Schap ACT.2 awakening

作:幻影


 クラウンの微笑みを見た直後、ますみは白い輝きに襲われた。
(うわっ!)
 その眩しさに、彼女は眼を閉じていた。
 気が付き眼を覚ますと、そこは真夜中の大公園だった。
「あれ・・あたし・・・?」
 ますみは困惑していた。先ほどまで起きていたことが、全て夢か幻ではないかという疑念が浮かび上がっていた。
「そうだっ!早く帰らないと!ユキちゃん、心配してるだろうなぁ・・」
 そこでますみは、自分が迷っていることを思い出し、きびすを返す。
「お前も目覚めてしまったのか・・・」
 そのとき、突然声がかかり、ますみが駆け出そうとしていた足を止める。振り向くと、そこには1人の少女がいた。
 背はますみより少し高く、藍色の髪は背中のあたりまである。少し鋭い眼つきをしていて、大人びた雰囲気を放っていた。
「あの、あなたは・・・?」
「お前もついにスキャップを覚醒させてしまったようだな。」
「え?スキャップ?」
 少女の言葉にますみが疑問符を浮かべる。引っかかるような心地になり、思考を巡らせる。
「あっ、そうか。私に話しかけてきた人だ。」
「人か・・おそらくそれが、お前のスキャップの姿なんだろうな。」
 少女は顔色を変えずに話を続ける。
「その力、使わないほうがいい。」
「えっ?」
 少女が疑問の声を再び上げるますみに背を向ける。
「もしもその力を使えば、お前は戦いに身を置くことになる。そしてそれに敗れれば、お前は全てを失う・・」
 困惑するますみをよそに、少女はゆっくりと歩き出す。
「あ、あの・・?」
 ますみの呼びかけで、少女は進めていた足を止める。
「あなたの名前、聞いてもいいかな・・?」
「人に名前を聞くときは、まず自分から名乗るものだ。」
「そうだね・・あたし、飛鳥ますみ。あなたは?」
「・・ハル・・青葉(あおば)ハルだ。」
 自分の名を告げた少女、ハルは再び歩き出し、近くの木の前に止めていたバイクに近づいた。彼女が乗ってきたものだ。
 ハルはバイクに乗ってエンジンを吹かし、そのまま走り去っていった。
「ハルちゃんか・・・」
 ますみはハルの去っていく姿を、呆然と見送るしかなかった。
「あっ!いけない!早く帰らないと!」
 夜遅い時間になっていることを思い出したますみは、慌ててその場を後にした。
 そんな彼女たちを、1人の少女が無邪気そうな笑顔で、近くの木の枝の上から見つめていた。

 寮に戻ってきたますみ。部屋では彼女の帰りを待っていたユキが、テーブルに体を預けて眠っていた。
 ますみは謝罪の意を込めて、彼女に毛布をかけてあげた。
 それから翌日。朝から慌しい様子を見せていた。
 ユキは朝起きるのが苦手なようだった。ますみがパンを焼いている最中でも、彼女はテーブルで寝たままだった。
 寝室にかなりの数の目覚し時計が置かれていたのも頷けた。
 彼女が眼を覚ましたのは、ますみがパンを食べきった後だった。

 この日の1時間目は数学。大谷が気さくな言動で、生徒たちに数式や図式を教えている。
 ますみはその板書をノートに写しながら、ぼうっとその説明を聞いている。
(それにしても、昨日のアレは、ただの夢だったのかなぁ・・それにしては不思議な夢だったなぁ。)
 胸中で昨日のことを振り返る。
(そんなことないよ。)
「えっ!?」
 そのとき、その心の声に返事をされ、彼女は思わず席を立った。それに教室中の生徒たちが振り向き、大谷が視線を移す。
「飛鳥さん、どうしたの?」
 大谷が何事かとたずねてくる。
「えっ!?いえ、何でもないです・・・」
 顔を赤らめながら、ますみはゆっくりと座り込む。何事か分からないまま、再び授業が再開される。
「ますみ、どうしたの?」
 ユキが小声でますみに聞いてくる。
「ううん、何でもないから。ゴメンね。」
 視線だけを後ろに向けて、ますみが返事する。
(驚かせてしまったかな?ゴメン、ゴメン。)
 その直後、先ほどの声が再びますみに声をかける。
(いきなり声出さないでよ。ビックリしちゃったじゃない。)
 ますみが胸中でその声に愚痴をこぼす。
(いやいや。でも当然のことながら、この声は君にしか聞こえてないから。)
(どうでもいいけど、話は後にして。今は授業中なんだから。)
(分かった。じゃ、放課後に屋上に来て。)
 そしてその声は消えた。

 昼休み。ますみはユキに食堂の場所を聞いていた。
 霜月学園には、高等部、中等部にそれぞれ食堂が2ヶ所設けられている。ただし昼休みは生徒たちでごった返すので、昼休みでの昼食は席取り合戦から始まるといっても過言ではなかった。
「ありゃ〜、だいぶ混んじゃってる〜。4時間目の古文の授業が長引いちゃったせいね。」
「これじゃ座れそうもないね。今日はパンか弁当を買うことにしよ。ますみ、いいよね?」
 ユキの提案にますみは頷いた。既に入り口のあたりまで行列ができているありさまだった。
 再び廊下を移動して、購買部に向かう2人。その途中で空手部の道場を通りがかり、ますみはそこで足を止めた。
 道場は昼休みだというのに、稽古を行っている部員が何人かいた。
「へぇ〜、熱心だねぇ〜。」
「大会が近いから、朝練や昼休みの練習も欠かさないんだって。」
 ますみの感嘆の声にユキが答える。
「あれ・・?」
 そのとき、ますみは眉をひそめた。さらに道場のほうに足を進める。
「あああーーーーっ!!」
 そして突然大声を上げる。そばにいたユキが唖然となり、空手部の稽古が中断される。
「幻ちゃん!幻ちゃんだぁー!」
 ますみが満面の笑みを浮かべて、1人の部員を指差した。逆立った黒髪をした長身の男である。
「お前・・ますみか・・?」
 男はますみに向けて疑いの視線を投げかける。
「久しぶりだね、幻ちゃん!まさかこの学校にいたなんて〜!」
 狂喜乱舞するますみ。
「ちょっとますみ、鳳くんと知り合いなの?」
 ユキの問いかけに、ますみが振り返って答える。
「うんっ!幼なじみだもんね〜!」
 喜びを振りまくますみ。男は呆れ顔をするしかなかった。
 鳳幻(おおとりげん)。空手会では知らない人はいないとさえ言われている名門・鳳式空手を扱う。
 強い相手を求める向上心から、彼は学校でも空手部で稽古を繰り返している。
「まさかお前がこの学校にいたとはな。」
「うんっ!昨日転校してきたんだよ!」
 幻が肩を落として、ますみの喜んでいる様を見ていた。
「それにしても、幻ちゃん、空手に力入ってるんだね。」
「そういうお前こそ、そのたわけ振りは相変わらずのようだな。」
「たわけ?」
 幻の言葉にますみが疑問符を浮かべる。
 純和風の生活を続けてきたためか、彼の口調や考え方は若干古風になっている。
「たわけとは馬鹿ということだ。」
「バカ?・・あああーーーっ!!」
 幻が説明すると、ますみが再び大声を上げる。
「バカっていったー、バカって!バカっていったほうがバカなんだぞー!」
 子供じみた抗議に、幻はただただ呆れるしかなかった。その中で、昔と変わっていない彼女の様子に、彼は少し安堵していた。
「ますみ、早くしないと売り切れちゃうよ。」
 そこへユキがますみに声をかける。ますみは思い出して道場を出る。
「ますみの知り合いなら一応紹介しておかないとね。わたし、神尾ユキ。よろしくね。」
 笑顔を見せて自己紹介するユキ。
「あ、ああ・・・よ、よろしく・・・」
 すると幻が緊張を見せる。肩に余計な力が入って、顔を赤らめていた。
「あら〜、相変わらずかわいい子と話するのは苦手みたいだね。」
 そんな彼にますみが微笑む。
 運動・学問ともに好成績を収めている彼だが、女性と面と向かうと極端に緊張してしまうのである。
「ふんっ!お前みたいなたわけ者は、かえって気を使わなくてすむからな。」
「ああーーっ!またたわけっていったーっ!」
 また過剰に反応するますみ。
 それから2人は目当てのパンや弁当が売り切れているのを目の当たりにし、仕方なく残り物に手を出すしかなかった。

 5時間目が終わって放課後となり、ますみはユキと別れて、1人屋上に来ていた。
「ここならあんまり人は来ないわよ。」
 そういってますみは意識を集中した。ブロンズ像にされていたときに現れた白一色の少年。その姿を思い起こす。
 すると彼女の横に光が集まり、それがその少年、クラウンとなった。
「やっぱりアレは夢じゃなかったんだね?」
「そういうこと。」
 ますみの問いかけに、クラウンは微笑んで答える。
「あなたはいったい何なの?スキャップっていったい・・・?」
「知ってる限りでいいなら教えてあげるよ。」
 不安を押し殺すますみに頷いてみせるクラウン。
「スキャップっていうのは、物質変化幻覚投影。つまり、相手を別の物質に変えることのできる分身さ。」
「分身・・・あなたが、私の分身・・?」
「石化、凍結、金化、人形化・・いろんな力を使える。ただしスキャップ1体につき、その効果は1種類だけ。そしてその姿は大きく分けて5つ。私のような人型。あとは獣型、植物型、物質型、特殊型。」
 淡々と進むクラウンの説明。しかしますみは眉をひそめるばかりだった。
「また、スキャップを覚醒した能力者は、他のスキャップの効果を受け付けない。ブロンズ像にされていた君が元に戻れたのはそのおかげさ。」
「すごぉい・・で、あなたのその力って、どんなの?」
「私と君のスキャップの能力は、石化だよ。」
「石化?石に変わるってこと?」
「そう。ここから先は説明するよりやってみたほうがいいと思うから。」
 クラウンは屋上の金網の先、商店街のほうに眼をやる。
「あそこに女の人が2人いるよね?彼女たちで試してみよう。」
「試す?」
「あの中の1人を石にするイメージを浮かべるんだ。そうすれば私が力を使い、その人を石に変える。」
「石に変えるって、あの人たちを!?」
 思わず叫ぶますみ。クラウンはその反応に微笑をもらす。
「大丈夫。同じようなイメージの仕方で元に戻せる。石化の対象、進行、解除は全て君の思うがままさ。」
「う、うん。分かった・・」
 ますみは渋々了解して、女性のうちの1人、長い黒髪の女性に狙いを定める。そして彼女が石に変わるイメージを描く。
(えっ・・・?)
 ますみはふと疑問を抱いた。クラウンの、自分のスキャップの能力と効果が、自然と頭の中に描かれていく。
(分かる・・・この力が・・・)
「理解してきたようだね。それでは、いくよ。」
 頷いたクラウンが、商店街のほうに両手をかざす。
「えいっ!」
 ますみが声を出すと、クラウンの両手から振動のようなものが発せられる。その波は黒髪の女性へと伸びていく。
「うん、力をかけた。あとは君の思い描くままだよ。」
 クラウンに促され、ますみはさらなるイメージを描いた。するとその女性の足が灰色に変わり始めた。
 突然かつただならぬ事態に、女性をはじめ、周囲の人々が驚愕を見せる。その間にもますみのイメージの中、石化は進行し、女性の体を蝕んでいく。
 その恐怖を焼き付けたまま、女性は完全に灰色になり、石像と化した。
「やったよ。成功だ。このイメージをさらに広げていけば、いろいろな方法での石化もできるさ。」
「そ、そう・・・」
 満足げに頷くクラウンに、ますみが何とか笑みを見せる。
 同様のイメージの仕方で、石像になった女性の石化を解く。するとその女性の恐怖の表情が、次第に不安と困惑へと変わっていた。
「ふう。これでひと安心。」
「君は律儀だね。まぁ、君の力なんだから、君の自由にするといいよ。」
 安堵するますみに、クラウンが優しく声をかける。
「そんなに優しく教えちゃっていいのかな?」
 そのとき、屋上の片隅から声がかかり、ますみとクラウンが振り返った。そこには1人の少女が微笑んでいた。
 長いピンクの髪。幼さの残る顔つき。着ている制服から、おそらくこの霜月学園中等部の生徒だろう。
「あなた、誰?中等部みたいだけど?」
 ますみがその少女に問いかけた。
「私は桃城(ももしろ)デュール。中等部3年ね。」
 少女、デュールが無邪気に微笑みながら名乗る。そして彼女の視線がクラウンに移る。
「それにしても、そんなに軽々しくスキャップの力を教えちゃっていいのかな?」
「何?」
 デュールの言葉にクラウンが眉をひそめる。
「力の使い方を教えるってことは、その人を戦いに巻き込もうとしてるんじゃないの?」
「戦い?」
 今度はますみが疑問符を浮かべる。しかしデュールは気にせずに話を続ける。
「その人を戦いに巻き込むつもりなら、ひとつ言っておかなくちゃいけないことがあるんじゃないの?」
「ちょっと、その人、その人って・・あたしは飛鳥ますみ。ちゃんと覚えてよね。」
 デュールの言葉をさえぎって、ますみが名乗りだす。
「え?ゴメンね。今度からそういうよ、ますみん。」
「ま、ますみん?」
「って、そんなことじゃなくて。」
 眉をひそめているますみをよそに、デュールは言いかけてた話に戻る。
「スキャップを扱うってことは、その人が自分の全てを賭けるってことになるんだよ。」
「自分の全て?」
「そう。それはね・・・」
 真実を言おうとしたデュールが、何かに気づいたように金網の外に振り向く。大公園のある方向に。
「またやり出しちゃったか、あのカエル。」
「カエル?・・まさか、昨日の・・!」
 ふともらしたデュールの言葉を耳にして、ますみは振り返っていた。
「おい、ますみ!」
 クラウンも慌てて彼女を追いかける。
「ふ〜ん。ますみんも行っちゃうんだぁ。」
 2人を見送った後、デュールは大公園に視線を戻す。彼女の背後には、人の大きさほどのピンク色の河馬のようなものが立っていた。

 日が傾きかけていた大公園。ますみは玉緒と会った場所で立ち止まった。
 周囲にはたくさんのブロンズの女性が立っていた。いずれも苦悶や悲痛の表情を浮かべたまま、緑色になって固まっていた。
「もしかして、この人たち・・・!?」
(おそらく、君をブロンズ像したスキャップの仕業だろう。)
 ますみの言葉に、彼女の心の中に留まっていたクラウンが語りかけてくる。
「おや?また新しい獲物がやってきたみたいね。」
 突然かかってきたその声にますみが振り向く。小さな丘の1本の大木の陰から、1人の女性が姿を見せる。蛭野玉緒である。
「これはあなたがやったの?」
「あ、あなた!?昨日私がブロンズ像にしたはず!?」
 ますみの姿を眼にした玉緒が眼を疑う。
 ますみは昨晩、玉緒のスキャップ、ケロロンZにかかってブロンズ像にされたはずである。しかし彼女は再び現れていた。
「もしかしてあなた、スキャップの力に目覚めたようね?」
 再び笑みを見せる玉緒。
「まぁいいわ。今度は力押しであなたの苦悶の顔を見せてもらうわ。ケロロンZ。」
 玉緒の呼びかけで、彼女の背後に半透明の緑の液体が噴き出す。それが巨大なカエルへと形成していく。
(さっき、あのデュールって子の言ったことが気になるけど、複雑に考えても仕方がない。)
「クラウン!」
 迷いを振り切ったますみがクラウンに呼びかける。すると彼女の前にまばゆい光が灯り、それが白い少年の姿になる。
 ますみはイメージを描きながら、玉緒とケロロンZを見据えた。

つづく

Schap キャラ紹介2:蛭野玉緒
名前:蛭野 玉緒
よみがな:ひるの たまお

年齢:21
血液型:B
誕生日:6/18

Q:好きなものは?
「宝石ね。特にエメラルド系には眼がないのよ。」
Q:苦手なことは?
「あんまり難しいことを考えるのは好きではないわね。」
Q:好きな食べ物は?
「抹茶系のお菓子。」
Q:好きな言葉は?
「輝きは私のためにある。」
Q:好きな色は?
「輝きのある緑。たとえばエメラルドグリーンね。」


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