あの夏の日は忘れない

作:haru


 気温はゆうに30℃を超える八月、
大人にとってはドロドロでうだる暑さも
子供達にとっては一大イベントである夏休みの時期だ。
多くはサマーキャンプや田舎に帰ったりどこかへ
遊びに行くのが定番ではあるが、時にはふとしたきっかけで
おきる「出会い」というのもある。


 近くに観光客が多く訪れる「北浜ビーチ」その高台には、
海が見渡せる地元の人しか知らない「くろしお公園」がある。
広場や遊具などがある大きな公園であり、入口には大きな噴水がある。
噴水の中央の台座には左手は腰に、右手を頭の後ろにつけて
笑顔でウインクをしている人魚のブロンズ像があり、
鉄紺色の乳首からは絶えまなく水が吹き出している。
横には一枚の看板があり、そこにはこう記されている。

「このブロンズ像の人魚は今から数百年前、北浜ビーチで
偶然捕獲された幼い人魚が成長後、『永遠に美しくいたい』という
本人の希望で、当時の錬金術師の手によってブロンズ像と化し
くろしお公園が完成した36年前に、ここに飾られる」

その噴水の傍らでじぃっと人魚像を見つめる一人の少年がいた
彼はこの公園の近くに住むタカシ君だ、
ごく普通の小学校6年生であるが、小さい頃からアニメで石化や
凍結するシーンを見るとなぜか心臓がドキドキしてしまうのだ。
自分でもなぜなのか分からないが、ただ一つ分かっているのは
「もしかしたら石像とかが好きなのかな?・・」     

かつてこの事を友達に言ったら笑われたが、本人は気にしていない
だってこれは僕の個性だからと・・

タカシ君にとって噴水の人魚像は特別な存在なのだ、
学校が休みの土日になると必ず噴水の人魚像を眺めるのが
好きで、いじめられたり悲しい時は人魚像の笑顔ではげまされてた。
またある時は思いきって人魚像に
「おねーさーん きれいだよー! うつくしいよー!」と
アプローチをかけてて、周りから冷ややかな目で見られたりと
いつも人魚像といる事がタカシ君にとって幸せなのだ。

夏休みが終わって少し憂鬱なある日、お父さんの一言がショックに聞こえた。

「タカシ、今度転勤で大都市に行く事になったよ。
今度の所は大きくて楽しいよ」

彼岸が過ぎて引越の荷物もできた午後、タカシ君は公園の噴水に
いた。人魚像に別れを告げる為だ

「しばらく会えないけど、必ず会いに来るから」

赤く染まった空の下で家から持ってきたカメラにタイマーをつけて
人魚像と一緒に写真を撮った。
その時も人魚像は笑顔でウインクしていた

これが子供から大人へとなりかけてく夏だった


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