プレイ中世界介入行為の厳重指摘と正しい日本文化の徹底周知 起編

作:くーろん


 「よいしょ、と・・・これで最後ね」
 トン、と手に取った図書を本棚にしまうと、彼女はカウンターに座る図書委員に声をかけた。

 「それじゃあ、私は先に帰りますねぇ」
 「お疲れさまー。小牧さん、図書整理手伝ってくれてありがとね。助かったわー」
 「いえいえぇ、困ったときはお互い様ですから」
 なんでもないですよ、と微笑みを返しながらカウンターを横切ると、彼女、小牧愛佳(こまき・まなか)は図書室の扉を開けた。

 「うわぁ・・・綺麗な夕焼け・・・・」
 真っ先に飛び込んできたのは、茜色の淡い光。

 カウンター当番の図書委員に頼まれ、図書整理を手伝い始めたのが午後3時半ころだっただろうか。
 愛佳自身は数十分ほどと思っていたが、思ったよりだいぶ時間が経っていたらしい。
 空はいつしか夕焼けへと姿を変え、まぶしいほどの光が、窓を通して廊下を茜色に染めていた。

 「もうこんなに時間が経ってたんだ・・・下校時刻も近そうだし・・・早く帰らなきゃ」
 しばし、夕焼けに見とれていた愛佳だったが、やがて図書室を出ると玄関へと歩いていった。


 クラスメートに生徒会に先生に・・・
 何かと頼まれ事をされやすい『いいんちょ』こと小牧愛佳は、お人よしな性格ゆえ、ついついそれを引き受けてしまう。
 とはいえ、そんな他人を放っておけない性格は彼女の魅力の一つであり、慕う者はあれど、嫌う者などこの校内にはまずいない。

 さて、そんな愛佳の仕事振りはというと、一見要領悪くに見えるようで、いつのまにかテキパキと片付けていくのだから不思議なものだ。

 クラスのHRの様子を見ても、愛佳はリーダーシップを発揮するでもなく、ただクラスメートのワガママにあわあわと翻弄されているようにしか見えないのだが。
 そんないいんちょ・・・もとい愛佳の様子にクラスはなんとなくまとまっていき、いつしかどのクラスよりも先に場が落ち着いていく。

 なんとも奇妙なリーダーシップと仕事ぶり、人はそれを『委員長マジック』と呼ぶ。

 ただ残念な事に、その類まれなき才能は愛佳にとって、ただ単に損な役回りを増やすだけにしか働いていないのが悲しい。

 事実、1年のときはまだ副委員長(委員長代理)であった彼女だったが、3学期もあと少しというところでなし崩し的に委員長に任命され、
2年に進級してもやっぱりというか、またなし崩し的に委員長へと任命されてしまった。

 なるべきしてなったと言われればそれまでだが・・・
 委員長任命当日、「なんとなく読めてましたけどね・・・」と半ば悟ったような諦めの声ををもらしたその姿は、彼女の今後の人生を暗示するかのようで、なんとも哀れであった。


 (・・・あら?)
 夕日が差し込む廊下を1人歩いていた愛佳は、ふと2年生の教室の前で足を止めた。

 (あれは・・・由真?)
 夕暮れ時まで教室に残っている生徒などまずいない。
 学生さんとていろいろ忙しい身なのだ。
 遊びに部活に、勤勉な生徒ならば塾に――
 理由は様々なれど、授業が終われば各々教室から散らばっていくのが普通である。

 だが、その教室の隅に見覚えのある生徒が、1人ポツンと佇んでいた。
 廊下に背を向け佇むその姿は、窓から差し込む夕日が眩しく、そのうえ遠目から見ていたため何をしているかは分からなかったが、
その子が十波由真(となみ・ゆま)だという事は、中学からの親友である愛佳にはすぐに分かった。

 「由真ー。こんな時間まで何してるのー?」
 2人しかいないシン・・・と静まり返ったこの場に、廊下より教室へ、彼女の呼びかける声だけが通る。
 しかし、愛佳の声は確実に届いているはずなのに――当の本人は気づいてないのだろうか、振り向く気配すらない。

 「由真ー。ねえゆまったらー」
 その後も何度も呼びかける愛佳だったが、どうにも彼女の耳には届いていないようである。
 愛佳に背を向けたまま、由真はピクリとも動こうとしなかった。


 ――いくらなんでもおかしい。
 一体どうしたのだろう・・・愛佳は考えを巡らせ始めていた。

 (こんなに呼んでも気がつかないなんて・・・もしかして、お昼寝?)
 ・・・今は夕方なのだから正確には「お昼寝」ではない。
 いや、それ以前に立ったまま眠るなどと言う芸当は、おいそれとできるような代物ではないと思われるが・・・

 (違うかな・・・それじゃあ・・・ひなたぼっこ?)
 ・・・夕日でひなたぼっこをする酔狂な者はいない。

 確かに今の状況がおかしいのは事実だが・・・この発想はいかがなものか。


 「もう由真ったらー。そんなところで何してるのー?」
 考えを巡らせているうちに、さすがに心配になり始めたのだろう。
 愛佳は教室の中へと入ると、窓際にいる由真に近づいていった。

 「そんなにずっと外ばかり見てて、何か面白いものでも見え・・・キャアァ!!!」
 愛佳の口から、切り裂くような悲鳴が漏れる。
 近づいた事で気がついたのだ。
 ――親友の体に、明らかな異変が起こっていた事を。


 そこに立っていたのは・・・確かに外見上は由真、なのだろう。
 だが・・・違う。明らかに「それ」は違う。

 スカートから伸びる健康的な足も、赤を基調としたかわいい制服も、ショートに揃えた青い髪1本1本までも。
 つま先から頭まで、由真を表現していたそれらは・・・全てが滑らかな質感を持った桜色に染まっていた。


 (なに・・・これ・・・?)
 おそるおそる、愛佳は桜色一色の親友に手を伸ばした。

 右足を控えめに一歩踏み出し、真正面に向かって、何か抗議するかのように指先を向ける由真。
 だがその強気な態度とは裏腹に、表情は怯えの色を浮かばせていた。
 唇が開きかけているのは、目の前に現れた何者かに、精一杯の強がりを見せた現れであろうか。
 かつて潤いを帯びていた唇は桜色に固められ、今や薄く滑らかな光沢を放つそれは、生身とはまた違った艶やかさがあった。

 由真そっくりの、と別物に例えるにはあまりにもそっくりな、そして美しく場違いな石像。
 親友を前にしても動こうとしないその体に、愛佳の手がそっと触れた。

 (う・・・やっぱり・・・かた、い・・・)
 沿うように彼女の体を撫でた愛佳の指は、まるで大理石のように滑らかで固い質感を、そこからはっきりと感じ取っていた。

 見た目通り、そう言ってしまえばそれまでかもしれない。
 だが、自分の手で感じ取ったその触感は、ゾクリ、と愛佳の背筋に冷たいものを生み出していた。

 (え?え?・・・ええと・・・これ、は・・・)
 日常でありえるはずの無い光景に対し、無意識のうちに納得のいく理屈を彼女は考えようとしていた。
 だが彼女の持つ日常にそれは存在しない。
 そんな答えの無いサイクルは、次第に愛佳を混乱させていった。


 (え?えっと、これ、ってどう見たって由真・・・なんだよね?
でも触るとまるで石みたいで、というより石そのまんま・・・で、え、え、えーーーーっ!?)
 目の前の変わり果てた親友を前に、愛佳は完全にパニック状態となってしまった。
 ただでさえ気が動転するとオロオロしてしまう彼女は、今や小動物のようにパタパタとせわしなく体を動かしてはさらにパニクってしまう。

 (い、い、い、一体どうしたら?!そ、そうだ!とりあえず落ち着いて・・・そうよ!確か河野君が「人と言う字を3回手に書いて飲み込むと落ち着く』って――)
 混乱の中浮かんだクラスメートの打開策に、彼女は必死にすがりつく。

 (えーと人、人、人、人は確かこうでこうで・・・ああっ!違う!これ「人」じゃなくて「入」だよぉ!!)
 この程度のリラックス法程度ではいいんちょを止められはしないらしい。
 愛佳のパニック状態は更にひどくなり、クルクルと目を回し始めて今にも倒れそうだ。

 (あぁーんもうどうしたらぁ!!そうだ!先生!こういうときこそ先生を呼ばなきゃ!)
 散々慌てふためきながらも、なんとか打開策を見出したようだ。
 先生を呼びに職員室へ向かおうと、愛佳は廊下に向かって1歩踏み出した。


 だが――
 彼女の体はそれ以上動くことはなかった。

 それは、本当に一瞬であった。
 駆け出そうと1歩踏み出した愛佳の体が、瞬時に桜色に変わり・・・数秒と経たぬ内に、隣にいた由真と同じく、美しい桜色の石像と化していた。


 ――誰もいない、静かな教室。
 その中に立ち尽くす2体の石像は、夕日の赤い光と交じり合い・・・やや濃い目となった桜色に、その身を照らし出していた。








 「うーむ・・・綺麗だねえ」
 下校する生徒もほとんど見られない学校の入り口を、風に乗って桜の花びらが静かに舞い踊る。
 今は夕暮れ時。生徒もほとんど帰ったんだろう。
 茜色の空の中を散り行く桜色の花びらを、俺は1人、しばしの間眺めていた。


 ――――世の中に 絶えて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし――――
 訳:世の中に、桜の花が咲かなければ、春にものどかでいられただろうに。
   ・・・てやんでい!春って言ったら桜!それしかねえだろうが!花見だ花見!おい酒を持ってきやがれべらぼうめ!


 と、古来の歌人も歌っているように、日本人っていうのは春といえば花見ってくらい、桜の花に対して思い入れが強い。
 ・・・「なんで江戸時代よりずっと昔の歌人が江戸っ子口調なんだよ」とか突っ込むのは止めてくれ。
 俺は人間じゃないんでな。大昔の歴史のことなんざそこまで知った事か。

 まあそれはさておき、俺も桜の花は実に綺麗だと思うし、気候も暖かくなってきた春に、花見とかこつけて外で騒ぎたいという気持ちもわからなくもない。

本当なら、桜の木の下で花見としゃれこみたいところなんだが。
あいにくと今は仕事中。そういうわけにもいかんのだよなあ・・・




 「おい・・・話が違うんじゃねえか?」
 トゥーハート2世界のヒロイン達が誘拐された・・・そう告げられフレイラに呼び出された俺が、本人に言った一言がこれだった。

 「あら違いませんわ、律輝さん」
 そんな難色を示す俺に全く動ずる様子もなく、フレイラはしれっとした顔で言葉を続けてきた。

 「生成No68239 トゥーハート2世界において、ヒロインの方々が何者かに桜色の石に変えられ持ち去られた・・・これは誘拐と判断して間違いないかと思われますが」
 「この野郎、自分の都合のいいように情報操作しやがって・・・ああもういい、で、詳しい状況は?」
 事件はすでに現場で起こっているんだ。
 こいつと押し問答してたって解決するでもなし、それどころか手遅れにもなりかねない。
 
 苛立つ気持ちを抑え込むと、俺はこいつから事件の詳細を聞き取り始めた。

 「被害者は隠しキャラも含めましたヒロイン9名に、主だったサブキャラ数名・・・
メイドロボもいますから一部は数体になりますか。
当然ですが、特例許可は出ておりません。
現在、誘拐犯の行方は不明ですが、舞台となる学校付近で時空のひずみが確認されておりますので、
この辺りに空間を捻じ曲げて潜伏しているかと思われます。
以上、これらの状況から察しますに――」
 「同属の仕業、という事だな」
 「――そうなりますわね」


 メイドロボや宇宙人が出てくる「程度」の世界で、相手を石に・・・だの、空間を捻じ曲げて・・・なんて芸当をやれる奴はいない、はずである。
 そうなれば、この世界へ介入可能な外的存在――つまりうちら電霊だな、しかいないと特定されるわけだ。

 同属の恥を晒すようで心苦しいが、電霊の中にもこんなバカの事をやる奴らは少なからず存在する。
 いや、バカな事といえば俺の妹達も相当なものなんだが・・・あいつ等と今回の奴とは決定的に違う部分があるわけで・・・

 まあいいや。長くなるのでその辺はおいおい話そう。


 「犯人・・・って言っていいよな。特徴とか分かるか?」
 「そうですわねえ・・・とりあえず女性だという事と、あちらの世界では常にサングラスにマスク、頭にほっかむりをして活動している、というのは分かっています」
 うっはあ・・・早くもやる気−100%な情報がご登場と来たもんだ。

 「なかなか斬新なファッションなこって・・・俺らが何もせずとも、あっちの警察がなんとかしてくれるんじゃないか?」
 「それはそれで問題あると思われますが」
 「んなこた分かってるよ」

 あっちの警察ごときにうちら電霊が捕まるなんてまずありえないんだが。
 この間抜けな格好した犯人だと、それもありえそうで怖い・・・
 捕まったら捕まったらで、余計な事しゃべりそうだしな・・・
 騒ぎが大きくなる前に、早急に処理すべきか。

 「しかしよお・・・顔見られたくないってのは分かるが、ここまで怪しい格好すれば余計目立つだろうに」
 「あら、顔でしたら今すぐにでも分かりますわよ」
 「・・・・・・・・・・・・・は?」
 「だってこの方、正規のルートでこの世界に行ってますもの。こちらが顔写真付きの個人データですわ」
 「ほう、なかなか清楚な娘さんって感じで・・・いやそうじゃなくてだな――」


 ――さっきも言ったが、電霊にも悪さをする奴はいる。
 だからこそ、通常ゲーム世界へはスイーパー以外は行けないだの、そのスイーパーも転送にはオペレーターの手続きが必要だの、いろいろと相互間の移動には諸所の手順を踏むようになっている。
 その転送とてきちんと転送記録が取られる上、個人データだってばっちり取られてしまう。
 つまりはもし何かやれば、自分が犯人だという事がモロ分かりな訳で・・・


 「・・・・・・なあ、コイツはバカか?」
 「さあ・・・私に聞かれましても」


 仮に、だ。
 思いっきりひいき目に見て、この犯人が怪盗かぶれで、あえて素性をさらして犯行に及んでる、という考えもできなくもない、が・・・
 ――サングラスにマスク付けてほっかむりした「怪盗なんちゃら」なんてのは・・・見たかねえなあ俺は。


 「それと・・・どこで情報を聞きつけてくるのか本当に不思議なのですが。
雪香さんと優舞さん、それとなぜか音々羽先生が先にいらっしゃいまして、先にこの世界へ向かわれています」
 「オイ待て」
 雲行きがいつものように怪しくなってきてないか?

 「それで、転送してからあちらの時間で数時間は経っているのですが・・・未だに戻って来ませんで、正直困っておりましたの」
 なんだ?その頬に手を当てて「困った妹さんたちですわね」みたいな態度は。
 送り主はお前だろうが。我無関係って顔してんじゃねえよ。

 「・・・で、俺にどうしろと?」
 「あら、聡明な律輝さんなら、どうすれば良いかなんて、私が話すまでもないかと思うのですけど?」
 「お・・・お前わ・・・・・・・・」

 ――俺を呼び出した真の目的はそれかよああ「石化」って話聞いた辺りで大体分かったがな!だいたい仮にもオペレーターだろうがお前は?だったらあいつ等の転送拒否して被害の拡大防ぐくらいの配慮するってのが普通だろうがそれを毎度毎度――


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・行ってくる」
 「はい。お気をつけていってらっしゃいませ」

 上の事こいつに言ったところで、どうせ漂々と流されるさ。やるだけ無駄。とっとと仕事を終えたほうがましってもんよ。
 ・・・こうやって己を殺して妥協して行きながら、人も電霊も大人になっていくもんさ。
 ふふ・・・悲しいな、大人になるってのは・・・


 (いつか覚えてやがれ・・・)
 『これで面倒ごとはきれいさっぱりなくなりましたわ』と、爽やかな顔しながら手を振るフレイラに、そう心に怒りを刻み込みながら、俺は転送ルームへと歩き始めた・・・




 う・・・思い返してたらまた気分が滅入ってきた・・・
 「とっとと終わらせて帰るか・・・」
 俺は、犯人とやらが消えたポイントに向かうため、この場から離れた。




 「ん・・・ここか」
 トゥハート2の舞台となる学校の裏手には道があり、ゆるやかな傾斜の続く山道へと続いている。
 
 UMA探しに散策したり、山頂にある御堂へ、自称「お姉さまの縁者」こと取り巻きに呼び出された挙句、
なぜか当のお姉さまである友人の姉と、デートする約束をする羽目になったり・・・
 数年前なら体操着にブルマ姿の後輩が、エクストリームの練習に明け暮れてたりしてたっけな確か。
 ――まあ、そんな場所であると補足しておこう。

 その山道から外れ、林の中を進んだ先に、そこはあった。


 「はぁ・・・こりゃまた雑な『時空のひずみ』だこった」
 目の前には・・・実のところ何もない。ただ木々が連なってるだけだ。
 あくまで「見た目は」、だが。

 ここで言う時空のひずみとは、ある空間を外部にさらさせないため、その周囲を別地点へと繋げるよう覆った、一種の壁の事を指す。
 普通に歩いて進んでも、壁を境に別地点へと勝手に空間移動させられ、肝心の場所へは入れないという寸法だ。

 とまあ、こう聞けばまともなように見えるんだが・・・俺がさっき雑といったように――

 「つなぎ目がずれまくりなんだよ・・・」
 普通にぼーっと歩いてりゃ気づかんかもしれんが、木々の並びが変だったり、獣道がずれていたり、果ては空間から突如木が生えてたり・・・
 そりゃあ確かに時空の「ひずみ」だろうが、見た目までずれたらカモフラージュの意味ないだろうが・・・


 これを作った奴に、空間操作概念を一から勉強しなおせと声を大にして言いたい。


 ああもう、これ以上状況説明するのもアホらしくなってきたからとっとと入るぞ。
 この手の空間カモフラージュには決定的な弱点がある。
 一見壁の向こうには行けないように思えるが、それはあくまで空間を普通に移動した場合の話。
 つまりは――

 「マロ・・・じゃねえメグウィング!移動ポイント指定G−22−25!」
 ヒュンっと体が浮かび上がっては消え・・・再び現れればほらこの通り。
 壁の向こう側へテレポートしてしまえば、何のことは無い、いとも簡単に入れるってわけだ。

 あーメグウィングってのはとあるゲームに出てくる、さっき唱えかけたマロール同様、座標指定空間転移魔法だと説明しておこう。ちょいとマイナーなゲームなんでな。
 つい大昔のくせで使いそうになってしまったが・・・
 あっち(マロール)はその先が石の中だろうが問答無用で移動できるという実にアバウトで、もはや時代遅れで使い勝手の悪い魔法だからなあ・・・

 ったく移動補正くらいしろっての・・・「石の中にいる!」じゃねえってんだよ、これだから非ユーザーフレンドリー時代の魔法ってのは融通が利かなくて・・・

 いかんいかん、つい昔の事を思い返してしまった・・・話を進めようか。




 「なんだ・・・ここは・・・」
 ひずみを抜けた先は大して変わらない、そう思っていた。
 日はやや暮れかけているが、それでも木々の合間からは夕焼け色の光が見え隠れし、視界が遮られるほど暗くは無い。

 (なのになんだ・・・この異様な怪しさ加減は)
 周囲の空気はよどみ、光量自体は変わらないのに、まるで暗がりに迷い込んだかのように誤認識してしまう。
 林の中に立ち並ぶ木々も、そこらに生える草木も先ほどと同じもののはずなのに、何かを覆い隠すかのように折り合いながら生えているように見える。
 まるでその先を見せたくないかのように・・・

 これらはそう見えているに過ぎないというのは分かっているのだが・・・そう錯覚を起こす原因はただ一つ。

 ――目の前に建つ、不気味な建物。
 こいつだ。こいつがその元凶だ。

 窓から漏れる光はなく、おおよそ人が住んでいるとは思えない。
 にもかかわらず荒れぶれた様子がなく、むしろ場違いなまでに整然としており・・・この場に不釣合いなたたずまいが、余計に異様さを増している。

 ――それはもう「怪しげ」としか例えようの無い洋館。
 ホラーや推理ものにはなじみの深いであろう不気味さをかもし出す建物が、無理やりここに建てられていた。

 ああ実にうっとうしい・・・問答無用で吹き飛ばしてやりたくてウズウズする。
 「ヒロイン達がここにいる」なんて状況じゃなきゃ即実行してるところだ。
 妹達がいるかもしれない?そんな事は関係ない。
 どうせこの程度でへばる奴等でもなし。知った事か。


 しかしまあ、今回は例の間抜けな犯人が作り出したってのが推測できるからまだいいが。
 諸所の物語に出てくる「人里離れた怪しげな洋館」ってのに住む奴等は、一体どんな思惑で建ててるんだろうか、いつも疑問だ。
 頭がイカレてるのか、美的感覚が致命的に狂ってるのか、はたまた「当所、怪しげな所業を行っているで候」って宣伝告知したいんだか・・・

 西洋諸国なら普通なんかねえ・・・とりあえず日本国内に建てるのは止めていただきたいな、個人的に。
 じゃねえとどっかの「見た目は子供、頭脳は大人」な探偵が上がりこんできて、殺人事件の舞台にされかねん。
 あれも近年マルチメディア化が進んでるもんで、こっちまで余計な仕事が増えるわけで・・・はた迷惑極まりない。




 「さーて、どうしたもんかねえ」
 その怪しげな洋館の馬鹿でかい扉の前まで来て、俺は少々考え込んでいた。

 ちなみにここに来るまで注意深く近づいたが、特にワナが仕掛けられている様子はなかった。
 無用心というか余裕と言うか・・・
 ここの扉も例外ではなく、このまま勝手に入ったって別に構わないのだが・・・

 (たまには礼儀正しく入るとするか)
 そこらの勇者様みたいに、勝手に他人の家に上がりこんでタンスを漁ってる、なんて思われるのもしゃくだしな。
 コツコツ、とドアノックを2回叩く。と、

 ギ、ギギィィ・・・・
 きしみ音を響かせながら扉が開き始めた。

 
 ――最初に見えたのは、ほんの僅かな明かりと部屋を覆いつくすほどの闇。
 だが徐々に扉が開くにつれ様子は詳細になり、そこが吹き抜けのある大広間がある事が分かってきた。


 どうぞご勝手に、ってかい・・・いいだろう、おもてなしを受けてやろうじゃねえか。


 ――やがて、扉が完全に開く。そこには――
 語る事すら恐ろしい、信じられない光景が広がっていた!

to be continue


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