作:幻影
影の少女から放たれたまばゆい光にのみこまれたくるみ。
体にある力がその光を受けたことで吸い取られたような気分に陥った。全身から力が抜けて、自由に動かすことができない。
影の少女がくるみから腕を放す。くるみの着ていた制服はボロボロになり、体から白い煙が立ち込めていた。
「あなたはここでずっといることになるのよ。きれいな姿のままでね。」
くるみの姿を見つめて微笑を浮かべる影の少女。
「ど、どうなってるの・・・体に・・力が・・入らない・・・」
脱力した体を訴えるくるみの声も弱々しかった。
だらりと下がった腕。棒立ちのまま白く固まっていく体。殻のように剥がれ落ちていく制服。
くるみは石にされていた。体の質感が人間から石に変わりつつあった。
「く、くるみ・・!?」
七瀬もくるみの異変に眼を疑った。すると影の少女が七瀬に視線を向ける。
「大丈夫よ。あなたはちゃんとみんなのところに連れて行くから。」
影の少女の言っていることが分からず、七瀬は言葉が出なかった。
「でもこの子はダメよ。あなたは私の顔を傷つけた。そんな危険な子をわざわざ導いたりはしないわ。」
力を失ったくるみの頬に優しく手を当てる影の少女。力の抜けきったくるみは抗うことさえできない。
「あなたの力はもらっておくわ。私に一矢報いたんだから。」
影の少女がくるみのさらけ出された胸に手を当てる。胸を触られ、くるみが苦悶の表情を浮かべる。
「あと、あなたにも気持ちよくさせてあげる。ここに置き去りにされるんだから、せめてこのくらいはしてあげないとね。」
影の少女がくるみの胸を揉み解していく。石化途中にあったくるみの体は、人間と石の狭間の質感にあった。
「ぁぁ・・・あぁ・・・」
くるみが小さくあえぐ。黒い手で撫でられ、彼女の胸がやわらかく揺れる。
「この感触。人と石の間にある感覚。まだやわらかさが残っているけれど、石のように動くことができない。」
「う・・うく・・」
「あなたは私の接触から逃げられない。でもこの行為はあなたの気分をよくしていくから。」
影の少女はさらに、くるみの秘所に手を当てた。強い刺激を感じながらも、くるみ大きな反応を示せなかった。
「どう?気持ちよくなってきたでしょ?この気持ちのまま、オブジェになってほしいと思ってるから。」
くるみの体を撫で回していく影の少女。くるみはその接触に抗うことができなかった。
(ダメ・・・体が・・・全然動かない・・・)
力が抜けていくくるみは、はっきりと声を出すこともできなくなっていた。石化の効力と影の少女の抱擁にのみこまれていく。
薄れていく意識の中で、くるみは困惑している七瀬を見つめる。変わりゆく自分の姿から眼が離せなくなっていた。
「さぁ、そろそろあなたとはお別れしなくちゃね。人が全然来ないとは言い切れないからね。」
影の少女がくるみの体から腕を外す。くるみの眼から薄っすらと涙があふれていた。
「なな・・せ・・・」
くるみが脱力しながらも声を振り絞る。そして七瀬に涙で語りかける。
(ゴメン・・・何にもできなくて・・・七瀬・・・ハルカ・・・)
くるみの体の硬質化が本格的になってきた。全身を強く縛り付けるような感覚に彼女は襲われた。
「オブジェになっても意識や感覚は残る。この湧き上がる気分を感じ続けるといいわ。アッハッハッハ・・・」
哄笑を上げる影の少女の前で、くるみの石化が完全なものとなり、彼女は指一本動かすことができなくなった。
「くるみ・・・くるみ!」
七瀬が叫ぶが、裸の石像になったくるみは全く反応を示さない。
足に巻きついた黒髪をほどくことができず、七瀬は影の少女に抱きしめられる。
「あなたはここではオブジェにはしないわ。私がちゃんと導いてあげるから。」
影の少女と七瀬の周囲に再び黒い霧が立ち込める。その霧に包まれて、2人は広場から姿を消した。
そして霧が治まり、広場は静まり返った。一糸まとわぬ白いオブジェにされたくるみが棒立ちになっているだけだった。
いつものように目覚まし時計が鳴り響く。その音に起こされて、ハルカは時計の音を止める。
少し乱れた髪を整え、制服に着替える。そして外に出ようと靴をはいたところで、ふと動きを止める。
本来ならその少し前にくるみがインターホンをうるさく鳴らしてくるはずである。体が丈夫な彼女がハルカを呼びに来ないはずがない。
「くるみ・・・?」
いつも来るはずのくるみが来ない。気になってハルカは玄関を開け、さらに向かいのくるみの自室の玄関のドアノブに手をかける。
すると、いつもはかかっているはずのくるみの部屋の鍵がかかっていなかった。用心深い彼女が夜間に鍵をかけ忘れるはずがない。
ハルカはドアを開け、くるみの部屋に入り込んだ。
「くるみ、くるみ?」
部屋を見回しながら、ハルカはくるみを呼ぶ。
「くるみ、いるの?」
必死に呼びかけ、最後に寝室を訪れる。しかしベットは平らだった。
周囲を見回してみるが、バックが見当たらない。帰ってきていない証拠だった。
「まさか、くるみ!?」
ハルカは一抹の不安を感じながら、自室に戻った。章に協力を得ようと、電話の受話器を手に取った。
一方、章はベットで横たわっていた。学校もバイトもなく、疲れを取るためにも睡眠で休んでいたのである。
しかし、電話の音で彼は眼を覚まさせられた。
「な、なんだよ・・せっかくいい気分で寝てるのに・・・」
ふてくされた態度で起き上がり、受話器を取る。
「はい、もしもし・・・あ、ハルカ?」
“もしもし、章!?”
電話の相手はハルカだった。彼女の慌しい様子に、章は真剣な面持ちになる。
「ハルカ、どうしたんだ?何かあったのか?」
“章、くるみが、くるみがいないの!”
「えっ!?くるみちゃんが!?」
“部屋の鍵もかかってなかったし、バックもないのよ!あのくるみに限ってそんな無用心なの・・・”
「学校にはいたのか!?連絡は!?」
“これから学校に行こうと思ってるけど・・”
「分かった。オレも探してみよう。どこか、心当たりのあるところは?」
“もしかしたら駅前かもしれない。ときどきそこのレストランで食事とかするから。”
「じゃ、オレはそっちに行ってみる。くれぐれもムチャはしないでくれよ。」
“うん、じゃ。”
そういってハルカは電話を切った。章も受話器を置いて、外に出るため急いで着替えを始めた。
駅をはじめ、章はくるみをくまなく探した。人に聞いたり、手がかりを求めたり、いろいろ詮索をしてみたが、彼女の行方は全く分からなかった。
そして何ヶ所か探し回ったところで、章はハルカと合流した。
「ハルカ、どうだった?」
「ダメ、いない。しかも、七瀬も家に帰ってないみたいなの。」
「七瀬って、お前の親友か?」
「うん。」
ハルカが沈痛な面持ちで頷くと、章も困惑する。調べれば調べるほど、悪い状況が明るみになるばかりだった。
「とにかく、もっと探してみよう。かならずどっかにいるはずだ。」
「うん。私はそっちに行ってみるね。」
ハルカは大学方面の道を指差して向かい、彰もその反対方向に向かった。
再び周囲を見渡しながら、くるみと七瀬を探す章。そんな彼の脳裏に、美女行方不明事件がよぎった。
もしかしたら、彼女たちもそれに巻き込まれたのではないのか。それが真実でないことを思いながら、章は捜索を続けた。
そして彼は、通りから外れた道を発見する。
(もしかして、そっちに行ったんじゃ・・?)
章はじっとその道を見つめ、そしてその道に進んでいった。
進んでいくに連れて、人気がなくなっていく。そして薄暗い道を抜けると、そこは広場だった。
公共の場として使われていたようだが放棄され、そばらく使われていないようで、周囲に雑草が生えていた。
(ここにいるんだろうか・・?)
章はその広場を見回した。この広場は多少足を進めないと、全て見渡すことができない広さだった。
しばらく見回してみると、章は朝靄の中に紛れて立つ人影を発見した。棒立ちをしたまま微動だにしない少女だった。
章はゆっくりとその人影に近づいた。そしてその影がはっきりとなった瞬間、章は眼を疑った。
人影は裸の少女の石像だった。力を失ったように腕を下げ、虚ろな表情でそこに立っていた。
ハルカに写真を見せられて、章はくるみの顔を知っていた。眼の前の石像の顔は、彼女とそっくりだった。
「まさか・・・!?」
章は不安を抱えながら、ジーンズのポケットから携帯電話を取り出した。そして恐怖を感じながら、電話を耳に当てる。
「もしもし・・ハルカ・・・?」
“もしもし、章?見つかったの?”
「見つかった・・・て言ったほうがいいのか・・・?」
“え?”
章の言っていることが、ハルカは理解することができなかった。
“とにかく、そっちに行ってみる。今どこにいるの?”
「ああ・・・駅の近くの広場・・通りを外れると出られる・・・」
“うん、分かった。”
ハルカにかける章の言葉はおぼつかなかった。電話を切ってからも、彼は呆然と裸の石像を見つめていた。
5分後。
章の待つ広場にハルカもやってきた。そこで章が呆然としているのを、ハルカは気に留めた。
「章・・・?」
ハルカがゆっくりと章に近づいていく。そして彼が見つめている先に彼女も見つめる。
そこには裸の少女の白い石像があった。
「何、アレ・・?」
「多分、くるみちゃんだよ・・」
「くるみって・・・」
ハルカは疑うような気持ちでその石像に近づいた。
「こ、これって・・・!?」
ハルカは飛び込んできたその姿に眼を疑った。石像の顔は間違いなくくるみだった。
くるみは一糸まとわぬ姿で虚ろな表情のまま石化していた。
「くるみ・・どうして・・・!?」
「ハルカ、ホントに・・くるみちゃん、なのか・・・!?」
章が聞いてくるが、ハルカは困惑して答えない。ハルカはその石像がくるみであると分かっていながらも、その事実を受け入れられなかったのである。
恐る恐るその白い肌に触れてみる。その感触は人間のぬくもりを失い、冷たい石のものだった。
「これは・・・まさか・・・!?」
「え!?」
章の発した声にハルカが驚く。
「だけどそんなはずは・・・だって、アイツは・・!」
「章・・・?」
混乱している章に、ハルカも困惑しながらたずねる。すると章が我に返る。
「あっ・・・ゴメン・・とにかく、くるみちゃんを運ぼう。いつまでもこんなところに置いておくのもいけないから・・」
「う、うん・・・でも、どこに・・・」
「オレの家にしよう。あそこなら広いし、オレ以外誰もいないから・・」
章の案にハルカは了承した。
そして女の子の裸にむやみに触るのはいけないというハルカも申し出で、くるみはハルカが運ぶことになり、章も渋々任せた。
くるみの石の体に腕を回し、持ち上げようとするハルカ。
(・・・ハルカ・・・)
そのとき、どこからかハルカの耳に声が響いてきた。
「くるみ?」
ハルカはその声に対して聞き返した。その声は紛れもなくくるみのものだった。
(・・ハルカ・・・)
「くるみ・・・まさか・・!?」
ハルカはくるみを下ろした。章もハルカの慌しい様子に振り返る。
「くるみ、くるみ!」
必死にくるみに呼びかけるハルカ。しかし章にはくるみの声が伝わらず、眉をひそめていた。
(ハルカ、私の声が聞こえるの?)
「くるみ!?・・うん、聞こえてるよ。」
くるみの心の声に頷くハルカ。
影の少女の石化は、意識も感覚も残る。石の体に触れることで、その人の心と対話することができるのである。
「くるみ、いったいどうしちゃったの!?なんで、こんな姿に・・!?」
打ちひしがれる思いを振り切って、ハルカがくるみを問いつめる。
(私と七瀬、会ってしまったのよ・・・美女をさらってる犯人に・・)
「えっ・・!?」
くるみの言葉にハルカは息をのんだ。
くるみが石にされたのは、その事件の犯人だという。
「ハルカ、とにかく話は移動してから聞こう。いつまでもここにいると、いろいろ面倒になる。」
「うん、そうだね・・行こう、くるみ。」
章の呼びかけに答えるハルカ。再びくるみの体を持ち上げる。
あまりにも非現実的な出来事に、ハルカも章も戸惑いを隠せなかった。その中で、石化されたくるみの表情は虚ろなままだった。
何とか人目を避けながら、章とハルカはくるみを運ぶことに成功した。章の自宅のリビングに立たされたくるみ。
章は考えがまとまらず、椅子に腰かけて途方に暮れていた。ハルカは再びくるみの体に手を当てた。
「くるみ、どうなってるの?とても信じられないよ。こんな、人が石になるなんて・・・」
悲痛の面持ちでくるみに声をかけるハルカ。くるみも戸惑う気分で心の声を発した。
(ハルカと別れた後、私と七瀬はレポートを終えて、それから食事しようと駅前のレストランに向かったわ。でもその途中で黒い霧が発生して、その中から、黒ずくめの女性が現れたわ。)
「黒ずくめの、女性・・・」
(それで、逃げようとしたんだけど逃げ切れなくて、私が足止めして七瀬を逃がそうとしたんだけど、私も七瀬も捕まって。)
「捕まった・・・!?」
運動神経のいいくるみが簡単に捕まったことに、ハルカは動揺を隠せなかった。
(それで抵抗して頭突きを当てたんだけど、そしたらそいつ、腕からすごい光を発してきたの。その光で、私は体中の力を抜かれたような気分になったと思ったら、体が石になって・・)
「それで、七瀬は!?」
(分からない・・・アイツは七瀬を連れて、霧に紛れて消えちゃった。私は石にされて、あの場に置いてかれちゃったの。アイツを傷つけたから・・・)
ハルカもくるみも沈痛の思いでいっぱいになっていた。
何もできずに石にされてしまったくるみと、彼女が簡単に捕まったことに驚愕するハルカ。
「もしかしたら・・」
そのとき、章がおもむろに呟いた。
「どうかしたの、章?いったい何があるの?」
ハルカがたまりかねて章に問いかけた。すると章は口ごもりながら答えた。
「アイツは・・・もう死んでいるはずなんだ・・・!」
章の言葉にハルカは困惑するしかなかった。悲劇の歯車が動き出し、2人の心を揺さぶり始めた。