Schap ACT.11 stranger

作:幻影


 街の中にあるとあるカフェバー。あるグループの専属店であるこのバーには、そのグループの人間がやってきていた。
 そこへさらにそのメンバーの1人がやってきた。
「よぉ、アインス、久しぶりじゃないか。」
「ここではトランプネームで呼び合うよう、言ってあるはずだが?」
 気さくな笑みを向ける女性が声をかけると、アインスは無表情で答える。
「悪かったよ。すまない、すまない、ハートさん。」
 女性が謝罪の言葉をかけるが、態度が謝っていない。白のTシャツにジーンズとラフな格好をしている短い黒髪の女性である。胸のふくらみがなかったら、その格好と言動から男と間違えても不思議ではないだろう。
「ところで、マスターと他のメンバーは?」
 アインスが周囲を見回しながらたずねると、女性は先程の気さくな態度を改めて真剣な面持ちを見せる。
「ダイヤは急用ができたとか言ってた。マスターは待ちくたびれて、私たちだけに仕事内容言って帰っちまった。で、スペードがその仕事を受けて出て行った。」
「そうか。で、他にマスターは何か言っていなかったか?」
「ああ。ハート、お前にも仕事が与えられている。」
 そういうと女性は1枚の写真を取り出し、アインスに見せる。
「そいつの相手をしてくれだと。うまく勧誘できるようならそうして。できなきゃ倒しても構わない、だそうだ。」
「そう。分かった。」
 写真を手にとって眺めたアインスが小さく頷く。その写真に写っているのは、飛鳥ますみだった。

 幽霊騒動が治まり、霜月学園に落ち着きが戻り始めたある日のことだった。
 この日も空手部の朝練を終えて教室に入ってきた幻。彼は今、ますみが関わっていることを気にかけていた。
 先日の幽霊騒動。この事件にますみが深く関わっていた。何かとんでもないことに巻き込まれているのではないか。そう思えてならないときが間々あった。
 しかし空手の稽古のときは、その迷いや揺らぎを切り離していた。一瞬の揺らぎが勝機を逃し敗北を招く。そう彼は心に決めていたのだった。
 その葛藤の中で教室に入ると、既に担任が教卓の前に来ていた。
「おい、鳳、ホームルームだ。席に就け。」
「はい。」
 担任に言われて、幻は自分の席に座る。
「ええ、今日このクラスに、新しく転入生が加わることになった。きみ、入って。」
 担任に促されて、1人の女子が教室に入ってきた。
「アインス・リア・スフィルだ。彼女はフランスから日本のことを勉強するために来日したそうだ。みんな、仲良くしてやってくれ。」
「アインスです。よろしくお願いします。」
 担任の紹介を受けて、アインスが無表情のまま一礼する。
「おい、アインスって確か・・」
「ああ。去年の日本剣道の全国大会で一躍したっていう・・」
「ウソッ!あのスーパー留学生が?」
 アインスの名に、教室にざわめきが起き出した。
 彼女は何度かこの日本に留学し、日本についての勉強をしていた。そんな彼女が滞在中に所属していたのが剣道部だった。
 幼い頃から日本の知識と技術に興味を持っていた彼女は、剣道といった剣術を吸収し、その技量は全国の選手たちと渡り合うほどになっていた。
 フランス人という外見と血筋を持ってはいるが、彼女は日本語は完全に使えるようになっていた。
「おい、静かにせんか!ではアインスくん、あの後ろの、鳳の横の席に座ってくれ。」
 ざわめく生徒たちを静めてから、担任がアインスを促す。彼女は顔色を変えずに、空いている幻の隣の席に就く。
「よろしく、鳳くん。大丈夫、日本に関することはある程度熟知してますので。」
 ここに来て初めて笑みを見せるアインス。彼女に眼を向けられて、幻は思わず赤面してしまう。
 彼は女性と面と向かうのが苦手だった。文武両道を貫いている彼の唯一の欠点といってもいい。
 その中でますみだけは、幼なじみということで例外だった。彼女に対してだけは普通に話すことができた。
「そんなに緊張しなくてもいいと思うのですが・・・?」
「す、すまん・・・」
 アインスの声に、幻は詫びの言葉しか返せなかった。

「ううぉぉぉーーーー!!」
 この日のますみは圧倒されるほどの元気さを見せていた。昼休みに入った直後に、慌しい面持ちを見せるユキを置いていったまま、全速力で売店に直行する。
「すいません!おにぎり、ツナとシャケとおかか1個ずつ!あとカレーパンとクリームパンね!」
 切羽詰ったますみが売店の受付に詰め寄り、注文を言い放つ。その勢いに売店の店員たちが唖然となった。
 とりあえず注文したものを抱えて、追いかけてきたユキのところに戻ってくる。
「ちょ、ちょっと、ますみ、大丈夫!?」
「だ、大丈夫!このくらい、持っていけるよ!」
 心配するユキをよそに、ますみが必死におにぎりとパンを運んでいく。
「わたし、ますみにおごってもらうつもり、ないんだけど・・」
「違うよ、ユキちゃん。みんな、あたしが食べるのよ。」
「えっ!?」
 ますみの言葉に驚くユキ。座れる場所を見つけて腰を下ろした途端、ますみは購入したパンとおにぎりをほおばり出した。
 いわゆるやけ食いである。彼女はアリアが幽霊騒動を引き起こして女子たちを石化していたとは信じられなかった。そのために、千尋を助けようとした扇と対立。結果、彼女のスキャップ、クラウンは扇のナックルの攻撃を受けて金属化してしまった。
 クラウンは壊されず元に戻されたものの、ますみは扇に敗北したのだった。自分の思いがせき止められたばかりでなく、アリアが幽霊の正体であり、スキャップであったことに、彼女は愕然となるしかなかった。
 今のこのやけ食いも、そのむしゃくしゃした気分とわだかまりを振り切るためのものだった。もっとも、彼女の考えていることではなかったが。
「んっ!んふっ!」
 そのとき、ますみが喉を詰まらせて、胸を叩き出す。
「ち、ちょっとますみ、大丈夫!?」
 ユキが慌しくしながら、ますみの背中を叩いて詰まったものを流させる。何とか食べたものが腑に落ち、ますみが安堵の吐息をつく。
「ふうわぁ・・危ないところだったよぉ・・・」
「もう、驚かさないでよ、ますみ。ビックリしちゃったよぉ。」
 ユキも続いて大きく息を吐いて、肩を落とす。
「そんなにムリするなんて、いつものますみらしくないよ。」
「そ、そんなことないよぉ!私はいつも今もいたって元気、いつものあたしだよ!」
 心配の面持ちを見せるユキに、ますみが元気さを見せる。しかしそれが作り物の空元気であることをユキは分かっていた。
 でも今のますみに何を言っても聞かないだろうと、半ば諦めていた。
「ふう。満腹、満足。これで午後もバッチシね。」
「う、うん・・そうだね・・」
 ますみの元気のある装いに、ユキは困惑の面持ちで頷くしかなかった。
「ね、ねぇ・・あれ・・・」
 そこでますみがじっと眼を凝らす。ユキが気になってその方向を向くと、その先の道場の前で幻を発見する。
 昼休みでの稽古の合間を縫っていた彼の横にいたのは、彼のクラスに転入してきた女子だった。
「ユキ、あの子は・・?」
「うん。今日転校してきた、アインス・リア・スフィルだよ。この前日本に留学してきたときに、剣道で全国まで行ったみたいだよ。」
 ますみに答えるユキ。彼女の説明を受けて、ますみは困惑を抱いていた。
 今日転校してきたとはいえ、知らない人と幻が話をしている。ますみの心は揺らぎ始めていた。

 その日の全ての授業が終わり、生徒たちが下校や部活の準備を始めていた。その中でますみも下校の準備をしていた。
「あれ?ますみ、鳳くんに挨拶しなくていいの?」
 そこへユキが声をかけてきた。しかしますみは浮かない顔を彼女に見せてきた。
「いいんだよ。あんまりスキャップのこととかで、幻ちゃんを巻き込みたくないから。」
 何とか迷いを振り切ろうとするますみ。困惑を隠せないでいるユキを気に留めずに。
「それじゃ、先に帰るね、ユキちゃん。」
 ますみがユキに作り笑顔を見せて、教室を出て行った。
 昇降口を抜けて、正門に向かおうとした。ところがそこで彼女は幻とバッタリ会う。
「ま、ますみ・・・」
「げ、幻ちゃん・・・」
 対面した途端、困惑の面持ちを見せる2人。
「どうかしましたか?」
 そこへ1人の女子がますみと幻に声をかけてきた。転入生、アインスである。
「あ、あなたは・・?」
 ますみが困惑を隠せないまま問いかける。
「はじめまして。私は鳳くんのクラスに新しく入ったアインスです。どうぞ、よろしく。」
「う、うん。よろしく・・・」
 手を差し伸べるアインス。ますみが困惑したまま、その手を取って握手を交わす。
「鳳くんから、今の日本の状況を詳しく聞きました。フランスでもニュースは聞いてたのですが、思ってた以上でしたね。やはりその国のことは、その国の人に尋ねるのがいち早い情報の収集になりますね。」
 淡々と語るアインスに、ますみは返す言葉が出なかった。
「それでは、剣道部のほうに行ってきます。この学園の剣道部が、どれほどの技量があるか見るのも含めて、見学したいと思ってますので。」
 アインスは笑みをひとつ見せて、ますみと幻から離れていく。
「いろいろと話がうまくいっているようだね、幻ちゃん。」
 しばらくの沈黙を破って、ますみが幻に声をかける。しかしその言動は皮肉めいたものに聞こえた。
「彼女の席がオレの隣になったからな。聞かれる可能性が高いのは、普通に考えて当然だろ。」
「そうだね。でも案外、そこから親密な関係になることも少なくないよ。」
「な、何をバカな!オレがそんなことを考えるわけがないだろ!オレが女と付き合うのが苦手だということは、お前も知っているはずだ!」
 幻が頬を赤らめて言い放つ。するとますみがムッとしていきり立つ。
「そうね!だからあたしなんかいなくたって・・幻ちゃんは、空手があればいいんだよね!」
 ますみはきびすを返して、幻の横をすり抜けて駆け出してしまった。幻も振り向きはするが、追おうとはしなかった。

 学園の外に飛び出し、ますみはさらに道を走っていた。その眼には涙があふれていた。
 あまり人のいない場所で足を止め、彼女はベンチに腰を下ろした。
(どうしちゃったんだろう、あたしって・・・)
 涙を拭う彼女の心に、わだかまりが残る。
(あんなムキになったり、あんな皮肉言ったりして・・・幻ちゃんがどんなことしようと、あたしには関係ないのに・・)
 どんなに涙を拭いても、雫が止まらずにあふれ出てくる。そんな悲壮感を感じながら、彼女は物悲しい笑みを浮かべる。
(幻ちゃんは昔から、自分のことばかり、強くなることばかり考えてた・・・あたしは、幻ちゃんの気休めぐらいにしか・・・)
 幻の心にはますみは強く刻まれていない。空手を通じて強さを極め、自分の限界を確かめようとしている。
 自分がいてもいなくても、何の問題もない。ますみはそう思い始めていた。
「どうしたのですか、あなた?」
 そこへ声をかけられ、ますみが顔を上げる。彼女の前に、微笑みかけているアインスの姿があった。
「確か名前は、飛鳥ますみさん、でしたよね・・?」
 アインスに問いかけられて、ますみは小さく頷いた。頬に涙が流れ、それを拭うことも忘れて。
「どうかしたのですか?泣いているみたいですけど・・・?」
「ううん、何でもない。ちょっと、眼にゴミが入っただけだから・・・」
 悲痛の表情を見せるアインスに、ますみは笑みを見せて弁解する。
「もしかして私、あなたと鳳くんに失礼を働いてしまったのでしょうか?」
「い、いえ、そんな・・そんなことないよ!うん、そう!あなたが原因じゃない。」
 さらに困り果てるアインス。ますみの困惑がさらに広がり、焦りを見せる。
「ところで、アインスさんは幻ちゃんともうそんなに仲良くなったの?」
「えっ?うん、まぁ・・席が隣だったということもあったので、いろいろ聞いてたのです。」
「そうなの・・・もしかして、恋愛感情とか持ってないよね?」
 ますみが眉をひそめてアインスに問いつめる。するとアインスが苦笑いを浮かべて、
「まさか。私はここに来たばかりですよ。いくら何度か日本に来ていたからといっても、年月の流れには逆らえないですから。」
「そ、そうだね・・アハハハ・・・」
 完全に押され気味のペースに、ますみもただただ苦笑を浮かべるしかなかった。

 街の中のレストラン。アインスに連れられて、ますみはそこへやってきていた。
 そこで彼女たちはパフェを注文し、スプーンで突いていた。
「ところで、おごってもらっちゃっていいのかなぁ・・?」
 ますみが唐突に不安の呟きをもらす。
「いいんですよ。あなたにもいろいろお世話になったんですから。」
 そこでアインスが優しく微笑む。しかしますみは未だに苦笑を見せていた。
「そういえば、アインスさんって、留学生なのに日本の剣道の大会でいいとこまでいったって聞いたけど?」
「はい。剣術とかフランスでもやってましたから。でも・・」
「でも?」
 突然アインスが思いつめた面持ちを見せる。それにますみは疑問符を浮かべる。
「ときどきこう思うんです。強さとは何なのか、と。」
 スプーンをテーブルの上に置き、アインスが立ち上がる。
「強さには2種類あります。力の強さと心の強さ。でもそのどちらにしても、強さが報われないことがあります。」
「それって・・」
「私よりも強い人を私は何人か知っています。でも今の社会は、私より無知で軟弱な人間によって動かされている。そんな不条理で世界が動かされて、本当にいいと思えるのかどうか・・」
「ア、アインスさん・・?」
「だからいつか、私はそんな輩に鉄槌を下そうと思います。私の力を見せ付けつつ。」
 言い終わると、アインスが右手を広げてかざす。その手のひらに、白い空気の流れが巻き起こり収束する。
 その空気が凝り固まり、やがて半透明な1本の刃に形を成す。
 アインスはその刃を、レストランの中の窓際の席に座っている学園の女子たちに向けて振り抜く。すると白い風をまとった突風が吹き荒れ、彼女たちを包み込む。
 その風に包まれた女子たちは、風から身を守る体勢のまま、氷の中に包み込まれていた。
「な、何・・・!?」
 ますみがアインスが今やったことに眼を疑った。すまし顔で女子たちを凍てつかせたアインスが、困惑するますみに視線を戻す。
「さぁ、あなたも力を解放しなさい、ますみさん。あなたの中にいる、スキャップをね。」
 鋭く見据えてくるアインスに、ますみは驚愕する。氷の刃を形をしたスキャップを握り締めるアインスは、敵を見る眼をしていた。
「これは私のスキャップ、氷月(ひょうげつ)。空気中の水分を凍てつかせて作り出した氷の刃は、巻き起こした冷風で目標を凍てつかせることができるのよ。」
 アインスが氷の刃、氷月の切っ先を、困惑しているますみの眼前に向ける。
「さぁ、早くあなたのスキャップを見せるのよ。でないと、また周りの人たちが凍りつくことになるのよ。あなた自身にスキャップ効果を与えても効き目がないのは分かってるのよ。」
 アインスがますみに言い放ち、再び氷月を周囲の客たちに見せ付ける。
「あなたは、いったい・・・!?」
 ますみが困惑を押し殺して、アインスに問いつめる。すると彼女は不敵な笑みを見せる。
「私はアインス・リア・スフィル。スキャップ暗殺部隊、ASE(エース)のトランプメンバーの1人よ。」
 アインスが微笑を浮かべて、周囲に冷たい風をまとっていた。

つづく

Schap キャラ紹介11:アインス・リア・スフィル
名前:アインス・リア・スフィル
よみがな:あいんす りあ すふぃる

年齢:16
血液型:B
誕生日:11/29

Q:好きなことは?
「剣道をはじめとした剣術です。」
Q:苦手なことは?
「怠け者は好きではないですね。」
Q:好きな食べ物は?
「好き嫌いは特にないのですが、強いて挙げるならドクターペッパーです。」
Q:好きな言葉は?
「心・技・体です。剣術の心得でもあります。」
Q:好きな色は?
「青」


幻影さんの文章に戻る