作:HAGE
石となっている全身から微かに光を放ちながら、ゆっくりとした佇まいで…
そして…嘗てと変わらない、強さと優しさを共に感じさせる、美しく凛々しい顔立ちで…
…人としての「愛」に目覚めた、ティナの姿がそこに在った…。
「ああ………!
ティナ……ママ………!!」
『…………みんな……。
…久しぶりに………また…会えたわね………!』
最早、悲しさから嬉しさの涙に変わった子供達の顔を見て、ティナは優しく微笑んだ。
石の口から発する彼女の声は、肉声というよりは、辺りに響くような不思議な感じのものであった。
「は……ははは………。
夢じゃ……ねえ………みたいだな………いてて!」
「ティナ……貴女とまた………話せるなんて………!」
「会いたかった……。
ママ………会いたかったよ………!」
もう彼女と話すことは出来ないのだと諦めていた皆は、今の状況も忘れ、彼女が帰って来てからの空白の時を埋めようとするかのように、
ティナに話しかけようと―――
「……待ちやがれぇ!! おい!!
俺達を勝手に無視してんじゃねえぞぉ!!」
「いきなり何が出てきたのかと思ってりゃ…動く女の石像かよ!!
そんなモンに俺達がビビるとでも思ってんのか!!?
コラァ!!!」
「…な、何なんだ。 この女は…。
おい!! アンガス!! ゲイン!! 油断するな!!
何だか……嫌な予感がするぞ………!」
『……みんな……ちょっとだけ待っててね。
………すぐに終わらせるから………!』
皆をこんなにも悲しませるだけでなく、皆とのささやかな再会の一時をも邪魔をする、許せない人達―――!
それまでの優しき顔から一変し…静かなる憤怒を秘めた、凛とした顔で悪党達を見据えるティナ。
石となっているその眼に瞳は無くとも…その、力強さと鋭さを併せ持つ射抜くが如き眼に、アンガスとゲインは初めて畏怖を覚えた。
『みんなを悲しませるなんて………
絶対に……許さない………!』
「な……なんてぇ…顔だぁ。
あ、あんな顔……見たことねぇ…!」
「な…何なんだよ、こいつは……。
たかが女の石像が…こんなに怖えと思ったことなんて、なかったぞ…!」
石化していながらも、下手な生身の人間よりも、ありありと怒りが感じ取れるティナの様子に、最初は嘗めて掛かっていたアンガスとゲインも
流石にたじろいだ。
…それでも、三人の内のこの愚かな二人は、暫くして人質という切り札を思い出し、何としてでも強気を取り戻そうとする。
「…へ…へへ。 だ…だが、俺たちにゃぁ人質がいるんだぞぉ!
こいつらがどうなっても…い、いいって言うのかぁ!?」
「そ……そうだ!
こいつらを殺されたくなけりゃ、お、大人しく…石像らしく、つっ立ってろ!!」
「よせ!! お前等!!
下手に挑発するんじゃねえ!!」
『……はぁ…。
あなた達なんかに、見くびられるなんてね…。』
ティナは最早怒りを通り越し、呆れて溜息をついた。
『ボグッ!!』 「げべぇ!!!」
『ドガッ!!』 「ぶはぁ!!!」
『バァンッ!!』 「うぐぉ!!!」
…そしてその直後、彼女の姿が瞬時にして消えたかと思うと、突然、殴られたかのようにして悪党三人が吹き飛んだ。
重く、そして疾風の如き一撃に、三人は一瞬何が起こったのか理解出来なかった。
『カタリーナ……アニー……ルイ……
もう大丈夫よ………。
ディーンも……ここまで、よく頑張ったわね………!』
「ああ…ティナ……!」 「うう……ママぁ……。」 「怖かったよ………うぇぇぇん……。」
「へ……へへへ……情けないとこ……見せちまったな……。」
悪党達をほんの一瞬にして攻撃し飛ばしたティナは、解放された三人とディーンに寄り、優しく励ました。
そして、傷だらけになっていたディーンに癒しの光を注いだ後、改めてカタリーナの方に目を向ける。
…片脚に深い刺し傷があるだけでなく、顔には一筋の切り傷が―――!
カタリーナに、より強い癒しの光を注ぎつつ、ティナは彼女に確認する。
『カタリーナ…。
貴女の顔に、そんな酷い傷を付けたのは…あの男ね?』
「…え、ええ。 そうだけど……。」
カタリーナの傷を全て治し、それだけを聞いたティナは、再び悪党達に…特に、ゲインに強い怒りを向けた。
「おげぇ………つ…強すぎるぅぅぅ……。」 「うう………何て…強さだ………!」
「ぐっ……くっそぉ……あんの、クソアマが……
………!? な……何だよ!?
何で、俺の方を見やがる!!?」
自分にとって大切な人の一人に、こんな酷い事をした男―――!
子供達を悲しませたのも勿論だが、何よりも…女性にとって大切な「顔」に傷を付けた、最低の男―――!
『あなた……覚悟は良いわね……?』
「う…うああ………!」
「こ…こいつは……やべぇ…!」 「ゲ……ゲイン……ヤバいぞ……逃げろ……!」
「ティ、ティナ………まさか………!」
たったの一撃だけで、最早、彼等が圧倒的な力の差を思い知るには十分であった。
これまで彼方此方で幅を利かせてきた札付きの悪党共といえど、世界を救った気高き英雄の一人が相手では、分が悪過ぎるのも無理からぬこと。
それでも…人としての痛みも解らずに傷をつけ、心を踏み躙る悪者は…その痛みや辛さを、強く思い知らねばならない―――
『ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ………』
両手で空を握り合わし、そこに光の玉を形成するティナ。
それを徐々に膨張させ、頃合になったところで両手で高く掲げる。
『さあ………行くわよ……!!』
「ひ……ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
「あ……ああ……あ………」 「ゲ……ゲイン………!」
「ティ…ティナ……もう、十分だから………
やめてぇぇぇぇぇぇぇ―――――――!!!」
自分を、子供達を酷い目に遭わせた悪人だとはいえ…人が殺されゆく様を見るのは、心が痛んでしまう―――
そんなカタリーナの、良く言えば本当に優しく、悪く言えばお人好し過ぎる気持ちも意に介さず…
ティナは掲げた光の玉を、ゲイン目掛けて、振り下ろした…。
『ドッゴォォォォォォォォォォォォォォ――――――――――――ン!!!!!』
光の玉が巨大な雷となってゲインに降り注ぎ、その直後に轟音が響き…閃光が、走った―――
……………やがて、轟音と閃光が収まり…周囲に土埃が漂う―――。
「……ティ……ティナ………」
逸らしていた目を、ゲインがいた辺りへと、恐る恐る向けるカタリーナ。
他の皆も同様に、事の成行きを確かめようと、逸らしていた顔をゆっくりと向ける。
………土埃が次第に晴れ、周辺の様子が見え易くなってきた頃…そこに見えたのは―――
『……あなたのような人……
殺める気にもならないわ………。』
「ひ……ひ………
ひぃ………やぁぁぁぁぁ……………」
ゲインの居る所だけは変哲無く、だがその周囲は大きく抉り取れた地面がそこに在った。
まるでドーナツの如くゲインのみを避けて抉れた地面の様は、ティナの攻撃の恐ろしさを如実に物語っている。
命こそ何ら別状は無くとも…ゲインは最早、その恐ろしさに失禁していた。
『子供達に、トラウマになるような光景なんて、見せたくもないし…
何より、カタリーナがやめてほしいと願ってるから、これくらいで勘弁してあげるわ。』
「ひ………ひぅえ………えぅあ………あぁ…………」
「お…お……おああ……あ………」 「じょ……冗談じゃ、ねえ………け…桁が、違いすぎる………」
「よ……良かった……。
ティナ…ありがとう……。」
ゲインが殺されていなかったことが分かり、カタリーナは安堵の溜息をついた。
そんな彼女を一瞬だけ優しい目で眺め、すぐさま厳しい目でゲインを見据えるティナ。
『あなたにあんな酷い事をされても、カタリーナはあなたの命を案じてくれているのよ。
……それなのに…あなたという人は……!
自分が恥ずかしいとは、思わないの…!!』
「あ……あぁ………ゆ……ゆるし………許し……て……えぇ………」
未だにみっともなく愚態を呈するゲインは、顔はもう涙やら鼻水やらでぐしゃぐしゃである。
彼の人生で、最も恐ろしいものとして脳に焼きつくであろう石の女に、弱々しく許しを請う他無かった。
『…あなた達も、これで分かったかしら…?
掛けがえのない人が傷つけられ…
大切にしているものを奪われ…
心を踏みにじられることの……痛さや辛さ、悲しさが………!』
「……あ…ああ…。 わ…分かった……!
分かったし……俺たちが…わ、悪かった……!
だ…だから…も、もう……勘弁してくれぇ!!」
三人の中では最も冷静なエディーが、代表となってティナに土下座する。
もう恥も外聞も糞喰らえとばかりに、額を地にこすり付ける。
『分かれば良いのよ。 …でも、口で言うのは簡単だわ。
本当に分かったというのであれば…この村から去って、二度と私達の前に姿を現さないこと。
そして、何処かの街や村へ行ってもまた悪事を働かず…これまでの罪を償う為に、日々を生きること。
…もしこの約束を破るようであれば………その時は、本当に容赦しないわよ…。
…分かったわね!!』
「わ……分かった………!!」
『…そう。 それじゃ、早く失せなさい!』
取りあえず、全てのケリを付けることが出来たので、もうこれ以上は話す余地など無いとばかりに、ティナは悪党達に言い放った。
「おい、お前等!! さっさとズラかるぞ!!
早く来い!!!」
「は……はひ……ひ………ひぃぃぃぃぃ―――――!!!」
「あ……ま…待って………待ってくれぇぇぇぇぇ―――――!!!」
数度転倒しつつ、ようやく何処へと走り去って行った悪党達。 その様は最後の最後まで、見苦しいものであった。
『……ふう。 これでやっと終わったわね…。』
「甘いよな……カタリーナに、ティナも。
…あんな奴ら、死んだ方が世の為じゃないか。」
『…それは違うわ、ディーン…。
やられたからといって、それ以上にやり返すのでは、何も生まない…。
寧ろ…自分達のしてきた事が、どれほど罪が重くて、どれだけ人々を悲しませてきたのかを十分に思い知るのが、一番良い事なの。
…それは口で言うほど、簡単な事じゃないのだけれど、ね…。』
「…そうか……ティナがそう言うんなら、その通りだろうな…。」
歳相応に血気盛んなディーンの、正直ではあるが少々切り捨てるかのような物言いに、ティナはなるべく彼の神経を逆撫でしないように優しく諭す。
確かに、子供達が怖い目に遭っただけでなく、彼の最愛の人が、酷く傷つけられてしまった。
…それでも、無闇矢鱈と力を行使し、自分の意のままに報復するのでは、あのガストラ帝国やケフカと大して変わらない―――
そう考えるティナは、もう思い出したくも無い筈のケフカの姿が、妙な虚しさと共に思い起こされるのであった。
…そして、暫しの考え耽りを終えた後…彼女は振り返り、子供達を改めて見渡した。
『…それはそうと…。
……みんな………もう、大丈夫よ…!』
「う……ぐすっ………ぐすっ………」 「ママ……ママ………!」 「うぅぅ………ティナ……姉ちゃん………!」
『それから………やっと……この言葉が言えるわね………
みんな…………… た だ い ま ! 』
『ティナ――――――――――!!!』
『ママ―――――――――――!!!』
『ティナねえちゃぁぁぁぁぁ―――――――ん!!!』
この時を、ずっと望んでいた。
これだけが、心残りだった。
空白の時は今、この瞬間を以って埋まり…子供達は嬉し涙と共に、ティナに抱きついていった―――
<第7話・終>