あるダンジョンクリエーターの日常

作:くーろん


「ダンジョンはどうやって維持されているのか」こんな疑問を持ったことはないだろうか?
 莫大な財産を守る保管場所、そのような目的で作られていたのも過去の話。
 広大な迷宮、徘徊する無数のモンスター、死を招く数々の罠、これらにつきまとうものは何か? そう、維持費である。
 昨今の不況下、そのような金持ちの道楽とも言える施設に投資する者などいるはずもなく、結果、ダンジョンというものは設計すればそれで終わりではなく、その後の維持運営まで求められている、というのが現状である。
 申し遅れたが、私はダンジョンクリエイター。人々の懐寂しいこの世相の中、ダンジョンを作り続けている一人である。
 今日はそんな私の日常についてお伝えさせていただきたい。
 
 
「……ん、もうこんな時間か」
 いつも通り定時に起きる。
 地下には日が差し込むことはない。ゆえに規則正しい生活を維持することが、長くこの仕事を続けていく秘訣である。
 とはいえ有事の際は、そのような事を言ってはいられないが。
 軽く朝食を取ったところで、さて、本日の仕事へ向かうことにしよう。
 
「ほう、今日はずいぶん掛かっているな」
 ダンジョンの一室、比較的広く取られた部屋に軟体性のモンスターが数体。
 世間的にはスライムと呼ばれている種族である。見かけはそこらのものと変わらない、違うとすればその『中身』だろうか。
 ジェル状の体内に浮かんでいるのは、大理石の像。どれも女性であり、足を開いたまま立ち尽くした姿の者、逃れようともがく姿の者、その形状は様々である。
 お気づきかもしれないが、それら、いや彼女らはというべきか――このダンジョンに入り込んだ冒険者達の成れの果てである。
「ほう、なかなか端正な顔立ちをしている。こちらは……またずいぶんと幼いな。冒険者の低年齢化は相当進んでいるのだな。さて次は――」
 命令し、表面に大理石像を浮かび上がらせると早速品評に入る。素材としてはなかなかのものが揃っている、これならば良い値がつくだろう。
 
 初頭でダンジョン運営のコストについて述べさせてもらったが、その答えがこれである。
 冒険者という輩は施設を荒らす、配置したモンスターを倒す、設置した罠を破壊する(かかればかかったで老朽化が進む)と、ダンジョンというものが彼らからの防衛を目的にしているとはいえ、こちらにとっては迷惑極まりない存在である。
 それこそ世が潤っていた過去ならば、単に始末するだけでよかったのだが……運営を考慮しなければならない今、黙っていても湧いてくる彼らを利用しようと考えるのは、至極当然のことであろう。
 冒険者を『商品』にして売る、昨今のダンジョン施設は主にこのようなシステムで構成されている。当ダンジョンも例外ではない。
 ……はて、「なぜ石像となった冒険者が商品になるか」かね?
 意外だな、そのような質問が来るとは。
 世の中には様々な好事家がいるものだ。彼らはどのような世情でも、執着するものについては金に糸目をつけない。それがどれほど非合法かつ非常識であっても。
 決して公にはされない、そして収集の難しい品を好む、そんなニッチなニーズが我々の事情と一致した、というわけである。
 
 ところで目の前のマーブルスライムだが、彼らはコストを考えると非常に優秀だ。
 彼らは体内に人間を取り込むと、主食である体液(主に汗だが)を搾取するのだが、その際発生する無色透明の排泄物が、中にいる人間に組成変化を引き起こし、大理石へと変える。
 冒険者達は何も知らぬまま、商品へと作り替えられていくのである。
 相手を傷つけることはなく、餌も不要。また彼らは金属や生地を嫌うため、食事の際それらはすべて剥ぎ取るため、労せずして裸の女性像を作り上げることができる(なお冒険者達の装備品は別ルートで横流ししたり、時には当ダンジョンの宝物に回したりする。この辺は昔と変わらないな)。そして何より。
「よし、では保管庫へ運んでくれ」
 命令に従い、マーブルスライムが動き出す。こうやって運搬まで引き受けてくれるのだ。実に頼もしい。
 石化させるモンスターと言えば、コカトリスやバジリスクなどを想像するかもしれないが、あれらは商品を傷物にすることがあり、また対象を捕食するわけではないため別途餌代もかかる(まあ食されても困るわけだが)、おまけに体の造りがそう繊細に出来ていないため、間違っても運搬など任せられない。使っていた当時は苦労したものだ。
 それに比べれば、実に有能な配下を生み出せたものだ。とはいえ全く問題なしとは言えない。
「ああ、ちょっと待ってくれ」
 移動しようとした一匹を引き止め、中身を見る。
 装備品の豪華さからしておそらく騎士なのだろうが、喘ぐように身を逸らし、恍惚とした表情を浮かべたその姿には気高さも気品も垣間見れない。
 どうもマーブルスライムは性感帯を刺激する事が時折あるようで、このような淫らな大理石像を生み出すことがある。
「素材と造形がマッチしていないな……」
 これはこれで需要があるのだが……この習性を制御できないものか、今後の課題である。
 
 マーブルスライムの部屋を離れ、その先にある階段を上がる。
 この辺りは地上に近く、陽の光も差し込むエリアもいくつか存在する。
 その中の一室に足を踏み入れるとしよう。
 
「どうだね、塩梅は」
 誰もいない室内に声が響く。
 大広間と言える広い空間。部屋には無数の鏡と陽の光を受け輝くステンドグラス。
 その鏡の中に、声に反応して人影が映し出される。
「ほう、それが今回の標的か。して相手は?」
 鏡の中の影が、数枚のステンドグラスを指差す。
 そこに描かれた冒険者達絵を、私はじっくりと眺めた。
「上出来だ。よい仕事をしたな」
 まるで水着のようなビキニアーマーを付け、剣を振りかざす戦士。
 スリットの効いた法衣から足を覗かせた、メイスを眼前に構え必死に身を守る僧侶。
 ゴスロリだろうか、少女趣味的な黒い装束を纏い杖を振りかざしているのは、おそらく魔道士だろう。
 そして鏡にうつる人影は、ステンドグラスに描かれた人物と全く同じ姿。
 
 ステンドグラス化、というのは最近開発した手法なのだが、構造が複雑なため、しばらくの間ガラスに対象を移し続けなければならない、という欠点があった。
 それを解消したのがこの部屋である。無数に並ぶ鏡にはグラスデーモンという、鏡に映った対象と同じ姿を模すモンスターが潜んでおり、鏡に写った冒険者達に襲いかかる。
 だがこれは囮。そうやってグラスデーモンと鏡に冒険者の意識を集中させている間、ステンドグラスの前に冒険者を釘付けにしておくのである。
 またこの仕掛によって果敢に戦う冒険者の生の姿を、ステンドグラスに反映することができるという利点も生まれた。以前はステンドグラスに囚われ、恐れおののく冒険者しか描けなかったのだ。
 これによって新たなニーズを持つ顧客も獲得することができた。こちらの懐も暖まるというものだ。
「ではステンドグラスを交換するよう運搬担当に伝えてくれ。壊れた鏡の張替も一緒にな」
 うなづくグラスデーモン達。何枚か鏡が壊れているが、彼らにとって鏡は単なる移動手段であり、さして支障はない。
 一通り成果を確認したところで、さて次の巡回先へと向かうとするか。


 さて、次にこの通路を曲がって――
「――誰、あなた」
 おや?
 後ろを振り返る、すると。
「同業者、じゃないよね? あなた一体誰?」
 驚いた、まだ無事な冒険者がいたか。
 通路の角には一人の少女が立っていた。
 宝玉を取り付けた杖を携えているところを見るに、おそらく魔道士なのだろう。
 しかし、先程のステンドグラスといい、これは……
 
 ここ最近の武具はめざましい進化が進んでおり、一見肌の露出が多い鎧や薄手の衣服であっても、十分戦いに耐えられるような防具が次々と生み出されている、のだが。

(まさかバニーガールとは……)
 彼らは何の目的でここへ来ているのか、今一度問いたいものだな。
(それにしても……)
 背丈はやや小柄だが、バニースーツからはっきりと形を主張している胸元、網タイツに包まれた細い足、それでいて褐色のミドルロングの髪を揺らすその顔立ちは、発育した体型にそぐわない童顔。これは……
(まいった、完全に私の好みではないか)
 私の前に現れたということは、そうなるよう誘導されたのだろう。
 優秀な配下の心意気に感謝するべきなのか。
「いつまで黙ってるつもり? 何か言いなさいよ!」
 おっと、つい見とれてしまった。仕事に集中するとしよう。
「いや失礼。私はこのダンジョンの製作者。いわば君の敵だ」
「なっ! ダンジョンマスターですって!」
「いやマスターではない、クリエイターだ。ここの管理はいわば保守業務の一環であり、決して主ではない。そこのところを間違ってもらっては」
「冒険者の敵! あんたが私の仲間達を、あんなステンドグラスなんかに変えたのね!」
 せっかちな子だ。しかしあそこに描かれていた者達は彼女の仲間か。
 さて、それならば。
「ほう、それは深い悲しみに暮れている事なのだろう。ならば私を倒してはどうかね?」
「何? どういうこと?」
「先程も言ったが私はここの管理者。そしてこのダンジョンのほほすべてが私をキーにして動いている。つまり私が倒されればこのダンジョンに設置された仕掛けが解け、君の仲間達も元に戻るということだ」
「みんなが、元に……戻る」
 少女の顔つきが変わった。
「別に引き返しても構わない。私は君達ほど戦いに長けていないのでな。この階層ならすぐに出られるだろうから、後は新たな仲間を引き連れ再びここへ訪れるなり好きにしてもらって」
「そんなこと絶対しない!!」
 ふむ、なかなか気丈な子だ。
 少女が杖を振り上げる。杖に仕込まれた宝玉が光り、徐々にその輝きを増す。
 攻撃魔術を放つのは明確。その様子を、私はただ黙って見つめていた。
「みんなを見捨てたりなんかしないもん! あんたを倒して、みんなを助けるんだから! いけ! わが魔――」
 
 張り上げた声が、途中で停止した。
 呼応するように、挙動も。

「――勇敢さは買うが、冒険者としては少々お粗末だな。感情が先走り、懸命な判断ができていない」
 少女の元へと歩いていく。徐々に近づいてくるこちらの姿を見ても、彼女は果敢に杖を振り上げて立ちつくしたまま、微動だにしない。
「いや、まだ新米であったか。そもそも武器を持たない私が、明らかに魔道士である君を見て、動かず何もしない時点で気づくべきなのだよ。『この通路で魔法を使う事が危険である』と」
 少女のそばまでやってきた。
 強い意志が込められた瞳、気丈に言葉を発していた唇も、私が眼前に迫っても寸分も動こうとはしない。
「ここは刻縛の間。魔法を使おうものなら己の時を縛られ、一切の動きを止めてしまう。今の君のように」
 私の言葉に、少女は何の抵抗もすることもなく、ただ無防備に佇むだけであった。
 仲間がいれば助けられてもいただろうが一人では……まあ後は言うまい。
「ふむ……」
 時間停止というものは、人の挙動を生身のまま留めておけるところに魅力がある、と私は思う。
 石化などは行使してしまえば相手は最早人ではない、別物と化してしまうが、時間停止ならば改めて相手の魅力を確かめることができる。
 そう、今から私が行うように。
 背中まで伸びた髪を手で梳き、さらりとした手触りを確かめる。
 顎に手を添え、顔を上げさせる。弄ばれてなお、揺らぐことすらない瞳。
 そっと唇を合わせる。身動ぎしないその様子をじっくり眺め、離す。小さな愛らしい口元が唾液で艶やかに濡れる。
 胸元をはだけさせ、乳房の色と質感を目と指で確かめる。突起は薄桃色、弾くと胸とともに小さく揺れる。大ぶりで吸い付く肌触りも弾力も申し分ない。
 胸元をそのままにし、少女から離れた。そして眺める。
 胸を晒しても恥らいも見せず、危険なダンジョンの石畳に不動のまま立つ冒険者の少女。
 彼女の無防備さが私の占有欲を掻き立てる。
(これは私物とするか……)
 寝室に置き、抱き枕にでもするとしよう。後は運搬だが。
「この前の新薬を試すか」
 懐から小瓶を取り出す。軽く口に含むと、口移しで少女の体内へと流し込んだ。
 少女が光り輝く。やがて光が消えると、その体は別のものへと変化していた。
 見た目はさして変わらない。背丈も色合いもさきほどとほぼ同じ。
 異なるのは質感と弾力。ふんわりとした肌、指で押せば全身どの部分でも奥まで指が沈んでいく。
 ぬいぐるみ化。衣服をそのままに愛玩物と化した少女は、幾分か愛らしさが増したように見えた。
 
「では、そろそろ行くとするか」
 新たな所有物となった少女を手に抱える。軽く持ち上がる華奢な体。運搬面でもぬいぐるみ化には利便性がある。
(とはいえ、抱き枕とするなら生身の方が按配いい気もするが)
 寝床で直に確かめればよいか。どちらにせよ、もう動くことはないのだし。
 その日の夜のことなどを考えながら、私は次の部屋へと足を進めた……
 
 
 このような形で、私の日常は過ぎていく。
 ダンジョンクリエーターの何たるか、その一部が垣間見られたと思うが、さて。
 私は君の方へと振り向く。そう、今こうしてこちらを見ている『君』へだ。
 
 
『ご覧の通りだが、さて、君は何をご所望かな?』

(終)


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