作:くーろん
○前回のあらすじ
その日、彼女達に降りかかったのは・・・・・・明らかに狂気だった。
森に巣くうモンスター殲滅のため、個別に森の中を進むトリスタン公国騎士団の少女達。
だがその1人、アリシアが出会ったのは・・・・・・石へと変わり果てた仲間、セシルとルルの姿だった。
その異様な光景に動揺するも、他の仲間を助けるため、森を駆けるアリシア。
だが奔走するアリシアの前で、パティが、シルファが・・・・・・
共に戦ってきた仲間達が、1人、また1人と無残な姿で石像に変えられていく。
物言わぬ少女達を、歪んだ笑みで見つめる犯人。
しかしその正体は、なんという事だろう。
それは騎士団長ヒースクリフと、隊長レシオン・・・・・・自分達の仲間だったのだ。
石へと変わる直前、パティは言っていた。「別の何者かに乗っ取られているんだ」と。
仲間の体を借りた数々の非道。
アリシアの心に憎悪がわき上がり、敵討ちと槍を構える。
だが乗っ取られているとはいえ、戦うべき相手はかつての仲間。
溢れる涙で決意が鈍り、彼らに槍を向ける事ができない。
憎しみとためらいに縛られる彼女に、レシオンの体を借りた何者が、無情な言葉を吐きつける。
「お前もこいつらと同じ石にしてやるぜ」と。
ためらいを振り切ったアリシアは悲しみに終止符を打つべく、2人へと挑みかかっていった・・・・・・
「いやあ大漁大漁。しかしチョロイねえ、こんなにうまくいくなんてな」
「だろ? 楽しく遊んでこれだけの上物を手に入れられる・・・・・・ヒヒッ、笑いが止まらねえなあ」
広く面積を取られた室内。薄暗く照らすライトの下で、2人の男が怪しげな言葉を交していた。
騎士団長ヒースクリフ、その部下である部隊長レシオン。
本来ならば、そう呼ばれるべき2人。
だが今その唇を動かす主は彼らではなく、その身を乗っ取った、全くの別人である。
名も知らぬ異邦者をあえて名指すとすれば、「偽レシオン」「偽ヒースクリフ」と称すべきか。
――森の中での悲しき戦いから数刻。
彼ら2人は暗闇落ちる森からここ、軍の所有物である飛空挺へと場所を移していた。
「しかしよぉ・・・・・・こいつらをわざわざ石に変える必要あったのか?」
「ばぁか、頭を使えって。
じたばた暴れる女より、動かない石像のほうが向こうへ運びやすいだろうが」
「ああ、そうか・・・・・・ククッ、なるほどな」
口元を歪めながら語り合う2人。その周囲に並ぶ数体の女性像。
石像を見つめる2人の瞳は、嘗め回すように石像の間を動いていた。
どの石像も豊満な胸が特徴的な、素晴らしいプロポーションを持つ少女をかたどっており、
唯一控えめな胸の女の子も、幼さ特有の愛らしさが前面に現れた、上質のものばかりであった。
だが整われた美しさ・可愛らしさに相反するかのように、浮かべる表情は、その全てが歪んでいた。
――絶望
――驚愕
――絶叫
――憔悴
整然と歪、相反する2つ。
だが精巧に再現されたそれらは互いを相乗し、石像の持つ美しさを更に際立たせる。
体の艶かしいラインと、表情の痛々しさがはっきりと浮き彫りにされた、緻密な造形物。
いや、正確には「造られた」ものではない。
元は人間であり、レシオン達と共に戦う仲間であり・・・・・・
その彼らに裏切られ、辱められ・・・・・人から物言わぬ石像へと貶められた、少女達であった。
そして、その中には――
「それによぉ・・・・・・このアリシアの迫力ある姿なんて、そうそうは拝めねえってもんだぜ」
「確かになぁ。この出来栄え・・・・・・
最後までこいつを残して、煽った甲斐があったってもんだぜ、ククッ・・・・・・」
自分を品定めする数々の言葉に、アリシアは何も返そうとしない。
いや返さないのではなく、返せないのだ。なぜなら彼女も・・・・・・
アリシアは、戦いの最中で動きを止められていた。
果敢に攻め込もうと地を蹴り、ゆらぐ黒髪は波立つままの形を留め続ける。
濃淡を失った灰色の瞳は穂先が捉えた敵を見据え、両の手で持つ槍を、全身のしなりを加え一心に貫かんとする。
流れる髪一本一本まで再現された精巧さも相まり、その姿は今にも襲い掛からんほどの迫力があった。
しかし、決意を秘めた瞳には同時に、戦う事への悲痛さがはっきりと現れていた。
目じりを伝う涙が、その悲しみを一層際立たせる。
毅然と敵と戦う姿のまま、決意も悲哀も、石と化した身に閉じ込められた少女。
その姿は、思わず魅入られそうなほど圧倒的で・・・・・・そして、訴えかけるほどの悲しさが秘められていた。
「くぅ、このでけえ胸、たまんねえぜ。早くむしゃぶりつきてえ・・・・・・」
「全くだ・・・・・・さすがは『魔乳』って呼ばれてるだけあるぜ。王女様とどっちが柔らけえだろうなあ。ヒヒッ・・・・・・」
そんな石像の内に秘められた想いなどには、全く興味がないのだろう。
顔を埋められそうなほど大きな胸に。
細くくびれたウエストからヒップまでのラインに。
ふとももに、ふくらはぎに・・・・・・女性らしさを強調するあらゆる部位に、2人は次々と手を伸ばす。
その指が巧みに体をなぞる。だがアリシアは身をよじる事すら叶わない。
決死の覚悟で戦う姿のまま石像と化し、倒すべき男達によって、ただひたすらに己が身を弄ばれる。
・・・・・・彼女にとって、これほど屈辱的な結末はないだろう。
「おい、いい加減運んじまおうぜ」
「だな。その後は解石してこいつ等を・・・・・・なあ、最初は誰にするよ?」
「そりゃあ、やっぱアリシアちゃんからじゃねえか?
『抵抗するなら仲間をぶっ壊すぞ』とか脅しながらよ。どんな顔するんだろうなあ・・・・・・ヒヒッ」
――愚劣極まりない発言であった。彼女達の耳に届いていないのが、せめてもの救いか。
「ククッ、お前最低。さあて、ならあと一仕事して――」
「よぉ! だいぶご満悦そうじゃないか」
「そりゃあもう。後はこいつらを持ち帰るだけ・・・・・・」
――反応は早かった。
声は下から聞こえてきたのだ。
予期せぬ第3者の声に2人は剣を抜き、振り返る。
漆黒を纏ったような男だった。
黒髪に黒い瞳。上下を黒で統一した服。手には漆黒の大剣と、闇の中に融け入りそうな風貌。
だが挑発的な視線、不敵な笑み、大剣を肩に掛け悠然と立つ姿。
外見とは対照的なその態度が、夜に包まれた森の中で強く存在を主張していた。
「ん、どうした? いいから続けろって」
軽い口調で男が促す。だが2人は警戒を解かない。
人里離れた森なのを2人は知っていた。普通の人間が訪れる場所ではない。
まして下にいる男は、普通というカテゴリーに当てはめるにはあまりにも特異すぎる。
無言のまま鋭い視線を向け、男を見下ろす2人。
だが男は気にも止めず、悠々とした足取りで搬入口を上がってくる。
突如現れた招かれざる来訪者。
やがて、ライトの元にその身をさらした来訪者は、2人からやや離れた位置でその歩を止めた。
「何もんだ・・・・・・てめえは」
最初に口を切ったのは偽ヒースクリフであった。
敵意をむき出しにしたまま、彼は探るように言葉を発する。
「同族だよ」
不敵な笑みのまま返された一言。軽くつき返されたその言葉に、2人の顔に険しさが増す。
「電霊というこの世界には決して存在しない、人と異なる者。
ただまあ、俺はスイーパーという職務についているからして、仕事という名目でここに馳せ参じてるってわけだ。
プレイステーションにて発売されたこのゲーム、『LUNAR WING(ルナウイング)』の世界にな」
大振りに両手を広げ肩をすくめ、発する言葉は仰々しく。
だがそれに反し、語る口調には軽薄さを絡ませる。
張り詰めた場に全くそぐわない異質さを、男は自らに演出していた。
そしてその内容は、このセラの地に住む者には理解できず、首をかしげるであろう物ばかり。
この世界に存在しない物を語る男。
偽者達2人は、すでに分かっていた。
目の前の男が自分達と同じ、電霊という種族なのだという事を。
電子情報の中にある世界「電界」に生きる、一種の精霊。
生まれ続ける電子情報世界群を常に監視し、その管理と不要な世界の消去を司る存在。
それが電霊である。
その中でスイーパーとは、多数ある世界の1つであるゲーム世界――
今彼らがいる「ルナウイング」のような世界に直接入り込み、不要世界を消去する任に就く者達を指す。
ただし、スイーパーにはもう1つの仕事が存在する。それは――
「てめえ・・・・・・馬鹿にしてんのか? んな事俺等が知らないとでも――」
「――馬鹿にしてんだよ」
「はぁ? 今なんつった!」
「おいおい、そんな事も分からないって? 参ったねこりゃ。
正規のルートを使わず、ROMハッキングツールなんておもちゃを使っての不正ダイブ。
おまけにPCハックしてのメインキャラ乗っ取り、果てはヒロイン相手に好き放題ヤリ放題。
これだけの違法行為しといて『何もんだ』だからなあ。いやはやまいったぜ」
――人の中に悪意ある者が存在するように、電霊にも不逞の輩は存在する。
元々ゲームとはエンターテインメント。願望や欲望を刺激する要素が、表に裏にと含まれている。
それはこのゲーム「ルナウイング」の世界とて例外ではない。
顔を埋められそうなほどの豊満な胸と、麗しいプロポーションを強調する衣装デザイン。
一部の者達から「魔乳」とささやかれるほど巨乳のヒロイン達が、このゲームの売りであった。
それがどれだけ男の欲望を駆り立てるかは、言うまでもないだろう。
そんな、ゲーム世界を欲望のはけ口とする同族を、世界から排除する事。
「同族狩り」――あえてそう呼ばれる、スイーパーのもう1つの仕事である。
「・・・・・・何が言いてえ」
「ここまで世間知らずのお子チャマ相手にするのは実に疲れる、とまで言わなきゃ分からんか?
己の馬鹿っぷりを公表するのは結構だが、あまりに度が過ぎると見ていて痛々しくなるんでな。
笑いすぎて腹がよじれる前に止めて貰えないか? ガキンチョども」
「はぁっ? テメエ何様のつもりだ? 散々人をコケにしやがって!」
「グダグダくだらねえ事喋りくさりやがって! 見下してんじゃねえよこのクソスイーパーが!!」
完全に侮辱をさらけ出した言動は、意図は知れないが明らかに偽レシオン達の怒りを誘っていた。
その口から次々と駑馬の声を上げる偽者達。
「コケに? 当然だろうが。違反者相手に媚びへつらう必要がどこにある」
急に、男が声のトーンを下げた。
威圧を込めた態度への変化に、2人の雑言が止まる。
「発情期の犬レベルでヘコヘコ恥垂れ流しやがった分際で、キャンキャン吠えるなクソガキどもが。
それとも何か? 自らの非を認めて素直に裁きに応じる気でもあるのか?
そういう事なら、今までの非礼くらいは詫びてやるが」
「・・・・・・」「・・・・・・」
2人は答えない。
それに応じるのは、自分達の目的を放棄する事を意味する。
「・・・・・ま、応じるわけないわな」
「ああ・・・・・」「分かってるじゃねえか・・・・・・」
やれやれと息を吐く男を、2人が更に鋭く、冷たい視線で見つめる。
目の前にいる男も彼らも、目的に大きな違いはない。
――邪魔者は、排除すべし。
緊迫が、周囲に漂う。
両人の手がゆっくりと、腰に差した剣にかけられ――
「――と、いう事でだ!」
パンッ! といきなり1つ手拍子。
剣に掛けかけかけた2人の手が、驚きに止まってしまう。
「ここは1つ、ちょいとばかしお遊びとしゃれこむ気はないかな? お二人さん」
「「はぁっ!?」」
突然の提案。
ニンマリと笑う口から出たおきらくな言葉に緊張が崩れ、2人は間の抜けた返事を返してしまった。
仰々しく語れば次は侮辱し、戒めたかと思えば今度は座興へといざなう。
緩急様々に態度を変容する男に彼らはその真意が分からず、ただ言うがままに翻弄されていた。
「3分、時間をやろう」
2人の前に3つ指を立てる男。その手を横へ逸らし、今度はパチンと指を鳴らす。
音と共に空間がわずかに揺らぎ・・・・・・何かが浮かび上がった。
「こいつが3分を刻むまで、俺はお前達を一切傷つけたりはしない」
現れたのは、針の止まった時計。
動かぬ時計を前に、男は余興のルールを話し始める。
「対してお前等はかすり傷でもなんでもいいから、俺に傷をつけるたびに更に3分時間を延長。
時間内なら戦おうがせこせこ内職しようが一切自由。俺はそれを止めない。
これならヒロイン達を電界へ転送した後とんずらってのも、頑張り次第で可能だろう?
2人協力して時間を稼ぎ、目的を果たして逃げられりゃお前らの勝ち。時間切れで俺の勝ち。
ってとこでどうだ? 悪い話じゃあないだろ?」
あまりに現状を見透かされた、そして2人に有利すぎる余興。
怪しげな提案に、当然のごとく彼らは探りを入れる。
「けっ! 攻撃しないだぁ? えらい自信じゃねえかスイーパーさんよぉ」
「お遊びだぁ? てめえ、何を企んでやがる」
「企む? 俺がか? ハッ、馬鹿をいえ」
真意を探る偽者達を、男が軽く鼻で笑う。
「一方的に痛めつけて『無力な相手に暴行を――』なんて叱られちまうのは御免なんでな。
お遊びという形で、未来ある若者にせめてものチャンスをくれてやったんだよ。
きっちりとハンディキャップまで配慮した勝負をな。いやこの慈悲深さ、感涙ものだねえ」
1人悦に入る男。
対して偽者達は、男の態度をよそに思惑を広げていた。
逃げ出す事は可能だった。
ROMへのダイブとは、いわばネットワーク接続に近い行為である。
その場から離れたければ、この世界との接続を断ち切ればいい。
だがそれでは、わざわざ石へと変えた少女達を持ち帰ることは不可能となる。
いくら動かない物とはいえ、これだけの数を別世界である電界へ送り込むには、
それなりの準備が必要となる。
せっかく手に入れたルナウイングのヒロイン達を置いて、おめおめ逃げ帰る・・・・・・
そんなつもりは、毛頭なかった。
それに・・・・・・互いに顔を見合わせる。
両方とも、口元をゆがめニヤリと笑う。考えていることは同じだった。
『あの無礼なスイーパーに、一泡吹かせてやらなきゃ気がすまねえ』
2人は絶対的な自信があった・・・・・・それが可能だと。
現在、彼らがルナウイングの世界へ不正進入できるのは、
ROMハッキングツール、いわゆる高度なデータ改ざんソフトを使用しているためである。
稼動中のROMに介入し、精神のみを世界に転送。
活動するための器は、PC(プレイヤー・キャラクター)ハック機能を用いて好きなキャラクターが使用可能。
加えてこのソフトはチート機能によって、レベル・パラメーターMAX・・・・・・・
すなわち強さの改ざんを可能としていた。
レベル・パラメーターMAXとは、この世界に換算すれば最終ボスの強さを遥かに超える。
すなわち・・・・・・この世界で彼らに勝てる相手はいない。
その力は今ここに並ぶ、少女達相手にも実践していた。
無力に抗い、一方的に倒れ付す彼女達。彼らは自分達の力に酔いしれていた。
そして飢えてもいた。その力を存分に発揮できる相手がいないものかと。
「いいぜ。そのお遊びに乗ってやるよ」「ああ、俺も依存はねえ」
「OK。んじゃ俺も忙しいんでな、ここに突っ立ってるんでとっととかかってきてくれや」
それだけ言うと、何もせずだらしなく立つ男。
自分から提案しておいて、このやる気のない言葉は何なのだろうか。
しかし、そんな事は2人にとってどうでもよかった。
あれだけの大口を叩き、更にはまがりなりにもスイーパーならば実力も相当なのだろうが、こちらは2人。
しかも相手は攻撃してこないと言うのだ。サンドバッグになると言っているようなものである。
提案自体が嘘という可能性もあるが、そんなチキン野郎なら自分達の敵ではない。
目の前の男をどう切り刻むか・・・・・・もはや2人には、それだけしか頭になかった。
改めて剣を抜き、2人は構える。
男も同じく構え・・・・・・ず、剣を杖に寄りかかる。
剣を支えにしてだらりと立つ姿は対峙した今なお、とことん戦意どころかやる気すら感じられない。
(野郎・・・・・)
ここまで戦意がなければ、逆にどう攻めるか考えあぐねるものである。
殺意のみを積み上げつつ、動けない2人。
刺々しさとけだるさの交じり合う、奇妙な空気が次々に重なり合い、より濃厚に、場に立ち込めていく。
観客はいない。
あるのは数体の石像のみ。
かつて少女だった物達は、変わる事のない表情で、ただ無口に苦悶を訴え続ける。
光無き目に次映るものは、やんごとなき日常か、性の捌け口としての一生か。
彼女達の手から離れ、奇妙な余興にゆだねられた運命の歯車は今、動き出すその時を静かに待っていた。
「とっとと来いよルーキー未満。
もがく時間をくれてやったんだ。まあせいぜい笑える醜態を、この俺に捧げてくれたまえ」
「ほざけっっ! クソ野郎がっ!」
見下す視線。侮蔑たっぷりの手招き。その挑発に偽レシオンが吠えた。
「その口・・・・・・二度と聞けねえようにしてやらぁ!」
下段に構えた刃をなびかせ、誘われるがままに切りかかる。
――カチリ
歯車が、動き始めた。