プレイ中世界介入行為の厳重指摘と正しい日本文化の徹底周知 その後編

作:くーろん


 「「「「「かんぱーい!!!!!」」」」」
 桜の木の下で、コップが軽やかに音を鳴らす。


 一連の後始末――石化解除やら屋敷の撤去、るーこも含めたヒロイン達の記憶操作、など。
 うちら電霊の存在をこの世界に知られるわけにはいかないんでな、いわゆる証拠隠滅という奴だ。
 まあ、夜遅くなる前に終わらせれてよかったよ・・・
 
 そんな後始末を終えた後
 「せっかくだから花見もしたい」と誰かが言い出したのを発端として、皆で正真正銘の「花見」をする事となった。
 ただし酒は一切禁止!を条件として。さっきみたいなバカ騒ぎなど二度と御免だからな。




 「なあ・・・ほんっきで覚えてないのか?」
 「ほんとだよー。全然記憶がないのー」
 「うーん・・・律輝が来た辺りまでは覚えてるんだけど・・・そこから後はさっぱりなのよねえ」

 酒の席で聞いて分かった事だが。
 散々俺に無礼を働いた挙句、途中で眠りこけていた雪香と優舞は、俺と会った直後からの記憶がないというのだ。
 くそ・・・俺がこんなに苦労してたったのに覚えてないだと?
 ・・・こりゃあ少しくらいからかってやらないと気がすまねえな。

 「お前等えらい豹変振りだったんだぞ。優舞はもうピシっとしちまっててな。
雪香、お前なんか俺に擦り寄ったり腕にくっついたりして、そりゃあもうベタベタと――」
 「なっ!ちょっと!冗談は止めてよね律輝!私がそんな事するわけないでしょ!」
 
 ・・・この様子だと本気で覚えてないみたいだな。
 
 「冗談じゃねえんだよ。あん時は俺も酒入ってたから黙って見てたが・・・『ふにゅぅ』とか、しぐさなんかそりゃあもう猫みたいで――」
 「ふざけないでよ!
何で私がそんな、萌えと媚びをたっぷりぬりたくったような甘ったるいキャラになんなきゃなんないっての?
律輝、あなたバカじゃないの!?」
 「バ・・・・」
 その甘ったるいキャラに、お前はつい数時間前までなってたんだろうが!!
 
 「誰がバカだ!酒飲んで記憶失った挙句、兄をバカ呼ばわりするたぁどういう了見だ!」
 「律輝・・・あなたまさか・・・」
 
 自分の兄をバカ扱いする不届きな妹を叱ろうと身を乗り出した俺を、雪香は「はぁ・・・」と冷めたため息をもらして――

 「うちのお兄様が・・・そういう女の子が趣味だったってのはよーーく分かったわ。
でもね・・・お願いだから、そういう事言うのは私の前だけにして頂戴ね。
大抵の女の子はね、そういう男の歪んだ妄想には引くものよ。
もういい大人なんだから、そんなことで自分の品位を落とさないようにしなさいよね」

 ――なぜ俺は、かわいそうな者を見るような目で自分の妹に見つめられなければならないんだ?
 ああもういい止め止め!記憶がすっかり無い奴にいくら話したって無駄だ!!




 「律輝さん、お疲れ様でした。さあ、ジュースですけど一杯どうぞ」
 「おう、ありがとうよ・・・ってお前、なんでここにいるんだよ?」
 
 俺にジュースをついできたのは、本当なら電界にいるはずのオペレーター、フレイラだった。

 「私、花見ってしたことがないんですの。ですのでせっかくだと思いましてこちらに――」
 「・・・お前なあ、そんなお遊び気分でひょこひょこ来ていいもんじゃねえだろうが?仕事はどうしたんだよ」
 「ご心配なく。こちらに来たのもあくまで仕事のためです。花見はそのついでですわ」
 「ああそうかいそうかい」
 持ち前のひねくれっぷりと腹黒さは相当なもんだが、仕事については抜かりはねえな・・・ご苦労なこって。
 
 「まずは今回の犯人の方について1つ。その方がまだ電界に来ていないのですけど、今はどちらに?」
 
 ・・・やな事思い出させてくれたよ、こいつは。
 
 「犯人・・・沙綺なら・・・そこだよ」
 振り向きもせず指差した先には・・・・・・音々羽先生に酌をしている沙綺がいた。
 
 「あの・・・上で聞いた報告では、あの方は自ら志願して石像になったと・・・」
 「なったよ、というか俺がした。けどな、戻ったんだよ・・・・・・・・・・自然にな」
 
 
 『沙綺さんはぁ、とってもぉ、健康なのでぇ、固めてもぉ、すぐにぃ、戻っちゃうんですねぇ。
なのでぇ、私もぉ、実験の時にはぁ、とても助かってましてぇ――』
 ・・・と、言うことらしい。


 「その・・・この場合はどのように扱えばよろしいのでしょうか?」
 「知らん・・・せっかく来たんだ、そっちで勝手にやってくれ・・・俺はもうかかわりたくない」
 「・・・了解・・・しましたわ・・・通常通りの処分でなんとかしましょう・・・」
 はぁ・・・と、ため息まじりに承知するフレイラ。
 悪いがなフレイラ、ため息つきたいのはこっちのほうなんだ・・・

 「・・・で、1つって事はまだあるのか?」
 「ええそうですわ。今度は報告書の件なのですけど、少々問題が発生しまして」
 困ったような表情を浮かべると、フレイラは雪香達を一瞥し、話を続ける
 
 「さきほど雪香さん達から話をお聞きしたのですけど、お2人ともどうも記憶が一部飛んでいるらしいんですの。
本来なら報告書を書くのは雪香さんか優舞さんになるのでしょうが、記憶がないのではそれも・・・」
 「・・・俺に書けってか?」
 「まあ律輝さん、快く承諾していただけるのですね?」
 「してねえよ」

 とまあ、1度は拒否した俺だったのだが
 「とはいえ・・・あの2人はまず書けないだろうし、ケリをつけたのは俺なわけだし・・・
必然的に俺に回ってくる事になるんだろうなあ・・・」
 「ご承諾いただけますか?」
 「ちっ・・・わーったよ」

 帰ったら報告書かよ・・・なんで面倒ごとが全て俺に回ってくるんだろうかねえ。

 「お受けいただき助かりましたわ。ではいつも通り『正確に』お願いしますわね」
 ・・・正確・・・あの酒での席までか?
 ・・・いいや、適当にぼかして書けばいいだろう。
 
 「へいへい分かったよ」
 「本当にお願いしますわね。期日はゆっくりでよろしいですから」
 「あいよ」
 心配しなくともちゃんと(一部除いて)書くって。
 俺は喉を潤そうと手酌でジュースを注ぐ。
 
 「今日起こった事の詳細をきちんとまとめてくださいね」
 「へいへい」
 一部は適当にごまかすがな。
 「お願いしますからね。私、ちゃんと映像記録残していますから」
 「へいへ・・・」

 カラン、と俺の手からコップが落ちる。そして――
 
 ギ、ギギィ・・・
 
 油の切れたブリキ人形みたいにぎこちなく首を回し、俺はフレイラへと振り向く。
 
 「今・・・・・・何て言った?」
 「ですから、映像記録を撮っておりますと――」 
 「お・・・おい!そりゃどういうことだ!」

 普通、スイーパーの活動を映像記録として残す事はない。
 映像データはデータ量が莫大。加えて無数にある世界を巡るこの仕事だ。
 行動記録を全て残そうとした日には、ちょっとした建物の1個や2個、簡単に埋まっちまうだろう。
 
 「私、たまたま律輝さんの様子を確認しましたら、ちょうど音々羽先生がお酒を注がれていたところでして。
『もしかしたら、お酒のせいで記憶が飛んでしまうかもしれない・・・念のためこちらで記録しておかなければ』と思い立ちすぐに準備を。
ちゃんとお役に立ったようですし・・・『備えあれば憂いなし』とはまさにこの事ですわね」

 ・・・嘘だ!大嘘だ!
 こいつは・・・この野郎は「これは絶対後で使えそうですわね・・・」とかほくそ笑みながら残しやがったんだ、絶対。

 
 「すまん!急用を思い出したので先に帰る!」
 こうしちゃいられん!すぐに戻って証拠隠滅を行わねば!!

 「あら、もうお帰りですか?
そうそう映像記録でしたら、ここに来る前に蘭奈さんにお預けしましたので、もし必要でしたら彼女から借りてもらえますか?」

 な・・・・・・・・・・・・・にぃ!!

 「お前、あの女に預けたってのか!!」
 「あら、当然ではありませんか。
もし大切なデータを、不届きな誰かに消去されたり、盗まれたりしては一大事というもの。
個人情報の保護も叫ばれている昨今、情報の管理には厳重を規しておきませんと。
ですので、一番信頼のおける方にお預かりいただいたんですのよ」
 
 ぬ・・・ぬかった・・・・・・
 こいつが何も策を弄せず、のこのここちらに来るわけがない・・・


 オペレーターの蘭奈といえば、凶悪なまでの腕っぷしの強さと、オペレーターの実質的なリーダーとして電界内で知らぬものはいない。

 性格は実直かつ頑固。おまけに洞察力にも長けており、中途半端な嘘などすぐに見抜いてしまう。
 
 幸いなのはその性格ゆえ、本人が許可無く記録を見たり、他人に渡したりしないという事だが・・・
 それはつまり、この俺にも渡すわけがないわけで・・・

 残るは実力行使しかないわけだが・・・それもきわめて難しい。
 
 いわく――暇つぶしに「オールFF世界 バハムート素手撃破行脚」を完遂した。
 いわく――ストレス発散に、SO3世界でFDモードのフレイ神を叩きのめしている。
 などなど・・・この人についての逸話は事欠かない。

 この俺でも、この人相手に実力行使に出た場合・・・死合を覚悟せねばならないだろう。

 だがそんな事をした日にゃあ、騒ぎになるのは必至。
 そうなれば暴れた理由を追求され、結果、俺の忘れてしまいたいほど恥ずかしいあの記録が、公の元にさらされるわけで・・・


 「は・・はは・・・ははははははは・・・・・」
 ・・・・・・・終わった。
 悪夢はこの世界だけで終わると思っていた俺が・・・甘かった・・・・・・・
 
 「律輝さん、そんな呆然として乾いた笑いをあげられて、どうかなさいましたか?」
 絶望に染まる俺に、あのいつもと変わらない微笑みを浮かべ、フレイラが話しかけてくる。


 ――月の光と、桜を照らすぼんぼりの明かり。
 薄明かりの空を、桜の花びらがゆるやかな風に乗り、舞い落ちてゆく。
 そんな中で見た彼女の顔は・・・やけに優しげで、そして・・・寒気がするほど恐ろしかった。


 俺は・・・フレイラの策略によって、報告書を書かねばならない。
 それも、彼女の指示に従い、より「正確」で、より「詳細」な報告書を・・・
 
 当然、つい数時間前の、思い出したくもない酒の席での出来事も、何度も思い起こさなければならないだろう。
 彼女が校正終了を告げるまで、何度も、何度も・・・




 「桜が・・・綺麗だねえ・・・・・・・」
 フレイラの呼びかけに答えることなく、まるで目の前の桜に語りかけるかのように、俺はつぶやく。
 
 並木道に並ぶ桜の木は、その道を桜色に染め・・・人は古来の歌の通り、ひとときの間のどかさを忘れ、宴に興じる。
 だが・・・今は咲き誇るこの桜も、あとしばらくもすれば、全て散り落ちるのだろう。
 
 
 俺の・・・ここで起こった忌まわしい出来事も・・・この桜の花のように散り落ち、消え失せてはくれないものだろうか・・・


 ――周囲の喧騒から逃れ・・・現実から逃避するかのように・・・
 俺は・・・舞い散る桜の花びらの行方を、ただぼんやりと、見つめていたのだった・・・・

 END


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