フリーズ世界の状況調査とその有効利用(後編)

作:くーろん


静けさが、この場を支配していた。

かすかに耳に届くのは、清らかな水のせせらぎ・・・それだけ。
シランド城内が、通路に沿って水路が敷かれているという、珍しい造り故の音色なのだけど。

その音色を奏でる水だけが、この場でたった一つの、躍動する存在だった。

「う・・・・・」
新たな躍動を告げる、か細いうめき声。
無音の停滞を破りしその主が、ふっと、目を開けた。


「あ・・・気がついた?」
まどろみの中にいるような、ぼんやりと開いたその目を覗き込みながら、私はその主に優しく語りかける。

「ここ・・・は?」
「ゲームSO3の世界。ここはそのエリアの1つ、シランド城の中よ・・・私の事、分かる?」
「・・・心配すんな、雪香」
うめき声の主、律輝が、私の名前を呼んだ。

「少しぼうっとしてただけだ。頭ん中は・・・大丈夫・・・いかれちゃいない」
「そう・・・ならいいけど」
どうやら記憶障害とかは起こってないみたいね。ちょっと、安心。

「でも、あーんなに何度も派手な音立てて、壁に頭をぶつけてたんだもの。さすがに心配してたのよ」
「るせえ・・・」
ちょっと意地悪な私の問いかけに、律輝はばつの悪そうな顔をしながら、そのまま起き上がろうとする。

「――あ、ダメよ。まだ寝てなきゃ」
「いや・・・もう大丈夫――」
「いいからまだ寝てなさい」
起き上がろうとした律輝を押し留める。
迷惑そうな顔した律輝だったけど、私がちょっときつめな目を向けたら、起き上がるのを止めた。
うんうん、けが人は素直が一番よ。
私は兄の首に負担をかけないよう気を払いながら、ゆっくりと頭を元の位置――私の膝の上まで下ろした。

膝枕しておいてよかったと思う。
そうじゃなかったら首に負担をかけないよう、力を加減して下ろす、なんて難しかったから。

「あのねえ・・・」
はあ・・・
半ば呆れたようなため息が、思わず口からもれてしまう。
自分がさっき、どうなったのか覚えてないのかしら、この人は。
「さっき頭ぶつけたとき、あなた首の骨折ったのよ。ゴキィ!って派手な音を立てて」
「・・・・・・・」
「オマケに額を割って血をダラダラと・・・電霊は死なないからって、無理していいわけじゃないのよ。分かる?」
人間だったら死んでたと思う、確実に。


電霊は死なない。
お化けとは勝手が違うけど、とりあえず死なない。
とはいえ、無理をすれば疲れもすれば怪我もするのは人間と同じ。
まして首の骨を折って
「あ、首が折れて・・・けど、ま、しょうがないか」
なんて何事もなくすむなんて事、当然あるわけがない。

さっきだって、とりあえずヒーリング(回復魔法)でなんとかなったけど・・・
レイズデッド(蘇生魔法)使おうか迷ったくらいなんだから。

あんまりバカなことして、妹に迷惑かけないで欲しい――
そう口に出すのは、確実にケンカになるから止めといたけど。


「さっきも言ったけど・・・私達はちゃんとしたお仕事で来てるの。
だからここは、私達に任せてもらえないかしら?」
会話を続ける。
今度は素直に休んでもらうよう、お願いしなきゃならないのよね・・・骨が折れそうだわ。
口調を努めて柔らかに、丁寧に。気を荒立てないよう言葉を選びながら語りかける。
「それに、首の怪我も心配なのよ・・・今日のところは静かに休んでて、ね?」
最後に、両手を合わせて「お願い」のポーズ。
素直に聞いてくれるといいんだけど・・・無理かもしれない。うちの兄ってすぐ食って掛かるから。

「分かったよ・・・さっきは邪魔して悪かったな」
「え・・・」
悪態の1つくらい出るかと思ったのに――
素直に謝られたので思わず狼狽してしまう。

「わ・・・わ、わ、分かればいいのよ、分かれば」
「――どうした?顔赤いぞ」
「な!・・・ななな、なんでも、ないわよ!」
思わず顔を背ける。
・・・顔が赤いのは、たぶん慌てたせいよ。うん。

「・・・それじゃ私は仕事に戻るけど、絶対安静よ。このまましばらく休んでなさいね」
顔のほてりが治まった後、律輝に振り向くとそう言い添えた。「絶対安静」を特に強調して。
「ああ・・・そうさせてもらう」
「よろしい。それじゃ――」
素直な返事に、私は優しく微笑む。と、すぐにゆるやかな口調で、ある呪文を唱え始めた。

「お、おい何を――」
「スリープよ。寝てたほうが直りが早いでしょ・・・抵抗しないでよね」
詠唱を止めてそっと一言告げると、再度詠唱を開始する。

「――スリープ・・・・・・・・・・おやすみ。良い夢を――」




「・・・・・よし!」
思わず軽くガッツポーズ。体よく邪魔者を排除できて一安心だわ。
こっちの世界に、律輝が来たときはどうしようかと思ったけど、これならもう邪魔されないわね。

静かに寝息を立てるその邪魔者を起こさないよう、私は静かに離れた。
頭は床に――はさすがに可哀想なので、即席で作り出した枕に載せる。


私達電霊はこうやって、物質を空間に作り出すことができる。
仕組みは・・・ええと・・・空間内の電子情報がどうとかで・・・・・・
――面倒なので省略。どうせいつか、律輝が喋るでしょ。
私、そこの兄に事あるごとに講義とか聞かされてるせいで、こういった面倒な説明するのって嫌いなのよね。
なのでパス。

ところで今作り出したこの枕、低反発枕っていう、頭に負担のかからない特製品よ。
この心配りには感謝して欲しいわね。
――ホームセンターで2,000円程度の枕で何を、なんて突っ込みは認めません。


「さ、お仕事再開しなきゃ」
律輝を黙らせるのに随分と時間をかけてしまった。先に行った優舞に、早く合流しなきゃね。

「・・・後は、私達に任せてゆっくり休んでね。『お兄様』」
スヤスヤと眠る兄に半分の皮肉と、もう半分は可愛い妹の優しさでできた一言を添えると、
私はすみやかに、この場から立ち去った。


「あーあ・・・どうして分かってもらえないのかしらね・・・」
律輝が見えなくなった、1階の通路で。
ため息まじりに、私はそうつぶやくと、城内の壁――正確には柱なんだけど、に向き合う。

柱には、嘆きの顔で向こうを見つめる、ベリードスタチュー(埋め込まれた石像)がその身を迫り出していた。
そのまま、ひきつらせたまま固まった顔を、そっとなでる。
固く、なめらかな質感。ひんやりと冷たい感触。
顔だけじゃ味気ないので、手を顔から胸に、そして腰から足へ徐々に下ろし、起伏に富んだ曲線を触っていく。

「こんなに繊細で、美しいのに・・・律輝は嫌いなんだって・・・ねえ・・・あなたどう思う・・・?」
奥ゆかしい石の乙女は、私の問いには応えてくれなかった。

城中の壁から這い出ようとする、懇願と嘆きと恐怖の表情を浮かべたベリードスタチューの群。
・・・ほんとのところはこの世界の人達を、あちこちから寄せ集めて作ったものだったりするんだけど。
それを悲壮感漂う通路になるよう、絶妙に素材をベストチョイスして、配置する辺りがすごいところよね。


「ふふ・・・ほんとは、もっとあなた達と遊んで行きたいんだけど・・・それは次の今度に」
またね、といとおしげに石像へ別れを告げると、私は2階への階段に向かった。




「あ、おねえちゃーーーん、こっちこっちー・・・もう遅いよー」
「ただいま優舞。ごめんなさいね遅くなって」

階段をトントン、と上がり・・・今いるのは、シランド城2階の大きな1室。
段差のある奥には赤絨毯が敷かれ、その先に、女王様が座る椅子が据えられている、とても大きな部屋。
謁見の間、と言ったほうが分かりやすいかしら。
そこで赤絨毯を片付けていた優舞と、私は合流した。

「おにいちゃんは?」
「下に置いてきたわ。邪魔しに来ないよう眠らせといたから、安心していいわよ」
「そっかー、よかったよぉ。ここに来たらまた怒られそうだもんねー」
確かに・・・ね。
これから私達がすること見たら、何言われるかわかったものじゃない。


「あらあらぁ。雪香ちゃん、遅かったですわねぇ」
「あ、先生」
部屋の奥、テラスから聞こえた、のほほんとした声。
それに負けないくらい、ノロノロと中に入ってきたその人に、私は慌てて駆け寄った。
「すみません音々羽先生。うちの兄を黙らせるのに時間がかかってしまって」
「いえいえー、いいんですよぉ。お兄さんがぁ、しぶといというのはぁ、よく聞いてましたからぁ。お疲れ様でしたぁ」
ペコリと謝る私に、さして気にした様子でもない音々羽先生。
――なんとなくどちらもひどい事言ってる気がするけど、さらりと流して頂戴ね。


ほんわかとした顔とのほほんとした喋り方。
私達より年上なのに、背の高さは私よりちょっと大きいくらい。
こう言っては失礼だけど、見た目トロくさい印象を受ける音々羽先生。

でもね、これでも優秀なスカラー(研究者)なのよ。
あ、スカラーというのはね、その名の通り様々な研究に取り組んでる人達のことね。
律輝の話だと、大学教授みたいな人、らしい。
その研究分野は魔法学、スキル習得学、合成学、空想科学に・・・とにかく多数。
私もあんまり詳しくないのよね・・・とりあえず、SO3に合わせた物を例に出したけど。


ちなみに音々羽先生の研究分野は「状態変化対応学」。
主に心身の状態変化――毒とか麻痺とか、石化とか凍結とかの事よ、に対する研究をしてるの。
私と優舞は先生の生徒であり助手・・・半分押しかけみたいなものだけどね。
でも、先生は快く受け入れてくれて、今もこうやって、研究のお手伝いなんかもさせてもらってるわ。
その道ではかなりの権威なのよ。全然そんな風には見えないけど。

人当たりもいいし、助手である私や優舞のことを、妹みたいに可愛がってくれるとってもいい先生。
ただ、一つ問題が――


「ところでぇ、下のぉ、私の作品はぁ、どうでしたかぁ?」
「え?ええ、とても素晴らしかったです。壁からもがき出ようと必死な様子が、とてもよく現れていて――」
「そうでしょおぉ。
あれはねぇ、とぉぉぉっても苦労したんですよぉ。
あなた達がぁ、持ってきた人達の中からぁ、ちょうどねぇ、良い表情をした人達をぉ、探してですねぇ」

まずい・・・・これは始まるかも。

「そ、そうですよね。あれだけ壁にマッチした人達を探すのはやっぱり大変――」
「そうでしょおぉ。でもねぇ、結構楽しかったんですよぉ。
そうそうー、それでねぇ、その中にぃ、小さな女の子がいたんですけどぉ。
とぉぉっても可愛らしくてぇ、思わずキュウゥ、って抱きしめたんですよぉ」
「は・・・はあ・・・・・・・」

し、しま・・・・うぅ・・・気力が・・・萎えていく・・・

「そうしたらですねぇ、その子の胸のふくらみがぁ、ふわぁんって、私に当たったんですよぉ。
思ったよりぃ、胸の大きな子だったのねぇ。
でもぉ、今はぁ、フリーズ状態ですからぁ、その子は動かないんですねぇ。」

ダメ・・・止めない・・・・・・・・・と・・・・・・

「『何をしてもぉ、動かないのねぇ』と思ったらぁ、なんだかもっとぉ、確かめたくなっちゃいましてぇ。
その子をぉ、床に倒しちゃってぇ・・・
って、きゃあぁぁぁぁ。
私ったらぁ、何言ってるのかしらぁ。はしたないわぁ」
「せ、先生!」

流れ落ちる気力をなんとか押し留め、私は顔を赤らめる先生の話をさえぎった。

「――でもぉ、そういう事ってぇ――あらぁ、どうしましたぁ、雪香さん?」
「そ、そろそろ作業に取り掛かりませんか!?いえ、やりましょう!今すぐに!!」
「あらあらぁ、そうでしたわねぇ。すっかり話し込んでしまいましたわぁ」


あ、危なかったわ・・・
音々羽先生って、話し方が鈍行列車みたいにトロトロしてるのもちょっと難ありなんだけど。
放っておくと、ずるずると話が続く上に、どんどんと脱線していく方が問題なのよね。
なにせ、当初の目的地からかけ離れていって、いつまでたっても終点に到着しないんだもの。

しかも、よ。そのユラユラ感に浸っちゃって、なんとなーく話を聞き続けるじゃない?
そうするとね、あのほややんオーラに汚染されちゃって、こっちの気力までどんどん萎えちゃうのよ。
それはもう、最後には足腰が立たなくなるくらいにヘナヘナと。
そのせいで一度、夜中まで話に付き合わされた事あったし・・・
それ以降、先生と話するときは、適度なとこで軌道修正かけるよう、心がけている。


そんなちょっと・・・じゃないわね・・・結構変わったとこのある先生だけど。
メジャーな石化や凍結以外にも、マイナーな宝石化、ガラス化、人形化・・・
そんなあらゆる状態変化の、解除法や対抗法についての見識が深い事で、とても有名な方なのよ。

――表向きは、だけど。


解除法の権威っていうのはあくまで一般的な見解。
本当にやりたい研究は・・・違うのよね。

まあぶっちゃけて言えば音々羽先生って・・・私や優舞と同じ、固めフェチなのよね。
状態変化・・・というか固めを治すことより、固める事自体が研究の主旨。
治すことや対抗法は、その副産物みたいなもの。

『こういった秘術はぁ、対処法も知らないとぉ、もしぃ、事故が起こったときにぃ、困るんですよぉ』
という事でそっち方面も取り組んでいるうち、結果的に治す事にも長けてしまったらしい。
世間一般では「治療法を見つける過程上、その変化法についても長けている」って、全く逆の見方されてるけど。

そんなわけで、先生と私達は、とっても話が合う。
先生の生徒になれたときは、2人して感激したものだわ。




「それではぁ、邪魔者も排除しましたのでぇ、これから実習に入りまぁす。
優舞さぁん、準備はいいですかぁ?」
「はーい!絨毯と椅子、全部片付けましたー」
奥の方から優舞の声。私達が話してる間に、片づけ終わったみたい。

「それではまずぅ、中庭にぃ、置いたある台座とぉ、女の子達をぉ、ここに空間スライドさせまぁす」
そう言うと、先生は杖を取り出すとそれを手に持ち、ゆっくりと前に構えた。

「ではぁ、いきますねぇ。
あちらとぉぉ、こちらをぉぉ、空間スライドぉ、えーーーいーーー」
え、今のもしかして詠唱?
ここと中庭、2空間を杖で指し示めすと、音々羽先生はゆるゆるーと、杖を振りかざした。
さすがに・・・いくらなんでもこんなので――


――ヴォンッ


(うそ・・・)
室内に響く、わずかな流動音。
次の瞬間には、先ほどまで何もなかった部屋に、巨大な物体が流れてきた。

それは、無造作に投げ出された、何人かの裸の女性――私達が、先生に頼まれてここまで転送した人達ね。
ソフィアにマリア、ネルなど、ここのヒロイン達+αが、無防備な姿で転がっている。

「あ・・・ああ・・・・」
フラフラと、でも目はキラキラと輝かせながら、裸体を惜しげもなく晒す彼女達に向かう優舞。
「優舞・・・ここにいなさい」
それを、姉としてたしなめる私。

この子はホントに・・・節操がないわね。
双子だから優舞とは同い年なのに・・・いつからお姉さんになったのかしらねえ、私。

そうそう、それともう1つ、部屋を埋め尽くすほどの、巨大な大理石の台座もあったんだわ。
台座は長方形の土台に、数個のやや小さめの受け皿が、土台から平行に並ぶ支柱に備え付けられていた。
中心にはやや太目の長い支柱が立っている。


これだけの物を、空気の揺らぎすら起こさずスライドさせられるなんて・・・
空間スライドって結構難しいのに・・・すごい事なんだけどあれじゃ・・・素直に感心できない・・・


ところで――
「これって・・・噴水、ですか先生?」
「そうよぉ。
あそこの受け皿にぃ、そこの彼女達をぉ、配置するんだけどぉ。
雪香ちゃん、どうしましたかぁ?」
「いえ、なぜ噴水にするのかがよくわからなくて」

確かに、ここシランドは水が豊富な土地よ。
それにシランド城自体、要所に水が流れていて、巨大な水路ってイメージはあると思う。
でもだからって、台座までそれに合わせて噴水にしなくてもいいと思うんだけど・・・

「んー、流すのはぁ、水だけではぁ、ないんですよぉ」
「え?違うんですか?」
「えぇ、そうですよぉ。
でもそれはぁ、後のお楽しみぃ。
今はぁ、配置のぉお手伝いをしてぇ、もらえるかしらぁ」
じらすなんて・・・よっぽど自信作なのかしら。
「分かりました。では指示をお願いしますね」
「お願いしまーす」
私と優舞は、快く承諾した。




「それではぁ、各自台座にぃ、そこの女の子達をぉ、配置してくださいねぇ。
ポーズはぁ、お任せしまぁす」
「はーい」「わかりました」
「皆さぁん、高いところの作業なのでぇ、くれぐれもぉ、事故には気をつけてねぇ。
事故と言えばぁ、可愛い子ばかりですけどぉ、いたずらはぁ、ダメとは言いませんけどぉ、ほどほどにねぇ。
でもぉ、いたずらしたい気持ちはぁ、分からなくはないんですよぉ。
私もぉ、ペターニの工房に入ったときにぃ――」
「せ、先生!・・・分かりましたからもう始めましょう!」
危ない危ない・・・また脱線が始まるとこだったわ・・・

「――そこにいたぁ・・・あらあらぁ、せっかちですねぇ・・・そんなですとぉ、男の子に嫌われますよぉ」
余計なお世話です。だいたい私以外で今、軌道修正できる人いないじゃないのよ。

「ではぁ、作業かいしぃぃ」
「「はーーーーい・・・」」
ほやーんとした号令に、気の抜けた返事が重なる。
どうでもいいけど先生って、絶対リーダーシップ取るのには向かないと思う。


ともかく作業が始まった。
まず私と優舞、音々羽先生、それぞれの設置する女の子が割り当てられる。
私がソフィア・マリアのヒロイン2人。
優舞がネル・タイネープ・ファリン・クレア。シーハーツの隠密トリオ+その友人ね。
先生はそれ以外の人達担当。

その後は噴水の脇に置かれた女の子の中から、自分担当のキャラを探し出す。
フェイトやアルベル?
知らないわよ男なんて。必要ないからその場に放置してきたもの。


「2人は・・と。あ、ここね」
2人はすぐ見つかった。
たぶん戦闘中だったのね。2人とも裸のまま杖や銃を構え、床に転がされている。
律輝がいたら暴れてたでしょうねえ・・・などと思いつつ、私は魔力を紡ぐ。

「――レビテーション」
編み上げたのは浮遊魔法。今やどこのゲームのだったかも定かではないくらい、ポピュラーな魔法。
魔力の糸に絡め取られ、ソフィアとマリア、2人の体がフワリと浮かぶ。
その身をさらけ出したまま構えを取る2人は、動く事もなくそのまま空中に身を任せる。
後は私も、と。

「ウイング」
こちらは飛翔魔法。同じく所在は不明。
トン、と軽く跳躍すると、目に見えない魔力の翼によって、私の体は落下することなく空中に静止する。
今の私は鳥と同じ。重力の戒めから解き放たれ、空を自由に飛び回る事ができる。

宙に浮かべた2人を抱え、空の上から台座に持ってくためよ。
どっちも女の子とはいえ、2人を抱えて高いとこ登るなんて、そんな肉体労働は遠慮願いたいもの。

「優舞、先行ってるわよ・・・先生も言ってたけど、お遊びは後になさい」
床に転がった女の子の胸に、倒れこもうとした優舞に釘を刺すと、私は台座へと舞い上がった。


「さて、と。どうしたものかしら」
台座に降り立ち、ソフィアとマリア2人を置いたのはいいけど。
そのまま動かない彼女達をぐるりと眺めて歩きながら、私はどんなポーズを取らせようか考えていた。
それも、もう5周目・・・手や体を動かしてみてはいるんだけど、なかなかアイデアが出ない。


時間停止・・・フリーズ状態は時間停止とは違うらしいんだけど――の、最大の魅力。
それはこうやって、相手を好き勝手にもてあそべることだと思う。
もちろん、動いてるその「一瞬」を「永遠」に留めておける、というのも魅力の1つなんだけど、ね。

感じ取る間もなく、流れ、消え行く一瞬。
そして無機物にのみ許される、不変なる永遠。
でも固めとは、この相容れない一瞬と永遠を共有する事のできる、唯一の行為。
流れ落ちる一瞬を、永遠という名の鎖で絡めとリ、今この場に留めさせる。
永遠に囚われ、「物」と化した「者」は、固めた者のなすがまま。

たとえ、その身の全てを覗かれても。
欲望のまま、その身を汚されても。
オブジェとして飾られ、人としての存在意義すら捨て去られても。

抗議も、拒絶も、嘆願も許されない。
悲しみ、嘆き、苦しむことすら叶わない。
許される行為は、動かない、たったそれだけ。奴隷にも劣る存在。

そして所有者は、固めた者のあらゆる権利を奪い去り、自らが所有できる・・・それは絶対なる優越感。
甘美で、妖艶で、自己的。
背徳的で、時には猟奇的で・・・そんな魅力が、石像や氷像には詰まっている。

――でも。
そんなものは別に、時間停止じゃなくたって叶えられる。
硬い石でも、青白くて冷たい凍結でも、突き抜けるほど透き通ったガラスでも。

けどこれらが、永遠への欲望を叶えてくれるのは、たった1回。
無機物であるそれらは、元々不変なる存在。連続的な一瞬を表現することはできない。
無理に叶えようとすれば・・・それは壊れる。
それは、物という価値すら失ってしまうという事。

でも、時間停止は・・・違う。


「――そう、時間停止は・・・違うんだから」
動かない2人をぼんやりと眺めていたら・・・少し遊びたくなってきた。
お仕事の合間に、ちょっとした息抜きは・・・必要よね。


「フフ・・・最初は、やっぱりヒロインからかしら」
杖を掲げ、今まさに紋章術を発動せんとするソフィア。
それは仲間を癒すフェアリーライトか、爆炎にて敵を焼き尽くすエクスプロージョンか。
今となっては知る事はできないけど、どちらにせよ、もうそれは発動することはない。
自らの時間を凍らされた彼女は、ただひたすら、永遠に訪れない紋章術の発動を待ち続ける。
たとえ、服の下に隠れたその身を、私みたいな第三者にさらけ出しても、ね・・・

「綺麗な髪・・・少し触ってもいいかしら?」
彼女は答えない。当然だけど。
小さくて、可愛らしい口は、詠唱を続ようと開いたまま動かない。

無言の返事は承諾って事よね・・・と勝手に解釈。
腰まで伸びた栗色の髪を、私はそっとすくい上げる。
ロングヘアーってお手入れ大変なのよね・・・私も髪伸ばしてるからよく分かる。
RPGの世界って戦いばかりの日々だから、髪のお手入れには苦労してたんじゃないかな、と思う。

そのすくい上げた後ろ髪を、彼女の胸へ静かにこぼす。
通常なら決して見ることのできない、非凡なプロポーション。
生まれたまま姿でさらけ出された、その大きな胸に、栗色の髪がサラサラとこぼれ落ちる。
柔らかな髪が、豊かな曲線を描く胸のラインを、忠実になぞらえる。
その様子を恥らう事なく、ただ黙って見つめるソフィア。

「大きな胸・・・熟れた果実みたい・・・形も綺麗・・・」
じっくりと、彼女の胸を鑑賞する。
私の胸は・・・決して小さいとは思ってないけど、ここまではさすがに・・・
まあ別に、大きな胸をひがむ気はないけど。
身体的特徴は、いろいろあるから面白いし、そして・・・楽しめると思ってるし。

その熟れた果実に手を伸ばす。
彼女の年齢からいって、「熟れた」というのは間違ってる気がするんだけど・・・
それくらい大きく成熟して、こぼれそうなほどのそれは、とても柔らかくて。
それでいて張りがあって、食い込ませた指に、ささやかな反発を返してくる。

そっと手を離すと、今度はその胸を、軽く指で弾いた。
プルン、と揺れる胸。それに合わせ、栗色の髪が揺らいで踊る。

こんな事をされても、彼女はあさっての方を向いたまま、動かない。
もう一度弾く・・・震える胸、再び舞い踊る髪、動かない視線。
さらにもう一度・・・こわばる事すらない体は、こちらの弾いた力を、全て揺れに変換する。
完全な束縛、そして優越感を超えた支配感。
みずみずしい体を保ちながら、それでいてその身を自在に、物として弄べる・・・それが時間停止最大の魅力・・・


「・・・決めた。彼女の胸を生かして――」
ポージングが浮かんだ。
うん、ちょっとした息抜きってやっぱりいいものね。
ソフィアの上半身を少し屈める。足はちょっとしならせ、顔は前方に向けさせる。
腕は、両脇で胸を抱え込むように引き締めさせ、手を足首まで下ろす。

「後はこの杖を両手で持たせて、と・・・うん、完成」
杖を構え、何者かに立ち向かう彼女。
でも今の彼女は全裸で、その上ちょっと足をしならせ、両腕で自慢の胸を強調して・・・
その姿は、相手を誘ってるようにしか見えない。
幼さと純情さを残した顔に、その格好はミスマッチで・・・でもかえって色気を引き立たせる。
普段の彼女なら、絶対に見せるはずもない・・・ありえない姿を今この場で表現する。

ちょっとオーソドックスかもしれないけど、なかなかの出来に仕上がったわ。
「次は・・・と」


もう1人、マリアはブラスターを構える直前で止まっていた。
目は一点を見据え、銃を両手で向けようとする瞬間のまま、凛々しく立つ彼女。

隠すことなくさらけ出された、ソフィアよりもやや小ぶりの胸。
でも全体的に引き締まったスタイルの彼女には、このくらいがちょうどいいのかもしれないわね。

「彼女は・・・また息抜きしながら考えて、と」
・・・ごめん、私も優舞の事どうこう言えないわ・・・やっぱり姉妹ね、私達って。

でも、胸はソフィアのをたくさん堪能させてもらったし、同じことするのも・・・
そんな事を考えてたその時、私は僅かに開く、彼女の唇に注目した。
ちょっとだけ厚く、赤みを帯びた唇。
ルージュを引いたらもっと引き立つのに・・・

「・・・うん、決まり」
スッ、と彼女に近寄ると、そのまま軽く・・・唇を重ねた。
柔らかい感触が、唇を通して、私へ直に伝わる。
いとおしげに見つめる私に、でもマリアは凛々しい表情を崩さない。
ちょっとつれないかも・・・

「しょうがない、わよね・・・だって彼女にとって、今は戦いの最中なんだから・・・」
そう・・・戦闘中に止まった彼女は、今このとき、他人に口づけされているなんて分かってすらいない。

とうに終わった戦い。けど彼女にとっては、終わりなき永遠の戦い。
ありもしない敵に立ち向かう彼女の口に、もう一度、優しくキスを交わす。
2度目のキスにも、やっぱり彼女は応えてくれず、そっぽを向いたまま・・・
戸惑いも、拒絶もないけど恥じらいもない・・・そんな一方的な口づけ。


そんなつれない様子を見ていたら良いポーズに・・・ふつふつと、イタズラ心が沸き出してきた。
「まずはポージングから、と・・・」
ソフィアを背にし、銃は片手で持たせる。
それを体と平行に構えさせ、腕をまっすぐに伸ばす。
足は肩幅に開かせ、顔は銃口の先に向けさせる。
凛々しく敵に立ち向う、でもその身は惜しげもなくさらけ出し・・・

「ポージングはこんなところね。後は・・・」
私は右手に力を集中し、ビターポーション(凍結効果)を作り出した。
冷たい試験管の中で、凍えし液体が白い蒸気を立ち上げる。
その怪しげな薬を、彼女の僅かに開いた口に、そっと注ぐ。

シュゥ・・・と僅かな音が漏れた。

青白い凍結の波が、マリアのみずみずしい肌を飲み込む。
冷たい冷気が、徐々に体を包み込む。

少しの間、彼女が徐々に凍結していく様を眺めていた。
青白い肌が半分を占め・・・その辺りで鑑賞を止め、私は彼女の髪をすくい上げた。
ソフィアより、少し固めの蒼いロングヘアー。

――凍結の波が、髪まで侵食してきた。
それが髪の先端まで達する直前、すくい上げた髪をサラサラとこぼす。
流れ落ちる髪は・・・その途中で、ピタリと動きを止めた。

「・・・成功」我ながら、うまく固められたわね。
肌の張りを失い、その目も、口も、胸も、足も・・・全てが青白い、凍結のドレスに包みこまれた彼女。
そして・・・ゆるやかにウェーブを描きながら凍りついた髪は、固まる事で彼女に躍動感を与えてくれた。

「ふふ・・・あとは・・・私からのオマケ」
その出来に満足すると、私はもう一度マリアと唇を重ねる。今度は張り付かないよう気をつけながら。
ひんやりと、冷たい感触。
凍えし戦乙女の、青白いルージュが引かれた唇は、今度は拒むかのように、私の唇を押し返す。
先ほどまでの凛々しい瞳は今、薄い氷の膜に覆われ虚ろになり、視線を所在無く向けていた。

髪をなびかせ銃を構えるマリア。でも凛々しくさらけ出したその肌と髪は、青く冷たく凍りついて・・・
動と静、相反する2つが絡み合ったその完成品を、私は満足げに眺めた・・・




「みなさぁん、できましたかぁ?」
「こちらは終わりました!音々羽先生!」
「こっちもしゅーりょーでーす!」
「そうですかぁ、ではぁ、私のとこにぃ、来てくださぁい」
音々羽先生の呼びかけに、元気よく応える私と優舞。
台座から降り立つと、そのまま先生に駆け寄る。

「お疲れさまでしたぁ。2人ともぉ、頑張りましたねぇ。花丸あげちゃいまぁす」
「わー、ありがとうございまーす!」「ありがとうございます、先生」
大感激の優舞と、それほどではない返事の私。
その差に違いはあるけれど、嬉しさの差はたぶん同じ。

噴水の受け皿には、私達の「作品」が飾られていた。
私のについては前述の通り。場所は謁見の間の入り口付近。
優舞のものは私の反対側、部屋の奥にあった。


膝を下ろして座るネルと、その背後で立膝をつくクレア。
クレアの目は閉じられ穏やかな表情をしていて、少しだけネルに顔を向けていた。
その手はネルの顔を、優しく両脇から包み込んでいる。
ネルはその背中をクレアの身に預け、手は太ももの間で組んでいる。
そして、顔はクレアを仰ぎ、何かを求めるかのような切ない顔を、彼女に向けていた。
まるで互いに求めあうかのような2人。

そしてネルの両脇には、膝を下ろし、悩ましげな顔をネルに向けるタイネープとファリン。
ネルの腕に、自分達の胸を押し当て腕を絡ませて。口はネルを求めるかのように開いて・・・。

生まれたままの姿で絡み合う4人の姿は、今にもあえぎ声が聞こえてきそうで・・・とっても艶かしい。
うーん・・・ストレートなとこがあの子らしいわ。やるわね、優舞。


一方、音々羽先生の作品は、思ったよりも控えめなものばかりだった。
手がけたのは割り振り通り、ほとんどサブキャラばかり。
どうやらメインキャラを引き立てるための配慮らしい。噴水内の要所要所に配置された女性達。

その中で一際目立ったのは中央の支柱。
そこではシーハーツの女王様が支柱に背を向け、手足を絡めるような姿勢で、柱と一体化していた。
女王様って年はいくつなのかしら・・・でも見た感じ、全体のラインは綺麗よ。
一国の女王が、噴水の柱に体を貼り付けられて大理石のレリーフと化し、その身を大衆にさらけ出す。
・・・何気にすごい光景かもしれないわ。




「ではぁ、最後にぃ、この噴水をぉ、起動させまぁす」
先生はそう言うとパネルを取り出し、いくつか操作を行った。
シューッ、と何かが噴出す音。
支柱の先端にある、噴水の噴射口から水が――

「え・・・・水じゃない?」
噴射口の先端からは、霧状になった液体が噴き出てきた。
霧状の水・・・じゃないわ。だって――


霧が噴水上の女性達にかかると、その体に変化が起こった。
肌色の体が・・・白い、別のものへと変わっていく。
光沢のある白くてつるりとした・・・大理石に。
霧が凛々しく、悩ましく、いとおしげな目にかかると、それら全ては白く濁り、光を失う。
さらにそれは、柔らかな胸やすらりとした足にまで及ぶ。

噴水にいるのは、もう女性ではない。
停止していたとはいえ、かつては生き物であった、女性達の大理石像。

え・・・でもこれって・・・
「大丈夫ですよぉ。結界を張ってるのでぇ、外にはぁ、もれませんからぁ」
私の不安を察したんだと思う、先生の一言。
さすがにそうよね。じゃなかったら、危なっかしくて鑑賞どころじゃないもの。

プシュー!

「あ、また・・・」
今度は普通の水のようだった。噴出した水が、大理石像に注がれる。
水の雫が、顔や胸や足を、女性独特のラインに沿って伝う。
室内の光を反射して・・・水滴は大理石と共に、艶やかに光り輝いていた。


「すっごぉい・・・綺麗だねえ、お姉ちゃん・・・」
「ええ、本当に・・・綺麗・・・・・・先生、これが噴水にした理由なんですね」
「いえいえぇ、これもそうですけどぉ、もう1つあるんですよぉ」
「え?まだ何か――」
「そろそろですよぉ」

先ほどから流れていた水が止まり、今度はまた霧が噴出す。
それがまた大理石像に降り注ぎ――

「あ・・・・・」
今度の霧は・・・たぶん治療薬なんだと思う。

白一色だった大理石像の髪が、青に赤に栗色に・・・様々な色を取り戻す。
虚ろな瞳は光を取り戻し、表情を顔に宿していく。
柔らかな質感を取り戻す胸、そして足・・・全てが元の姿を取り戻していった。

ただ、支柱と一体化した女王様だけは、唯一大理石のままだった。
たぶん、特殊なコーティングでもかけているんでしょうね。

今噴水にあるのは大理石像ではなく、様々なポーズを取る、生身の女性達。

でも・・・彼女達は動かない。
私達の望むがまま、あられもない姿を晒す彼女達は、元の姿に戻ってもなお動かず、いまだオブジェのまま・・・


「・・・・・はぅぅ」「・・・・・・・・あぁ」
「これはぁ、薬の実験装置なんですよぉ。
私の作った薬がぁ、体内にぃ、どう影響を及ぼすかをぉ、いつでも知れるようにぃ、したかったんですねぇ。
それでぇ、ここの申請が通ってぇ、やったぁ、だったんですけどぉ。
せっかく実験するならぁ、もっともっとぉ、楽しめるものが欲しくてぇ、これをぉ、作っちゃいましたぁ。
後はぁ、これをミュージアムとしてぇ、申請許可されるだけですねぇ」

音々羽先生のゆったりとした説明を、私達は夢見ごこちで聞いていた。


実験装置という名目で作られた、噴水という名の、固められた女性の展覧台。
しかも、本来固められたものを治す薬すらも、固めの一部として使用するなんて・・・

それに、ここでは様々なものに固めることも可能。
石でも氷でもガラスでも金でも・・・薬さえあれば思うがまま。
さらに固められるオブジェ達も、自由にデザインを変更することができる・・・


固めフェチにとって最高の空間。
私達は、様々な姿に変わるこのSO3世界のキャラクター達を、いつまでも眺めていた。
叶うなら、このまま永遠にと願うほどに・・・・・・・・・・

END?


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