真冬の夜の夢

作:くーろん


 「地球にはバレンタイン、という風習があるそうね」
 「えっ?」
 ――きっかけは、フィーナのこんな疑問から始まったんだと思う。
 
 「フィーナ、バレンタインデー知らないの!?」
 月の王女――フィーナがバレンタインデーを知らないという衝撃(?)の事実に、たちまち菜月達が色めき立った。
 「ええ。月にはそのような風習がないから」
 行きかう女性達の只ならぬ熱意には驚いたわ、とは本人談。
 「ダメだよフィーナさん! それは女の子として、人生を棒に振ってるのと同じだよ!」
 いや麻衣、そこまで断言するほどの事か? と思ったけどそれは俺だけだったようで。
 傍観者と化した俺をよそに、夕食の話題はあっという間にバレンタイン談義へとシフトしてしまった。
 たまたま来ていたエステルさんだけは「馬鹿馬鹿しい、所詮は製菓業界による企みだというのに」と、そっぽを向いていたけど。
 『本命』『義理』の違い、『市販』『手作り』の使い分けといった一般的なものから、果てはどこに置くかどうやって渡すのが効果的か、etc――
 その最中、「やっぱり手作りが一番よっ」と菜月が力説した、その時だった。
 「止めたまえ菜月。バレンタインデーに何もカーボンを大量生産することはないだろう?」
 ――ピザ片手に現れた仁さんが、実に余計な事を言ってきた。
 「ちょっと! どういう意味よ兄さんっ!」
 怒る菜月、そりゃ当然だ。
 仁さんといえば優雅に皿を置くなり、肩をすくめてまた一言。
 「言った通りの意味さ。甘い甘いチョコレートが、我が妹の手によって苦い苦い物体へと変えられていく様を、僕は見たくないのだよ」
 「なっ、馬鹿にしないでよ! そんな何でもカーボンになるわけないじゃない! ねえ、達哉!?」
 「え、その・・・・・・」
 矛先を向けてきた菜月の顔をごめん、俺は直視できなかった。
 
 菜月の特技:あらゆる料理をカーボン=炭に変えること
 
 仁さんと俺を苦しめたこのスキルは2月現在、残念な事に全くの向上を見せていない。
 「うぅ・・・・・・達哉までひどい・・・・・・」
 「まあまあ菜月。達哉君もフィーナちゃんを選んだんだ、今年くらい休んでも別に――ひゃぐっ!」

 菜月の特技その2:しゃもじブーメラン
 
 閃光のごときスピードで仁さんを静めるしゃもじ。
 そのまま孤を描いてすちゃりと菜月の手の中へと収まる、己の物理法則を無視したしゃもじ。
 
 ――キジも鳴かずば討たれまいに
 
 この言葉を、ぜひ仁さんに捧げたい。
 「あったまきたっ! 見てなさい! 今年こそまともなチョコを作ってやるんだからっ!」
 力強くしゃもじを握りしめ、高々に宣言する菜月。いや待て、それ食べるのって俺・・・・・・
 「すごい意気込みね菜月。せっかくだから私も便乗させてもらおうかしら」
 「よく言ったフィーナっ! さあミア、さやかさん、麻衣、エステルさんも、みんなで来たるべき日まで特訓よっ!」
 「は、はい。お菓子作りでしたら喜んで」「あらあら、私も?」「えーっ、私もなの菜月ちゃんっ」「ちょ、ちょっと待ってください。私には何の関係も――」
 「も・ん・ど・う・む・よ・うっ!」
 燃えていた。菜月は確かに燃えていた。
 言葉どおり、降りかかる肯定否定全てを問答無用で焼き払い、かくして――
 『対手作りバレンタインチョコ製作対策本部(命名者:菜月)』を我が朝霧家の台所に置いた、女性陣達のチョコとの格闘が始まった。
 
 毎日チョコの香りが立ち込める我が家。甘いものが苦手な俺にとって実に居心地の悪い日が続く。
 ・・・・・・止められそうにないほど殺気立ってたし。
 
 しかし、だ。日は進み今日は2月13日。
 やっと終わる、そう胸を撫で下ろした夜に。
 
 それは起こった。

 
 
 
 

 「うっ・・・・・・」
 寝苦しさに目が覚めた。
 「げっ、なんだこれ」
 パジャマまでぐっしょり濡れた身。一気に寒さが襲いくる。
 時計を見れば、2時。ヒーターのタイマーだってとっくに止まってる時間だ。
 (風邪引くって、これじゃ)
 下着とパジャマを引っ張り出し、着替える。
 
 ・・・・・・この時、気づくべきだったのかもしれない。なぜこんなに寝苦しかったのかと。
 
 衣服を洗濯機に入れようと部屋を出る。
 (あれ?)
 そのとき、『それ』に気づいた。
 「ミア?」
 灯りの消えた廊下と階段。
 薄暗い空間に立つメイド姿のシルエットは、確かにミアそっくりだった。
 けど照明を付け近寄ると、それが間違いだったと気づく。
 「え、これって・・・・・・チョコ?」
 
 ――階段の途中で、誰かへ呼びかけるように手をかざしたミアそっくりのチョコ
 
 『それ』への認識は、最初そんなものだった。
 虚空を見つめるその表情は、いつもニコニコ笑ってるミアからは想像もできないほど空虚。
 でもその姿はぞっとするほどミアそっくりで。
 何かを言いかけ、開きかけた口元はなんとも所在無く。
 塞いでしまいたい・・・・・・なぜかそんな衝動に駆られた。
 (え? なんでだ?)
 分からない。けど、どうしても・・・・・・衝動が抑えられない。
 小さな花のような唇へと、身をかがめる。甘いチョコの香りが、鼻腔をくすぐる。
 虚ろな瞳は動かない・・・・・・チョコだから当然か。
 (もう少し・・・・・・)
 あと数センチ。そうすれば――
 
 「・・・・・・っ!」
 
 何してるんだ俺は?
 落ち着け俺。ミアから離れて良く考えてみろ。
 (おかしい)
 そうだよ、おかしいじゃないか。
 確かに目の前にあるのはチョコレート、それに間違いはない。
 けど・・・・・・あまりにそっくりすぎやしないか? ミアに。
 ショートボブの髪一本一本、布地の薄さまで明確に作られたメイド服。諸所に浮かぶ服のしわ。
 これ、いくらなんでも人が作ったとは到底――
 
 『・・・・・・ああ・・・・・・フィーナ様・・・・・・』
 
 (っ?!)
 くぐもった声に、俺は驚いて周囲を見渡した。
 誰もいない。気のせい・・・・・・いや違う。
 あの声はたぶん壁を隔てて、つまりどこか部屋の中から漏れてきたものだ。
(今の声、エステルさん?)
 方向からしてフィーナの部屋だと思う。けどなんでエステルさんが?
 今は夜中の2時過ぎなんだぞ、彼女だってもう帰ってる時間じゃないか。
 疑問は尽きない、けどまずは確認からだ。
 ミアチョコからそっと離れると、俺は1階のフィーナの部屋まで行きノックする。
 返事なし。俺は、ゆっくりとドアを開けた。

 
 「うっ・・・・・・」
 まただ。
 またチョコだ。今度は2つ。
 ベッドの上に座り込んだ、ホワイトチョコのフィーナ、ビターチョコのエステルさん。
 両手を絡めて、抱き合うように身を寄せ合って。
 だけど白と黒の物憂げな瞳だけは、入り口に立つ俺へと向けられている。
 しかも、今回のチョコは――
 (裸? どうして?)
 一応というか、2人の体にはプレゼントだと言いたげにリボンが巻きつけられ、下半身の大切な部分をかろうじて隠してはいた。
 あと、その、2人のさらりとしたロングヘアーが体の一部分にかかってもいた、けど。
 それは隠すというより、飾ると表現したほうが正しいというか・・・・・・むしろ僅かにかかる髪の毛の生々しさが、余計に艶っぽさを引き立たせるというか――
 
 ――ゴクリ、と喉が鳴る。
 
 俺は、フィーナを下着姿までしか知らない。
 エステルさんに至ってはぜいぜい私服姿までだ。それ以上知った日にはこの世からいなくなってる気がする。
 そんな、未知の領域を露にした2人。
 その姿はとても魅惑的で、いや分かってるさ、チョコレートだってのは。けど・・・・・・
 「フィーナ・・・・・・」
 真珠のような白の胸。先端までくっきりと型取られた、形良い、大きさほど良い乳房。
 「エステルさん・・・・・・」
 黒水晶のような黒の胸。しなを作った身からこぼれる双丘は、フィーナに負けず劣らず綺麗な流線を描く。
 「2人とも、いないのか?」
 別に、チョコレートに話しかけてたわけじゃない。
 エステルさんの声を聞いたんだ。ならどこかに隠れてるって思うのが普通だろう?
 けど部屋の中をくまなく探してみたものの、2人の姿はどこにもなかった。
 着替えたばかりのシャツが、背筋を伝う汗を吸い取る。
 「なあ・・・・・・どこにいるんだよ、2人とも」
 近くのチョコに、問いかける。ビターとホワイトの唇は動かない。
 「なあ・・・・・・答えてくれよ・・・・・・」
 再度の問いかけ。続く沈黙。
 開きかけで止まった唇。
 そこから漂う甘い芳香は、まるで2人の吐息のよう、で・・・・・・
 (そ、そうだ。あれだよ・・・・・・「私達を食べて」って奴だきっと)
 よくあるじゃないか。全身にチョコを塗って私をプレゼント、なんてシチュエーションが。
 そうだよ、きっとそうに違いない。だってそうじゃなきゃ――
 「な、なら、食べ・・・・・・なきゃ・・・・・・」
 衝動が、止まらない。
 甘く誘いかけてくるチョコレートを、貪りたくてたまらない。
 どこから行こう・・・・・・やはり口から? 
 いや胸からも捨てがたい。いっそのことリボンを取り払って下をしゃぶるのも・・・・・・
 
 ・・・・・・・・・・・・
 
 「違う! 違う違う違うっ!」
 落ち着け俺っ! 何やってんだよっ!
 チョコを塗りたくってるなら、呼吸とかでちょっとは動くはずだろう? 
 なのに全然微動だにしないじゃないかっ、2人とも。
 「なんなんだよ、一体・・・・・・」
 自分で自分が分からない。まるで、チョコの甘い色香に狂わされているような――
 (そうだ! この芳香だ!)
 ここ数日、チョコの匂いに囲まれてたから気づかなかったけど。
 家全体の空気が甘い濃厚な香りに包まれていた事に、今さら気づいた。
 むせ返るような、と例えてもいいくらいだ。空気さえ茶色く染まって見えそうなほどに。
 (これは・・・・・・あそこしかない!)
 俺は急いでフィーナの部屋を出ると、台所へと続くリビングに足を踏み入れた。

 
 「麻衣・・・・・・姉さん・・・・・・」
 もう驚く気もしない。
 より一層甘ったるい香りが増すリビング。
 そこには一糸纏わぬ姿で寝そべる2体のチョコレートが、あった。
 
 ソファに横たわるさやか姉さん。
 片手で枕を作り、片手で髪をかき上げ、口元で髪をはみ、誘うように俺を見上げている。
 テーブルの上に寝転ぶ麻衣。
 手足を投げ出し、ちょっと顔を背けて恥じらいを見せながらも、目だけは控えめにこちらへと向けて。
 その控えめな態度が、余計に欲情を掻き立てる。
 ご丁寧に、どちらもリボンでラッピング済み。
 「菜月! いないのか? いたら返事してくれ!」
 あとはもう菜月しかいない。夜中なのも省みず、俺は必死に声を張り上げる。
 けど反応無し。
 「くそっ、お前もなのか、菜月・・・・・・」
 いやな汗が背筋を伝う。
 ――その時だった。
 「食べないの? 達哉」
 「ひぅっ!」
 突然のことに驚いて身を引く。い、いきなりそばで囁かれたら当然じゃないかっ。
 菜月が、立っていた。
 左手にボール、右手に泡たて器を持って。
 「な、菜月! 無事だったんだな!? ならすぐに返事して――」
 「――どうして、食べないの? みんな、とっても美味しそうなのに」
 聞いて、ない?
 なあ菜月、なんで何かに取り付かれたような目で俺を見てるんだ?
 なんで、お前の持ってるボールからは、例の芳香がどこよりも濃厚にただよってくるんだ?
 俺の背筋を伝う汗は、止まるどころかより一層浮かび上がってはシャツを濡らし、悪寒をより一層促進させる。
 「い、いや俺の話を聞いてくれよ菜月。それにみんなって一体・・・・・・」
 「みんな、協力してくれたんだから・・・・・・ほら、麻衣もさやかさんも、こんなに美味しそう・・・・・・」
 「・・・・・・っ!」
 
 『麻衣もさやかさんも』『こんなに美味しそう』
 指差すその先は、リビングに転がるチョコ2つ。
 
 たった二言と一挙動。
 それが、俺の中で何度も浮かび上がっては否定してきた結論を、はっきりと浮き彫りにさせる。
 
 ――今まで見てきた皆は、チョコレートになった、本人自身
 
 「ひぃっ!」
 思いっきり後ずさる。
 足がもつれ、床へとへたり込む。
 (も、もしかしてあれか? 俺や仁さんがカーボンカーボンって馬鹿にしたせいなのか?)
 自分でも何考えてんだって思う。でも何でもいい、理由が欲しいんだ。
 この甘くて狂った状況を、納得させる何かが。
 「お、落ち着け菜月っ! 俺が悪かった! もうカーボンならいくらでも食べてやるから、馬鹿な真似は――」
 「これはもう・・・・・・強引に食べさせるしかないのかな・・・・・・」
 (ぜ、全然聞いてないっ!)
 俺の必死の叫びなどまるで無視し、菜月は、ボールを俺へと。
 「や、止め――」
 ――傾けた。
 「う、うわああああぁっ!」
 ボールから離れたチョコレートが、俺へと降り注いだ。
 どろりとした感触。それは顔にかかり、目にかかり・・・・・・
 
 何もかもが、真っ暗になった。
 
 
 
 
 「――哉。達哉」
 誰かが、体を揺すっている。
 「ん、う・・・・・・ん・・・・・・」
 「こんなところで寝ていては、風邪を引いてしまうわ、達哉」
 開いた目に、気品ある顔が飛び込んできた。
 「フィー、ナ?」
 日差しを浴びたフィーナの髪が、銀色にキラキラと輝いて綺麗だった。
 ・・・・・・え?
 「フィーナっ! フィーナなのか?!」
 「え? ちょ、ちょっと達哉っ」
 あまりの喜びに、俺はフィーナを思いっきり抱きしめた。
 触れ合う体から伝わる、柔らかな感触。花のような香りの髪。
 チョコレートじゃない、いつものフィーナだ。ああ、フィーナ・・・・・・
 「よかった・・・・・・元に戻ったんだなフィーナ」
 「戻ったって、達哉何を言って・・・・・・その、よく分からないけどそろそろ・・・・・・」
 「お、お兄ちゃん! 朝っぱらから何やってるのよ!」
 「へっ? あっ!」
 麻衣の声に我に返る。
 考えてみたら俺はなんて大胆な事を・・・・・・慌ててフィーナを離した。
 「た、達哉ったらもう、何やってるのよぉ」「達哉君、いくら公認の仲とはいえ、朝からはちょっと・・・・・・」「あ、あのあの、これ、これは――」「あ、あなたはっ、フィーナ様に何てことをっ!」
 「いや、え? え? え?」
 口々に騒ぎ立てる麻衣、姉さん、ミア、そしてなぜかエステルさん。
 チョコレートじゃない。チョコはこんなに表情豊かに動きはしない。
 
 呆れと怒り混じりの顔で、みんなが俺とフィーナを見下ろしていた。
 

 

   
 
 その夜。
 「あっはははっ! 私達がチョコレートに? ヘンな夢でも見たんじゃないの?」
 ・・・・・・正直に話したら思いっきり馬鹿にされました、菜月に。
 その菜月は昨日の怪しい雰囲気など微塵も感じやしないわ、俺はみんなから変な目で見られるわ。
 えらいとばっちりだ。
 「いや、そうだよなぁ。うん」
 夢って思うのが、妥当だよな。俺だってその方が安心できる。
 早々に話を切り上げると、俺は台所から離れ、リビングのソファへと腰を落とした。
 (しかしまあ・・・・・・なんて夢だ)
 チョコレートになった裸のフィーナ達。それも、誘いかけるような仕草ばかりで。
 そして俺も、その誘いに乗るようにみんなを、食べようと・・・・・・
 (うわぁ! 止め止め止めっ!)
 そこまでチョコに期待を持っていたのか俺? 今ものすごく自己嫌悪・・・・・・
 「――いいかしら、達哉」
 ぐったりとソファで落ち込む俺に、フィーナがそっと近寄ってきた。
 「ん、どうかしたか、フィーナ」
 「まあ、随分とそっけないのね。それとも変な夢のせいで、今日がバレンタインデーなのを忘れてしまったのかしら?」
 「あっ」
 クスクスとイタズラっぽく笑うフィーナ。そうだよ、今日は2月14日じゃないか。
 「今日まで頑張って作ってみたの。達哉は甘いものが苦手だとは聞いているけど・・・・・・受け取ってもらえると嬉しいわ」
 「受け取るに決まってるじゃないか。フィーナからのチョコだぞ」
 態度がそっけない? 違うよ、これは男としてのプライドなんだ。
 本当は、フィーナがバレンタインに興味を持ってくれた事にはすごく喜んでた。
 月と地球との国交回復のためとはいえ、今は滅多に会うこともできなくて、だからバレンタインもどうせ、って諦めてたから。
 でもせっかくフィーナが頑張ってくれたんだ、俺だってきちんと態度で示さないと。
 「すごく嬉しいよ、ってあれ? チョコレートは?」
 「慌てないで、達哉」
 くすりと、フィーナが柔らかに笑う。
 「チョコレートなら、ここに・・・・・・」
 そして誘うような仕草で、唇を指差す。
 「えっ? どういう――んっ!」
 ――唇が重ねられた。
 最初は触れるだけのキス。そこから徐々に濃厚に。
 「んんっ・・・・・・」
 舌と舌が触れ合い、絡み合う。
 (う・・・・・・これ、って・・・・・・)
 甘い、甘い何かが、フィーナの舌を伝って流れ込んできた。
 この味は、もしやホワイトチョコ?
 唾液と交じり合いながら、俺へと流れ込んでくるフィーナの手作りチョコ。しかも手渡しでなく、口と口を介して、直接。
 「う、ん・・・・・・くちゅ・・・・・・」
 頭の奥が、幸せでじんわりとしてくる。
 今このときが、まるで夢のようで・・・・・・
 「く・・・・・・ふぅ・・・・・・」
 何秒くらい、そうしていたんだろう。
 名残惜しかったけどフィーナのほうから唇が離れ、それは終了した。
 「どう・・・・・・だったかしら?」
 「あ、ああ・・・・・・もう・・・・・・最高だった・・・・・・」
 お互い頬は赤く火照り、甘いキスの余韻で舌が上手く回らない。
 「ふふっ・・・・・・気に入ってもらえて嬉しいわ、達哉・・・・・・」
 口元をぬぐおうと、チロリと動くフィーナの舌。
 (うっ・・・・・・)
 そんなの見せられたら・・・・・・もっと食べたくなるじゃないか。
 
 「もう1つ、どうかしら?」
 「え? う、うん」
 心を覗かれたような誘いに、ついうなづいてしまう。
 「では・・・・・・」
 再びフィーナの唇が近づき、あれ?
 「フィーナ、チョコは?」
 さすがにもう口には残ってないはず。そう思って発した他愛ない一言の、はずだった。
 「大丈夫・・・・・・チョコなら、まだたっぷりあるの」
 「えっ・・・・・・?」
 予想外の答えに、急に熱が覚めた。
 フィーナが俺の頬をしっかりと捉える、それはまるで、獲物を逃さないかのように。
 「だって、今日の私は――」
 いや違う。夢は覚めたのではなくむしろ――
 「んんっ!」
 答えが出る前に、再び触れる柔らかな感触。
 入り込む舌。口に広がるホワイトチョコの味。
 (あ・・・・・・)
 そして俺の見ている前で、フィーナの姿が、白くて、甘い別のものへと――


 ――真夏の夜の夢、という物語があるらしいが。
 なら、真冬の夜に起こったこの夢は、一体いつ、覚めるのだろう。
 
 甘い甘いチョコレートと、同じくらい甘い唇を味わいながら。
 俺は、心の中でそう思った。
 
 
 END


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