかる。
――どうやら早くも負けが確定したようである。
まあ現在戦績全戦全敗、それもオールKO負けの彼で勝とうというのが、どだい無理な話かもしれないが。

「あら、背負うのがイヤでしたら、お腹の部分にもベルトを付けてますので腕につけていただいても――」
「腕が折れるわ!・・・ってそうじゃねえぇぇ!!!」
いきり立ちながらノリ突っ込みをかましてる辺り、もはや相手のペースに乗り切ってしまったようである。

「フレイラ貴様!今度は何のいやがらせだ!!」
「まあ、いやがらせだなんてそんな・・・
これは試行錯誤の上に出来上がった、もっとも効果の高まるアクセサリーの形ですのよ」
「嘘をつけ嘘を!言え!俺に何の恨みがある!!」
「まあ!ひどいですわ恨みだなんて・・・
いくら妹さんの愛情こもったチョコレートを踏みにじり、あまつさえ兄妹ゲンカの解決に他人を巻き込んだからって・・・
私、そんなことで怒るような心の狭い者ではありませんわ」
「ぐぁぁぁぁ!!!それが本音かあぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」


家全体に、嘆きの絶叫が響き渡る。
彼は知ってしまったのだ。目の前の彼女の怒りを買ってしまったのを。
そしてそれが、彼の全く関与しないところで発生し、自身に今、跳ね返ってきた事を。

「知らん!俺は知らんからな!誰がそんな置物を背負ってまでチョコを――」
「ア・ク・セ・サ・リー、ですわよ律輝さん」

(うっ・・・)
怯みながら律輝は思わずあとずさる。
フレイラが、なにやらただならぬ気配で立ち上がり、彼の元へ一歩、また一歩と歩み寄ってきたからだ。

「律輝さん・・・・・・私、ここ数日間、アクセサリー作成でろくに眠っておりませんの・・・」
ゆっくりと、穏やかに。
だがその一言一言を律輝に突き刺すように、彼女は語りかける。
その表情も物腰も、一見いつもと変わらず柔らかではあった。その顔には微笑みすら浮かべている。

だが、その背後に揺らめくオーラは・・・のたうち回る龍のごとく揺らめいているのを、律輝ははっきりと感じとっていた。

「あなたの意見を聞く気などさらさらありませんので、
できれば早急にアクセサリーを身に着けていただいて、チョコレートを食べていただけると非常に助かるのですが」
突如、律輝の首に巻きついてきた龍は、牙を掲げこう言っているようであった。
――黙って喰え、と。

「そうそう、別に・・・この場を放棄しても構いませんが。
我がオペレーター達の威信にかけて、たとえどんな辺境電脳世界にいても見つけ出しますのでご安心を」
さらにこうも言いたいらしい。
――逃げればどうなるか・・・分かるな、と。


「わ・・・・・・・・・・・・わかったよ・・・・・・・・食べればいいんだろ食べればよ・・・・」
もはや拒絶も逃走も無駄だ・・・
そう思い知らされた律輝は完全に諦め、フレイラいわく「アクセサリー」に手をかけた。




「フンッ!!!!」
自分の身の丈ほどはあるそれを勢いよく背負った律輝は、そのままテーブルに置かれたチョコレートに向き合った。
1つ、それをつまもうとした時・・・1ヶ月前の出来事が記憶に蘇る。
自らの身が、あわやチョコレート像になりかけたあの時を。

手が、震える。
冷や汗が背中を伝う。

(本当に・・・大丈夫なのか・・・ちゃんと防いでくるのか?)
状態変化を防げばいい、それくらい彼とて考えた事があった。
だが様々な防止アイテムを身につけてさえも・・・雪香の料理は、その効果を正常に発動したのだ。
フレイラの気迫に気おされてつい承諾はしたが、この自称アクセサリーでも効果があるかどうか・・・

そんな不安が彼の筋肉をこわばらせ、どうしてもチョコを手に取る事ができないでいた。
(くそ、それもこれもあいつがチョコなんぞ作りやがるから・・・)
忌々しい思いにかられ、律輝はそのチョコの作り主の方を向き――

(・・・・・・・・)
その主、雪香は・・・必死に祈っていた。
どうか・・・今度こそちゃんと食べてもらいたい・・・そんな純粋な願いを込めて。


(・・・・ええい!覚悟を決めろ俺!)
自らを奮い立たせた律輝は、再びチョコに対峙した。
強張る腕を強引に動かしチョコをつまむと、そのまま一気に口に放り込む!
その口が・・・ゆっくりと閉じられていった。


ただ黙ってチョコレートを味わう律輝を・・・雪香とフレイラはかたずを呑んで見つめていた。
いつチョコ化が始まっても良いよう、それぞれ呪文と万能薬を用意して・・・それは決して使いたくない準備であったが。


ゴクリ・・・


静かな調理場に、彼の飲み込む音が鳴る。
チョコを食べてからもうだいぶ経つが、その体には何の変調も見られない。

しばらく体の様子を探っていた律輝だったが・・・黙って雪香のそばまで近づいてきた。
かの雪香は、目の前に来た律輝の顔を、何も言わずに見つめている。

「雪香」
そんな雪香の頭に律輝は、ポン、と手を乗せた。
「・・・よくやったな。今日、初めてお前の作ったのを味わったが――」

そう言うと彼はほんの少しだけ微笑み、
「――今まで食べた事のない、最高の味だったよ」
素直な感想を述べると、彼女の頭を優しくなでまわした。

「え・・・・・・・・・や・・・・・・・・やっ・・・・・・・・・」
雪香は・・・感動のあまりまともに声を出せなかった。


今まで、自分の料理を食べた者達全てから、惜しみない賞賛を得ていた彼女。
だが、先の律輝の一言は、その何百もの声を束ねても到底叶わないくらい、彼女の心に深く染み渡っていた。


「――雪香さん」
フレイラが、そっと彼女の肩を叩く。
「よかったですわね。やっと・・・ちゃんと食べてもらえて・・・」
「ええ・・・ありがとう・・・ありが、とう・・・・フレイラさんの協力のおかげよ」
なんとかお礼を返した雪香の目は、もう涙であふれそうであった。

「いえ、私はあなたの料理を正当に評価してもらうため、少しだけ助力しただけです。
全ては、あなた自身のお力ですわ」
「――フレイラさん!」「――雪香さん!」
がっしりと、2人は固い抱擁を交わす。
究極を求めるクリエイター2人、その努力が実った至福の瞬間であった。




「・・・そういえば、今日はホワイトデーでしたわね。
律輝さん、何かご用意はしてますの?」
「おう、そういえばそうだったな」
ひとしきりの感動シーンの後、今日という日について彼らは思い出していた。

そう、今日はホワイトデー。
だいぶ遅くはなってしまったが、バレンタインチョコを貰った男性が、女性へお礼の品を手渡す日である。

「まあ、苦労したってのが分かったんでな・・・・・・雪香、お前の好きなものやるよ」
「え?・・・なんでもいいの?」
「まあ、叶えられる範囲でだが。ちょっとくらい無理言ってもいいぞ。言ってみ」
いつもの律輝とは思えない、非常に好感触な対応だった。
それだけ、雪香のチョコレートが素晴らしかったという事であろう。

「私は・・・・」
少し考え込んでいた雪香は、やがて彼に希望を告げた。

「これから・・・律輝に私の料理を一杯食べてもらいたい。それが私の望みよ。
もっともっとたくさん作って・・・『美味しい』って言って食べてもらえれば・・・それで十分」
そう言い切ると、ちょっと恥ずかしそうな顔をしながらにっこりと微笑んだ。


素晴らしい。なんとつつましく献身的な言葉であろうか。
料理が上手で可憐な美少女からこんな言葉をかけられて、心揺さぶられない男がいるはずはない。
これで、極度の固めフェチ&レズを通り越して両と(以下自主規制)でなければ、ヒロインとして申し分ないのだが。


――しかし。
そんな素晴らしい提案に異を唱えるものが約1名・・・いた。


「いや・・・それはちょっと・・・・」
なんでもやる、と言い出した律輝本人である。


「ひ、ひどいわ律輝!さっきなんでもいいって言ったじゃない!」
「い、いやほら、叶えられる範囲で、って言っておいただろ。な、というわけで他の事を――」
「・・・律輝さん、ご自身で言い出した約束を破られるというのですか?」
「い、いやしかしだな・・・」
冷ややかに抗議を唱える2人に、律輝は怯みながらも応戦する。

「だってな、こいつの料理はな、何食べても変なことが起こるんだぞ。
今までだって食ったら体が石になるだの凍りつくだの・・・
ま、待て!そんな冷ややかな目で見るんじゃない!俺だって今まで努力はしたんだ!
だがな、どんな防止策を講じても防ぐ事ができなかったわけで――」
「・・・今までは、ですわよね?」

キラン、とフレイラの目が妖しく光る。
俗に言う「何か企みを思いついた」サインである。

「それならご心配には及びませんわ。今回のように新たな『アクセサリー』を作ればよいだけのこと」
「な・・・ちょっと待て!」
不吉を告げる提案に、律輝は慌てふためいた。
先ほど必死になって背負った狸の置物・・・いやアクセサリーの『ショコラDEポンタ』。
これと同じようなものが更に増えるとしたら・・・・


「そんな!フレイラさんにそこまで迷惑かけられないわ!」
「何を言ってるんですか雪香さん、遠慮なんていりませんのよ。
あの時から私は、最後までお手伝いすると心に決めたのですから」
そんな彼の不安など全く無視し、着々と話を進める職人2人。

「フレイラさん。何から何まで・・・・・・ありがとう!」
「お礼なんてそんな・・・それよりも、今まで起こった状態変化を教えていただけますか?」
「うん。ええと・・・石化に凍結化に、さっきみたいなチョコレート化にグミ化でしょ。
他にも金銀パール、あ、ガラス化もあったかな。あと――」
雪香の口から次々と恐ろしい・・・一部のものにとっては心躍る単語があふれ出す。


「――いや・・・お前達・・・」
「なるほど・・・かなりありますわね・・・これですと20種類くらい必要になりますか」
「それだと場所取りそうよねえ・・・ねえ、FFのリボンみたいに1つにはまとめられないものかしら?」
「――いやだからな・・・俺は食べるのに承諾したわけでは・・・」
「可能ですけれど完成までに時間がかかりますわね・・・それに大きさもデザインもそれ相応になるでしょうし」


ちょこちょこと、隙を見て割って入ろうとする律輝だったが、
そんなものは料理魂に火の付いた2人にとって、耳掻きですくった水くらいの存在でしかない。


「うーん・・・大きさは問題よね・・・家に入らないと困るし」
「でしたら密度を高めてはいかがでしょう。野球ボール大で1tくらいには収まるのではないかと」
「あ、それいいかも!身に着けるのも簡単そうよね」

その間にも、次々に危険な提案が生み出される。
ちなみに「野球ボール大で1t」という物体は、手に持つどころかそのまま地を貫いて急速落下するほど、と思っていただきたい。
下手をすると引力が発生して共に地の底まで連れ添われて・・・という可能性もある。

「では検討案の1つとしましょう。まずは一つ一つ作り上げてから・・・」
「おいお前ら!!俺の意志を少しは――」
「「却下」」

――無慈悲な一言が、彼の意見を彼方へと弾き飛ばした。

もはや無駄なのだ。
彼が何を言おうと、例えこの場を焼き払ってなかったことにしようとしても。
すでにロケットスタートで急加速し、華麗にドリフトかまして現在ニトロダッシュで爆進中の2人は止められない。
2人のやる事はもはや・・・決定事項なのだ。


「なぜだ・・・なぜ・・・・こういう結果になるんだ・・・」
うなだれる律輝の脳裏に、数々の得体の知れない物体に押しつぶされながら、必死に料理を食べる自分の姿が浮かび上がる。
おそらく、それは現実のものとなるだろう。それも近いうちに・・・

絶望に包まれた彼の目の前には、先ほど食べたチョコレートがあった。
究極の味を持つチョコレート。だが己に災厄を招いた全ての元凶。
そんな茶色の物体を、律輝はもう一度口にしてみた。


――甘い、ミルクチョコレートであるはずのそれは、なぜだかほろ苦い味がした。


END


戻る