作:くーろん
○前回までのあらすじ
――電霊、それは人の生み出せし、「ゲーム」と呼ばれる電子情報世界を飛び回る、一種の精霊達。
また、同じく人がゲーム上で生み出す「GAME OVER」「フリーズ」etc――
と呼ばれる不要情報世界を消去し、人知れず世界の安定を守る存在。
「トゥーハート2世界のヒロイン達がさらわれた」
オペレーターのフレイラからそう連絡を受けた律輝は、彼女から提示された犯人を捜しに同世界へと飛ぶ。
裏山にそびえる林に踏み入り、犯人の消えたポイントへとたどり着くと――
明らかに、無理やりこの場に建てられたに違いない、怪しげな洋館が彼を待っていた。
その中へ踏み入った律輝を待ち構えていたのは・・・
桜色の石像へと変わり果て、台座に飾られたトゥハート2のヒロイン達。と――
その下でござを敷き、「石見」と称して盛大に宴会をぶちかます、彼の妹の雪香と優舞、そして2人の恩師、音々羽の3人であった!
すでにできあがった3人の誘いを突っぱね、そのあまりに非常識な行為に怒りを浴びせかける律輝!
だがしかし、所詮は酔っ払い。
彼の怒声は3人の耳をスルリと抜け、ただ空しく宙を舞うばかり。
全く進展しない状況に業を煮やし、密かに実力排除を画策し始める律輝。
だがその時・・・音々羽が動いた。
雪香・優舞を使い、律輝を羽交い絞めにすると・・・日本酒10本を脇に従え、全て飲ませんと彼に迫る!
果たして彼の運命は!
そして・・・酔っ払い達のせいでもう忘れ去られてる気がするが、トゥハート2のヒロイン達を固めた犯人は一体いつ出てくるのか!
春の風情など当の昔に過ぎ去った状況の中、酒瓶の口が、彼にあてがわれた――
「「「「かんぱーい!!!!」」」」
相変わらず怪しさ漂う洋館に、軽快な乾杯の声が4つ、響き渡る。
そのまま4人揃ってジョッキを傾け・・・一気に飲み干す!
「・・・・ぷはぁ!
かぁっ!やっぱジョッキで日本酒ってなあ効くねえ!!!」
「あらあらぁ、律輝さぁん、いい飲みっぷりぃ、ですねぇ。さぁさぁ、もう一杯ぃ、どうですかぁ?」
「おぉ!気が利くじゃねえか音々羽先生よぉ。
おっと、こっからはこのおちょこに頼むぜ。ジョッキで日本酒なんていけねえや」
――ったくよぉ、いくら酒盛りにゃあ似合わん洋館たってなあ・・・やっぱ日本酒をジョッキ、てなあ非常識ってもんだろう?
こいつ等にゃあ風情ってもんが欠けてやがる。ここいらでみっちりと俺が――
あぁ?「何でお前まで飲んでる」だぁ?
カァッーー!分かってねえなあ、お前さんらは!
俺ァなあ、そこにいる音々羽先生によぉ、さっき大吟醸10本腹ん中に注がれたんだぜ!
あのでっけえビンを10本だぜ10本!酔わねえわきゃねえだろうが!・・・ヒック!
まあ、8本空けた辺りからもうベロンベロンなっちまって、残り2本は俺が勝手に飲んじまったんだけどな!
たかが2本だ、細かいこたぁ気にすんねぇ!
で、今ぁこいつらといっしょになって、石見とやらに参加してるってわけよ。
いやはやまさか、洋館の中で宴会なんざするとは思わなかったけどよぉ・・・酒がありゃあ場所なんざ、さして問題ねえってもんだ。
状況理解できたか?おっしゃOK!次行ってみよう!
「あ〜〜!音々羽先生ばっかりずるいぃ」
「んー?・・・なんだ、雪香じゃねえか」
音々羽先生からの酌をくいっと一杯やってるところに、雪香がにじにじと擦り寄ってきた。
「ねぇねぇ律輝ぃ、私のお酒も飲んでよぉ」
「んん?お前も酌したいってか?
まだまだ早いって気がするが・・・いいぞいいぞ!今日は無礼講だ!どんっときやがれ!」
「ほんとぉ?・・・んふふー、それじゃあ・・・はぁい、どうぞぉ」
ほんのり桜色に頬を染め、やや目をトロンとした雪香が、優雅な手つきで俺のおちょこにお酌を始める。
「おっとっと・・・・・・なかなかうまいじゃねえか、雪香」
「ほんとにぃ?私、お酌上手?上手?」
「ん?おお!たいしたもんだぜ。
おめぇはかーいーからよぉ、これなら世の男どもなんざコロっといっちまうんじゃねえか?」
「か・・・かわ、いい・・・」
ん?なんだ雪香の奴。
俺の事ポーっとした顔で見つめたまま硬直しやがってよぉ。
「――ほ、ほんとにぃ?!うれしいぃ!!」
「ん?ぬわっと!」
な、何だぁ?
何が嬉しいんだか知らんが、いきなり雪香が抱きついてきやがった。
そのまま猫みたいに顔を擦り付けたまま、俺に引っ付いて離れようとしないぞ、こいつ。
「ふみゃぁん・・・もう、可愛いだなんてぇ・・・律輝ったらぁ・・・(スリスリ)」
なあんか、今日のこいつはやたらとベタベタしてくるな・・・
酔うと甘え上戸になるとは初めて知ったぜ。
ためしに首の辺りをゴロゴロしてみたら「ふにゅぅ・・・」とかもらして、気持ち良さそうな顔しやがってるよ。
これじゃホントに猫だなぁおい・・・頭にネコ耳でも生えてきそうだ・・・
(しかしまあ・・・こうベタベタされるのも、悪かぁねえかもな)
少しトローンとして憂いを帯びた目に、頬をほんのり染めた雪香は、なかなかに可愛らしくて色っぽい。
兄の俺が言うのもなんだが、元々こいつの顔立ちの良さは相当なものだからなあ。
酔うと内に隠れた色気が現れてきたって感じで・・・いいじゃねえか。憂い奴め。
こんなに清く正しく美しく成長して、お兄さんは非常に嬉しいぞ。うむ。
「お兄ちゃーん・・・そんなとこで座ってばかりいないで、もっと近くで石見楽しもうよー」
雪香の意外な一面にしばし見とれていると、今度は・・・優舞か?
俺のそばに寄って来て、あいつ等曰く石見とやらに誘ってきた。
「んー、石見ねぇ・・・」
あんまり乗り気じゃねえんだがなあ・・・だがせっかくの妹からの誘いだ。
ここは一つ、兄妹間のコミュニケーションを深めようじゃねえか。
「おっしゃ!行ってやらあ!・・・ほれ、お前も起きろ雪香」
「ふにゅ?・・・ん〜〜、私ぃ、まだ律輝とここで飲むぅー」
起き上がろうと雪香に呼びかけたんだが・・・コイツときたら俺にひっついたまま、イヤイヤと首を振って立ち上がろうとしない。
「お姉ちゃん!ほら駄々こねてないで、チャキチャキっと立ってってば!」
「ふにゃぁ・・・優舞邪魔しないで、って・・・キャア!何すんのよぉ!」
おいおい珍しい事もあるもんだな・・・
いつもならお姉ちゃんべったりな優舞の奴が、俺から雪香の奴をひっぺがしやがったよ。
ま、この間に俺も立ち上がるとすっか。
あー・・・そうそう、優舞の奴は見た目は幼い(双子なんで顔立ちは雪香と変わらない。雰囲気の違いだな)が、腕っぷしは強いんだわ。
俺に比べりゃあまだまだけどよ!
対して雪香の奴は決してひ弱じゃあねえんだが、どっちかってーと魔法を得意としているもんで、
こういった力比べなんかすれば雪香にゃあ、かないっこない。
「いーやー!優舞離し、な、さいよぉ!」
「もう!暴れないでよ!
ほらほらお兄ちゃんも立ちあがっちゃったよ。また引っ付いちゃえば問題ないじゃん」
「んー・・・・・・」
ジタバタしてた雪香の奴は、優舞の言葉にしばし小首をかしげ、下唇に指を当てて考え込んでいたが――
「・・・それ、乗った。んふふー、律輝〜」
納得したようで、俺に引っ付いてきた。なんだ、またかよ・・・
(ぬぬ・・・これは・・・)
今、雪香は俺の腕にギュっと引っ付いてきているもんで・・・こいつの胸の感触が腕を通して伝わってくる。
(うむむ・・・成長したもんだ・・・)
こんなに清く美しく女らしく・・・ってさっき似たような事考えてたな。こりゃ失敬失敬。
「それじゃあ2人とも立ったところで、あっちにいる音々羽先生のとこまで出発だよ」
――優舞の奴は、酒が入るとしっかりするようだな。いつもの舌ったらずな喋りもしてねえし。
そんな事を考えながら、俺は雪香を連れ添いつつ、例の石像達のそばまで近づいていった。
「あらぁ、3人ともぉ、遅かったですねぇ。さぁさぁ、じっくりぃ、眺めましょうねぇ」
じっと石像を見つめていた音々羽先生は、俺達が近づくと振り向き歓迎してくれた。
「はーい。じゃあさっそく――」
「音々羽先生よぉ。1つ質問いいかー?」
ひょこひょこと歩きかけた優舞を横目に、俺はここの石像達に感じていた疑問を先生にぶつけてみた。
「はぁい、なんでしょうかぁ?」
「んー・・・こういった飾られた石像ってなあよぉ、よくこういった台座に置かれてるよなぁ」
「そうですねぇ。やはりぃ、石像をぉ、沢山飾るときはぁ、美術品のようにぃ、扱ってぇ、飾る事がぁ、フェチ心をぉ――」
この先生は酔ってないんだか、酔っても変わらないんだか定かじゃねえが・・・
いつもと変わらず、トロくさい口調で答えてくる。
「いやその辺はいいんだけどよぉ、うちの妹達なんか見てると・・・なんだ、やたらあちこち触ったりするじゃねえか」
「そうですねぇ。彫像のぉ、類はぁ、触る事もぉ、体感法の一つでもぉ、ありますしぃ――」
「だったらよぉ、こんなに高い台座に置いたら、ベタベタ触るのに不都合じゃあねえのか?」
ちなみに、ここのヒロインたちが置かれている台座は、俺の身長より少し小さいくらいだ。
こいつ等が手を伸ばしたって、せいぜい足首くらいしか手が届かねえ。
「普通の美術館とかでも、こんなに高くはねえじゃねえか。
これはあれだろ?どうせお前さん達がらみだろ?・・・それにしちゃあ変だな、と思ってな」
「ん〜〜、それはぁ――」「そっか、普通の人ってそう考えるんだ」
ん?なんだ優舞の奴まで。
俺の疑問は、こいつらにとって疑問に感じること自体が疑問って感じだな。
「それはぁ、律輝さんがぁ、まだまだぁ、固めというものをぉ、知らないからぁ、ですよぉ」
「ほほぅ・・・するってえと、わざわざ高くしてる意味があるって事かい?」
「そうですよぉ。
でしたらぁ、そこのぉ、台座にぃ、ぴったりと寄ってぇ、上をぉ、見上げてぇ、みてくださぁい」
「んーー?」
「こっちこっち、この辺りだよ」
優舞に誘導され、台座に近づく。
「こいつは・・・タマ姉だな。どれどれ――」
そのまま上を見上げる、と――
「・・・はーはっはっは!!!なるほど!こういう事かい!!!」
「でしょでしょ?ベストなアングルでしょう」
彫像と化したタマ姉は、誰かに呼びかけられたのか、右足を少し引いて振り向いた、見返り姿で固まっていた。
正面から見れば、まるでてっぺんが猫の耳のようにも見える、特徴的なロングヘアーが軽くなびいたまま固まり、
フワリと少しだけ浮き上がったスカートからは、淡い桜色に輝く綺麗なおみ足が、ふとももまで覗かせている。
とまあ・・・遠目から見れば、これくらいしか分からんのだろうけどな。
今、俺のいる位置は彼女のほぼ真下。
つまり、だ・・・
そのおみ足の先にある部分まで、そりゃあもうずずずぅいっと見られるってぇわけだよ。
「それとね、石像が輝いてるのは、影になるとこも明るくはっきりとさせるためなんだよ。
石見するときは必ずこうやって固めるの。
ほらほら、タマ姉のむちむちしたお尻とか、はいてる下着とかもバッチリ見えるでしょ?」
「ほっほーう・・・なるほどこりゃまた・・・なかなか・・・タマ姉らしい大人な下着じゃねえか。
タカ坊の好みの色はエロエロの黒だってか?クックック・・・」
我ながら兄妹揃ってエロくさい事しゃべってんなぁ・・・まあさらっと流してくれや。
ついでによく考えてみりゃあ、「下から見上げる」ってアングル自体エロっちいんだった。
大概のポリゴン系ソフトで、下から見上げるアングルは規制かけてるくらいだしなあ。
身長165cm、3サイズ89・58・82(公式設定)なんて、モデルも真っ青なプロポーションを持つタマ姉。
それを、下からじっくりと眺めた日にゃあお前さんら・・・
少しくねらせてるせいで余計に分かるくびれた腰周りや、ニーソックス履いてるんでむちむちっぷりが更に引き立つ太もも。
ピチピチに張った制服から、自己主張するみてえにせり出した、でっけえマシュマロみてえに柔らかそうな胸。
そんなのがそりゃあもう、大スペクタクルで目の中に飛び込んで来るってもんでな・・・
もし日常でこんな風に下から眺めた日にゃあ、タマ姉ご本人から神速でアイアンクロー食らわされるのは確実なんだろうが。
今、目の前に立ってるタマ姉は桜色にキラキラ光り、自らの日常の一瞬を永遠に引き伸ばされ、
その麗しい身をさらけ出すだけのオブジェの身・・・だからねえ。
動こうにも動けないってえ訳だよ諸君。
「こういった気の強い女の子が『どんなに恥ずかしい目にあっても動く事すらない』
っていうシチュエーションがまた、そそられるんだよね」
いやいや全くその通りだな!グッと来るもんがあるぜこりゃ。
「はっはっは!お前らって奴ぁ、ほんっとにこういったくだらねえ事にはこだわりもってやがんなぁ!」
うむ!今日は気分がいい!
いつもなら怒鳴り返してやるところだが今日は無礼講だ!ちゃんと褒めてやろうじゃねえか。
「いえいえぇ、律輝さんにもぉ、楽しんでもらえてぇ、よかったですよぉ」
「えへへ、珍しくお兄ちゃんに褒められちゃった」
「・・・むぅ〜、律輝ったらー、タマ姉(の石像)見る視線がエッチになってる〜」
んん?珍しくこいつらの趣味褒めたってえのに。
音々羽先生と優舞はともかく、雪香は不満そうな顔してふくれてんな。
ま、いっか。気にするほどでもねえだろ。
「どおれ、ベストな鑑賞方法も学んだ事だ、他の奴もちょっくら見てくるとすっか」
「そだね。いっしょに見てまわろ。細かいところは解説入れるから、何でも聞いてねお兄ちゃん」
「どうぞどうぞぉ、気をつけてぇ、いってらっしゃぁい」
俺についてきた優舞といっしょに、石像鑑賞に向かおうとすると――
「あー、私も行くってばぁー」
おいおい、ついてくるのはいいが、まだ腕に引っ付く気かよ。
「んふふー(スリスリ)」
酔ってやたらとベタベタ甘えてくる雪香を片腕に、俺は妹達を連れ添い、今度はこの洋館に飾られた石像達を見て周り始めた。
「――ったくまあ、よくもこれだけ集めたもんだぜ」
トゥハート2のヒロインはメインが8+1人。
サブキャラも、細かいの併せればだいたい同じくらい出てくるから、ここにあるのは約15,6といったとこか。
これをあっちこっち歩き回って持ってきたって訳か・・・こいつら、つくづく暇だねえ。
それにだ、さっきみたいにくだらない事には情熱を燃やすこいつ等が、ただ固めてきたで終わる訳じゃあないわけで――
「ほほう、ルーシーはあの両足開いて手を高々と上げた『るー』のポーズか。
隣のこのみは・・・こりゃ階段の手すり、歩いて渡ってるとこかよ。
こんな両手広げてバランス取って、片足立ちしてなんて瞬間、よくもまあ固めてきたもんだ」
「ええとね、動きのある姿勢ばかりなのは、台座の下から覗くのを考えての事だと思うよ」
ははあ、そうかいそうかい。殊勝なこって。
このみや愛佳達の着ている制服は、多くのギャルゲーに違わずスカート短いもんだから余計に映える映える・・・
「でもよ、あんまり動きの無いのもあるみてえだな」
「それはそれでちゃんと意味があるんだってば。
・・・例えば、奥にあるイルファさんなんかは、料理してる最中で固まってるけど。
背筋をピンと伸ばして、つま先立ちしながらちょっと上半身屈めて、
棚にある調味料でも取ろうとした瞬間――こんな感じでちょっとひねりを効かせているんだよ」
「なるほど、こだわりってぇ奴かい・・・・」
――とまあこんな感じで、優舞の品評なんぞを聞きつつ、桜色の淡い光を放つ乙女達を見てんだが。
さっきから雪香の奴が話に加わらず、ずっと黙ったままってえのがどうも気になるな。
「どうしたぁ雪香?眠いなら戻って寝っころがってていいぞ」
「違う・・・眠くなんかないわよぉ・・・」
「そうかぁ?だったらよぉ、ここの石像じっくり見たらいいじゃねえか。
どうせいつもみたいに、お前も何体か固めたんだろ?せっかく苦労したんなら――」
「ちーがーうぅ!私はぁ、ぜんっぜん関係ないんだからぁ!」
なんだぁ?今度は急に怒り出しやがって。
俺の方をじーっと睨みながら雪香の奴、今度はくどくどと喋り始めやがった。
「私、これでもスイーパーなのよぉ。
プレイ進行中のゲームでおいたするなんて、職務違反な事するわけないでしょぉ?
優舞にだって、その事ちゃあんと言い聞かせてるんだからぁ」
「はあ?そうなのか?」
「うん、お姉ちゃんの言う通り。わたしもここの石像作りには全然関係してないよ」
意外だったぜ。
こいつらただ好き勝手にやってるかと思ったが、スイーパーとしての自覚はしっかり持ってたみてえだな。
「ここに来たのは音々羽先生の付き添いで、来ただけなんだからぁ。
・・・律輝、私の事ちーーーーっともわかってないじゃないのよぉ」
ううむ、この件にこいつらは直接関わってなかったとは思わなんだ。
となると一体誰がやったんだ?
・・・なーんか、少し前に俺はそいつを見たことがある気がするんだが・・・
酔ったせいでどーーにも、その辺がぼやけて思いだせん。
「今だって・・・グスッ、そうよぉ」
「お、おいおい・・・」
怒った次は泣き上戸か?
目に涙浮かべてしゃくりあげながらも、雪香の愚痴に近い話は更に続く。
「うう・・・私がずっとそばにいたのにぃ、グスッ、ここの女の子達見てばっかりでぇ・・・
クスン、それもいやらしい目でスカートの中見ちゃってさぁ・・・
私の事・・・さっき『可愛い』って言ったの、あれ、ウソだったのねぇ・・・ふぇぇぇぇん!」
おいおいおい!やべえぜ、本気で泣き出したよ。全然かまわなかったからってスネちまったってか?
かーいらしいとこ見せてくれるなあほんと。
(しゃあない、ここは兄としてちょっくら泣き止ませてやるとすっか)
少し屈んで雪香の目線に合わせると、俺はあいつの頭をなでながら、優しくなだめ始める。
「ほらほら雪香・・・よーしよし。
悪かったよ、お前の事ほうっておいちまって。この通り謝るから泣き止んでくれって」
だが雪香の奴は「グスッ・・・もう知らない」と駄々こねて泣き止む気配がない。困ったもんだ。
「あー・・・頼むから泣き止んでくれよ。何でも言う事聞いてやるからよぉ」
「・・・・・・ホントに?」
「ああホントホント。今日のお兄ちゃん、機嫌いいから何でも聞いちゃるぜ!」
「・・・それ、じゃあ」
少しの間、モジモジためらいを見せた後、雪香は目を閉じると
「ん〜」
って口を少し突き出してきた。
「・・・なんだそりゃ?」
「もうー、見て分からないの?キスよキ・ス!・・・キスしてくれたら許してあげる!」
「はあ?」
何だよ、随分とまあ積極的な行動してきやがるじゃねえか。
キスってお前・・・そうそうおいそれとすべき事じゃあ、ねえよな普通。
(んー、しかしまあ、諸外国じゃあ一種のコミュニケーションとしてやってる行為だわな)
それに俺等は兄妹だ。キスの1つや2つ、スキンシップの一環みたいなもんだ。
おし!俺もこいつらの兄だ。ガツンとかましたろうじゃねえか!
「んー・・・」
と、目をつぶったままの雪香の顔に近づく。
その、少しだけ紅に染まった小さな唇に、俺のそれとを合わせに近づく。
2つの唇が徐々に迫り、今まさに1つに合わさろうと――
「皆様!!遅くなりましたが、ただいま戻ってまいりました!!!」
突如
何者かが張り上げた大声が、部屋全体に響き渡る。
(――何!)
俺が今いるのは2階。
対して声の主は玄関口にいるんで薄暗いこの洋館の中、こんなに離れてるんじゃ顔は伺いしれないが・・・
いい加減な作りだったとはいえ、空間カモフラージュされたこの洋館に普通の奴が入れるわけがねえ。
「誰だてめえは!!」
来るはずのない来訪者に、俺はその正体を確かめようと即座に立ち上がり――
「むぎゅ!」
おっと、そういえばこいつもいたんだったな。
キスしようと近づいてきた雪香は、俺が急に立ち上がったせいで、その顔を俺の胸の辺りにしたたか打ち付けちまってた。
ちと可哀想だったが・・・今はこいつに構う時間はねえ!
何者かは知らんが正体を確かめてや――
「あらあらぁ、遅かったぁ、ですねぇ。どうしてぇ、こんなに遅くぅ――」
「もう、皆様が変な物ばかり頼まれたせいで遅れましたのです。
雪香様のカクテルとおつまみ類はともかくとしましても、優舞様の『来栖川製メイドロボフィギュア付食玩』など何軒コンビニを巡りました事か・・・
それと音々羽様、『ペットボトル入りオレンジコーヒー』は残念ながら売ってないそうです。
こんなわけの分からないものばかり・・・買出しに出かけるわたくしの身にもなってくださいまし」
――いや、威勢良く呼びかけてんだから、こっちにちーとばっかし反応してもらいてえんだが。
「あ、あら?・・・あなた様は・・・」
おぅ・・・さすがに中まで入ったんで気づいたか。
階段をフラフラしながら下りている、この俺を見上げたその姿は・・・は?巫女さん??
その、この場には実に似合わん格好も相まって、顔立ちはどことなく清楚な娘さんといった印象で――
(はて・・・清楚な娘さん?)
こいつの顔はどっかで見たような・・・あれは確か、電界でのフレイラとのやり取りで――
『あら、顔でしたら今すぐにでも分かりますわよ』
『――こちらが顔写真付きの個人データですわ』
『ほう、なかなか清楚な娘さんって感じで――』
・
・
・
・
「お前かあぁ!!!!」「え?え!?わたくし?」
おうよ!思い出したぜ!
酒が入ったせいでちょいと忘れかけちまってたが・・・こいつは電界で見てきた犯人じゃねえか!
・・・んな奴がなんでのんきに買出しになんぞ出かけてたかは疑問だが・・・こいつぁ好都合!
「おいおめえ!そこ動くんじゃねえ、今ってうぉ!とっと・・・・」
・・・まだ酒が残りまくりだな・・・足元がふらついてやがる。
だが!この俺をそこらの酔っ払いと一緒にすんなよ!
この程度の対応策、ちゃあんと用意してあるに決まってるだろうが!
「ほぉれ、と・・・」
ここに取り出しましたるドリンク剤、こいつはどんな酔いでもたちどころに醒ますすぐれもの!
超強力アルコール中和薬、その名も「アルチュウッ」!
作ったのがフレイラってのと、ラベルが酒瓶もって酔っ払った、某黄色い電気ネズミってのがちと問題だが・・・
まあいい、奴ぁ腕は確かだ!おそらく問題ねえだろうよ!
こいつをこう、コクコクーっと一気に飲み干しゃあ・・・ほーれ来た来た来た来たァ!!!
頭は徐々にスッキリ、足腰もしっかりしてきたぜ!
さあて・・・酔いがすっかり醒めたところで、迅速華麗に仕事を終わらせてやろうじゃねえか!!
犯人め、覚悟しな!!!!!