giveでtakeな吸血指導のお時間 その1

作:くーろん


 夕焼けってのはけだるいもんだな、と今思った。
 
 
 家へダラダラ帰る時見る夕焼けなんてのは、その日一日の終わりと、
やれ学校から抜け出せたというささやかな開放感しか感じないものだが、
ぐったりと床に座り込みながら、窓から差し込む光を眺めていると、
その穏やかな明るさに、思わず身をゆだねてしまいそうになる。
 例えるなら光のカーテン、ってとこだろうか。
 俺を柔らかく包み込んで、そいつがささやきかけるんだ。お休みなさい・・・・・・ってな。

 ――まいったね。
 疲れきってるせいだろう。発想がおセンチになってやがる。
 
 静まり返った室内に、いるのは壁にもたれかかった俺と、俺にもたれかかった・・・・・・一体。

 悩ましげに開いた半開きの目に、何かを求めるように、伸びた舌。
 はだけた胸元からは、両手から零れ落ちそうな、形良い胸が覗き・・・・・・白い腹が覗き、太ももが覗き・・・・・・
たくし上げたスカートから、全てをさらけ出した下半身が覗く。
 
 (綺麗だよな・・・・・・ほんと)
 顔が、だぜ。首以下もこの上ないほど魅力的ではあるけどな。
 
 うちの学園で知らぬものはいない、見目麗しい生徒会長・・・・・・だった石像。
 
 ・・・・・・扇情的だな、と思った。
 この場にふさわしくないほどに。
 
 だってここ、生徒会室だぜ?
 この人の『生徒会長』って肩書き以外、全部そぐわないものばかりじゃないか。
 何やってんだろうね、俺は。
 
 
 ・・・・・・・・・・・・くそ・・・・・・だるいな。
 が、この現状を説明しようってなると、ちょいと時間を振り返らないとならない。
 始まりは5時限目終了直後。
 
 
 今と同じくらい、けだるい時間帯までな――
 
 
 
 
 
 
 
 

 「あのなあ・・・・・・樹、いい加減起きろ」
 授業終了のメロディと雑音に乗って、友人の声が耳に届く。
 
 「ん・・・・・・あぁ・・・・・・終わったんか」
 重いまぶたを開くと、滝本の奴の呆れた顔が目に入った。
 やけに騒がしいと思ったらクラスの連中がくっちゃべってるせいか。
 数学の真田がまだいるってのに、なんとも不真面目な奴等だ。寡黙な俺を見習ってくれ。
 その真田も教室から出て行き・・・・・・
 はて?
 去り際にちらりと俺を睨んだ気がするんだが。気のせいだろう、気にする事じゃあない。
 「真田、睨んでたぞ」
 だとしてもいつもの事さ。やはり気にする事じゃあない。

 「5時限目ってのは、生徒の睡眠のためにあるとは思わんか?」
 だらりと机に突っ伏したまま顔だけを向け、俺も滝本とくっちゃべる。
 「その意見を否定する気はないし、実際何人かはウトウトしていたが、
授業前から堂々と突っ伏し続けられるのはお前だけだ」
 褒め言葉をありがとうよ、親友。
 「前のテスト、ほぼ赤点ギリギリだったのだろう? 授業くらいせめてやる気のある『ふり』はできないのか?」
 「やる気なら、基礎魔学概論と実技演習で燃え尽きちまった」
 「・・・・・・お前のオタクっぷりは、科目にまで派生してるのか」
 何を言う、失礼な。
 魔法だぞ? 手から炎出したり傷を癒したり隕石落としたりできるんだぞ。
 ROMやセル画の中でしか実現しなかったものが今、俺等の手の中にあるんだぞ。
 「お前は魔法にロマンを感じないのか? 冒険心はないのか? 灰色に染まりきった青春を薔薇色に染めようとは思わないのか?」
 「で、お前の言う薔薇色のロマンとは、ファイヤーボールで空に描いたあの珍妙な格好をした女の絵だと」
 珍妙、だと?
 「貴様! 『ラディカル聖歌隊(クワイヤー) ラプソピュア』を知らんのか!」
 「知らん」
 なんて奴だ。俺はこいつの無学を嘆いたね。
 この卓越した操魔テクを駆使し、空というキャンパスに描いたラピソピュア達を「知らん」の一言で一蹴するとは。
 こいつには俺の偉業が分からなかったらしい・・・・・・秋葉のオタク達なら感涙ものな光景だったんだぞ。
 「実技演のクスト講師に殴られるのを分かっててやるのだからな。
内申よりオタク精神を尊ぶお前には、同意は全くしないが感心はするよ」
 クソ、学園の犬め。
 個人の才能を潰そうとする現在の教育システムに、俺は活を物申す!
 「お前を抑え込もうとしてる分、教育システムはまだ救いがあると俺は安心しているよ。
時に・・・・・・いい加減目は覚めたのか?」
 「なあ親友。俺の眠気はこの程度で倒れるほどボディは甘くないぜ」
 呆れた目で見るな、しょうがねえだろうが。
 「ネットゲーでほぼ徹夜状態なんだよ。引きこもりにならず、ちゃんと学校に来た俺の勇士をちったあ讃えてくれよ」
 賛美の代わりに、滝本は軽く溜息をつくと俺の肩をポンと叩く。
 「分かった。お前の好きなようにするといい。ノートは1ページ10円でコピーさせてやろう」
 くぅ・・・・・・友情を金で取引するとは。お前なんぞ友人に格下げしてやらあ。

 (しかし・・・・・・)
 ほんとに吹っ飛んでくれんものかねこの眠気は。さすがに6時限目もってのはまずいよな。
 なんかこう、俺の眠気をエクセレントにKOしてくれるイベントの1つでも――
 「失礼します。高原樹君はいるかしら?」
 
 
 ――喧騒が止まった。
 
 
 来ちまったよ、イベントが。
 教室へとやってきたその人は俺の姿を見かけるやいなや、静まり返った教室の中を、
さっそうとした足どりで近づいてきた。
 一目見れば、一生忘れないであろう美少女。
 歩調に合わせ、ウェーブがかったロングヘアーが揺れる。
 透き通るような白地の肌に、真紅の髪は実に見事なコントラストをなしていた。
 揺れ動く髪から垣間見えたのは、人間より少し尖った、耳。
 人間じゃない、魔族の証って奴だ。
 まあ別に魔族なんて、今さら珍しくもないんだがな。
 日本人ってのは外来人に対してどうにも抵抗があるようで、異国異世界交流盛んな現在にこれじゃいかんな。うん。
 
 彼女の足が俺の席で止まった。
 今なお突っ伏している俺を、意志の強そうな青の瞳が見下ろす。
 その人が告げた。

 「高原樹君。あなたにお話があります。放課後生徒会室まで来なさい」

 有無を言わさぬ命令口調。「来なさい」ときたよ。
 だが、それがこの上なくしっくりくるってのが余計に困ったもんだ。
 なにせ当学園の生徒会長――エグゼリカ・ヴァレンシア先輩、のお言葉だからな。
 「様」をつけたほうがいいのかもしれん。
 なにせこの人は高名なヴァレンシア家第2子女であらせられるからな。
 突如現れた生徒会長直々のご指名を、クラスの連中はかたずを呑んで見守り――
 
 「・・・・・・聞いてましたか? 樹君」
 「いや、あなたの言葉は一字一句聞き取ったのですが」
 
 ――教室は、すでにいつもの喧騒を取り戻していた。
 なあみんな、もう少しこっちに注意を向けようじゃないか。なぜすでにくっちゃべりモードに戻ってる?
 俺は今、教師ではなく生徒会長に呼び出しを喰らってるんだぞ。
 お前達は横暴なる生徒会に対し、無言の重圧で意義を唱える義務があるはずだ。さあ、立てよ国民!
 「あなたも大変ですねヴァレンシア会長。このような不出来な輩の指導まで行うとは」
 「仕方ありませんわ・・・・・・先ほどお会いした真田先生のお話では、授業中終始寝ていたとか。
ここまで不真面目な生徒を、生徒会長として放っておくわけにはまいりません」
 ・・・・・・親友まで俺を裏切る腹積もりらしい。背後に銃を突きつけられたどっかの総帥みたいな気分だぜ。
 背水の陣、四面楚歌。俺の心を癒してくれる、虞美人草はここにはないのか。
 くそ、追い詰められればネズミだって猫に噛み付くんだ。ここは俺1人でも彼女に立ち向かってやろうじゃないか。
 
 「あーすみません。今日は用事があるんですよ、なのでその申し出はお受けできません」
 ・・・・・・戦いには戦術的撤退だって不可欠なんだよ。あくまで戦術だ。腰抜けなどと罵るな。
 まあそんなことはどうでもいいんだ今は。
 俺にとって今の最優先項目は、かの先輩がつり上がった目で俺を見下ろすという徹底抗戦意志を、
いかに穏便かつ安全に回避するかなわけで。
 
 「・・・・・・一応、何の用事かお聞きしましょうか」
 腰に手をあて、髪を揺らして聞き返すそのお姿は、近くの女子どもが溜息漏らしそうなほど神々しかったさ。
 「実は本日、学区外で部活動がありまして、そちらに参加を」
 して、それに歯向かう俺はさしずめ、下級悪魔かインプってとこか?
 なんつーか、結果が決まりきったような対立だなあ、おい。
 「部活動?」
 「ええ。特別課外活動部の活動でして。学園内外の様々な施設を巡り情報収集と自己鍛錬を行うという」
 「帰宅部ね」
 「いえ、ですから特別課外活動部と――」
 「『きたくぶ』、ですわね?」
 「・・・・・・別名、そう呼ばれているかもしれません」
 あいよ、負けだ負け。弱小悪魔はいさぎよく降伏するとするさ。
 
 追加情報として、この先輩は『質実剛健』『百戦錬磨』『無双乱舞』といった四字熟語も背負ってらっしゃる。
 最後のは本当に使える。いやほんとに。
 これ以上の抵抗は俺の命に関わりかねん。
 
 「高原君っ!」
 俺の机に力強く拳が叩きつけられる。
 教室が再び静まり返った。
 
 「生徒会からの呼び出しとあらば、たとえどのような部であれ、こちらを優先するのが普通というもの」
 肩を震わせながら話すエグゼリカ先輩。
 休み時間とは思えないほど静寂した教室で、まあなんとも凛とした声が響き渡っていたもんだ。
 「それを、部を優先するどころか私を謀ろうとするなど・・・・・・あなたは規律というものを理解していないのですか?」
 「いやあ、理解はしてるつもりなんですが、人間にはほら、邪な心というものが存在してまして」
 「言い訳など言語道断っ!!」
 ビシィ! と指を突きつけられてしまった。
 「その不埒な振る舞いを含めて、あなたとはじっくりと話す必要があるようですわねっ!
絶対に生徒会室に来る事! 例外など認めません! よろしいですかっ?!」
 「・・・・・・あい」
 「返事は『ハイ』っ! もう一度っ!」
 「ハイ!」
 「・・・・・・絶対ですわよ。では放課後に」
 ・・・・・・どこの熱血インテリ教師だよこの先輩は。
 エグゼリカ先輩は散々威厳と命令を叩きつけるときびすを返し、足早に廊下へと消えていった。
 
 「お前には感心するよ。あの生徒会長に立て付けるんだからな」
 何を言う。俺は戦術的撤退を願い出ただけだ。すぐに破り捨てられたけどな。
 だいたい俺は教育にたてつく心はあっても、あの先輩に歯向かう心はない。
 自分が一介の小市民風情だって納得してるんだ。
 「まあ諦めて行って来い。どうせ何度も呼び出されてるんだ。もう慣れたものだろう?
なんならコピー代くらいはタダにしてもいい。餞別だ、受け取れ」
 ああ優しいな滝本。だがコピーはいらん。すっきり目が覚めてしまったからな。
 とはいえその優しさに免じて、お前を親友に昇格し直してやる。ありがたく拝命してくれ。
 「いらん」
 そう言うなって。お前とは親友で居続けられるんだって、俺は思ってんだよ。
 
 
 俺があの先輩と何をやってるのか、深く詮索しないって事でな。

to be continue


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