亡霊

作:愚印


 人類すべてを巻き込み、多くの悲劇を作り上げた[大戦]。それはたった一人の天才が作り上げた[帝国]により終結させられ、人類は初めて一つの統一国家となった。それから数年、[帝国]による統治は当初の混乱も収まり安定期に入ったが、[大戦]による傷跡は各地に色濃く残っていた。


『ちっ、よりにもよって『亡霊』に出会うとは。迂闊だったな。』
 STは船の操縦をコンピューターに任せ、格納庫へ向かう通路で舌打ちした。

 運び屋ST、運搬ギルドに所属しない一匹狼、今売り出し中の運び屋だ。ラブレターから兵器まで、何でも運ぶことを信条に、少しずつにだが名をあげていた。
 今回もちょっとヤバ目の客から、破棄された軍事研究所のデータを吸い出して運ぶ依頼を受け、研究所内のコンピューター接続、破棄されたデータの復元、コピーまではうまく事を運んだのだが、脱出でへまをして研究所のセキュリティに引っかかってしまった。破棄された研究所とはいえ、防衛システムはまだ生きていたようで、無数の小型無人兵器が追ってきた。しかし、大戦終結直前の古いプログラミングが、最新のプログラムを積んだSTの愛船《アシハヤ》の迎撃システムにかなうはずも無く、順調にその数を減らしていった。
 ちょうど最後の一機を打ち落としたとき、奴は現れた。漆黒の人型機動兵器、[大戦]終結直前からこの地方でその姿が目撃されている恐怖の存在、『亡霊』。その正体は判明していないが、遭遇したすべてのものを破壊する、狂った存在。すぐに『亡霊』は、《アシハヤ》への攻撃を開始した。
 船の迎撃システムで対応できるはずも無く、STは自ら機動兵器で迎撃することにしたのだった。
『ここで、お前の力を借りることになるとはな。』
 コクピットに身を沈めながら、STはつぶやいた。
 軍から退職金代わりに半ば強引に払い下げてもらった、有人人型機動兵器《ダンダル》。大戦当時、彼の駆るそれを敵は『白銀の悪魔』と呼んで恐れていた。もっとも、運び屋家業をはじめてからは、盗賊撃退などたまにしか使っていないのだが。
『亡霊対悪魔。さて、どっちが勝つかな?もちろん負けてやる義理は無いがな。』
 パネルを操作して外部ハッチを開き、その甲冑を思わせる白銀の巨体を暗い格納庫から太陽の下へ躍らせた。

『なんだ、あの機動性は?』
 G(加速度)に内臓を揺さぶられながら、STは悪態をついていた。
 『亡霊』との戦闘に入って10分、直撃こそくらうことは無かったが、パイロットであるSTはかなり疲弊していた。
 『亡霊』の強さの秘密。それは常識はずれの機動性と反応にある。通常、有人機の場合、中にパイロットがいるため、いくら優秀な機体性能があったとしても、そのスピードには限界がでてくる。STも訓練・鍛錬・実践により超人的なレベルで耐えることができるが、人間として限界はあった。しかし、『亡霊』のそれには限界が無い。パイロットが存在すればGで潰れるという凄まじい動きで軽々と敵の攻撃をかわしていく。かといって、無人かと問われると首を横に振らざるを得ない。その動きは経験を感じさせ、決してプログラムが行うような正直な攻撃は行わない。常に裏をかき、その機動性を絡め変化に富んだ攻撃を行っていた。また、その反応も驚異的だ。現在の有人人型兵器はすべて、球状のパネルコントローラーに片手を置き、思考するだけという非常に簡略化されたシステムである。それだけにダイレクトに動きを伝えることができるのだが、『亡霊』はそれ以上の反応を示している。まるで機械が思考しているかのように…。
『どうする?とにかく動きを止めないことには…。』
 STは紙一重で『亡霊』の攻撃をかわしながら攻略方法を考えていた。
 ST自身、スピードを売りにして大戦を生き抜いてきたので、現状の不利は十分理解している。しかし対策が浮かばない。センスと経験で今のところ何とか攻撃をかわしているが、このままでは撃墜されるのも時間の問題だろう。
(相手は自分以上の機動性を持つ。こんな戦いは俺にとって初めてに近い。いつもなら機動力で敵を圧倒していたからな。自分以上の機動力…、いつもなら…、圧倒…、そうか!!)
 STは左手をメインパネルに伸ばしかけ、すぐに手を止めた。
(しかし、耐えられるのか、俺に?まあ、このままではジリ貧なわけで、やってみる価値はあるな。何もせずに撃墜されるよりはましだろう。)
 覚悟を決めたSTはメインパネルにパスワードを打ち込み、希望するシステムを呼び出して命令した。「リミッター解除」を。
(俺の《ダンダル》は人型機動兵器の傑作だ。その能力をフルに生かせば他の兵器に遅れをとることは決してない。今の『亡霊』の驚異的な機動力すら凌駕するはずだ。問題はパイロットの俺がそれに耐えられるかどうかだけ。そう、一瞬でいい。一瞬だけ奴を凌駕する動きを俺が制御できれば…。)
 《ダンダル》の巧みな回避行動に業を煮やした『亡霊』は遠距離で仕留めることをあきらめ、接近戦に持ち込むため微妙に機体をぶらしながら接近してきた。奴の間合いに入るか入らないかというところで、《ダンダル》は姿を消した。
『ぐっ、うううう。』
 ダンダルは亡霊の背後に移動し、その背に照準を定めていた。距離にして僅かな移動だが、その常識はずれのスピードにSTの感覚と内臓は激しく揺さぶられ、今にも吐きそうだった。目も幾分かすんでいる。それを何とか気力で押しとどめ、引き金を絞った。
『しまった!!』
 確実に『亡霊』の中枢を貫くはずだったライフルの熱線は、体調からくる照準のぶれと『亡霊』の驚異的な反応で予定していた胸部をそれて、頭部を吹き飛ばした。
 通常、人型機動兵器の頭部はメインカメラやセンサーが中心で、その動作に直接影響を与える機器は存在しない。その事実が、STに声を上げさせた。
 しかし、STの予想に反して『亡霊』は動きを止め、大戦で荒れ果てた大地にゆっくりと着陸し、膝をつきかがみこむような状態で動かなくなった。
『どういう事だ?なにかの罠か?』
 動かなくなった相手に追い討ちをかけるのがセオリーだが、なんとなくはばかられて、STは上空で様子を窺ったが何ら変化が見えない。とりあえずセンサー類で探りを入れることにした。『亡霊』にはセンサーを狂わすジャミングシステムが搭載されているらしく、誰もが様々なセンサーを駆使して能力の把握・コンピューターの掌握をしようとしたが、いまだ成功したものはいない。
『しかし、今の奴なら…。おっ、ジャミングが消えているな。まあ、あの手のものは頭についているのがお約束だからな。何々、損傷率20%、コンピューター回路に重度異常、生体反応不明。不明って何だよ?まあ、とにかく近づいても安全そうだな。』
 STは《ダンダル》を『亡霊』の傍らに着陸させた。

 『亡霊』の胸部に、コクッピットハッチらしき物を確認したSTは、外部手動ハンドルでそれをこじ開けた。
『こ、これは!!』

 そこには人の形をしたメタリックに輝く金属塊が設置されていた。いや、人そのものが金属になったというほうが正確だろう。それは女性の裸体で、コクピットに着座していた。その顔は驚いたように目を見開いていており、ショートカットの髪はその一本一本まで作りこまれていた。程よい大きさの胸は微妙に形を崩して造形されている。緩やかな女性的な曲線を描く腹部に、ひっそりとその存在を主張する臍。アンダーヘアーの表現はなく、普通それらが隠しているはずの器官が生々しく表現されている。女性特有の丸みを帯びた美は、そのメタリックな質感によって、芸術の頂点にまで極められているとSTは一瞬思った。その細部にわたって再現された造形は、とうてい人工的に作り上げられたものとは思えなかった。身体の各部には電極のようなものが取り付けられ、周囲の機械へコードが伸び、糸の切れた操り人形のようにも見えた。コクピット内の機器はそのほとんどが沈黙し、僅かに残ったランプをメタリックな表面が反射している。
『しかし、悪趣味な形のコンピューターだな。しかも、細部にわたってよく作りこんである。』
 先ほどまでの苦戦を忘れ、STはまじまじと金属塊を眺めていた。
 最近、普及し始めた接触型接続コンピューター。材質、形状は多岐にわたるが、モニター、入力機等の周辺機器から伸びたケーブル付きのパッドをどこでもいいから付着させることにより使用が可能になる。従来のコンピューターに比べ、非常に使いにくいが、その処理能力の速さとどんな形にでも細工できるデザイン性が評価され、次第に一般に普及を始めていた。社長室に飾られた大理石像が実はパソコンだったということは、今ではよくある話である。
 STはこの女性型の金属塊もその手の接触型接続コンピューターの一種だろうと判断した。一般的にこの種類のコンピューターは、その体積で能力が決まる。人間大の体積を持っていれば、かなりの能力を秘めているはずだ。先ほどの高速戦闘でもその能力を遺憾なく発揮していた。有人ではありえないスピードも無人なら納得できる。
 しかし、経験を感じさせる動きだけは、どうしても謎が解けなかった。
(足止めしていたような無人兵器。無人兵器全滅後、タイミングよく現れた『亡霊』。もしかして、あの研究所に何かあるんじゃないのか?吸い出したデータを解析してみるか。契約違反だが…。それよりも…。)
 STは視線を裸婦像のコンピューターに戻す。その芸術性を含め、掘り出し物として競売にかければ、かなりの値が付くのではないかと、STはその売値に期待していた。
 こうして、STは頭部以外ほぼ無傷の人型機動兵器『亡霊』と、それに積んであった女性型コンピューターを、予定外ではあったが手に入れたのだった。


 結局、女性型コンピューターは売れなかった。オークションの前評判はよかったものの、その動作チェックで、ウイルスに犯されて正常に動かないことが判明したからである。芸術的に見ても、その造形はともかく、材質が価値の低い金属だったためそれほど評価されなかった。結局、二束三文で故買商に買い叩かれ、今は暗い店の隅に展示されている。

 薄暗がりのなか、金属塊の顔がモニターの明かりを受け、青白く輝いている。胸から伸びたコードに接続されたモニターには、いつものようにウイルスによる文字列がならんでいた。

ワタシハニンゲン。ダレカワタシヲコワシテ。
ワタシハニンゲン。ダレカワタシヲコワシテ。
ワタシハニンゲン。ダレカワタシヲコワシテ。
ワタシハニンゲン。ダレカワタシヲコワシテ。
ワタシハニンゲン。ダレカワタシヲコワシテ。
ワタシハニンゲン。ダレカワタシヲコワシテ。
ワタシハニンゲン。ダレカワタシヲコロシテ。
ワタシハ…。



 [大戦]末期、[帝国]の世界統一はほぼ確定的になっていた。
 とある辺境の研究施設では大掛かりな実験を行うために急ピッチで作業が進められていた。
「ミネア君、これも我々[連合]の勝利のためだ。本当は君のような優秀な兵士をこのような実験に使いたくはなかったのだが…。」
 大柄な初老の男が、正面モニターに映った若い女性の顔に向かって、力なく呟いた。それを聞きつけた、隣に立つ白衣の男が反論する。
「このようなとは、聞き捨てなりませんね、司令。理論上、失敗の余地がない安全な実験です。動物実験もうまくいっているのですから。」
 司令と呼ばれた男は、むっとしながら言葉を返した。
「ならば、彼女のような優秀な人間を実験に使う必要はないだろう。」
「お言葉ですが、我々は今、[帝国]に追い詰められています。このままでは敗北は間違いないでしょう。我々には、物資も時間ももはや残されていないのです。この実験にしても、すぐにでも活用できる結果を残さなければ、役立てる機会を後逸する可能性が高いのです。この成功すれば戦況を一変するであろう実験であっても、試すなどという余裕の言葉はもはや存在しないのです。おわかりですか?司令。」
 苛立ちをこめて吐かれる言葉に、司令は謝る事しか出来なかった。
「すまん。」
 その様子をコクピットで聞いていたミネアは、司令に助け舟を出すため、通信をセンターにつなげ言葉をはさんだ。
『司令。私はすべて承諾済みです。私は司令、そしてこの施設の皆を信じています。この実験が[帝国]の世界征服の陰謀を阻止するきっかけとなることを…。それに、私はこの実験に選ばれて喜んでるんです。この実験はエースでないと意味がないのですから。』
「そういってくれるか、ミネア君。たのむ。もはやこの実験の成功しか、我々に勝利の道は残されていないのだ。」
『わかっています、司令。』
 司令の涙ぐむ目を見ながら、ミネアは深く頷いた。
『ミネアさん、用意はいいですか?』
「ええ、いつでもどうぞ。」
 ミネアはいま服を何も身につけず、生まれたままの姿で黒い人型機動兵器のコクピットに身を静めていた。司令や研究員を始めとした男達の前に裸身を晒すのは若干抵抗があったが、事前に実験内容を聞きその必要性を理解していたので耐えることができた。実際、男達は彼女の裸身に注目しようとはしなかった。彼女の身体には幾本ものケーブルが身体のいたるところでパッドにより接続され、周辺機器に引き込まれていた。
「それでは、実験をはじめる前に再度実験内容を説明します。」
 コクピット内のスピーカーが研究員の声を伝える。
「今回の実験は、人体を金属化することによる耐G能力の向上を、コンピューター化することにより反応速度の向上を目指しています。今回の研究で完成した、この二つを両立させる人体金属変換装置を使って人間を、つまり今回の場合はあなたを金属化することにより、機体性能ぎりぎりまで引き出すことができる機動性と、生身と機械との間にあったタイムラグを排した反応、そしてあなたの人間としての経験、成長、可能性をもった機体が完成するというわけです。これが成功すれば、帝国の機動兵器など恐れるに足りず、我が軍は今の劣勢を跳ね返すことができるでしょう。成功させましょう、ミネアさん。」
『ええ、そうね。』
「それじゃあ、金属変換に取り掛かります。金属変換後に座席へ固定しますから、今はリラックスしていてください。それじゃあいきます。」
 ミネアの周りを埋め尽くすコクッピット内の機器が一斉に息を吹き返す。身体のあちこちに張られたパッドから微弱な電流のような刺激が走りぬけ彼女は身体をビクリと震わせた。程よい大きさの乳房がそれに合わせてプルンと振るえ、その頂の乳首がツンと硬く突き出した。肌に鳥肌が、風が駆け抜けるように現れてすぐに消えた。
 ミネアの思考はハッキリとしていたが、身体の自由は利かなくなっていた。もう、指一本動かすことができない。実験内容については報告書を何度も読んで知っていたとはいえ、実際に身体に受ける異質な感覚に不安を完全に拭い去ることはできなかった。周辺機器がいちだんと高い音を発したかと思うと、いよいよ彼女に変化のときが訪れた。
『うっ、ああぁ。』
 彼女の足先からメタリックな輝きを放つ金属に変化していく。見た目には金属の膜が彼女を指先から覆っていくように見えるが、それは確実に内部まで影響を及ぼしていた。
『くっ、くふううぅ。』
 (身体が鉛のような冷たく重い何かに置き換わっていく。)
 その鉛を噛み味わうような不快な感覚は、表面の色の変化と共に彼女の身体を蝕んでいった。その、未知なる感覚に、ミネアは身動きできない身体を強張らせ、脂汗を掻きながら思わずか細い声を上げていた。
『いっ、いいいいぁ。』 
 金属化は脹脛、膝、太腿とゆっくりと進んでいく。その度に身体の中に冷たく重い何かが広がっていくような気がする。金属化の波は下腹部を飲み込んでいた。研究員の指示通り、下腹部のアンダーヘアーは事前に剃毛していたため、その下の器官が剥き出しになっており、その複雑な造形を忠実に金属へと置き換えている。訓練によって引き締まっていた腹部を金属に変えたところで、金属化がいったんとまり、数瞬の間を置いて、先ほどとは打って変わって猛烈な勢いで金属変換が行われ始めた。胸、肩、両腕、最後に頭部とほんの数秒で金属化は終了した。あまりに急な変化に感覚がついていけず、驚き目を見開いた表情のまま金属化が完了している。額に浮いていた汗が、メタリックな肌の上を一筋滑っていった。
 金属化が終了してもミネアは思考することができた。また、金属化中に感じていた拘束感は、消え去っていた。実際は金属化完了後、手足は拘束具で固定されたのだが彼女は感じていなかった。
(報告書どおりね。腹部までは金属変換の最終チェックも兼ねてゆっくりと変化し、その後は重要な内臓器官が密集しているため、影響を最小限に抑えるため、急速な変換に切り替える。まあ、理屈には合っているわね。)
 頭の中に直接、研究員の声が聞こえてきた。
「無事、金属化が完了しました。現在、あなたは先ほどまでと違い肉体的に自由を感じているはずです。見える景色もそこから得られる情報も今までとまったく違うと思います。それがこの実験機そのものを動かす感覚です。なお、あなたと機体の接続は金属変換装置で使われたケーブルを併用して使っています。それじゃあ、ためしに指を動かしてみてください。」
 いま、ミネアは狭いコクピット内ではなく、格納庫全体を見回している。ミネアは指を動かそうとした。機械の指が思うように、そう、自分の体のように動いていた。
「OKです。それじゃあ、コクピットハッチを閉めて、実践訓練に入ります。ハッチがしまった瞬間から、メインエンジン、および頭部に設置された制御コンピューターが本格的に作動します。いくらあなたがパイロットとして優秀であったとしても、制御コンピューターの補助無しでは操作がままなりません。制御コンピューターの干渉が少し煩わしいかもしれませんが、すぐに慣れると思いますのでしばらく我慢してください。制御コンピューターには、あなたに何らかのトラブルがあった場合、機体操作を行う機能もあります。それじゃあ、ハッチ、閉めますよ。」
 プシュー。
 ハッチが閉まり、コクピット内全ての機器が活動を始める。機体全体がエンジンの刻むリズムで震え、頭部のメインカメラがゆっくりと輝き始める。思えばここからがミネアにとって悪夢の始まりだった。
 ミネアというそれまでのコンピューターにまったく当てはまらない人間特有の非論理的な制御と、プログラムミスによる制御コンピューターからの不完全な制御。この同時に存在しないはずだった2つの制御命令は、各命令系統へ混乱とストレスを与えた。それに対して制御コンピューターは対応策を早急に打ち出し、命令系統の統一及び変更が強制的に行われた。その結果、機体の操作はミネアから制御コンピューターに移り、ミネアの金属化した身体自体は大容量のデータバンクとして扱われ、彼女の意思は優秀な戦闘プログラムとそのデータの一部としてしか存在が許されず、ミネアはその後の機体の暴走をただ見ていることしかできなくなった。また、制御コンピューターの不完全なプログラムは大幅な制御システム変更を繰り返したことにより、バグを大量に発生させ、結果、敵=自分以外と定義して、まず研究所内の人間の排除と施設の制圧に乗り出した。
 もともと、防衛能力に長けておらず、まったく想定していなかった出来事に何の有効な対策も取れなかった研究所は、人間については一人残さず殺され、コンピューター関係は実験機の制御コンピューターによって完全に制圧された。
 漆黒の実験機は、機体の修理・補給源を確保したことを確認すると獲物を求めて飛び立った。
 そして、ミネアはその後、自分の意思とは無関係に引き起こされる戦闘・虐殺をただ経験することしかできなかった。実験機のシステムデータとして…。
 『亡霊』誕生の瞬間である。



ワタシハニンゲン。ダレカワタシヲコワシテ。
ワタシハニンゲン。ダレカワタシヲコワシテ。
ワタシハニンゲン。ダレカワタシヲコワシテ。

君は人間なのか?

ワタシハニンゲン。ダレカワタシヲコワシテ。
ワタシハニンゲン。ダレカワタシヲコワシテ。

もし、人間に戻れるとしたら?

ワタシハニンゲン。ダレカワタシヲ

壊されたい?

ワタシハ

それとも、人間に戻りたい?

ワタシハ
ワタシハ
ワタシハ…



 運び屋STは『亡霊』との戦闘で傷ついた《ダンダル》を修理屋に預けた後、研究所のデータを解析した。
『なんてことだ。』

 そして解析後、再度、あの研究所を訪れた。
『俺は知らなかったとはいえ、彼女を売り飛ばしたのか?』

 また、『亡霊』のコクピットをよく調べる。
『変換装置そのものに損傷はない。これなら元の身体に戻すことができるはずだ。』

 彼は何かを思い、その後すぐに女性型コンピューターを買い戻した。
『しかし、俺がしようとしていることは彼女が望んでいることなのか?彼女には、帰るところは既にない。それに、自分の乗った機体が犯した罪を覚えているかもしれない。はたして、彼女はどちらを望むだろう。死?それとも…。』

 現在、STは女性パートナーと仕事をしている。



…ニンゲンニモドリタイ。

 
 END


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