作：固めて放置
コツコツコツコツ・・・
環状線の高架下の歩行者用のトンネルをパンプスの音が反響する。
音の主はサラリとした長い髪と肉感的な唇が特徴的な若いOLである。
全長10メートル程の短いトンネルだが、日も沈んでいる事もありトンネル内は白い蛍光灯が灯っている。
「あれ」
いつもの帰り道を歩いていたOLが前方を見て怪訝な顔をする。
薄暗い空間にフラフープの様な白い棒が浮かんでいたかと思うと、それは2メートル程にまで広がり、扉の様な形になる。
輪の内部が黒い闇の様なもので覆われ、向こう側の視界が遮られたかと思うと、その黒い闇の中から巨大な人影がぬっと現われた。
人間の男性より一回り大きい背丈を持つ「それ」は全長の半分を占めようかという巨大な腹部にそれとは対照的な短肢を持ち、
河馬を漫画の様にディフォルメした様な顔をしていた。その全身はSF映画の世界に出てくるような銀色のメカニックな鎧と兜に包まれていた。
動物の河馬との決定的な違いは「それ」が2本の足で直立していることだが、直立する事で空いた2本の前足はやはりSFの世界に出てくるような実用的には見えない
巨大な銃を構えていた。両手で構える辺り「バズーカ砲」と呼んでも構わないのだろうが、ピストルの様なグリップや長い銃身をわざわざ模している限り
製作者の思い入れか何かがあるのだろう。
「カバカマーーーー！」
闇の中から這い出た「それ」が両手のこぶしをぐっと上げ宣言する。
そう、彼は地球の支配を企む『ゴルゴーム』の怪人「カバカマー」だ。
名前の通り「河馬」と「窯」をモチーフに設計された怪人は、その能力の実験台とするべく帰宅途中の若いOLに狙いを付けたのだ。
あまりの出来事に茫然と立ちすくんでいたOLにゴルゴームの怪人が銃の照準を合わせる。
銃口を突き付けられたOLがびくっと反応し、悲鳴を上げようとするが全ては手遅れだ。
いや、おそらくは怪人の目に止まった時点で彼女の運命は定まっていたのだろう。
無慈悲にも怪人の銃から発射された白い光線は、OLの胸を貫通すると彼女の後方2メートル程の位置で停止する。
その光線が宙で長方形の様な形に変形している間、OLの全身は服ごと鼠色の粘土の様になったかと思うと、
自重に耐えきれなくなったのか前にごろりと崩れ落ちた。
衝撃で地面にぶつかった部分がべこりとへこんだが、その粘土状になったかつてのOLの体は人の形をまだ保っている。
色を失っているとはいえ、その前に折れた足や頭部のへこみは実に無残なものである。
そうしている間にも光線は変形を続け、やがて金色に縁取られた額縁に変化する。
白いパネルの中央に半ば埋め込まれた状態で盛り上がるのは今銃の光線を浴びたOLの肩から上。
コートに包まれていた両肩は今はむき出しになりそのの白さを露わにし、ピンで束ねられていた長い黒髪はほどかれて、キャンバス一杯に広がっている。
首筋のほくろが一つ、艶めかしい。
この額縁上の膨らみこそ光線に貫かれた時に奪われた彼女の精神そのものであり、今は光線そのものが変化したキャンバスに拘束されているのだ。
「えっあれっ・・・何なのこれ」
我に返ったOLの艶やかな唇から困惑の声が漏れる。
彼女自身に理解できるのは、怪人に銃で撃たれた途端体の感覚が無くなり、身動きが取れなくなったという事だけである。
さらに身じろぎを続けると、平らな壁の様な所から自分の顔が前半分だけ突き出ているらしい事が分かったが、
それにしては壁の向こう側に埋まっているであろう体の感覚がないのが不思議である。
彼女には自分が精神のみの存在にされ、額に拘束されたなどと理解できる訳はないし、目の前に崩れ落ちている自身の肉体にはついぞ気づく事はなかった。
前から近づいてくる自分に銃を向けた河馬顔の怪人を見ると、怯えを見せ叫んだ。
「私をどうするって言うの。お願いだからここから出して」
だが怪人は彼女の嘆願を無視し、顔を女性の鼻先まで近づけると、額縁の中の『成果』をとくと眺め出した。
哀れな女性被害者は顔を伏せる事も出来ず、怪人の視線と荒い息遣いを受け止めるしかなかった。
「さーて今度は僕の番だ」
怪人の観賞の最中に現われたのはピエロの扮装をした一人の少年だ。
怪人は少年の姿を認めるとゴルゴーム式の敬礼をし、通路の端までどいた。ちょうどOLの視界からは外れた形になる。
この少年こそが『ゴルゴーム』の幹部の一人であり、見た目とは裏腹の狡猾さを持ち、子供が玩具に見せるような残酷さを発揮させた作戦を立案する作戦部長でもある。
そして今行っているのが自らが新たに設計した河馬型怪人による人体実験だ。
こんな時間に子供が現われるとは考えにくいし、おそらくは怪人の仲間らしい事と、それに彼のしている恰好は普通の子供のものとは余りにも異なっていたが、
直前まで漫画の様な河馬の顔を間近で見せられていたのと、自分を襲う余りの非現実的な出来事に混乱していた事もあり、
人間の姿をした少年を見ると、OLは藁にもすがるような思いでその少年に助けを求めた。
「ちょっと僕。そこでいつまでも見ていないで。早く私を助けてよ」
そんな彼女を軽く一瞥すると少年は地面の『粘土』を捏ねまわし始めた。
「でっきるっかなー。でっきるっかなー。フンフン♪」
鼻歌混じりに粘土を捏ねる少年の両腕によって『粘土』の人の形が崩れ始める。
するとそれに連動するかのように額縁の中のOLからシューシューと蒸気が立ち上り始めた。
「ごほっ、ごほ、息がっ苦しい。ああそんな、感覚が消えていく。冷たくなって・・・い・・・や・・・」
少年は粘土を気に行った大きさに千切り取っては、それを使って次々と様々な造形をして行った。
それは車や列車の様な男の子の喜ぶ乗り物の形をした模型であったり、お風呂に浮かべるようなカルガモの親子を模した人形であったりもしたが、
中には女の子のする様な玩具のブローチの形をした物もあった。
「これでよしと」
少年が自身の造形に粘土を全て使い終えた後、地面には大小様々の『粘土細工』が置かれていた。
「カマ―っ！！」
少年が右手を上げ合図をすると、端に立っていたカバカマーがうなり声と共に自らの火の点いた腹部のカマの扉を開け放つ。
次にカバカマーがうなり声をあげると『粘土細工』が宙に浮かびあがり、カマの中へ吸い込まれていった。
少年はカマに吸い込まれる自らの製作物を満足そうに見送った。
「ぶろんぶろんぶろろん。チーン。がっしゃーん」
きっかり30秒後、カバカマーは自身の体内で焼きあがった完成物を一つずつ勢いよく吐きだした。
ピエロの少年は両手両足を駆使し、器用に空中で全て受け止めて見せる。
怪人が腹の中の焼き物を全て出し終えた後、少年は両手いっぱいに溢れる新しい玩具に目を輝かすと、河馬の怪人に労いの言葉をかけた。
完成した玩具は焼きあげる事で水分が抜け、カマに吸い込まれる前より一回り小さくなっていた。
「容易いご用で。カバーっ！」
そう答える怪人はその背中に自身の『成果』をしょっていた。
額に囚われたOLの精神は戻るべき肉体を失った事で今は大理石の彫刻と化し、キャンバスと同じ白い姿になって無言でその姿を露わにしていた。
『粘土』を捏ねられている時は息苦しさと自らの精神の内側を侵食する冷たさに恐怖に染まった彼女の意識も、今は石の体の中で安らかな眠りについている。
まさに魂を封じ込めた生けるライブマスクである。
正面を真っすぐ向いた彼女の顔は、両目は閉じられどこか安らかな表情を浮かべているが、微かに開かれた彫刻と化す前は瑞々しかった唇が儚げさと煽情さの両者を主張していた。
少年と怪人は自らの戦利品を抱えながら黒い空間の中へ歩を進めた。
「独り占めはしたりしないよ。みんなにも分けてあげるんだ」
少年はどの玩具を組織の子供たちにあげ、どれを自分のお気に入りとして手元に取っておくか、
どのアクセサリーを自分のガールフレンドにあげたら喜んでもらえるかとあれこれ思案をするのであった。
白い『輪』が消えた後には、白い蛍光灯で仄かに灯された空間が広がっているのみである。