死者の薬

作:幻影


 国内でも有数の高学力を誇るアルベルト女学院。そこがミリィが新しく通う学校となる。
「転校先の第1日目って、いつも緊張しちゃうのよねぇ。」
 学校の棟の1つを見上げて、ミリィが苦笑する。
 白に近い水色の髪をなびかせた、この女学院にはあまりつり合うとは思えないような気さくな性格をしている。
 幼いときに母親を亡くした彼女は、父親の仕事の都合で転校を繰り返していたのである。この女学院への転校もそのためだったのである。
「まぁ、何とかなるでしょ。」
 緊張を振り切って、ミリィは教室を目指して駆け出した。

「ミリィ・エメラルドです。よろしくお願いします。」
 教師に紹介されたミリィが、教室内の女生徒たちに頭を下げる。この学校の生徒とは思われないほどの彼女の明るさに、少なからず違和感を感じている生徒がほとんどだった、
「では、あの後ろの席に座ってください。」
 教師に促され、ミリィはその空いている席に向かい着席する。
「あら、ここでは珍しい顔立ちですわね。」
 突然声をかけられ、ミリィは振り向く。隣の席の栗色の髪の生徒が不敵な笑みを浮かべていた。
「あ、あなたは・・?」
「私はエリカ・パールナイト。ミリィ・エメラルドさん、ここはいわゆるお嬢様学校なのよ。あなたみたいな気さくな人はかえって目立ってしまいますのよ。」
「そ、そうなの・・?」
 戸惑いの混じった返事をするミリィ。困惑している彼女に、エリカが手を差し伸べた。
「私は別にかまわないけど、あまり過激な行動は慎んだほうがいいですわよ。」
「は、はぁ・・・」
 エリカの言葉にミリィは気の抜けた返事をするしかなかった。

「か、体が・・熱い・・・!」
 短髪の少女が自分の体を強く抱きしめながら、夜の林道をふらついていた。体の奥から湧き上がる熱気にうなされながら、その熱を少しでも冷まそうと外に出たのだった。
「は、早く・・薬を・・・」
 少女は手に持っていた小ビンのふたを開けようと力を入れた。ところが、小ビンは彼女の手から滑り落ち、地面を転がっていった。
「し、しまっ・・!」
 少女が小ビンを拾おうと手を伸ばす。そのとき、彼女は自分の足が動かなくなったことに気づき、違和感を覚える。
「なに、が・・・」
 少女は恐る恐るパジャマに手を伸ばし、ゆっくりとめくる。すると彼女の足が灰色に変わっていたのである。
「な、何なの!?」
 少女は異様な変色をした両足に恐怖を抱く。
「そろそろ頃合のようね、あなたも。」
 おもむろに少女が手を伸ばそうとしていた小ビンを、1人の老女が拾う。
「もうじきあなたも石像になるわ。私の命が尽きるまで、ずっとかわいがってあげるからね。」
「な、何を言ってるの!?・・返して・・私の薬を返して!」
 少女が必死に老女の手にしている小ビンに手を伸ばすが、石化した足が動かず届かない。
「返しても、遅かれ早かれあなたの結末は同じなのよ。だったら、早く楽になったほうがいいと思うけど。」
 老女は小ビンを懐にしまい込み、恐怖におののく少女の顔を見つめた。
「これにいろいろ助けられたみたいだけど、それもおしまい。石像になったあなたを、後は私が面倒を見てあげるから。」
「イヤッ!わたし石になんてなりたくない!今すぐ戻して!」
 声を荒げて必死に助けを求める少女を、老女はあざ笑うかのように見つめる。
「だって、これはあなたが望んだことでしょ?これを渡す前にもちゃんと忠告したはずよ。」
「そんな・・・!」
 老女に言いくるめられ、少女は言葉を失った。震える手、震える体が徐々に灰色に変わり、彼女の自由を奪う。
「あなたは私の代わりに、その美しさを堪能しなさいね。」
「イヤァ・・・ィャ・・・」
 少女の振り絞る声が次第に小さくなっていく。石化が彼女の肺と喉を固めたのである。
 着ているものを除いて、少女の体は完全な石に変わった。黒かった髪、薄い肌色の体は全て灰色になって固まった。
「さて、行きましょうか。私の部屋へ。」
 老女は石の少女の伸ばしたままの手を取り、彼女とともに音もなく姿を消した。

 ミリィが転校してきてから3日目。
「どうです、ミリィ?この学校には慣れまして?」
「う〜ん、慣れたっていうとウソになっちゃうんだけど・・」
 エリカの問いかけにミリィは苦笑いをもらして答える。彼女の言動に、エリカも笑みをこぼす。
「うらやましいですわ。」
「えっ?」
「あなたみたいな元気さを、ときどき憧れることがあるんですの。でもこういった場所ではあまりに不釣合いで・・」
 エリカが悲しげな笑みを浮かべてミリィから視線をそらす。するとミリィは満面の笑顔で、
「そうしたいって思うんだったら、やってみてもいいんじゃないかな?」
「でも、もう慣れてしまいましたから・・・慣れというものは、本当に怖いものですわ。」
 エリカの返事にミリィは言葉を詰まらせる。何を言ってあげたらいいのか分からず、ミリィは沈黙するしかなかった。
「あなたたち、ちょっといいかな?」
 そのとき、1人の老女がミリィたちに声をかけてきた。
「なんですか、あなたは?」
 エリカが老女に問いかける。すると老女は笑みをこぼしながら答える。
「なぁに、ただの薬売りだよ。」
「薬売り?」
 ミリィとエリカがまゆをひそめると、老女は羽織っているローブの中から小ビンを2つ取り出した。中には白い錠剤が銃数粒入っていた。
「これは何ですの?」
「これは元気を呼び起こす魔法の薬さ。1粒飲めば疲れが消えて、たちまちに元気になるという代物さ。」
「ふ〜ん、なるほど。」
「君たちは初めてだから、今回はこれを特別にタダであげよう。またいるようになったらいつでも尋ねてくるといい。私はこの辺りにいつもいるから。」
 そう言うと老女は、小ビンをそれぞれミリィとエリカに手渡した。
「あ、あの、ちょっと・・!」
 ミリィが呼び止めるのを聞いていなかったのか、老女は振り返ってそのまま立ち去ってしまった。
「何だったのかな、あの人・・・?」
 ミリィが戸惑った様子で、消えていく老女の後姿を見送る。するとエリカがきびすを返して、嘆息する。
「まぁ、いいですわ。最近いろいろあって疲れていたところですわ。」
「私は遠慮するよ。何だか薄気味悪いから。」
「そう?使うか使わないかはその人次第ですからね。」
 不安と落胆を交わしながら、ミリィとエリカは小ビンをポケットにしまい、次の講義のために教室に向かった。

 3日後。
 起床して身支度を整えたミリィは、慌てて自室を飛び出した。
 しかしミリィは、朝に弱い自分をいつも呼びに来てくれるエリカが来ないことを気にしていた。2人の部屋は向かい合わせで、普段一緒に登校をしている。
 だが、1時間目の授業開始の30分前をすぎても呼びに来ず、部屋に聞き耳を立てても彼女が動いている様子はうかがえない。
 おもむろにドアノブに手をかけると、鍵がかかっていなかった。ドアを開けて中をのぞくミリィ。
「エリカ、いないの?」
 部屋の中に足を踏み入れながらエリカに呼びかけるミリィ。しかし、部屋の中を探し回っても、エリカの姿はない。ベットの中にも、バスルームにも、ベランダにも。
「エリカ、どこ!?」
 不安を募らせるミリィが声を荒げる。昨晩まで何事もなかったエリカがこつ然と消えてしまったのである。

 その後ミリィは、寮内をくまなく探し、教師や警察にも捜索を以来した。しかし一昼夜の懸命な捜索にもかかわらず、エリカの行方は分からないままだった。
(エリカ、いったいどこに・・・!?)
 肩を落として悲痛さを感じていたミリィ。そこに1人の警官が近づいてきた。
「申し訳ありません。全力を上げて探しているのですが、依然として発見できていません。」
「いいえ、そんな・・」
 気落ちした様子の警官に、ミリィは笑みを作る。
「それにしても、ここ最近奇妙な失踪事件が多発してるんですよ。」
「失踪事件?」
「ええ。すでに10人もの女性が行方不明に。」
 そのとき、ミリィは警官のこの言葉に疑問を抱いた。
 失踪した人たちのほとんどは、この女学院の女生徒である。
(この学校に、何かあるんじゃないかな・・・?)
 疑念を持って、ミリィは単独で事件を調べることにした。
 講義中は講師の注意の合間をぬって考査を練り、ときに他の生徒への聞き込みも行った。
 そしてそこから、ミリィはこの事件の共通点を見出した。
 それは、老女から薬の入った小ビンを受け取っていることである。いずれもその薬を使用したらしく、受け取った2、3日後に行方がわからなくなっている。
(もしかして、あのおばあさんが関係してるんじゃ・・!)
 推理を確信に変えるべく、ミリィは新たな行動を開始しようとしていた。

 女学院の正門から校舎へと続く林道。その道の途中に、薬売りの老女はいた。
 彼女は1本の木の陰に立って、客が来るのを待っていた。
 そのさらに後ろの木陰から、ミリィは老女の様子をうかがっていた。老女の家、もしくは薬の出所が分かれば、エリカや他の女生徒たちの行方がつかめると思ったからだった。
 数人の生徒に薬を売ったところで、老女はゆっくりと移動を始めた。ミリィも気づかれないように後をついていく。
 老女はしばらく歩いたところで林道から外れ、林の中に入っていった。
(どこに行くんだろう・・?)
 行方を気にしながら、ミリィは老女を見失わないように駆けていく。
 そして林を抜けると、そこには古びた建物があった。立ち入り禁止となっているその建物はこの女学院の旧校舎で、新設を視野に入れつつ閉鎖された場所になっている。
(へぇ、こんなところがあったんだぁ。)
 胸中で感心するミリィ。その先で、老女は立ち入り禁止の仕切りを通り、旧校舎の校舎口で足を止めた。そしてかがみこんで床に手を置いた。
(何をするつもりなんだろう?)
 まゆをひそめながら、ミリィは老女の様子をうかがう。そして老女の床を叩く手が止まり、その床をずらし始めた。
 その床は隠し扉になっていて、地下に続く階段となっていた。
(こんなものがあったなんて・・・!?)
 驚くミリィの視線の先で、老女は階段に入り、床に見せた板をずらして扉を閉めた。慌ててミリィがその場所に駆けつけ、床を見つめる。
「もしかして、この中にエリカが・・!」
 ミリィは老女がやったように床をずらし、階段を発見する。そしてゆっくりとその階段を下り始めた。
 階段やその先の廊下は薄明かりが灯っていて、暗闇の中さまようことはなかった。老女の後をおいかけて、ミリィは廊下を進んでいく。
 そして老女は1つの扉を開け、部屋の中に入っていった。ミリィも閉じたその扉の前に近づき、少しだけ扉を開けて中をのぞきこむ。
(な、何、コレ・・!?)
 ミリィは部屋の中の光景に驚愕する。
 部屋の中には何体もの女性の石像が並べられていた。それらは全てこの女学院の制服を着用していて、瞬きひとつせずに立ち尽くしていた。
 その中に、エリカとそっくりの石像が置かれていて、ミリィの不安がさらに強まる。
(ど、どうなってるの!?もしかして、あのおばあちゃんが薬を使ってみんなを・・・!?)
 恐怖におののいたミリィの視線の先で、老女が石像を悠然と眺めていた。ときどき手で石の頬を触れることもあった。
(逃げないと!早くみんなに知らせないと!)
 慌てながらきびすを返し、扉から離れて外へ向かおうとするミリィ。
「えっ・・!?」
 そのとき、ミリィは全身が焼け付くような感覚に襲われ、足が止まってしまった。
「体が・・・熱い・・・なんで・・・!?」
 激しい熱に襲われながら、それでも外に出ようとするミリィ。ところが、必死に動かそうとする両足が言うことを聞かない。
「そろそろ、あなたにも効果が表れたようね。」
 戸惑うミリィに向かって、部屋から出てきた老女が声をかけてきた。
(しまった・・!)
 見つかってしまい、胸中で焦るミリィ。老女は妖しい笑みを浮かべてミリィを見つめている。
「ここを見つけてくるとはたいしたものね。でも、私が気づいていなかったと思ったのかな?」
 老女は長い髪を手で束ね、ゴムでまとめる。
「あ、あなたは・・・!?」
 その老女の姿にミリィが驚愕した。
「分かったかい?そうよ。この学院の学長だよ。」
「が、学長が・・・なんで!?なんでみんなを!?それに、あの薬は何なの!?」
 困惑を込めて叫ぶミリィ。すると学長が哄笑を浮かべて答える。
「あれはあのときも言ったように、元気の出る薬さ。飲めばたちまち力がわいてくる。ただし、その薬には副作用があって、服用していないと体が石のように固くなってしまうのよ。」
「それじゃ、エリカやみんなは・・!?」
「その副作用でみんな石になったのよ。でもそれはかえって都合のいいことかもしれないわ。あのかわいさと美しさのまま、永遠にすごせるのだから。」
「ふざけないで!そんなのは美しいのでも何でも・・・あはぁ・・・!」
 叫びかけたミリィにさらに激痛が襲う。その姿を学長があざ笑う。
「気になるでしょう?薬を飲んでないのに体が石になるのかって。」
 学長の指摘どおり、ミリィは小ビンを渡されたが1粒も飲んではいなかった。それなのに、服用した人たちに起こったような症状が発生していた。
 恐る恐る見た自分の足にミリィはさらに驚愕する。彼女の足も灰色になって固くなっていた。
「ど、どうして・・!?」
「どうして?あなたが薬を飲んだからに決まってるでしょう?」
「ウソよ!私は薬は飲んでない!ビンのふたさえ開けてないんだから!」
「確かにあなたはビンの薬を飲んでいない。でも、あなたは飲んだのよ、薬を。」
「そんなはずは・・・」
「あなたの給食に。」
 その言葉にミリィは凍りつくような気分に襲われた。
 この女学院では、普段の生活にも気を遣い、昼食に給食を設けて食事のマナーも教えている。当然、その食事も学院が調理、管理している。
「私はあなたの給食に、粉末に砕いた薬を入れたのよ。この薬は無味無臭、溶けてもその食事の味を変えないから、気づかなかったのもムリはなかったわね。」
「そんな・・・!?」
 学長は洗脳した調理師たちに、ミリィの分の給食に薬を入れたのである。彼女は気づかずにそのまま給食を口にしていたのである。
「私が気づかなかったと思ってたのかい?親友を助けようとしていたあなたに対しても、手は打ってあったのよ。」
 微笑む学長の眼の前で、ミリィの体が灰色になって固くなっていく。
 恐怖におののく彼女に近づき、学長は彼女の頬に手を当てた。
「知らないほうが、いいことだってあるのよ。最高の美しさを実感しながら思い知りなさい。永遠に。」
「放して!みんなを解放して!」
 必死に抗おうとするミリィ。しかし石になった体は彼女の思うようには動かず、さらに石化は彼女を侵食していった。
「あなたもみんなと同様にかわいがってあげる。私の代わりに永遠の命を堪能してね。」
 脱力し、呆然となっているミリィに優しく語りかける学長。石化はミリィの頬を、唇を包み込んでいた。
 やがてその瞳も石に変わり、ミリィは完全な石像となった。
「また女生徒の像が増えたわね。」
 じっくりと眺めた後、学長はミリィを抱えて部屋に戻った。彼女は着ていた制服を除いて、体と髪は灰色の石になっていた。
 たくさんの女生徒たちの石像の中にミリィを置く。そして再び彼女たちを眺める学長。
「私があなたたちに永遠の美を与えつづけてあげるわよ。」
 そう言って学長は振り返り、部屋を出て行った。たたずむ少女たちがそこで静かに立ち尽くしていた。

 活力の出る薬がもたらした罠。
 失踪や噂が巻き起こっているが、その真相は明らかにならないままだった。
 そう。全ては美を追い求め、それを女生徒たちに摩り替えた女学院学長の手の中に。


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