宝物(ほうもつ)

作:幻影


「ちょっとユミ、勝手に私の物に手を出さないでよ。」
「あっ!ゴメーン。つい癖で・・・」
 断りもなく勝手にナツの本棚を探っていたユミが頭を下げる。

 望月ユミ、淡い赤のショートヘアの高校1年生。非常に探究心が強く、人の私物にまで手を出してしまう悪い癖を持っていた。本人もいけないと思ってはいるのだが、なかなか直らない。
 種村ナツ。ユミとは幼馴染みの大親友であり同じクラスである。ユミの探究心にいつもなやまされているが、時々それがいい傾向に向かうこともある。

 ユミはナツに勉強を教えてほしいとねだり、半ば強引に家に入り込んだ。
 しかし、ナツがトイレに行っている間に、その探究心からナツの部屋を手探りし始めてしまったのである。
 このユミの行動に、ナツは呆れるばかりだった。

「ねえナツ、この本棚の上の段の右隅にある本は?漫画でも雑誌でもないけど・・」
 ユミが指差した本をナツが視線を移す。
「あ、これ?変な人に押し付けられた本よ。」
「変な人?」
「どこかの宗教の人みたいだったんだけど。断ったんだけど不気味な雰囲気で強引に持たされちゃったのよ。捨ててしまおうかと思ったんだけど、あの人におかしなことされると思って、そのまま持ち帰ってきちゃったってわけ。」
 ナツの話を聞きながら、ユミは本棚からその本をパラパラめくってみる。そしてあるページを開いたまま、ユミは押し付けるくらいの勢いで本に顔を近づける。
「ユミ、どうしたのよ!?」
 ユミのこの行動にナツが慌てる。ユミが眼を輝かせながらナツを見る。
「この本、宝物の地図が書いてあるよ!」
「えっ?まさか、こんな本に書いてるなんてこと・・」
「いろいろ文が書かれてるから、読んでみるね。」

 西暦1900年、この地図の指し示す場所に西洋から譲り受けた伝説の産物を納めた。これはこの大陸に密かに入り込んだ、神を信じ続けた西洋の民が、同じく神を信じ己の全てを捧げた我が国の民と共に築き上げた神の宝物(ほうもつ)である。民の命尽きても宝物は存在しており、

「あっ!このページ、下が破れてて文が途中で切れてるよ。」
 ユミの言うとおり、宝に関する文面は、ページの下が破れているために途中までしか読めない。しかし、ユミの探究心はこのくらいでそがれることはなかった。
「ナツ、行ってみようよ!この場所、ここからわりと近いよ!」
「えっ!?危ないよ、ユミ。その宝物が何なのか分からないし・・」
「ああ〜、見てみた〜い!その宝物が何なのか・・」
 ナツの不安を全く無視して、今のユミは宝物のことしか眼中しかなかった。こうなっては誰にも止められないのはナツとナツの兄のカズキ、あとはユミの家族ぐらいだった。
「しょうがないわね。いいわ、私もいく。」
「ホントに!?」
 ユミの表情が歓喜で満ちあふれる。
「だけど、私がしっかり見張るからね。勝手にどこかに歩き回らないこと!」
 ナツはユミに注意を促した。
 これが宝物を求めての冒険の始まりだった。

 それから3日後の日曜日。
 ユミは約束の時間の30分前から待ち合わせした駅前でナツを待っていた。それが彼女の好奇心を物語っていた。
 約束の時間の2分前になって、ナツが到着した。水色のジーンズに白いTシャツ、さらに半そでの青をベースにした上着を着ていて、黒い長髪を1つに束ねてポニーテールにしている。
「あっ!カズキさん!」
 ナツの兄カズキもついてきていた。髪を金に染めているカズキは、紺のジーンズに黒いTシャツを着用していた。彼はユミと付き合っていて、彼もユミに負けないくらいに冒険心が強かった。
「ちょっと、ユミ!アンタその格好で来たの!?」
 ナツの指摘に対して、ユミは疑問符を浮かべていた。ナツとカズキと違い、少し短い薄茶色のスカートに白と黒のしま模様のTシャツで、とても冒険や探検に似合った服装とは言えない。
「そんなこと気にしてたら、宝物はみつからないよ!」
 無茶苦茶な答えを返すユミ。彼女が変な性格なのはナツとカズキにとっては言うまでもないことだった。
「ところで、なんでカズキさんが?」
 ユミが疑問符を浮かべて聞いてきた。
「お兄ちゃんにバレちゃったの。独り言を聞かれちゃって。」
「そういうことだ。よろしくな、ユミ!」
「うんっ!」
 笑顔を見せるカズキに、ユミの心が歓喜に満ちる。

 駅から少し離れた場所に、小さな山岳がある。
 その山の一角にある林の中を、ユミたちは進んでいた。
「この林の道を抜けた先が目的地のはずよ。」
 ナツが宝の地図を書き写したノートの切れ端を見る。
「そこには洞窟があって、数々の難関を突破した先に宝物が〜・・・」
 ユミが両手を握ってわくわくして、勝手な想像に心を躍らせていた。
「けどその宝って、100年前のものだろ?もうとっくに持ち出されてるか、まだ手付かずか。どっちにしても、この近辺にはあんまり人がいないだろう。」
 楽天的な口調でカズキが呟いた。
「と言うことは、競争率は低いってことね!どんなものなのか、今見に行くからね!」
「気持ちは分かるけど、気を付けないと転ぶぞ、ユミ。」
「大丈夫、大丈夫!」
 カズキの気楽な心配だが、ユミは聞いた様子はなかった。
「あっ!」
 その直後、ユミは地面につまずいてバランスを崩す。倒れそうになったユミの体を、カズキがしっかりと支えた。
「大丈夫か?ほら、言わないことじゃない。」
「ゴ、ゴメン・・」
 苦い言葉をかけるカズキに、ユミは顔を赤らめる。
「今度は気を付けろよな、ユミ。」
「うん・・ありがとう、カズキさん。」
 2人の顔から笑みがこぼれる。そのやり取りが、ナツはうらやましかった。恋人と言っても過言ではない間がらのユミとカズキは、彼氏のいないナツには惹かれるものがあった。
「はぁ・・私も彼氏を見つけたいなぁ・・・」
 ナツはため息をつきながら小さく呟いた。

「ふう、やっと抜けた〜。あっ!見て、洞窟発見!」
 林道を抜けた3人。その先に見える洞窟の入り口を思しき穴を見つけて、ユミが子供のようにはしゃぐ。
 急ぎ足で駆けて行くユミと、少し汗をかきながら歩くナツとカズキ。心を躍らせながら、ユミは穴の近くにたどり着いた。
「あれっ?」
 立ち止まったユミが疑問符を浮かべる。
「どうした、ユミ?あっ・・」
 ナツとカズキが遅れて到着する。ユミの様子が気になって穴を見回したカズキも、開いた口が塞がらなくなった。
 その穴はただのほら穴だった。宝物どころか、先に行く道さえも1つも見当たらなかった。
「はぁ。デタラメってことだったのね。」
 ナツが呆れてため息をつく。
「いいえ。こういうのはだいたい、どっかに隠し扉のカギとかスイッチがあるものなのよ。」
 いい加減なことを言って、ほら穴の岩肌を調べ始めるユミ。往生際が悪いとも思えるその行動に呆れ果て、ナツはほら穴の壁に寄りかかって小休止しようとする。すると、
「わっ!」
 寄りかかってナツの右手の力が加えられた壁が突然引っ込むと、ナツの足元に穴が開き、ナツはそのままその穴に吸い込まれていった。
「ナツ!」
 ユミとカズキが血相を変えて、穴をのぞき見る。カズキが懐中電灯を付けて見ると、その穴はまっすぐな落とし穴ではなく、まるですべり台のような感じだった。
「すべり台のようだから、あんまり危険はなさそうだが、やっぱり気がかりだ!」
「あたしがいくわ!」
「ダメだ!」
 穴に飛び込もうとするユミを、カズキは制止する。
「オレがいく。ユミに危険な思いはさせたくない。」
「せめて一緒にいかせて!あたし、カズキさんのそばから絶対離れない!」
 泣き叫びながら、カズキの体にしがみつくユミ。
「けど、どんな危険があるか分からないんだ!」
「それでも、それでもっ!」
 ユミの必死の願いが心に伝わり、カズキは落ち着いた笑みを見せる。
「分かったよ。一緒に行くか。」

 カズキはユミが持ってきていた釘とロープを取り出した。穴の近くの地面に釘を刺し、それにロープを巻きつけて穴に垂らした。
「ユミ、たとえ何が起こっても、オレはお前のそばいいて守ってやるからな!」
 カズキがユミの眼を見て言う。
「カズキさん、あたしも守られてるだけじゃないよ。あたしもあなたを守る!あたしも絶対にそばにいるから!」
 ユミの言葉を聞いて、カズキは笑顔を見せてから穴に飛び込み、ユミもその後に続いた。
 しばらく滑り落ちていくと、その出口の先には講堂のような広い空洞があった。
「おわっ!」
 滑り終えたカズキの後ろからユミが滑り込み、そのまま衝突してしまった。
「いった〜い!」
 仰向けに倒れたユミがわめき声を上げる。
「お、おい、ユミ、早くどいてくれ。」
 その下でカズキがうつ伏せに倒れていた。
「あっ!ゴメ〜ン。」
 慌ててカズキの上からどくユミ。
「仲がいいようね、お2人さん。」
 2人のその様子を、ナツは悠然と見下ろしていた。立ち上がるユミとカズキが顔を赤らめる。
「穴が曲がりくねってたおかげで、ケガすることがなかったわ。」
 その言葉通り、ナツは少し泥がついただけで、ケガ1つなかった。
「ちゃんとロープが伸びてるな。帰りはこれを伝って登っていこう。」
 ロープがしっかりと固定されていることを確認するカズキ。帰りはこれを使って帰ればいいのである。

「ところで、私ここでいいものを見つけたの。」
「えっ!?もしかして宝物!?」
 突然ナツが言った言葉に、ユミの表情が歓喜に満ちる。
「アレよ。」
 ナツが指差すところには大きな石段があり、その壁の上にはライオンのような形をした彫刻が点在していた。
「綺麗なきめ細かさだなぁ。」
 カズキが感心の声を上げる。
「宝物はきっと、あの近くにありそうね!」
「待って、ユミ!」
 わくわくしながら駆け出そうとしたユミを、ナツは呼び止めた。
「私が見てくるわ。ユミとお兄ちゃんはここにいて。」
 そう言ってナツは石段へと近づいていった。
「自分のせいで心配かけさせたのにね。」
 カズキの隣に移動したユミが小さく呟いた。
 石段にたどり着いたナツは辺りを見回した。かなり注意深く見ていったが、ライオンの彫刻と、その真下にある穴とそれを塞ぐ金網があるだけだった。
「何にもないわね。やっぱり、あの彫刻が宝物ってことなのかな?」
 金網の上に立ち呟くナツ。
 そのとき、彫刻の眼が突然光り、その口から水が流れ出した。
 その物音を耳にしてナツが見上げると、その滝をもろに浴びてしまう。
「ナツ、大丈夫か!?」
 ユミとカズキがナツのいる石段に駆け寄った。流れ落ちた水で体全体がずぶぬれになったナツは、近寄ってきたユミとカズキに顔を向ける。
「・・・・・」
 しばらく沈黙する3人。
「・・ふっ、あっはははは・・」
 突然カズキが笑い出した。
「あ、あはははは・・・」
 それにつられてユミとナツも笑い出す。
 今のナツに起きたことが、あまりに間の抜けたように思えてしまったからである。

 そのとき、陽気な気分になっていたナツの体が、突然淡い青色に光り出した。
「えっ?」
 ユミとカズキが、ナツの異変に疑問符を浮かべる。
「な、何なの?体が、思うように動かない。」
 ナツの中に恐怖が満ちていく。
 ナツの体が、痺れるような感覚に陥る。その影響が頭の中にまで及んだのか、次第に意識がもうろうとしてきた。
「おい、ナツ・・」
 カズキに不安の色が滲む。
「お、お兄ちゃん・・・」
 言うことを聞かない体に必死に力を込めて、ナツはカズキに右手を伸ばそうとする。
「あ・・・」
 すると、ナツを包む光が強みを増し、ナツが時間が止まったように動かなくなる。
 光が治まったナツの体は青白く変色して、口をポッカリ開けたまま動きを止めていた。
「ち、ちょっと、ナツ!」
「どうなっているんだ!?石になっている・・」
 ユミとカズキが驚愕の声を上げる。恐る恐るナツの肩に触れてみるカズキ。しかし、ナツは何の反応も見せなかった。
 はっとしてカズキは、ライオンの彫刻を見上げた。
「もしかして、あそこから流れ出た水のせいで・・」
「その通りだ。」
 突然の声にカズキとユミが振り返る。その先には、背の低い1人の老人が立っていた。
「お、おじいさん、いったいどうなってるの?」
 恐る恐るユミが老人に訊ねる。
「その娘は今、神の洗礼を受けたのだ。汚れていた魂が洗われ解放されたのだ。」
「ふざけるな!今すぐナツを元に戻せ!」
 怒りにの声で叫ぶカズキ。しかし老人は淡々と話を進める。
「何を言うか。神の洗礼によってその娘は救われた。それをわざわざ汚れた魂に戻す必要があるのか?」
 平然と言ってのける老人に、ユミとカズキは返す言葉がなかった。
「お前たちも聖地に土足で踏み込んでしまった哀れな子羊たち。今、神にその汚れを取り除いて頂こう。」
 そう言って老人は左手を伸ばした。するとユミが苦悶の表情を浮かべ始めた。
「うう、体が動かない!」
 ユミは遠くから体を掴まれたような気分に陥っていた。老人の念動力が、ユミの自由を奪っていた。
「おい、ユミに何をするんだ!」
 声を荒げてカズキが老人に詰め寄る。しかし、老人は右手を突き出し、念動力でカズキを突き倒す。
「ぐあっ!」
 うめき声を上げて倒れこむカズキ。
 老人は、念動力でユミを祭壇のある壁に押し付ける。
「キャッ!」
 祭壇の上に倒れるユミ。そしてその上の彫刻の眼が光り、口から水が流れ出す。
「あっ!」
 その場に座り込んだまま、ユミは上を見上げる。
「さあ、お前も神の洗礼を受けるがよい。ふはははは・・うっ!」
 哄笑を上げる老人の額に、刃物が突き刺さった。どこでも手に入る非常用のナイフだった。
 ふらつきながらユミに向かって駆け出していたカズキが、老人にナイフを投げつけていたのである。
「き、きさ、ま・・神に仕えし私に、こんな・・・」
 苦悶の表情のまましばらく硬直した老人の体がふらつき、そのまま仰向けに倒れる。
 その間も、神の水は流れ落ち、カズキがユミに向かって走りこむ。老人の念動力に押された衝撃で、ユミは左足をくじいていてその場を動けなかった。
「神だか何だか知らないが、ユミにまでつらい思いはさせないぞ!」
 必死に走りこむカズキが、壁に手をかけてやっとの思いで立ち上がったユミの体を抱えこんだ。同時に、神の水が祭壇に流れ落ち、ユミだけでなくカズキの体をも濡らした。

 走った勢いでユミを壁に押し付けてしまうカズキ。
 体を濡らしたまま、見つめ合う2人。
 カズキが顔を悲しみに染まり、ユミの体を抱きしめる。その抱擁に顔を赤らめて、言葉が出なくなるユミ。
「ゴメン、ユミ。オレ、ユミさえ助けることができなかった。」
 悔しがるカズキに、ユミは哀れみの眼差しを向ける。
「謝ることなんてないよ!あたしのせいでカズキさんまで・・」
 涙目になるユミの体を、カズキは強く抱きしめた。
「泣かないでくれ、ユミ。そんな顔したら、オレはつらいよ。」
「でも、でも・・・」
「オレがずっとそばにいてやる。といっても、時期にそうなってしまうけどな。」
 ユミとカズキの体が青白く光りだした。ナツのときと同じように、体が石に変わる前兆である。
「カズキさん、あたしたち、ずっとこのまま一緒なのかな?」
「そうだろうな。」
「もしかしたら、これがあたしたちにとっての宝物なのかもしれないね。」
「でも、オレたちの自由は奪われることになる。」
「それでも、カズキさんと一緒にいられることに変わりないよ。」
「そうだな。そう思ってしまえば悪くないな。」
「カズキさん・・・」
「ユミ・・・」
 ユミとカズキは、お互いの体に寄り添い抱きしめ合った。
 そしてそのまま2人は、青白く変色して動かなくなった。
 2人とも眼を閉じ、嬉しいとも悲しいとも言えない虚ろな表情で、お互いを抱きとめながら祭壇の隅でたたずんでいるままだった。

 ユミたちが眼を通した本の、宝を指し示す文面。
 その続きは、こうなっていた。

 民の命尽きても宝物は存在しており、その洗礼を受けた者の体と命は永久不変のものとなる。

 文面の意味の通り、ユミ、カズキ、ナツは神の水による洗礼を受けたことになり、若さや可愛さばかりでなく体のかたちさえも不変となっていた。
 神に仕えていたと思われる老人が絶命した今、3人は永久にその場所に立ち尽くすことだろう・・・


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