駄作と呼ばれし物語で、それでも世界は歩み続ける act.1

作:くーろん


 ――簡単な任務のはずだった。
 森を徘徊するモンスターの殲滅。各個撃破のち帰還。
 戦地へ赴く前の軽い腕ならし、そのはずだった。
 だが・・・ 






 (急がなきゃ・・・もう、時間が・・・)
 絶え間なくそよぐ風が、彼女に時の流動を告げる。
 木漏れ日が差し込む、木々立ち並ぶ森の中。
 2人の、いや1人の少女が戦っていた。

 (ここで私が討たなきゃ・・・討たなきゃいけないのよセシル!)
 討つべきは、敵。
 自分達を忌まわしい姿に変えようとしている敵なのだ――
 そう己に言い聞かせて何度目になるだろうか。
 セシルは引き締めた弓を放たんと相手に向ける。
 
 しかし――
 長く弦を引き締めている腕はすでに震え、少し力を抜いただけでも矢は放たれるというのに――
 彼女は、どうしても矢を撃つ事ができなかった。
 
 「セ、セシルさん・・・」 
 震える声が、背中越しに聞こえる。
 セシルの背後に隠れ、必死にしがみつく幼き少女、ルルの声だった。
 
 ルルの体が恐怖で震えているのが、背中ごしに伝わってくる。
 そして、その震えが・・・体の下から徐々に失われていくのを、セシルは感じていた。
 その原因を、セシルは分かっている。当然であろう、彼女自身もそれに侵されていたのだから。
 体を飲み込もうとする、灰色の呪い。
 
 
 2人の体は・・・徐々に石へと変わっていた。
 
 
 ――ふいにルルの震えが止まる。
 「ルル・・・ちゃん?」
 ルルと同じくらい、震えた問いかけ。
 だが返事は返ってこない。

 「ルルちゃん!ねえルルちゃん返事を・・・!」
 必死になって呼びかけるが、返答は無かった。
 代わりに返ってきたのは、背中より伝わる、おぞましい感触。
 
 人の肌とは異なる、硬い何かが、彼女にのしかかっていた。
 背中が徐々に冷えてくる。のしかかるその「何か」が、人肌の温かさを失いゆくせいなのだろう。
 それが何を意味するかは・・・振り返るまでもなかった。
 
 
 (くっ・・・!)
 叫びたい気持ちをこらえ、今度こそ矢を放たんとして・・・絶句する。
 セシルの指先は、すでに・・・矢を構えたまま石へと変わっていた。
 
 絶望が彼女を支配する。だがそれも一瞬の事。
 顔までも石に飲み込まれ、視界が闇へと・・・沈んでいく。

 (みん・・・な・・・・・・・・・・)
 眠りに近い、ゆるやかに薄れゆく意識。
 だが再び目覚める事はもはや、彼女に叶わぬ夢物語。
 
 
 ほどなく・・・・・・凛々しく矢を構えた、美しい少女の石像が1つ、完成した。
 
 
 2人の少女が2つの石像となり、その麗しき姿を森にさらす。
 彼女達が対峙していた「敵」は、楽しげにそれを見つめていた。
 悲劇の少女達をあざ笑うかのように、歪んだ笑みを、その顔に浮べて・・・
 
 
 
 
 
 
 「これは・・・一体・・・」
 目の前にある、仲間2人にそっくりの石像。
 あまりにも精巧すぎるそれに、彼女は言葉を失っていた。
 (なんていう生々しさ・・・これじゃまるで・・・)
 
 「セシルとルルちゃんだよ・・・アリシア」
 「な!・・・何をいってるのレシオン!」
 傍らに立つ若き隊長から出た、心の内を見透かされたような一言。
 一瞬脳裏をよぎったその結論に、だがアリシアは反発した。
 
 「人が石になるなんて、そんな事――」
 「俺だって信じられないさ。けど見てしまったんだ・・・2人が石になっていく様を。
ここまで駆けつけたときにはもう完全に・・・」
 「そんな・・・そんな事って・・・」

 ほんの数時間前までは、元気な姿を見せていた。
 『サクサクっとやっちゃいましょ』と軽口を叩きあいながら森へと散った仲間達。
 実際、森を徘徊するモンスターは大したことはなく、アリシア自身、
森を悠々と散策していたくらいであった。
 それなのに、遠くより2人を見かけた彼女が見たものは・・・
 
 未だ信じられないアリシアは、おそるおそる2人の顔に触れてみる。
 ――人の肌からは決して感じる事の出来ない、ざらりとした感触が彼女に返ってきた。
 
 ゆっくりと顔に視点を移す。
 ――見つめた瞳に瞳孔はなく、目の形をした平面が、彼女に向けられる事なく、ただ一点を見つめていた。
 2つ結びにしたセシルの鮮やかな赤のロングヘアー。
 ゆったりとしたツインテールにまとめられた、愛くるしいルルのピンクの髪。
 指先、足首・・・どこまでも、何もかも、全てが灰色に囚われた少女達。

 悲痛なセシル、怯えるルル。
 痛々しい表情を浮かべた2人は、石に変えられるまで一体何を見ていたのだろうか・・・
 
  
 「・・・いくぞ、アリシア」
 「え?」
 石化した2人に背を向け、森の奥へと進もうとするレシオン。
 あまりにも冷徹すぎる隊長を、肩に手をかけ慌てて止める。
 「待ってレシオン!2人をおいてどこへ行こうっていうの?!」
 「他のみんなにも、このことを知らせなきゃならない」
 言葉を荒げるアリシアに、レシオンは冷静に返事を返す。
 
 「2人を石に変えた奴が何かまでは、俺も分からなかった。けどこの森の中に入ったのは確かだ。
このままでは他のみんなが危ない。違うか?」
 冷静な判断だった。反論の余地がないほどに。
 
 「・・・いえ、あなたの言う通りよ」
 「ならいい・・・俺はこっちを回る。アリシアは向こう側だ。
皆を見つけ次第ここに戻るという事で。
辛い気持ちは分かるが、ぐずぐずしてる時間はないんだ。頼んだよ、アリシア」
 「ありがとう、もう大丈夫・・・行きましょう、レシオン」
 アリシアの目は、すでに戦いに赴く厳しい目を取り戻していた。
 長く戦いの中に身をおいた経験が、彼女に今なすべき事を知らせたのだろう。
 
 レシオンにやや遅れて、彼女もまた、異形徘徊しているであろう森の中へと進んでいった。
 
 
 
 
 
 
 
 (あれは、一体・・・)
 仲間を探す道すがら、アリシアは歩きながら物思いにふけっていた。
 
 木々が生い茂っているとはいえ日は高く、周囲を見渡せないというわけではない。
 警戒こそ崩さないが、時間が経過した事もあったのだろう。
 先ほどの状況を改めて検証しなおす余裕が、彼女に生まれていた。

 その中で思い浮かんだ、1つの疑問。
 (セシルは矢を放つ前に・・・いえ、あれは矢を放てなかったように見えた・・・なぜなの?)
 
 そう思ったのはセシルの表情の中に、わずかだが怯えの色が見えたからだった。
 敵は自分達を石に変えようとした相手。そう考えれば怯えるのも分からなくはない。
 しかし――
 
 
 (怯えや恐れで・・・セシルが怯む?・・・そんな事考えられないわ。だって――)
 じっと、手になじんだ槍を見つめる。
 今こうして、穂先を前へと構えれば、数々の戦いを共にしたパートナーが教えてくれる。
 皆と共に戦うまでに経た、忘れがたき過去を。
 
 (私は・・・彼女達と何度も戦った事があるんだもの――)
 
 
 ――この地、セラに存在する2つの民、セラードとベルガードは長きに渡り対峙していた。
 セラに存在する衛星、ベルガより訪れた自分達とは異なる民。
 邪神を信仰し、この地に災いをもたらす者・・・セラードにとってのベルガードとは、そんな存在だった。
 
 そして彼女、アリシアの持つ特徴的なとがった耳・・・
 それは彼女がレシオンやセシル達セラードではなく、ベルガードの民である事を意味する。
 
 初めてレシオン達の前に現れた彼女は、セラードの国、トリスタン国王女シルファ誘拐部隊、
すなわち敵であった。
 異種族同士として、互いに刃を交えた事は何度もあった。

  それが今や・・・縁あって彼らの部隊に入り、共にこの世の真理に潜む敵と戦っている。
 当時の彼女には考えられないほど、今あるこの状況は、数奇なめぐり合わせであった。
 
   
 (――互いに渡り合ったからこそ分かる。セシルがそんな事で戦いを忘れるなんて、絶対にないわ)
 そう確信を持ち、アリシアは1人うなずく。

(・・・まさか)
 ふいに、黒い推測が彼女の脳裏をよぎる。
 
 (もし、あれが怯んだのではく、相手を討つ事をためらっていたのだとしたら・・・)
 普通に考えればありえる話ではない。相手はセシル達を石に変えようとした者なのだ。
 
 しかし、浮かび上がった推測は、認めたくは無いある1つの過程を導き出す。
 
 (彼女が攻撃をためらう相手・・・戦っていた相手が、仲間だとしたら・・・)
 彼女の中で膨れ上がる疑惑の念。だがそれを彼女は、払いのけようと軽く頭を振る。
 
 (ううん、そんなはずはないわ。人を石に変える力なんて、誰が持っているというの?
それに・・・あの人達に限ってそんな・・・)
 触れてみて初めて分かった、セラードとベルガードという壁をも感じさせない、仲間達の優しさ。
 それは2つの民の間に生まれた子という、過酷な出生を持つレシオンが隊長だったからこそ、
培われたものなのかもしれない。

 (けど・・・それ以外に・・・)

 
 ――静けさに、はっと我に返る。
 
 いつの間にか、歩を止めていた。
 森の中は相変わらず静かで、だがそれが余計耳に響く。
 
 (ここで考えてても仕方がないわ・・・まずはみんなを探さないと)
 言い知れぬ不安が暗に急き立てたのだろうか。
 先の考えを胸にしまうと、アリシアは歩を速め、森の中を駆け出した。
 
 
 
 
 
 
 「お兄様・・・みんなは、大丈夫だと思う?」
 「分からん。だがパティ、今は無事であると信じて進むだけだ。余計な事は考えるな」
 
 アリシアが考えに暮れていたその頃、同じ森の中を2人の男女が歩いていた。
 ショートカットで活発そうな見た目にそぐわない、不安げな声を上げた少女の名はパティ。
 そして、彼女に厳しい一言を返した凛々しい顔つきの青年、ヒースクリフは彼女の実の兄である。
 彼はもう1つ、王国騎士団長という重き肩書きも持っていた。
 先のやや厳しい発言は、部下に対する責任感の強さから出た一言だったと言えよう。
 
 仲間達と合流するため、彼等もまた森の中を歩き続けていた。
 
 
 「うん、分かってる。けどさ――」
 兄の後ろを歩くパティが、言葉を濁す。
 
 「さっきの事が、気になるのか?」
 「だって、お兄様はあんなの見て平気なの?・・・人が、石になってたんだよ。それに――」
 
 
 彼女達もアリシアと同様、変わり果てた仲間と遭遇していた。
 古代文明や歴史に深く精通する考古学者、チロルの石像を。

 地面に尻をつきながらも、なんとか応戦しようと構えた姿のまま、石と化したチロル。
 あちこち破れ、乱れた服。おそらく激しく抵抗したのだろう。
 怯えと驚愕の表情が、唯一石化しなかった眼鏡ごしから見て取ることができた。
 
 
 「――あんな顔したチロル、私見たことない。何かとんでもない物を相手にしてたに違いないよ」
 「どうした・・・怖気づいたのか、パティ」
 「違うよ、そんなんじゃない。ただ・・・みんなが心配なだけ」
 憂いを帯びた瞳でそう語ると、組んだ手を祈るように胸へと当てるパティ。
 
 格闘家として鍛錬を積んでいたせいか、見た目サバサバした印象の彼女。
 だがその実、人一倍繊細な心の持ち主でもある。
 仲間の安否を気遣う気持ちが、胸を強く締め付けるのだろうか。
 兄の前だからというのもあり、つい心の内が漏れてしまったのだろう。
 
  
 「パティ・・・」
 歩みを止め、しばし、無言になる2人。
 風で擦れあうかすかな葉音が、静寂する場を繋ぐ。
 
 「・・・大丈夫だ、パティ」
 そんな妹の心情を察してか、ヒースクリフがそっと彼女に近づく。
 
 「お前も含めてレシオンの部隊は優秀ぞろいだ。そうそうやられはしない。
それに、私もいる。だから・・・そんな悲しい顔をするな」
 そのままパティの後ろに立つと、両の手でそっと、妹を抱きしめた。
 
 「お兄様・・・」
 幼少の頃、両親を失ってからずっと自分を支えてくれた兄のぬくもり。
 騎士団長として、そして兄として彼女を見守るヒースクリフを、パティは心から慕っていた。
 そんな兄からの愛情に甘え、彼女はヒースクリフの胸板に、そっともたれかかる。

  
 ヒースクリフが、片方の手でパティの頭をそっと撫でる。
 そしてもう片方の手は彼女の腕を沿うように指を伝わせ、そして肌をさらしている腰へと――
 
 (え・・・・?)
 ――なんだかおかしい。
 ヒースクリフの手つきには、明らかに兄妹の愛撫以上の、別の思惑が含まれている。
 細身の腰からお腹に回された手は、優しくなでるというより、
その柔らかな感触を確かめるような指使いへと変わっており・・・
 
 「あ、あの・・・お兄、様?」
 いつもの兄とは異なる行動に困惑するパティは、その真意を伺おうと顔を上げようとした、その時。
 
 
 「――ひゃぅ!!!!」
 ビクン!と体が反応した。
 
 
 ヒースクリフの手が・・・パティの胸の中へと伸びていた。
 日々の鍛錬により、余計な肉の落とされた体には不釣合いなほど大きな胸に。
 胸元だけを覆った露出度の高い上着の下から、ふくらみの中へと手を入れると彼は・・・
ゆっくりとその手で愛撫し始めたのだ。

 「な!何をするのお兄さ、は、あぁん!お、お願いやめてっ・・・ひぅっ!」
 嫌がる妹に構わず、その豊かな胸の感触を楽しむかのように指を這わせる。
 普段からは到底ありえない兄の行為に、必死に逃れようと身をよじらせ、抵抗をするパティ。
 その様子に、かえって興奮が高まっているのだろうか。
 彼の指使いがますます強く、過激になっていく。
 
 「・・・ひっ!ぐっ!やめ、ておにい・・・さまぁっ!あぐぅっ!!」
 深く食い込む指に耐え切れず、悲鳴をあげるパティ。
 もはやヒースクリフの行為は、兄妹間のそれを越えていた。
 
 (何?一体どうしたの!?いつものお兄様と全然違う!!パティ、悪い夢でも見て・・・ひぅ!)
 もはや今起こっている事が、夢か現実なのかも分からなくなっていた。
 ただこの全身を駆け巡る感触から逃れたい。
 懇願するように涙で目を潤ませたパティの顔を、今度はもう片方の手がぐいっ、と強引に上へ向けた。
 
 (・・・っ!!!!)
 ヒースクリフの顔が、パティへと近づいてくる。
 その目は怖いほどに熱っぽく、唇を奪おうと彼女に迫り――
 
 「い、いやっ!!!!!」
 言い知れぬ恐怖が、彼女を突き動かした。
 ヒースクリフから逃れようと激しく全身で暴れ出す。
 そして、互いの体が僅かに離れた隙をついて振り向くと、兄を思いきり突き飛ばした!
 
 「ぐあっ!!!」
 後方へとふっ飛ばされたヒースクリフだが、なんとか倒れこむことなく、地面に踏みとどまる。
 一方パティは・・・両手で体を抱え込み、震えていた。
 体から恐怖が、ぬぐい切れないのだろう。
 止まらない震えを何とか抑え込もうと、ギュッっと強く体を抑えていた。
 
 「はあっ!はあっ!・・・・・・・はぁ・・・・」
 ようやく震えが収まり・・・彼女は顔を上げ、兄の顔を見た。
 再び近づいてくるその目は・・・先ほどパティを見つめたときと、何ら変わっていない。
 
 妹を心配する兄の目、ではない。
 目の前の「女」を抱き寄せ、ともすれば押し倒さんとしかねない、爛々とした光の宿る、男の目。
 パティにとって、一度として見た事のない・・・誇りも、正義感も消えた、色欲輝く目であった。
 
 「お、お兄様・・・一体どうしたっていうの?!」
 身構えて後ずさりながらも、悲痛な声で兄の異様な行動を問う。
 
 「何って・・・2人は仲のいい兄妹じゃないか。だから・・・いいだろう?パティ」
 「いやっ!そんなのいやっ!!」
  軽い口調で兄から放たれた言葉を、振り払うかのように何度も首を振る。
  妹を求める兄・・・そんな背徳を肯定させようとするヒースクリフを、パティは激しく拒絶した。
 
 「確かにパティはお兄様の事、大好き、だよ・・・」
 「だろう?だったら――」
 「けど違う!違うの!パティの『好き』はそんな『好き』じゃない!!
ねえお兄様!一体どうしちゃったの?こんなの、こんなのパティいやだよ!!」
 「・・・・・・・・・・・ちっ!」
 
 (・・・・・・・・・・・・・え?)
 何度も何度も、必死に拒絶を繰り返すパティ。
 それを、ヒースクリフは・・・あろうことか舌打ち1つで払い捨てたのだ。
 
 「素直に言う事聞くと思ったのによぉ・・・抵抗しやがって・・・めんどくせぇ・・・」

 (お兄・・・様・・・・・・?)
 見開いた目で呆然と、豹変した兄を見つめるパティ。
 
 「ああ痛ってえ・・・可愛い声であえいでたんでつい油断しちまったぜ・・・くそっ!」
 
 (違う・・・・・・こんなの絶対違う!!!!)
 
 「あなたはお兄様なんかじゃない!!!」
 なおも兄から語られる暴言に耐え切れず、パティは叫んだ。

 「お兄様はそんな事言わない・・・お兄様はそんな目でパティを見たりしない・・・
お兄様はパティにあんなひどいこと・・・絶対しない!
あなたは誰?一体誰なのよ!!」
 「誰って・・・・・・見れば分かるだろう?ククッ・・・」
 堰を切ったように声を飛ばすパティを、ヒースクリフは冷ややかな笑みを浮かべ、
邪な瞳で見つめていた。

 「お前の大好きなお兄様だぜぇ・・・体だけは、だがなあ」
 「体だけ、って・・・お兄様に何をしたの?!」
 「さあ、なあ・・・けど、そんな事もうどうだっていいだろう?」
 怪しき瞳をぎらつかせ、一歩、ヒースクリフの姿を借りた「何か」が近づく。
 拳を握り締め、身構えるパティ。
 
 「どうせお前も・・・あいつと同じようになるんだからなぁ・・・」
 「あいつ・・・ってどういう事!?」
 「すぐに分かるさ・・・・・・無限の針よ、愚かしき我が敵に石の呪縛を――」
 (しまった!)
 
 反応が遅れた。
 先手を切った偽ヒースクリフは手をパティにかざし、禍々しき言葉を唱え始めている。
 それは、おそらく何かの呪文なのだろう。彼の周りに無数の針が現れ始めていた。
 
 止めようにも2人の距離は離れており、拳を決めるには間合いが足りない。
 
 「だったら・・・大気よ、我が拳に集え――」
 身を沈め、腕を大きく引くパティ。その拳に集いし大気は、徐々に渦巻く旋風となる。

 「遅せぇ!ペトロニードル!」
 「――いっけえ!ヴォルテクス!」
 
 偽ヒースクリフから無数の針が放たれる。
 遅れてパティの腕が振り上げられ、旋風が偽ヒースクリフへと襲い掛かる!
 
 鋭い音を上げ、一直線にぶつかる風と針。
 渦巻く風は針を吹き散らし、針は旋風の進行を押し止める。
 2つは互いにその力を失い、消滅した・・・かに見えた。
 
 だが――
 「痛っ!」
 ヴォルテクスの渦から逃れた数本の針が、パティの両足に突き刺さっていた。
 だがさしたケガではない。間髪をいれず次の一撃を入れるため、パティは一気に間合いと詰めようと駆け出し――

 「え?・・・あっ、あっ!キャアァァァ!!」
 ――足が急に重くなり、持ち上がらない。
 予想外の出来事に体がついていけず、パティはそのままうつぶせに倒れこんでしまった。
 
 「い、一体何が――」
 思うように足が動かない。その原因を確かめようと顔を向け・・・ぞっとした。
 
 
 両足が・・・・・・石に変わっていた。
 
 
 「あ、い・・・あ、足が石にっ!」
 それはふくらはぎまで達しており、徐々に、だが確実に全身へと迫ってくる。
 
 「どうよ、自分が石になってく気分はよぉ・・・」
 石と化した足では立つ事が出来ず、這いつくばるパティ。
 それをあざ笑うかのように、ゆっくりと、偽ヒースクリフが近づいてきた。
 
 「チロルの奴も同じ顔してたぜ・・・
怖くて怖くてたまらないって顔をなあ・・・ククッ、見ものだったぜ」
 「チロルも、って・・・それじゃチロルを襲ったのは――!」
 ニタリ、と歪んだ笑みがその顔に浮かぶ。
 それが全てを語っていた。
 
 「さあて、と・・・」
 ――いつしか彼は、パティの傍らまで来ていた。
 両足を石に変えられ、自由を奪われた彼女は、石へと変わる恐怖に怯えながら、
ただその顔を睨むように見つめることしかできない。

 「そぉらよっ!」「きゃあっ!」
 その場にしゃがみこむとパティに手をかけ、偽ヒースクリフがその身を仰向けに倒す。
 大きな胸が勢いよく揺れ、突き出すように彼の前に、その姿を現した。
 
 「な・・・・・・なにを・・・する気なの?」
 「ばぁか・・・さっきの続きに決まってんだろうが!」
 「っ・・・!!」
 (あっ、ああ・・・)
 先ほどのおぞましい記憶が蘇る。
 
 
 いやらしく体を撫で回された事。
 たわわで柔らかな胸を触られ、激しくもまれた事。
 最後には、彼女の唇を奪おうと――
 
 
 「い・・・いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 唯一抵抗できる両腕で、パティは自分を押し倒さんとする偽ヒースクリフを必死で押し留めようとする。
 
 「お兄様止めて!パティの声が聞こえないの?!お願い、もうこんな乱暴しないで!!!」
 「無駄無駄ァ!どんなに叫んだって、お前のお兄様は返事しねえんだよ!!」
 石化が腰まで達してきた。
 その恐怖と錯乱から激しく身を振り乱しながら、優しかった兄へ何度も訴えかけるパティ。
 
 だが目の前の「お兄様」は、笑いに顔を歪めながら、無下にその声を突っぱねる。
 抵抗の隙をかいくぐり、パティの上着を脱がそうと手をかける。
 
 「いやっ!止めてっ!」
 慌てて胸を隠そうと両手をよせるパティ。
 少しだけ力が抜けたその瞬間を、偽ヒースクリフは見逃さなかった。
 素早く両手を捉えると、ついにパティの両腕を地面へと押し倒した。
 
 無抵抗な胸が、震える。
 脱がされかけた上着からは、大きな胸が、その姿を半分晒していた。
 あと少しで全てが垣間見えそうなその按配が、余計に偽ヒースクリフの欲情を掻き立てる。
 
 「ヘヘッ・・・もう少しで石になっちまうんだ。大人しくしてろよ・・・」
 欲情に満ちた顔、舐めるような眼差し。
 息を荒げ、パティの胸と顔を食い入るように見る偽ヒースクリフ。
 
 
 ――小さい時から彼女を見守り続けてきた、優しい自慢のお兄様。
 そのお兄様の姿をした、別のおぞましい何かが、彼女を性欲の捌け口にせんと今、迫ってくる。
 
   
 「いや・・・お兄様、お願い・・・止め、て・・・いや・・・いやぁぁぁぁぁ!!!!!」
 パティの絶叫が、静寂な森に響き渡った。
 
 
 
 
 
 
 ――その時
 「パティ!!!」
 凛とした少女の声に、偽ヒースクリフが振り向く。
 思わぬ仲間の姿に、パティの絶叫が止まる。

 木々の間から、鋭い槍が近づいてくる。
 森の中より現れたのは・・・黒髪の少女、アリシア。
 
 殺気をまとい2人に近寄る彼女。
 刺すような視線は、パティにまたがる男の方へと、確実に向けられていた。

to be continue


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