おもかげ〜Love is heart〜 vol.9.「心からの愛」

作:幻影


 千影の描いた暗闇の世界に放たれた閃光。ハルカを石化するために放ったものである。
 その光はまさに、命の輝きと呼んでも過言ではなかった。
 やがてその光が治まり、中から千影が姿を現す。
「これでハルカさんもオブジェに・・・これで章は私に振り向いてくれる。私だけを見てくれる。」
 今までにない歓喜を感じ、微笑を浮かべる千影。彼女の手はハルカの腕を離れていた。
 やがて現れるハルカの変わり果てた姿を待ち望みながら、じっと煙の中を見据える千影。
「え・・・これって・・・?」
 千影は眼の前の現実を疑った。確かにあの場にハルカはいた。だが同時に章の姿もあったのだ。
 2人は互いを抱きしめたまま、千影の放った石化を受けたのだった。肌も白くなり、着ていた衣服も殻のように半壊して剥がれ落ちていた。
「あ・・・あきら・・・」
「ハルカ・・大丈夫だったか・・・?」
 章が力の弱まったハルカに声をかける。しかし章も脱力して、石化に囚われようとしていた。
「これが・・・体が石になるって気分なのか・・・全然、力が入らない・・・」
 無力になっていく自分の体に、章は困惑を隠せなかった。今まで千影の石化を何度か見てきたが、実際に石化される気分は見ただけでは計り知れないものだった。
 思うように体を動かすことができず、固まっていく束縛に快感とも不快感ともつかない感覚に襲われていた。
「やっぱり・・・夢で見た石化と同じ・・・夢で感じた感覚と同じ・・・」
 実際に石化されて、ハルカは夢で感じた不思議な気分を感じていた。
 しかし夢そのものとは違っていた。千影のかけた石化は、ハルカだけでなく章にも侵食していた。
「章が・・・どうして、章まで・・・!?」
 しかし、1番驚きを隠せなかったのは、2人に石化をかけた千影だった。彼女は章を石化させるつもりなどなかった。
 それなのに、章は自分が石にされることに怯えることなく、ハルカを助けるために石化の光に飛び込んだのである。
「どうして章までオブジェになってしまうの!?どうしてハルカさんをかばうの!?」
 千影が信じられないような面持ちで、章に問いつめた。ハルカと章が虚ろな表情を千影に向ける。
「千影、オレは決めたんだ。ハルカを愛し、守っていくと。」
「えっ・・・!?」
「お前のその考えを変えない限り、オレはお前を迎えられない。それはハルカも同じ気持ちだと思う。」
「そんなことって・・・!?」
 千影は激しく動揺していた。信じてきた章からも信用されなくなり、何を信じたらいいのか分からなくなってしまった。
 そんな彼女をよそに、章とハルカは再び向き合った。
「章も感じてる?」
「ん?」
「体が石になっていくのに、何だか不思議な気分なの。イヤな感じでも心地よさでもないんだけど・・・」
 ハルカの心境を聞き、章が戸惑う。彼女は石化による快楽の海に身を沈めようとしていた。
 体全体を縛られていることが次第に快感になり、固まっていく自分を喜んでしまう。それが千影の石化の誘惑だった。
 章をその感覚を感じていた。しかし、彼はその感覚よりも様々な困惑のほうが強かった。
「ハルカ・・オレが、ずっとそばにいてやる。」
「章・・?」
「お前が見た夢じゃ、お前は1人で石にされてたんだろ?だけど今は違う。オレがそばについてるんだ。」
 章が残っている力を振り絞って、ハルカを抱きしめた。石化の快楽に戸惑っているハルカにさらなる困惑が押し寄せる。
「お前に寂しい思いはさせない。石にされてもずっとそばにいてやる。」
「章・・・!」
 ハルカも章を強く抱きしめる。石化しながらも残っている互いのぬくもりを感じ取る2人。
「あったかいなぁ・・章の体・・・」
「お前のもそうだよ・・ハルカ・・・」
 眼をつむり、互いの肌をさする。石の冷たさの中に、2人のあたたかさを感じ取る。
「感じてくれ・・・オレの心を・・・」
 章がハルカの胸を優しく撫でる。その感触にハルカの顔がさらに赤くなる。
「お前の心も、ちゃんと感じるから・・・」
「・・・うん・・・」
 ハルカは全てを章に委ねることにした。石化の影響があるとはいえ、彼女の胸はまだその柔らかさを保っていた。
「何を・・・何をやってるのよ、章・・・?」
 そんな2人の光景を目の当たりにしていた千影が、ひどく困惑していた。信じられない様子で2人を見つめ、完全に混乱していた。
「どうしてハルカさんにそんなことしてるの!?私をそんなにからかいたいと思ってるの!?」
 憤慨して章たちに叫ぶ千影。章がうつろな表情のまま振り向く。
「そんなんじゃないよ、千影・・でも、オレはハルカを愛す。」
「章・・・!?」
「そしてオレは、今のお前より、昔のお前のほうが好きだよ・・千影・・・」
 章は千影に見せ付けるように、ハルカの胸に顔をうずめた。小さな息吹に、ハルカは快感を覚えて顔を歪める。
「う・・・ぅぅ・・・」
 そしてたまらずあえぎ声をもらす。続けて章は彼女の肌を舐め始めていた。
(これが石になっていく人の体なのか・・・不思議な感じだ・・・千影の石化は、ホントに不思議に感じてくる・・・)
 石化していく肌の感触を感じ、章は次第に心を落ち着けてきた。ハルカも押し寄せる快感に笑みを浮かべていた。
「いい加減にしてよ、章!今も昔も私は変わらない!私は私、真野千影なのよ!」
「いや・・・」
 怒りにさいなまれて叫ぶ千影。しかし章に否定され、一瞬愕然となる。
「お前はすっかり変わってしまったよ。お前はオレが愛していた千影じゃないよ。」
「いいえ・・・私は千影・・・あなたが愛してくれた千影よ・・・」
「違うわ!あなたは千影さんじゃないわ!」
 章に続いてハルカも反論した。千影の混乱がさらに深まる。
「いつもの千影さんは、いつも私に優しくしてくれた。私の心の支えだったよ・・・でも今は違う。自分のことしか考えてないよ・・・」
 眼から涙を流し、さらに章の抱擁を感じるハルカ。章はハルカの胸から顔を上げ、悩ましい眼でハルカを見つめる。
「じゃ、もっと感じてしまおうか・・そしてオレたちの全てを、さらけ出すとしよう・・・」
「うん・・・」
 ハルカが頷くと、章はハルカの胸に手を当て、揉み始めた。強い刺激が、固まっていくハルカの体を駆け巡る。
「うあぁ・・・ぁああぁぁぁ・・・!」
 ハルカがたまらずあえぐ。章はかまわずにぬくもりの残っている胸を揉み続けていく。
「あ、章!もっと!もっとやって・・・!」
 ハルカは追い求めていた。章から受ける快感を。
 章に弄ばれるなら、それを心地よいものにしたい。ハルカの想いは章に一途だった。
「もっと・・・私、我慢したくないよ・・・!」
 ハルカが声を張り上げる。その直後、彼女の秘所から愛液が出てきたのを章は感じた。
 愛液は章にも伝わり、2人の足を流れていく。その感触さえも、2人に心地よい刺激を与えていた。
 快感に溺れるハルカと章の姿に、千影は愕然となっていた。2人の愛をまざまざと見せ付けられ、どうしたらいいのか分からなくなっていた。
「やめて・・・やめてよ・・・」
 錯乱しながら呟き、頭を振る千影。
「ハルカさんにそんなことしないで、章!」
 たまらず章たちにすがりつく千影。しかし章はハルカへの抱擁をやめない。
「ダメだ・・・体が固くなってきた・・・いうことを聞かなくなってる・・・」
 石化の影響を本格的に感じ始めてきた章が顔を歪める。しかし力が弱まり、すぐに吐息がもれる。
「これで・・・もうおしまいだね・・・後は・・・」
 顔が白く冷たくなっていくハルカが、章に顔を近づけた。章も合わせて顔を近づける。
 震える2人の唇が重なる。滑らかな感触と心地よさが、2人の体を駆け巡る。
(これで・・・オレたちの愛が、動かなくなる・・・でも・・・)
(私たちは・・・ずっと一緒だよ・・・)
 2人の心が、まるでシンクロしているかのように思考を巡らせていた。
(これで私たち、完璧に石になっちゃうね・・・千影さんのものに・・・)
(それでもいいさ・・・オレたちはそばにいるんだから・・・それに・・・)
(それに?)
(千影も満足するだろうさ・・・オレをものにすることができたんだからさ・・・)
(私もだよ・・・でも、千影さんのものになるなら、私もいいかな・・・)
 互いの体を抱き合い、2人は石化と自分たちの愛に身を委ねる。それを察したかのように、2人の体は完全な石に変わった。
 一糸まとわぬ姿でたたずむ2人を前にして、千影は愕然となっていた。
「どうして・・・どうして・・・」
 千影は許せなかった。自分ではなくハルカを愛し、ともに石化した章の行為を。
「私は・・私は章を思って・・これまでみんなをオブジェにして、章を惑わせる人を消したのに・・・どうして、こんなことになっちゃうの・・・!?」
 もはや修正はきかない。章はこうしてハルカと一緒に石化してしまった。
 自ら得た能力が、逆に自分の心を完全に追い込んでしまったのである。ハルカだけでなく、章まで石になってしまった。
 千影は完全に絶望してしまった。
「もう・・・叶わないのね・・・私の願いは・・・」
 千影は物悲しい笑みを浮かべる。そして懐にしまいこんでいた1本のナイフを取り出した。
「だったら・・・私なんかいなくたっていいよね・・・」
(おい・・・千影・・・?)
 千影の異様な行動に、章が胸中で呟く。
(まさか、千影さん!?)
 ハルカは千影のこの言動に気付いた。それを察してか、千影がうっすらとハルカたちに笑みを見せる。
「さよなら・・・ハルカさん・・・章・・・」
(ダメ!やめて、千影さん!)
 ハルカが呼び止めるのも聞かず、別れの言葉を呟いた千影が、手に持ったナイフを自分の胸に突き刺した。
(ああ・・・!)
 石化してうっすらとしか映らない眼前の光景に驚愕するハルカ。希望を完全に失った千影は、胸にナイフを刺して自殺を図ったのである。
(これで・・・私の愛は・・・終わる・・・)
 悲しみに暮れながら、倒れる千影。彼女の胸からはなぜか血が流れていなかった。
 徐々に死を受け入れながら、千影はゆっくりと瞳を閉じた。章への愛とその願いが叶わなかったことへの悲しみを込めた涙を流しながら。
 彼女の力の消失によって、ハルカと章にかけられた石化が解けた。石の殻が弾けるように剥がれ落ち、砂になって消えていく。
「も、戻った・・・」
「千影の力が消えて、石化が解けたんだ・・・だから、オレたちは・・・」
 元に戻ったことを実感する章とハルカ。しかし彼らの顔は安堵よりも困惑のほうが強かった。
「千影・・・千影!」
「千影さん!」
 章とハルカが倒れている千影に駆け寄る。そして章が千影からナイフを抜き、力の抜けた体を抱き起こす。
「千影・・・どうして、こんなバカなことを・・・!?」
 涙を浮かべて叫ぶ章。しかしどんなに呼びかけても、千影の命は尽きていた。
 ハルカもそっと千影の頬に手を当てた。彼女は死を迎えて冷たくなっていた。
 やがて周囲の闇が霧散し、千影の自宅のリビングとなった。窓から明るい日の光が差し込んできていた。
 それとは裏腹に、ハルカと章の心は重く沈んでいた。
「千影さん、ダメですよ・・・私は・・私たちは・・あなたと一緒にすごしたかっただけだったのに・・・」
 ハルカは千影の冷たい体にすがりつき泣きじゃくる。章は立ち上がり、2人の姿をじっと見下ろす。
 どうしてもこんな運命しか迎えられなかったのだろうか。章は苛立ちをかみ殺すように歯ぎしりをしていた。

 千影の死によって力が消失し、彼女に石化されていた女性たちは元の姿に戻った。同時に異空間も消滅し、彼女たちはそれぞれの住まいに転送された。
 誰もどんな状況にあったのかよく分からず、裸のままで自宅などに放り出されていた。
 その中で、章たちに保護されていたくるみだけは、彼の自宅のリビングで石化が解けていた。石にされていたことへの束縛がなくなり、脱力してその場に座り込む。
「元に・・・戻った・・・ハルカたちが何とかしてくれたの・・・?」
 自分しかいない部屋を見回して、自分の無事を実感するくるみ。ハルカたちが帰ってくるまで、彼女は何も羽織らずに、ソファーに腰を下ろしてうずくまっていた。

 しばらくくるみが待っていると、玄関の扉が動く音が響いてきた。すぐにも出て行きたかったくるみだが、裸のままでは迂闊に出て行くことはできなかった。
 少し待つと、ハルカが姿を現した。
「ハルカ・・・?」
 くるみはハルカの様子に戸惑った。彼女の着ていた衣服が、出て行ったときとは違っていたからだった。千影さんの私服だった。
 しかし、くるみが戸惑いを感じたのはそれだけではなかった。ハルカは重く沈んだ表情を浮かべていた。
 その直後、章も続けて部屋に入ってきた。彼は1人の女性を抱えていた。
「章、さん・・・!?」
 くるみはさらに驚愕した。章が抱えていたのは、脱力していた千影だった。
 章も沈痛の面持ちだった。2人の心境を、くるみは悟って悲しみに暮れる。
「くるみ・・ゴメン・・・わたし・・・何もできなかった・・・千影さんを助けられなかった・・・」
 ハルカは眼に涙を浮かべて、一糸まとわぬくるみにすがりついた。くるみも悲しみを感じて、ハルカを優しく抱きとめる。
「いいんだよ、ハルカ・・・いいん、だよ・・・」
 くるみもハルカにすがる思いで涙を流す。2人の少女の泣き声が、この部屋に響き渡っていた。
(千影・・・お前には、かけがえのない友が、こんなにいたんだぞ・・・それなのに、お前は・・・!)
 かつて愛した女性の最期に憤りを感じる章。しかし彼の心は、大切な人を失った悲しみで満ちていた。

 それから、被害者たちの証言を受けた警察であったが、あまりにも非現実的な内容を信じようとはしなかった。
 結局、警察は犯人を変質者として判断し、その犯人が死亡したと断定した。詳細がはっきりとしないまま、この事件の調査を終えた。
 そんな中、ハルカは千影の家を訪れていた。
 彼女の死によってこの場所は誰もいなくなった。ただ彼女とすごした思い出だけが、ハルカの眼に映し出されていた。
 屈託もなく普通の生活を送っていたはずのこの場所と自分たち。しかし1つの屈折によって、何もかもが崩壊してしまった。
 もうあの日は戻ってこない。どんあに願ったとしても。たとえ魔性の力を得ることができたとしても、失った命は帰らない。
 そんな後悔をしたまま玄関の前で立っていると、章がやってきた。
「章・・・」
「お前も来てたのか・・・」
 章がハルカの肩に優しく手を乗せると、ハルカは小さく頷いた。
「行き慣れてるはずなのに・・・ここに来ると、胸が締め付けられそうな気分になるの・・・」
「オレもだよ・・・千影・・・」
 章が「真野」の表札に触れる。今度こそ千影との別れを迎えてしまったことに、悲しみと後悔が湧き上がっていた。
 そこへくるみと七瀬も現れた。ハルカと章の心境を察したくるみは、おぼろげに声をかける。
「生きよう、ハルカ、章さん。千影さんの分まで、しっかり生きよう。」
「くるみ・・・」
「くるみちゃん・・」
 くるみの声に振り返るハルカと章。
「千影さんが、私たちのことを思ってくれてることを信じて・・そのためにも、こんなところで落ち込んでちゃダメだよ。」
 くるみに言われ、ハルカは胸に手を当てた。彼女の中に、これまですごした千影との思い出がよみがえる。
(いつも笑顔を見せてくれた千影さん。困ったり悲しんだりしてたときには、いつも優しく励ましてくれた千影さん。)
 よき先輩の面影を、ハルカは思い返していく。
「そうだよね・・千影さんは千影さん。私たちの大切なよき先輩だよ。」
「そうか・・・そうだな・・・」
 微笑みだすハルカに、章も安堵して笑みをこぼす。
「千影は心優しいヤツだった。ただ、優しいから、あんなふうに道を踏み外してしまったんだ・・・だから、オレたちがその気持ちを、心に刻み付けないと・・・」
 決意を秘める章。するとハルカが唐突に、章と口付けを交わす。くるみと七瀬の眼の前で。
 くるみと七瀬が顔を赤らめる。それをよそに、ハルカがゆっくりと章から唇を離す。
「千影さんはちゃんと生きてる・・・私たちの中に・・・」
 笑顔を見せるハルカの眼には涙が浮かんでいた。
「そうだ・・・アイツは、ちゃんと、ここにいるんだ。」
 千影の存在を確信する章たち。周囲にも笑顔がよみがえる。
「さて、そろそろ学校に行かないとね。授業が始まっちゃうよ。」
「あっ!待って、ハルカ!」
 元気を取り戻したハルカが駆け出し、くるみと七瀬が慌てて後に続く。
「ハルカ、今夜は大丈夫か?」
 章が呼びかけると、ハルカが足を止めて振り返る。
「うん!終わったら行くから!」
 ハルカが元気のある返事をして、再び学校に向かって走り出した。

 愛に執着した女性の想いを感じていた男女。
 その女性はその愛を叶えることなく、その命を閉じた。
 しかしその想いが全く届かなかったわけではない。
 彼女の想いは、彼女を心から想っていた人々の心に宿っている。

おわり


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